サイト管理者のための面接試験――エージェント・カナヘビによる面接
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 "サイト管理室"と書かれた部屋の中はとんでもなく奇妙だった。上級・古参の研究員やエージェントというものはどいつも奇矯この上ない、一歩間違えれば気違いじみた性格の持ち主が多いが、そもそも人間でないこの爬虫類に気違いもクソもあるまい、と俺は思った。
 ドアを除く壁全面、そして天井に至るまで、壁から出し入れできる形で、大量の書籍や書籍が置かれた本棚や、訳の分からないガラクタが山のように突っ込まれたおそらく強化プラスティックで出来ているであろう数多くの半透明な収納の群れがあり、そして収納と収納、本棚と本棚の間には、丁度壁を這いまわる者にとっては丁度いいだろう通り道があった。
 机や椅子のような家具らしい家具は殆どなく、青色のビニールが貼られた床の中央に黄色いビニールテープで囲まれ、「足を置くな!」という文字とともに大量の書類や書籍やよくわからないものがその内側に積み上げられた場所があった。
 天井に貼り付けられた箱のひとつに、脚の多い蜘蛛を模したような、胴体の部分が直径70センチほどの透明な半円になった機械がへばりつき、自身の胴体の中にいる小さな爬虫類に書類を差し出していた。
 爬虫類は俺の方を見ずに言った。
「ぁあ、えらい早いお越しみたいやけど、ボクはまだ書類仕事してんねん。そこ座って待っといて」
「え、いや……」
 この部屋のどこにも椅子らしいものがないことに俺は戸惑った。が、すぐに疑問は解決された。アームのひとつがちょいちょい、と俺の右斜め後ろを指し示した。その半透明なデカイ引き出しの中にはパイプ椅子があった。
(自分で出せってことかよ……)
 情けない気持になりながら、俺は椅子を収納から引き出し、脚を立て始めた。始まる前から暗澹たる気持になりそうになった。それなりに努力して、そこそこの大学院で論文を出して、博士号をもらった。大学の講師にも上手くなれた。いずれ教授になれる。世間的には勝ち組のはずだった。この「財団」でもそれだけの経歴があるなら下にも置かれぬ扱いをされてもいいと思っていた。その程度の経歴の持ち主など、財団には腐るほどいるということが分かってからだ、この気持は。そこで何かがぽっきり折れてしまったような気がして、そのままだらだらと50手前まで生きてきた。
 ずっと、殆どの情報にもアクセス出来ないような平研究員として、大して重要ではないAnomalousアイテムの管理だけすることになるのかと思っていた。だから、上から俺のところに「あなたがサイト管理者候補に選ばれました」という通知が来た時は驚きと喜びが来る前に、しばらくこれは何かの間違いではないかと思って上に問い合わせたくらいだ。
 俺には幸運の神様が微笑んでくれるようになったのではないか、とここしばらくのツキっぷりを見て思っていた。通知が来る2ヶ月ほど前に、とても手が届かないような美人の恋人が出来たのだ。それも、相手からの告白だった。未知……SCP財団という組織にピッタリの名前だ、というのが口癖の彼女。私のつまらない仕事についての愚痴も真剣に聞いてくれる彼女。Anomalousアイテムとはいえ起こりうる危険への恐怖も、物品について彼女へ話すうちに(本当は良くないのだけど)薄れていった。俺のような、この組織にとっては使い捨てても問題にならない人材にも本当に優しい彼女。本当に幸運だとしか言えない。そしてこの、俺には不釣り合いとも言える昇進の通知。
 けど、まだ幸運がついているかもしれない、という考えで意気揚々としていたものの、この調子を見るにそろそろツキも終わりかもしれない。俺を満たしていく自己無力感を俺は必死で振り払った。しっかりしろ、宇陀崎研究助手よ。幸運のチケットをもらえたことには変わりないはずだ。これからそれをもぎ取ればいいんだ。
