パレード──五行推参
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写真週報 昭和17年 5月6日「時の立て札」より

亜細亜復興の大道は開けた
殉忠の父、夫、我が子の霊は叫ぶ
“前進せよ”と
征かう
築かう
靖国の英霊を仰いで
大東亜共栄の礎を


1945年8月15日 午後12時50分 枢密院会議室内 枢密院議長 鈴木貫太郎

時計の秒針が刻む音を、私はただ聞いていた。
この音が、ひどく耳障りに思えた。私はいつも通り、黒い背広に黒い革靴。
だが今はこの、全身に纏っている衣服がやけに軽く感じられた。

秒針は、なおも時を刻み続けている。
この時計の刻んでゆく時間すら軽々しく、虚しく思えた。

その理由は明白だ。

今日、彼の名の下に始められた大戦が終わった。
今日、8月15日正午。全ての時計は零に戻った。

征戦の戦局芳しからず、将兵の多くは骸となり、また各地の多くの人々が犠牲となった。
都市は爆撃され、国民は死に、国土を侵犯され────そして彼の名の下に、戦争は終わった。

「彼」とは、私の傍におわす、我が君主に他ならない。
彼は苦悩に苦悩を重ね、ようやく、この戦を終わらせる事ができた。

彼は今、大日本帝国陸海軍元帥の軍服を来て、時折落ちる汗を手巾ハンカチに吸い取らせながら、時を待っていた。

彼は私が長年支えて来た主上おかみであり、帝国に於ける立憲君主である。

終戦工作は、もとより簡単な仕事ではなかった。
軍人や官僚たちは挙って彼を利用したが、決して彼を上部の命令機関だとは思っていなかったからだ。

彼は玉座についてすぐさま、非常に厄介な政治状況に置かれていた。

この時点で既に、陸軍は統帥権の桎梏を抜け出し、中国大陸への侵略を画策していた。

そして気がつけば、軍閥の長が列車ごと爆破される事件が発生してしまった。
張作霖、軍閥が割拠する混迷した大陸の状況を安定化させうる、唯一の人間だった。

画策したのは陸軍だ。非常に面倒な事態となった。

先々代の明治帝には伊藤博文のような強力な政治的助言者は存在しなかったのが彼の不幸であった。
その結果、彼は正義感によって政治に介入し、首相を罷免した。その結果、威信を失ったのである。

彼は自らを、国を治める「機関」乃至「器官」だと自認していた。
先帝も、先々帝もそのように振舞って来た。

だが、その「機関」は暴力装置の行動を追認するのみの、無為な物に成り果ててしまった。

私たちが今いる枢密院は、かつては天皇の諮問機関として強力な力を持っていた。
だがこれも気がつけば「御前会議」なる政治的な茶番劇、追認劇の舞台となるのみだった。

それから数年の月日が流れた。
15年間も、この国の権力構造は空白のままだった。

その間大陸の戦況は混迷していた。北にソヴィエトと言う大敵を抱えたまま、戦線は拡大を続けた。
気がつけば国際社会の包囲を受け、かの大戦が始まった。海軍もまた、戦線の拡大を推し進めた。

その間、陸軍と海軍は権力の主座を争い続けていた。
そして、彼はそれを黙認、追認し続けていた。物言わぬ機関として。

思えば、我が国の政治的権力機構は上に帝を戴きつつ、実際的な行政機構と統帥権の紐付けが不明瞭であった。
明治の始まりは薩長土肥の元勲達が、元勲達が死んだ後は陸海軍らが、その権力の実際的行使者となっていた。

それ故に、陸海軍の戦力が衰微し戦局は敗勢へと進んだ時点で、ようやく彼の出番が来た。
彼は本来ならば劇の主役たるべきであった。そして、彼は大戦の幕引きを演じたのである。

なんとも皮肉なことだ、悼ましいことだとも思う。

私は首相の大命降下が降りるや否や、終戦工作を進め、そしてそれがようやく実を結んだ。
それは容易ならざる仕事で、一部の将校はクーデター未遂を起こしたが、それも終わった。

