政治局行政監督部 臨時業務(後編)
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最大の犯罪は、欲望によらず飽満によりて惹起さる

20██年 3月 東京都 某所 日本生類創研関連施設? エージェント・西塔

「全てを話すって?そりゃあ生物特化の要注意団体になんでサイボーグがいるかっていう事か?それともあんた自身の身の振り方についてか?」

手に持った像撃ち銃の銃床で床をトントン叩きながら冗談めかした調子で聞いてみる。この一見協力的な態度に見える金髪のアノマリーもどきはこちらの調子をうかがうようにゆったりとした調子で歩いてくる。ハリウッドに出てくるような胡散臭い笑みの詐欺師みたいな印象の奴だ。レッドカーペットを手を振りながら歩いている方がよっぽど似合ってる。

「ああ、どっちもさ。なんて言ったって俺はお前たち財団を貶めるために逃がされた身だからな。口を封じられる前に身を守る算段をつけなくちゃいけない。確保した俺をあんたらのいう要注意団体とやらが襲い掛かって俺が臨界に達し、危険水準に至ったところでGOCが間一髪駆け付けて排除する。そういう筋書きだそうだぜ。」

アノマリー野郎はガラクタになったサイボーグをがしがし蹴りつけながら答える。そりゃあ日本生類創研が生物特化の団体なのにサイボーグなんてメカメカしいのが出てきた時点でおかしいとは思ったが、それ以上にやばい状況にいるとこいつは言う。

「そりゃあ結構なことだがどうするんだ?襲われるのが分かっているとして大っぴらな場所で襲撃をかけるほど無謀な集団じゃないだろう,逃げきりゃ勝ちだ。」

「逃げ切れればな、奴ら人払いを済ませたぜ。上手く逃がしてくれたらあんたらが有利になるように証言してやる。生命が保証されるなら収容されるのも許容できる。いくつか常識的な条件は出したいがな。」

男はポケットから懐中電灯のようなものを取り出すと地面を照らすように向けスイッチを入れる。すると男を中心とした周囲数ブロックの地図が光学的に展開される。さっきまで伸びていた来栖が頭を振りながらこっちにやってきて言う。

「これは一体?」

「GOCエージェントの位置に連動したマッピングツールさ、俺を含めてGOCの工作員に埋め込まれたチップに連動してその位置を表示する。現在は俺だけが表示されている状態だが……」

アノマリー野郎が操作を行うと周囲に青い点と赤い点がいくつも表示される。今いる建物を囲むように光点がいくつも表示され、野郎が操作をするごとに簡易的なデータが立体的に表示される。さっきぶち壊したサイボーグを含めやばそうなやつが数体見える。

「この通り。エージェントは青い光点、サイボーグや攻勢兵器は赤い光点で表示される。俺たちは袋のネズミってわけさ。俺は確かに核廃棄物由来の現実改変能力を持っているが効果は限られたものでな、あんたらが伴って出た時点で攻撃されてダミー共に奪取され、思いもよらぬところで殺されるって算段さ。当然あんたらの失態としてカウントされる。」

来栖が話を聞きながら状況を理解したらしく頭を抱える。そしてうんうんと唸ったうえで情報端末を取り出して何かを確認する。何か早口でブツブツと呟いたうえで急にこちらに話を振ってくる。ただでさえ小さい身長がさらに抑え込まれて小さくなっているようなマスコットみたいな印象の癖に目だけが鋭く光っている。

「西塔さん、もしかしてイヴァノフさんが何か派手なものを用意してたりしませんか?その大きなライフル以上に目立つものを。」

「ああ、手榴弾が二個、スモークもいくつか。車に戻れば使い捨てのランチャーが一発。」

展開された地図の一点を指さして車の位置を指示してやる。来栖は自分の時計とメモを見比べながら頷くと地図上の何か所かを指さしながら言う。

「なるほど、それじゃあ西塔さん。時間を稼ぎましょう。」

「囮になれって?」

「適当に引っ掻き回してください、その間に海野さんとそこの象の足で逃げ出してもらいます。私は西塔さんの援護に回ります。役に立つかはわかりませんがまあ、なるようになるでしょう。Mrローグ、今の証言は記録しましたから約束は守ってもらいますよ。」