 必死で俺を励ましながら椅子と机を並べて座った時、後ろの扉ががちゃりと開いた。
「アロー、アロー、小さな爬虫類君にエージェント・差前急便からのお届け物ですよーっと」
扉を開けてやってきたのはよく日焼けして、スーツを着崩した男――エージェント・差前だ。彼が台車に乗せて持ってきたのは、大体人間の胸くらいまでの高さのある大きさの灰色のロッカーだった。
「おおきに、差前クン。言うた通りにしてくれたよな? やりすぎてへんよね。一応聞いとくけど」
「だぁいじょうぶですってえ。仕事は仕事、趣味は趣味です。ちゃんとしてますよ……あ、どいてどいて」
俺が慌てて椅子をずらすと、差前はいかにも重そうに台車を引っ張って、「足を置くな!」と書かれたテープの中にずかずかと入ると、書類をざざっとどけて、ロッカーを乱暴に置いた。どすん! という大きな音に思わずびくりとする。
「乱暴やねえ、装填してあるんやで? 壊れたらどうしてくれんの」
「そう簡単に壊れるようなもんでもないですってば。それに、暴発しないようにするコツが有るんですよ」
 装填? 銃? なんで銃を? しかしなんとも乱暴な会話だ。俺よりずっとクリアランスの高い相手が、そんなことしていいのかよ。そう思うが、なにか言うことは出来なかった。
 また扉が開いて、今度は2人の白衣の男が入ってきた。柳川上級研究員と槌尾上級研究員……どちらも俺より5歳近く年下で、入りたての頃は俺が先輩として色々と教えたことがあり、そして俺よりも飲み込みも要領も良く、いつの間にか俺より地位が上になり、風のうわさでEuclidクラスScipの研究員としてバリバリと職務に励んでいると聞いた連中だった。
「あれ、宇陀崎さん、あなたも呼ばれていたんですか……この、槌尾さんも宇陀崎さんに昔お世話になったんだって聞きましたよ、どうですか調子は」
柳川の質問に対して俺は正直なところ、「お前らがここに来てなきゃもうちょい気分良かったぜ、どうせ後輩のお前等にポスト持ってかれるのはわかってるんだから」と答えたかったが、ぐっと我慢して俺は、
「ああ、こっちこそ調子いいぜ。コッチは相変わらずだけど、そっちはどうだい? 聞いてるぜ、バリバリやってるって。俺みたいな万年下級研究員が呼ばれた時はびっくりしたが、そうか、お前等と一緒ってことは俺もなかなか捨てたもんじゃないんだな」
「そんなご謙遜を。先輩のご鞭撻のお陰で我々もここまでいけたんですから」
槌尾のへつらいに「何がご鞭撻だよ、んなことお前ら欠片も思ってないくせに。お前等への指示なんてマニュアル渡して『自分で考えろ』以外何もしなかっただろうが」と思わず言いそうになる。駄目だ、こんな調子では勝負の前から負けが決まっているようなもんだ。
 一瞬気まずい沈黙が起きそうになって、慌てて話題を変える。
「そういえば、さっきから気になっていたんだが、ずいぶん白衣が膨らんでるな。下に何着てるんだ?」
「ああ、これは」
 柳川の声を甲高いボーイ・ソプラノが遮った。
「みんな揃たみたいやね。まだあと10分位あるけど、コッチの準備は出来たし、始めよか。よろしくお願いします」
 慌てて槌尾が、
「あの、カナヘビさん。まだ心の準備が……それに面接がそんな……」
と言うのをカナヘビは遮った。
「面接つってもボクの説明を聞いてもろて、そんで最後に知識やらと関係ない、ちょっとしたテストをするだけやから。まぁ、ボクの話を聞いてるあいだに準備してもろたらええねん。あ、差前クンはこの面接をお手伝いしてもらうから、気にせんでええで」