そして、帝国は終焉を迎えた。今は形式上帝国だが、占領軍が進駐し次第、終わるだろう。

これが、彼が玉座に着いてから今に至るまでの出来事である。
全ては終わったかのように見えた。だがしかし、面倒な問題が残っていた。

我が国には、常ならぬ力を使うもの達がいる。所謂、超常機関なる存在である。
彼らは古くから世界中の国々に存在し、時の権力者の庇護を受け、歴史の闇の中で蠢いていた。

帝国に於ける超常機関群、彼らをどのように処遇するかが問題であった。


1945年 8月15日 12時51分 侍従長 藤田 尚徳ふじた ひさのり

あの厄介な反乱事件の後、私たちはようやく解放され、自由の身となった。
これでまた、主上にお仕えする事ができる、そのように胸を撫で下ろしていた最中だった。

だが、それはどうやら間違いだったようだ。

私は近衛の者達に護衛を受けつつ、直接門の様子を見に行った。
既に斥候が、門の外の様子を見に行っていた。

私は斥候を勤めた兵士に、状況を確認する事にした。

「外の様子はどうなっていますか?」
「は……九門の外に手勢が」
「各門の敵勢力はどうなっていますか?」
「はい、各門に3個小隊、特に東宮に近い桔梗門には一個中隊が張り付いている状態です」

昨日の夜と状況は変わっていない、私は足元から崩れ落ちそうになるのを堪えつつ報告を聞いた。

「この時期に、彼らは一体どこから…装備はどうですか?」
「は、斥候の報告によれば、九十九式歩兵銃、九十九式軽機関銃などの制式装備を持っています」
「随分、装備が整っていますね。最新型ではないのですか?」
「そうです。恐らく、本土決戦用の備蓄を奪ったか、あるいはヤミ商人に流れたものを買い取ったものかと」
「どうです?近衛で支えきれますか」
「難しいやもしれません。双眼鏡で確認したところ、奴らは擲弾筒まで持ち出しています」

八十九式重擲弾筒。

近衛の者の説明によれば、台座を地面に足や金具で固定するだけで手榴弾を遠くまで飛ばせると言う。
つまり、賊は砲まで持ち出してきたと言う事になる。
よりにもよって、御所に砲口を向けるとは。昨夜の青年将校の反乱が可愛く思えてくる程だった。

「我が方の戦力は?」
「皇宮警察及び近衛第一歩兵連隊が、九門の守護に当たっております」
「わかりました、私は主上にその事を伝えて参ります。あなたもどうかお気をつけて」


1945年8月15日 12時53分 枢密院議長 鈴木貫太郎
息急き切って走り込んできた侍従長が、現状を伝えた。

“負号部隊”及び異常事例調査局の国内勢力、恐らくは留守居役の部隊だ。

彼らは現在、皇居周辺に兵力を展開している。

負号部隊は陸軍直下の超常特殊部隊である。
彼らは今まで姿を消していた。それが、今日突然現れたのである。

帝国の権力機構が空洞化してからというもの、彼らのコントロールは失われて久しい。
我が国の主だった特務機関と言えば、大日本帝国異常事例調査局がそれに当たる。

終戦の詔勅が行われた今もなお、彼らは暴走状態にあった。
事実、彼らは大陸で、南方で、今もなお交戦を継続している。

そして今日、彼らは突如現れ皇居周辺を占拠した。
今朝まで行われていた将校たちの反乱、その最悪な形での再演。

これは、体内に原子爆弾を抱えるに等しい状況だった。
超常兵力を解体できるほどの戦力は、我が国にはない。

あてになるのは東部軍司令部だが、今朝方の反乱で、皇居の電話線は切断されていた。
使いを出そうにも、出入り口は全て固められている。

こうしている間にも、時計の秒針は刻々と時を刻み続ける。


1945年 8月15日 12:54分 東京都千代田区東部軍管区司令部 東部軍司令 田中静壱たなか せいいち

あの反乱騒ぎから既に半日が経過した。
だが、終わっていなかった。反乱は未だに続いている。

電話がひっきりなしに鳴り続けている。それと、負号部隊の伝令が玄関先に来ていた。
何度も追い返したが、彼らはしつこく食い下がった。そうこうしているうちに、連中の数は一個小隊に増えた。
思うに、奴らは見境がなくなっている。このまま東部軍と全面戦争でも始めかねない勢いだった。