私は盛大にため息をついて銃床を床にたたきつけるとそんまま無造作に海野に投げつける。海野が慌てて受け取るのを見てケラケラと笑う。来栖は移動ルートや逃げ道を順序立てて示しながら動き方をナビゲートする……まああとでまた確認するほうがよさそうだが。

「海野、帰ったらお前のおごりな。2発きりだから上手く使えよ」

「はぁ、割り勘にしてください。最近色々あって財布が寂しいんです。」

お互い振り返らずに別々の方向へと歩いていく。運が良ければまた後で会えるだろう。


20██年 3月██日 サイト-8100 政治局行政監督部 ”室長代理” エージェント・イヴァノフ

なんで俺がこんな割を食わなくちゃいけないんだ。俺は現場であれこれ走り回って仕事する方が性に合っているというのに。そんな事を愚痴りながら来栖や海野たち現場の奴らの状況をモニターでマークする。GOCが提供したという情報は案の定奴らの掌の上で、お人好しな奴らはあっさりと悪い状況に追い込まれている。

「警護の手が空き次第機動部隊を回せ、責任は俺がとる。フィールドエージェントでも隠蔽班でも俺のクリアランスで手配できるやつらを根こそぎ突っ込め。」

上位のクリアランスがたっぷり2時間戻ってこない事をいいことに書類をまわして各所に命令を出す。最短で1時間ほど稼げれば手すきの機動部隊が駆けつけて奴らを助け出すだろう……横槍が入らなければだが。

「まあ、問題はあの3人と象の足が両方生き残れるかどうかというところか……きっちり人払いしやがって、後処理はGOCに丸投げしてやる。」

モニターをタッチして画面を切り替える。権限をフル活用して動員したスパイ衛星の拡大映像から見える映像には今まさに建物へと特殊部隊と思しき人影が突入しつつある状況を映し出しており、状況が動き始めたのが手に取るように分かった。

ため息をつきつつ秘匿通信でロシア大使館へと電話をつなぐ……この際だ、GOCの現地戦力をどこまで削げるか、やれるだけの手は打っておくとしよう。


20██年 3月 東京都 某所 日本生類創研関連施設? エージェント・海野

攻殻機動隊みたいだなんて思うんじゃなかった。ずっしりと重い2連式のライフルを手にボーリング場の搬入口であっただろう裏口へと歩きながら僕は珍しくそんな事を考えていた。そもそも政治的な優位を得るために核兵器のような特異能力者なんて動員しようとするGOCがおかしいのではないか?そんな事を考えるとその”特異能力者”たるローグがこちらにけげんな表情を向けていた。

「何か妙な事でも?」

「いや、存外に簡単に信じるものだなと思ってな。あのおチビちゃんは半信半疑というか、仕方なく付き合ってやると言った体裁だったが、あんたは割かしこっちよりのように感じた。」

先ほど使って見せた懐中電灯のような形のスティックを弄びながら彼は肩をすくめる。革製のジャケットにジーパン、ホルスターに拳銃はなく見えるのはスティックを納めるスペースとマガジン用のポーチのみ……状況に似合わない軽装に奇妙な違和感を感じた。何の気なしに聞いてみる。

「ところで現実改変者とか放射線がどうとか聞いたが、実際には何が出来るんだ?妙な能力を使われて巻き込まれちゃ元も子もない。」

「俺の能力は限定的なものさ、現実をゆがめて熱量を放射する。体内に生体電流を発生させる臓器を疑似的に発生させて放電を行う。新陳代謝や睡眠の制御に自信に限った怪我の治癒。いわゆるスーパーソルジャーって奴さ。ただし代償として能力には臨界点がある。上限を超えて使うと体から放射線を放つ危険物質に成り代わっていく感じだな。」