 カナヘビはそう言うと、こっちの返事も聞かず続きを喋り始めた。俺、柳川、槌尾は慌ててメモ帳を取り出した。
「ええっと、まずサイト管理者っていう仕事は、ものすごくざっくりと言うと様々な危険なオブジェクトを集めた場所の管理をする仕事なわけや。基本的に管理者は心理学や人員の使用、指揮、そして収容のプロフェッショナルであることが必要になる。だからまぁ、サイト管理者候補になった人間はそれを十分に備えているということが確認されているメンバーなわけやね」
 少し誇らしい気分。全くそんなものを備えている気がしないが。
「これから基本的事項の確認をする形で講義すると、我が財団の日本におけるサイトは『81XX』という、4桁のナンバーによって表されとるわけや。そして、そのどれもに非常に危険な超常的オブジェクトがいっぱい収容されとる。つまり、管理者のしくじりは、容易に、大量の死を生み出すし、ひいては人類そのものの滅びにもつながりうる。これも分かっとるよな」
 それは……俺は、その言葉を聞いて責任が重いことを自覚した。これまで、Anomalousアイテムばかり扱っていた人間になんで急にそんな重大なことをやらせようとするんだ? 分からないが、話を最後まで聞かずに出て行けるほど俺は面の皮が厚くなかった。
「もちろん管理者のやらなあかんことはただ、責任を負うだけと違う。例えば、サイト個々の人員の配置はすべて管理者によって行われる。収容スペシャリスト、研究員、セキュリティ担当者、戦術対策担当者が常に適切に配置されんと、収容違反が蟻の一穴から起こる」
 人事。それこそ、俺にできるものではないだろう。適正? どうやって見抜けばいいんだ?
「心理学的所見に関しては財団所属の精神科医が届けてくれるけど、一番ええのはこまめにどういう人間であるか、というのを見ることやね。とはいえ、」
 カナヘビは言葉を一旦切り、莫大な書類が詰められた引き出しのひとつ――今は差前が少しだけ引き出して、その上に尻を乗せている――をちらと見て、言った。
「ボクらにはやらなあかんことが多すぎるねん。個々の嘆願書や研究員による提言、サイトの設備・環境・特別収容プロトコルのこまめなチェック。全部ボクらの仕事や。そして、それは常に間違いを許されへん。かといって、人事で間違いをすることも許されへん。じゃあ、どうするか。それは職員に草、要するにその人間が適切に行動できとるか、普段の心理状態はどうか、とか……特別に仕立てられたチェッカーがおるんや……ああ、君らはそれによって適切であると判断されたからこうして呼ばれたわけやね」
 えっ。嘘だろ? ずっと俺たちはスパイされてたというのか? じゃあちょくちょく俺がやってきた維持費や管理費の水増し、Anomalousアイテムをすり替えて売却したこともバレているのか。いや、そんなはずはない。だったらここに呼ばれるはずがない。だからセーフだ。
 「プライバシーもクソもない、とか、人権侵害や、とか思た人も居るかもしれへんね。けど、はっきり言っておくけど、人権なんてものはこの財団においてはないんや。もちろん、君らは快適な生活を送ることは許されている。でも、前線で戦い続ける兵士が常に鉛玉と死、絶望から逃れるためには手段を選べないように、ボクらはこの宇宙、この人類のために奉仕するという最大原則のために、失敗できひんのや」
 カナヘビの言葉を聞き流しながら、俺は恋人に貢いできた金額をどうやって補填するか必死で考えた。向こうから言い出したわけでもないのに、好かれるために全力で……いや、俺自身が見栄を張りたかったのだ。せめて見た目だけはエリートらしく上等な格好をして、恋人にもいいものを持っていて欲しかったのだ。だから……財団がくれる給料がいくら法外なものでも、足りなかったのだ。畜生。