どうする?玉音放送のおかげで、兵の士気は下がっている。
皇居の電話回線は未だ修理されていない、電話も繋がらない。

あの放送の後、姿を見せなくなったものもいる。どこかへ逃げたか、自殺したか。
なんにせよ、まずは士気を回復する事が先決だ。しかし、宮城はどうする。どうすればいい。

仕方がない、あいつらの代表に会ってやるとするか。

そう思い、兵を呼んで、連中の代表をここに呼ぶように言った。
嫌な予感が脳裏に過ぎった。

森師団長

彼は反乱を押しとどめ、説得するつもりだった。
しかし、血気盛んな将校にピストルで撃たれ、死んだ。

自分もそうなる可能性は非常に高い。

思わず、手元の十四年型・南部式大型拳銃の残弾を確かめた。
全弾装填、いつでも撃てる状態だ。ひとまず安心できた。

ドアが開く、そこに居たのは見知った顔だった。

「お久しぶりですな」

葦舟龍臣

“負号部隊”の設立に関与した男であり、その代表である男がそこに居た。


1945年 8月15日 12時55分 枢密院会議室内 枢密院議長 鈴木貫太郎

刻々と時は進む。

彼らが何かおかしな動きをすれば、せっかくの終戦工作も水泡と帰すだろう。
彼らに釣られて、再び近衛師団らが蜂起する事にもなりかねない。

それだけは、絶対に阻止せねばならない。

しかし、この状況を打開できる一つの可能性があった。
数日前、一通の書簡が御文庫に届いた。それは気がつけばそこにあった。私の手の届く場所に。

差出人は五行結社、かつて蒐集院と行動を共にしていた超常団体である。
内容は簡潔そのものだった。『8月15日午後13時に推参仕る』ただ、それだけ。

彼らの目的は不明。だが、もし彼らと会談の場を持ち、日本政府側への協力を要請できればどうか。
暴走状態の超常機関を日本側で自発的に解体し、戦後工作を有利に進めることができるだろう。

そして彼は、刻限通りに会談を行う事を決断した。

奇しくも終戦の奉勅の放送日に、狙いすましたかのようだった。

「鈴木、五行の者らはなぜこの日を選んだと思う?」

彼は私に問うた。

「私にはわかりかねます。陰陽の頭おんみょうのかみ、いかがでしょうか」

私は、眼前の賀茂相忌かもしょうきに問うた。
彼は晴明院せいめいいん陰陽頭である。

賀茂は、畏れながらも陛下に背を向け、床の上の座布団に座って瞑目していた。
そして、賀茂の傍には、4人の若い弟子たちが4人ほど、同様に座布団に座って瞑目していた。

彼らの眼前には、八足台。そして三段の簡素な祭壇が設けられていた。

一段目には米、果物、菜、神饌の四つの皿が三方に乗せられている。
二段目には魚、塩、神酒。
三段目には、壇の両端に白磁の長い花入れに、榊が二本。

しかし、そして中央には磨き抜かれた鏡が置かれていた。

かつて平安の都には、怨霊や神が跋扈していたという。少なくとも、貴族たちはその存在を信じていた。
そして、これらの災厄から帝や貴族たちは身を守る必要があった。

そのために、国中の呪術者・占術者を集め、これらの業を一つの行政的な法のごとく束ねた。
これが「陰陽道」の起こりである。彼らは星を読んで太陰暦のカレンダーを作り、大安・吉日を定めた。

彼らは様々な宗教の様式を取り込み、独自の祭祀形態を作り上げ、国家行事を天災より守護した。
陰陽道を行うものを陰陽師と言い、これらを束ねるものたちを陰陽寮と言う。

賀茂相忌はこの陰陽寮の流れを汲んだ、今では非常に少ない陰陽師である。

大日本帝国興隆の時代、明治三年。明治政府は巷間に蔓延る淫祠邪教の排斥を掲げた。
そして最初に修験道を、次に陰陽道に対し、禁令を発したのだ。

これは、徳川幕府時代に幕藩側に付いた妖術者、その残存分子を排斥するためでもあった。
しかし、これによって陰陽寮の組織は空中分解を起し、人員の多くは蒐集院に吸収されてしまった。