「出来ればセーヴして使ってほしい、この年で放射線に被爆して髪の毛とおさらばしたり、癌化した細胞に殺されるのはごめんだ。」

「オーライ。ここから抜け出せたら保護してもらうんだ、出来る限り配慮するさ。」

そんな事を話しながら搬入口にやってくる。ローグが地面に現在位置を表示させると、壁を一枚挟んだ反対側に数人が控えているのがわかる。ライフルをスリング越しに背中に背負って拳銃を抜く。どうするか?飛び出したら蜂の巣だろう、迂回するにも非常口はもう抑えられている。迎え撃つにも微妙だが……そんな事を考えていると建物の反対側、駐車場への入り口で大きな爆発音が響いた。続いて連続的な銃声がいくつも聞こえてくる。

「あっちも始めたようですし様子を見て動くとしましょう、とりあえず壁の反対側の奴らが動いたタイミングで不意打ちしてとんずらしましょう。」

「別に壁をぶち抜いてもいいぞ、その位なら周囲の影響なしで出来る。」

僕は一瞬、自分が今まさにアクション映画の登場人物になったような錯覚を再び味わったが、少しだけ待つよう彼に伝え、息を殺す。僕はドンパチをやるアクションヒーローじゃない。イーサン・ハントでもジェームズ・ボンドにもならないのだ。

そして数分後……ひと際大きな爆発音が鳴り響き、建物が揺れる振動を身で感じた時、僕はやっと彼に声をかけた。

「今です、逃げますよ。」


20██年 3月 東京都 某所 日本生類創研関連施設? エージェント・西塔

適当に派手にと実行してみたが今まさに追い込まれつつある自分に内心で後悔をしていた。正面から突入してきた奴らをスモークグレネードとチャフを攪乱した気になっていたが何処に行ってもサイボーグが追いすがってくる。手榴弾を直接ぶつけても大してこたえた様子もなしに追いかけてくるし、どこぞの軍用短機関銃なんて持ち出してくるやっこさんは怯みもせずに的確に撃ち返してくる。来栖のナビゲートや支援がなければとっくに死んでいただろう。

「来栖、弾がない!」

「私だってありませんよ!いいから次の角を右、その先の扉を抜けたら車のある駐車場です!扉を抜けたら残ったスモークとグレネードを全部投げますから車から武器を!」

「分かってる!出るぞ……今だ!」

とっさの連携で飛び出し乗ってきた黒とオレンジのスポーツカーにダッシュする。廃墟に隣接した駐車場は誰が捨てたかわからない軽自動車が2台ほど止まっている以外はガランとしていた。駐車場の二階に位置するそこは遮蔽物らしい遮蔽物もなく、内心で神に祈りながら必死で走る。4~5発足元を弾が掠め一発が髪の毛を数本散らせるような感覚があったが運よく命中せずに車までたどり着く。

「西塔さん!こっち、こっちにメカメカしいの来てる!急いで!あぁ!早く!」

慌てた感じで声をあげているが何にせよ使えそうなものを取り出さないとどうにもならない……車の収納を開き認証をする……なんで指紋認証に私のものが登録されているのかは後日あの野郎を問い詰めるとして、モノの数秒で開いたスペースから使い捨てのを取り出す。

「こんなことならロシアの研修でまじめに使い方を習っておくんだった。」

そんな事を呟きながら記憶を頼りに砲身を伸ばし旧式のRPG18ランチャーを構える。2mはあろうかという6本脚のサイボーグは今にも来栖に襲い掛かろうとしており、腕部に取り付けられた鎌のような部位を振り上げている。

「爆風に備えろ!」

備えようがないのを分かったうえで発射レバーを押し込み砲弾を発射する。ボシュッと間の抜けた発射音に続き尾を引いてロケットが飛んでいき、幸運にも砲弾はサイボーグの胴体に突き刺さり奇妙な角度で錐揉みながら上半身を吹っ飛ばす。思ったような爆発とは違いサイボーグが内側からはじけるように吹き飛び周囲に破片を飛び散らせる。

ランチャーを放り捨てPWDに弾薬、防弾ベスト、グレネード、車にあったボストンバックに手当たり次第突っ込んで運転席に乗り込む。来栖がよろめきながら必死で車に走ってくるので扉を開けてやりエンジンをかける。小気味のいいエンジン音が鳴り響きエンジンが今すぐ出られると知らせてくれる。