「君らの命は地球全体のために捨てなならんことがある。それどころか、サイト一つの人間を皆殺しにしてでも、サイト管理者はSCPの脱走を止めなあかん。神に祈れへんボクらには辛いで。なにしろ、このクソッタレ宇宙の天主様は根性曲がりみたいやからね」
 しかし、未知ならきっと、俺のことが本当に好きなはずだ。だって、俺が仕事のことを話しているだけで微笑んでくれているんだから。たとえ俺が見栄を張らなくても、愛を分かってくれるはずだ。管理者になればAnomalousアイテムくらいはなかったことにできる、きっと。使い込みの補填も出来る程度に給料も上がるだろうし、楽勝の筈だ。未知だって、俺が管理者ならば俺のことを間違っても見下さないだろう。俺の近くに座っている、自分が管理者になって当然だと思っている連中みたいに、俺のことを見下さないはずだ。
「さて、ではこれから管理者候補の諸君には本試験を受けてもらおか。事前に管理者候補の人らは心理テスト、学術テスト、忠誠度診断、ミーム的・情報災害に対する抵抗力診断……いろいろなテストを受けてもらったけど、これがほんとうに最後や」
 えっ。
 ちょっと待て。そんなもの受けたことがないぞ。
「テストは簡単や。結局、精神的診断をいくら行ったとしても、経験がないといざとなれば人間、隣人を犠牲に出来ひんもんや。このテストでは整形したDクラスを本来使うんやけど」
 俺は立とうとした。できなかった。いつの間にかエージェント・差前が後ろにいて、俺の肩に手を当てていた。それだけで立てなかった。動こうとしても、立ち上がる力より抑える力のほうが強かった。
「何を」
 そこまで言って振り向いた時、俺は恐ろしいほとに冷えきった、スペイン風のマスクの後ろにある二つの目玉を見た。俺は悲鳴をあげようとして、
「ゲヒュッ」
と妙な声を上げて、地面に倒れた。喉仏に親指を根本までねじ込まれて、声帯を潰されたことが激痛と息苦しさの中どうにかわかった。
「え、エージェント・カナヘビ、エージェント・差前……一体、何を!」
 柳川が叫んだ。
「今回の場合、珍しい偶然があってな。お二人の先輩に当たるこの宇陀崎研究員は、Dクラスへと本日付で降格されることになった。財団への忠誠心にあまりにも欠け、職務遂行に対して致命的な失敗を犯しうる。使い込みやったらまだ懲戒で済んだやろね。スパイした彼女も恋人と勘違いさせてもうたことを反省してたし、情状酌量の余地はある。でもAnomalousアイテムの売却に対して吊り合うのは、君自身の肉体を役に立たせる以外あらへんよ。残念やねえ」
 無感動に爬虫類は告げて、自分の蜘蛛のような水槽の脚の一本を、差前が持ってきたロッカーのドアに引っ掛けて開けた。
「素人でも散弾やったら当てられる。差前クンも君らの手を支えてくれるしね。ああ、跳弾の心配はせんでもええよ。火薬は減らしてあるし、全部防弾やから。そのためにチョッキ着てきたわけやしね。」
 嫌だ。死にたくない。先輩だろう俺は。くそ。俺を好きになってくれる人間なんて誰もいなかったのかよ。嫌だ。嫌だ。俺は失禁しているのを自覚した。ああああああ。死にたくない。
「体液で汚れるとかそういう遠慮はいらんで。床、そのために全部ビニール張りにしたしな」
 あああああああ。あああああ。嫌だ誰か助けてくださいなんでもします、心を入れ替えますからそうだ柳川槌尾撃つな撃つな
「やります……」
震えながらそういった槌尾が銃を取り差前がとろけるような笑みでその手を支えて(まるで結婚式で恋人をエスコートする男のように丁寧に)そして俺に銃を向けて

       辞令
槌尾上級研究員を本日を持って
サイト-81██のサイト管理者とする
O5-█ 

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