そして陰陽寮中枢に居た陰陽師たちを、皇室は抱え込んだ。

それが晴明院である。もともとは、皇室の超常物品の管理を行うのが彼らの任務であった。
少なくとも超常行政機構としては、弱体であると言わざるを得ない。しかし、皇室は彼らを保護した。

理由は明白だ。皇室は、基本的に超常行政及び超常機関と一定の距離を保つのが通例とされた。
要は、あまり信用することができなかったのだ。だからこそ、一番弱い勢力のみを抱え込んだ。

結果、晴明院は枢密院の下部組織として、枢密院の呪術的守護を行う超常機関として再出発を果たした。

「鈴木、集中を乱してはならぬ。分からぬなら、それで良い」

彼は、私を嗜めるように言った。

「五行の者は、我ら陰陽寮と同じ流れを汲んでおります」

重々しい声がした。

賀茂が返答したのだ。しばらくの間、まるでここにおらぬかのように気配を消していた。

「陰陽道の本懐は占いにあり。おそらく彼らは、今日が終戦の日となる事を占事によって知ったのでしょう」

「ならば、負号部隊の者達はどこから湧いて出たのでしょう?」

賀茂は指先を床に向けた。

「この国には神の通り道が、水脈の如く行き交っておりますゆえ」
「神の通り道?」
「左様です。地脈、或いは霊脈、龍脈などとも呼ばれます。彼奴等はそこを通り現れたものと」
「信じられませんな……」
「そうお考えとなるのも無理なき事。しかし案ずることはない……委細、私にお任せください」

賀茂はそう答えると。再び気配を消した。

彼らの衰微は顕しく、用意できた人員は賀茂を含め、たったの五人のみである。
既に全員が沐浴斎戒、身固めの呪法を済ませた後であった。おそらく全員が、死ぬ覚悟だ。

外周には負号部隊と大日本帝国異常事例調査局。そして、五行結社が来る。

この5人が、彼を守ることのできる最後の盾であった。

秒針の音が、室内を満たしている。

あの大時計の刻む刻に、果たして意味はあるのだろうか?

これから私たちが行うことは、単なる精算に過ぎないと言うのに。

しかしそれをしなければ、再び戦が始まるだろう。
その戦は、もはや誰の名の下にも行われない。

国民が武器を、否、武器と言えるもの。鎌や鍬や鋤や刀剣で、米軍の圧倒的な戦力に立ち向かう。
絶望的な戦だ。それはもはや、戦とも呼べぬものだ。

零に戻った時を、戻してはならない。


1945年 8月15日 12:56分 東京都千代田区東部軍管区司令部 東部軍司令 田中静壱

「死んだ、と聞いていたぞ」
「それは何かの間違いでしょう、よくある事です」

葦舟は飄々と答える。

「先日はご苦労様でしたね」
「何を、何を抜かすか!近衛の次は貴様らだ!何を考えている!」

だが、葦舟は飄々とした風情でその顔色を変えない。

「私の考えている事は一つ、聖戦の遂行。ただその一事です」
「バカな事を、既に陛下の聖断は下ったのだ。それを貴様は反故にすると言うのか」
「反故にするつもりはありませんよ。しかし、全てをやり直せるならどうですか?」

すると、葦舟は一枚の図面を机の上に置いた。

これを起動できれば、帝国は必ずや勝利できます」

図面の内容は驚くべきものだった。

にわかには信じられなかったが、葦舟たちが作り上げて来たものなら幾つか知っていた。
その中には、確かに驚嘆に値すべきものがあった。だとするならば──────

「これを動かすには今しばらくの猶予が必要です。後1年、いや、半年。この国は戦い続けねばならない」

やけに喉が乾く気がした、この暑さは異常だ。
そして、この男の提案も。

「主上の判断に背こうとも戦い続けようと考える兵士は、数多くいるでしょう。あなたもそうなのでは?」
「何を、言っている」
畑中少佐は残念だった、だが自分は違う。あなたはそう考えている。でも本当にそうでしょうか?」
「バカな事を」
「例えば、厚木の302飛行隊などはどうです?あるいは埼玉の児玉基地、まだ飛行機と燃料はある」
「何を……もう燃料などない!行って帰って来るだけの燃料が碌にないからこその特攻なんだぞ!?」
「しかし、彼らならばまだ戦い続けることができるはずです。連絡してみてはどうです?」
「だが……」