「とんずらするぞ!」

車に来栖が飛び込んできたのを確認したうえでアクセルを踏み込む……踏み込みすぎた。たった数秒で時速100㎞に達する軽量モデルのスポーツカーはハンドル操作する前に脆くなった柵を突き破り下へと落下していった。

「落ちてます!落ちてますよお!」

「知るか!速すぎるんだ畜生!」

イヴァノフの金をかけたロシア製スポーツカーは一瞬の浮遊感の後に衝撃と共に地面とあいさつする羽目になった。ただ幸運だったのは落下地点にGOCのパワードスーツが待機しており、不意の一撃で撃退できた、というその一点のみであった。


20██年 3月 東京都 某所 日本生類創研関連施設? エージェント・海野

ローグは逃げようといった次の瞬間にはニヤリと笑い、その能力を最大限に使って壁を吹っ飛ばしていた。左手を赤く輝かせたかと思うと眼が眩むほどの光が瞬き次の瞬間には目の前にあったはずの壁に人二人が十分に通り抜けられるほどの大穴が開いていた。

「やるならやるって言ってください!目が焼かれたかと思った!」

「だが見えてるだろ?それでオーライだ。」

服も容姿もそのままに腕から湯気を立ち上げる彼は顔を向けず無造作に開いてる穴の方に腕を向けるとそのままバチバチと紫電を迸らせ遅れるように何かが倒れる音と肉が焦げる嫌なにおいがする。目の前で行われる異常現象を振り切るかのように拳銃の安全装置を外し走り出す。

「もういいです!行きますよ!こうなったらさっさととんずらして交渉を丸投げできるイヴァノフなり来栖さんなり上の誰かなりに放り投げるとしましょう!」

「誰かは知らんが同意だ、命の危険なんてさらされるものじゃないし無条件に超常現象を起こせるわけじゃないんだ。」

「だったら自重してください。」

飛んでくる銃弾にまともな狙いをつけずに撃ち返しながら走る。遮蔽物から遮蔽物に移りながらも銃弾の雨は減る様子がない。ただ唯一こちらに有利な点はローグが何か奇妙なシールドなり力場なり何かそんなものを使って盾替わりになってくれているという事だけだ。弾が近くに飛んでくるたびに紫電が走り空中で何かに弾かれる。イオン臭が微かにするが気にするまでもなく近くに見えた鉄製のダストボックスに滑り込む。数発がダストボックスに叩き込まれるがなんとか抜かれずに銃声が止まる。

走りながら見えたものから情報を整理する。乗ってきた車まで250mほど先だ。ダストボックスを飛び出て50mほど走った先の角を一つ越えた先の路上に停めてある。今遮蔽物にしているダストボックスから見える範囲で車の方向には軍用のカービンを持った兵士が二人、それにパワードスーツのようなごついシルエットが一つ。飛び出たらそのまま掃射されるだろうし、ローグのシールドも使いすぎたら臨界点まったなしなのは間違いないだろう。手持ちの札を考える……拳銃の弾があと6発、グレネードなんて上等なものはなく2発きりのデカブツは狙って当たるような代物でもない。

「Mrローグ、何かいい手は?」

「あったらとっくに使ってる。パワードスーツは俺のような奴を殺すためにカスタマイズされてるんだぞ、常識の範囲で物理的につぶすしかないさ。」

「ですよね……さっきまで守ってくれたあれ、後どのくらい使えます?」

「一分は展開できるがそれ以上は危険だ、俺だって自分の能力で自爆したくはない。」

ふと、自分の通信機に目をやる。そういえば機動部隊の応援を頼んでいたがどうなっただろうか?試しに作戦用の指定チャンネルをいくつか回すようにつないでみる。どうせ駄目でもともとだ、繋がればラッキーというような心境だった。

「HQ,HQ,こちらサイト-8100所属、政治局のエージント・海野です。登録コード2298-81-0015、現在身元不明の武装集団より攻撃を受けています。パワードスーツや機械的なアノマリーを含む猛攻により包囲されており救援を要請します。繰り返します、至急の救援が必要です。」

ノイズが酷く雑音だらけのなか聞き覚えのある声が答える。あのお飾りのロシア人が嘲る様な調子で返してきた。

「よう、お人好しが過ぎるからそういう目にあうんだ。デリバリーならとっくに送ってるよ。待機させてるのにまったく連絡が来ないからどうしたものかと思ってたのさ、打ち合わせもないのに大規模に行動しやがって。」

「イヴァノフ!お小言はいいから何を届けるのか教えてくれ。」

Хорошоわかった、わかった、現在あんたらを包囲しているGOCの偽装パラミリ連中をロシア大使館所属のGRU連中と機動部隊ろ-4”残党狩り”の共同編成部隊で囲ってる。PEJEOPAT再編中の今でよかったな、GOCの協力依頼に対しての襲撃対応ってことでやっこさんの証言を逆撃に使ってやった。位置を知らせろ、合図で強襲をかける。信号弾なり発煙筒なり何かあるだろ。」

「もちろん、何かしらで場所を知らせますが西塔と来栖が別で動いてます。そっちについても留意してください。」

「ああ、知ってる。俺の車が西塔の運転でお釈迦になったのを空から見てた……ああ、空からはっきりと。」

それきり無線は沈黙した。なんというか、色んな意味で同情するがともかくそれは生き残った後で西塔が適当にかわすだろう。今は合図だ……問題はどうやって合図を送るかだが……

「Mr.ローグ、弾を防がなくていいから空に信号弾でも花火みたいなものでも撃ちあげられるか?発煙筒を焚くような煙だけでもいいが」

「やったら奴らも動くがいいのか?」

「救援が位置指定が必要なんだとさ、さっさと助けにくればいいものを……」

「なら合図したら後ろにダッシュだ、でないとカスター将軍みたいな目に遭うのはまっぴらだ。」

そういうとローグはジャケットのポケットから何かグレネードのようなものを取り出すと思いっきり空に投げる。グレネードは赤い煙をもくもくと吐き出し、それを合図に僕らはさっきまでいた建物に思いっきりダッシュする。後ろからボンボンと何かが撃ちだされる音がして、次の瞬間には自分たちがいた場所に鉄製の矢が降り注ぎ、続けて雨のような弾幕が浴びせられる。撃ち返す暇もなく必死で走るが、急にタイヤが空転したように進まなくなり、一瞬の浮遊感の後に顔から地面にたたきつけられる。視界が赤く染まり遅れて右足に鋭い痛みが走る。叫び声が出そうになるのを必死でこらえ、立ち上がろうとするが力が入らない。

壁に開いた穴まで10mと言った所だった。ローグはこちらに建物の中から何か叫んでいるが耳鳴りで何も聞こえない……必死で叫んでいたが弾幕に身を隠す。振動が近づいてくる。身体に残る力を絞るようにじりじりと建物へと逃れようとするが、後ろからの足音は次第に近づいてきて……さっきのパワードスーツだろうか?サイボーグといい、パワードスーツといい、たった数人のために大した戦力投入だと思う。だが……殺されてやるのは癪だ。

「ちくしょおおおおおお!」

身体を転がし仰向けになる。無理やりライフルを構え、目に見えた大きな影に向けて引き金を引く。二本の銃身から15.7㎜の弾薬がすぐさま発射され、全身にたたきつけるような衝撃と爆音を発生させる。発射された弾頭は幸運なことにパワードスーツの胴体に命中し想定されないだろう大穴を開けたうえで炸裂する。

ニヤリと笑ってやるが、それと同時に力が抜けていく……這いずってでも仕事をしないといけないのに、ああでも、眠い……薄れゆく意識の中で誰かが体を引っ張り上げた感覚だけを感じ僕の意識はそこで途切れた。


20██年 3月██日 サイト-8100 政治局行政監督部 医務室 エージェント・海野

シャリシャリという小気味のいい音で目を覚ます。無機質な白い天井にカーテン……いつぞやに運ばれた覚えのあるサイトの医務室だ。

「ほう、おひたは」

何かを頬張りながら横から声がする。聞き覚えのあるガサツな女性の声だ。ふと視線をやると西塔が誰かが剥いたらしき林檎を食べながら喋っていた。その横ではイヴァノフが小さいナイフでせっせと果物をカットしている……

「ふつう逆では?」

「俺もそう思うがそこの知恵の長い女には通用しないらしい。」

イヴァノフが肩をすくめながら言う。大きくため息をついたうえで足元に置かれた書類鞄からファイリングされた書類を取り出すと僕に放る。西塔はふごふごと何かを言っているが思ったより大きく切られたリンゴのおかげで何を言っているか全くわからない。食べてから喋れ。

「それが今回の顛末だ。お前が太ももに弾を喰らったうえで俺のダブルライフルでのびてる間に後処理をしておいた、異論がなければサインしておけ。」

「結局、なにがどうしてああいう目に遭わされたんです?」

「簡単な話だよ、PEJEOPATの再編を財団が主導するか、世界オカルト連合が主導するかっていう話さ。連合はあのローグを囮に使ってPEJEOPATでの財団の発言権を落とそうとしたのさ。わざと放逐して俺たちを誘導し邪魔な奴ごとまとめて消して救援に行ったが間に合いませんでしたってな。失態は俺たちに押し付けられ日本での発言権を落とされる。そういう筋書きだったらしい。押し付けられる前に俺の古巣と結託して色々と脅してやった。」

クツクツと笑いながら国内の諜報事情を自慢げに語った後、イヴァノフは書類鞄からさらに一つ、まとめられた書類を取り出して今度は西塔の膝の上に乗せる。西塔は適当にスーツで果汁を拭くと書類の中身を覗き込む。

「げ、なんで俺は始末書なんだよ。海野はサインだけで報告書も免除なのに!」

「あのクリミアの改造にいくらしたと思ってる!それに装備類に動員したやつらへの言い訳、手当、その他もろもろの後処理、俺がやったんだ。そのくらい書いとけ!どうせ俺が全部責任取るんだ!」

まくしたてるように言うと明日の朝までに書いとけよ、取り立てに行くからな。あとその果物は俺からだから処分しとけ。などと言い捨ててイヴァノフは去って行った。西塔はその背中に中指を立てて罵倒していたが気が済んだのかこちらに向き直る。

「ああそうだ、お前の怪我だが全治一週間だってさ。足の弾は抜けてるし打撲も大したことがないそうだ。運が良かったな。」

「ええ、本当に。それで結局あのMr.ローグはどうなったんですか?まさか連合に引き渡されたとかないでしょう?」

「あいつは収容を希望したからな、イヴァノフが連合にケチつけて俺たちで収容だとさ。連合が自分を汚い爆弾に仕立て上げて日本を危険に陥れる云々っていうのを自身の体と持っていたデータで証明するために、ちょうど今頃は研究チームが立ちあげられて国内のどこに収容するか協議中ってところだろうよ。」

詳しくは書類を読めと言うと西塔は果物が積み重なった籠から適当に一つ取るとそのまま立ち上がる。ひらひらと手を振って去っていこうとするが思い出したようにこちらに振り返って言う。

「そうだ、来栖の奴も無事だったぜ。あいつはあいつでやり返してやるって意気込んでいたよ。本当に中学生みたいに元気な奴だよな。」

ケラケラと笑い今度こそ僕は医務室に一人で取り残される。目覚めて早々荒らしのような奴らだと思いながら書類を開いてみる。中には今回の経緯が簡単にまとめられており、事の経緯と状況の推移が記録されていた。自分が倒れた後、ロシア大使館に駐留していたGRUの小規模グループと警備シフトが終わって駆り出された機動部隊が僕たちを救助した事を中心にカバーストーリーについて、事前の経緯やこっちに話を持ってきた二人組がパージされた事、もろもろがそこに記載してあった。内容を確認し確認欄にボールペンでサインをすると果物の横に適当に放っておく。

「スタンドプレイがチームワークを生むなんて嘘だな、カオスになるだけだ。」

今回の自分の役割が一つ終わったことに安どして、僕は再び意識を落とすことにした。


20██年 3月██日 サイト-████ ██████████ エージェント・西塔

ガランとした部屋の中に椅子が二つ置かれている。一つには古き良き日本のサラリーマン風の男、もう一つには私が座っている。男はいやらしい笑みを垂れ流しながら冷や汗をだらだらとかいている。だらしがないやつだ。

「さて、加藤さん?いや伊藤さん?まあ、この際どっちでもいいや。自分がどうしてここにいるかは理解しているよな?」

「さあ?どうしてですかね?私はただ依頼しただけですから、はい。」

「そう、その依頼があんたらの上を通っていなかったおかげで俺たちは同じ連合の部隊とお互い未確認の武装集団として不運な事故を演じる羽目になったからさ。日本生類総研の施設はよく言ってくれたものだな。」

私は懐から電圧を落としたスタンガンを取り出しパチパチと放電させる。前にこれで脅したときはやりすぎでバッテリーが切れたから控えめにすることを意識する。生意気なことを言ったら特に理由なく押し付けるつもりだ。

「さあ?なんのことだかわかりませんね、はい。」

「さてな、俺はそれに関しては終わったことだからどうでもいいと思ってる。だが、俺が書く羽目になった始末書の落とし前は取ってもらわないといけないからな。」

口調がむかついたのでとりあえずスタンガンの電撃を食らわせる。脂汗を噴出させ叫び声をあげるが、逆に不快な気分になるだけなのでスタンガンを適当に離す。

「さて、俺は特に尋問が得意でもなんでもないが専門家は休暇中でな、知りたいことをしゃべってもらうぜ。

「まずは何を知りたいか教えてもらえないと何も言えないんですが、はい。」

「ああ、そういえば言ってなかったな。だが、あんたが既にキルスイッチだらけなのは分かってるんだ。だから俺はいたぶるだけいたぶって、本当の尋問はその後だ、せいぜいどれだけ頑張れるか覚悟しておくことだな。」

憂さ晴らしの始まりだ、たかがスポーツカーを一台ぶっ壊した程度で嫌な仕事をさせやがる。


20██年 3月██日 サイト-████ ██████████ 来栖監視官

マジックミラー越しに西塔の仕事を見ながらメモを取る。幼稚な罠にかかった私も私だが、おかげで連合に対するイニシアチブを得られるきっかけにもなったと思っておくことにする。イヴァノフ曰く今回の件はお人好しすぎる奴らが怪我の功名を取ってきたとの事だが、ならせめて汚点にならない程度に功績も上げておかねばならない。

「それでMr.ローグ、あなたの条件というのを聞かせてもらってもいいですか?結局のところ私はあなたが財団に収容されるにあたっての条件をまだ聞いていないのです。」

「あのロシア人には伝えたんだがな、まあいい。俺はあんたらに仕事をさせろ、人生の糧を寄越せとそういう取引をしたのさ。アドバイザーとして必要なときに話す機会をくれとな。」

首に携帯型のスクラントン現実錨を取り付けられその能力を封じられたローグは愉快そうに笑う。清々しい顔だが、内心で何を思っているのかその奥底は計り知れない。

「まあいいでしょう、あなたは今後オブジェクトクラスを指定され番号で呼ばれる身になるわけですからね、どう身を振ってどのように生きていくかは知ったことではありません。」

「そう言うなよ、お嬢さん。どうせまたいつか会う事になる。そこのエセ日本人エージェントみたいな面白いやつらがゴロゴロしているからな。」

私はたおやかに微笑んでやると大人らしく見えるような引き際で部屋を退室する。今回は人と多くかかわりすぎた。次は裏方で表舞台に立たずに仕事が出来る事を祈ろう。やはり仕事は静かに確実に行うべきだ。政治も諜報も水面下で、音を鳴らすのは最後だけでいいのだ。

〈オフィサー、ドクター、ソルジャー、スパイ〉
第四話 後編

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