葦舟は、こちらの目をじっと見つめて来る。
爬虫類のような、とても嫌な目だった。

「ご決断を」

声が、悪魔じみて響いた。


1945年 8月15日 午後12時57分 皇居外苑

皇居の周囲には、鉄兜を被った軍装の男たちが蝟集いしゅうしていた。

背に小銃を背負い、軍刀を腰に提げ、あるいは擲弾筒に張り付き、重機関銃を地面に据え付けて伏せの姿勢を取るものも居た。8月の強烈な日差しが降り注ぐ。誰もが汗を流し、流れた汗は地面に吸い取られていく。だが、彼らはそのま動かず、時を待っていた。

誰を待っているのかは言うまでもない、彼のことである。

そこにいる誰もがこう考えていた。あの放送は、何かの間違いだったと。
自分たちはこう教わって来た、御国のため、天皇のために死ねと。
誰もがそうして来た。そして誰もが死んでいった。今度は自分たちの番だ。

かの優勢なる米国に対し、自分たちは真っ正面からぶつかって死ぬ。

そう、自分たちは死ぬためにここに居るのだ。あの放送が流れてもそれは変わらない。
国民悉くが死ぬべきだ、武器がないなら竹槍でも作ればいい。

死んだものは皆、靖国に行った。なれば我々もそうあるべきではないか。
誰一人として生存するべきではない。御国の為に全国民が戦い、あるいは自死せよ。

それこそが護国、今次大戦の最後の本義であり、悠久の大義ではないのか。
少なくとも、彼らはそう教えられて戦争を過ごした。全ての国民がそうだ。

ならば、継戦はされねばならない。皆が死ぬ為に、皆で死ぬ為に。
それを主上に認めさせねばならない。武力を用いてでもだ。

口実ならばいかようにもできる、陛下の宸襟を安んじ奉る。これでいい。
ある兵士は思う。この物言いは、恐らく逆賊のものだろうと。

またある兵士はこうも思った、それがどうした。

歴史を鑑みれば、この台詞を吐いたもの悉くは、皆逆賊だったではないか。
昭和維新を叫んだ連中、かつて御所を包囲した連中、皆そうだったではないか。

自分たちがそうして良くない、と言う理由などどこにもない。

ある兵士は空を見上げた。狂ったようにギラついた日輪が、彼の目を射抜いた。
誰もが狂っているのではないか?彼は思った。ここに居合わせた全員がそうだと思った。

しかしそれならば、狂っていない自分たちなどというものは存在したのか?
それは軍に入る前だろうか?いや、それは違う、軍は世の中全てから称揚されていた。
軍人になることは正しいことで、俺もまたそのことについて祝福を受けたではないか。
なら、自分たちは狂っていない。全ては戦争が始まる前からそうだった。

おのれらは、あの日輪の下に死ぬ。初めからそう決まっていたのだ。

この日、この場に居合わせた兵士たち全員が聞いた。

歌が、聞こえた。

万朶ばんだの桜か襟の色 花は吉野に嵐吹く

乾門の兵士は見た、靖国神社の方から、数えきれぬほどの人波が押し寄せてくるのを。
その人波は数万、否、数十万にも及ばんとしていた。
気がつけば、皆が万歳を唱えていた。自分たちの思いは、多くの人に通じていたのだ。

それはあたかも、かつて自分たちが参加した行列パレードのようだった。
しかし、それはどこか奇妙だった。何かが、おかしい。そう思う間にも、行列は近づいてくる。

そこには、多くの人間が居た。あまりにも多くの人々が。その装いはバラバラだった。
先頭は陸軍だったが、海軍の二種礼装を纏った人々も居た。

かと思えば国民服を纏った青年、あるいは作業服の初年兵、飛行帽を被りゴーグルをつけたパイロットも居た。
着物を来た主婦もいれば、妙齢の女も居り、襷掛けの女学生も居た。旗袍チーパオに似た服装の女、あれは支那人か、一度南方で見かけた、傘を頭に乗せた老人、青年……ありとあらゆる人々がそこに居た。

何かが、おかしい。全員が気づいた。行列に参加する人々は、その誰もが血を流し、あるいは片方の手足がなく、あるいは頭がなく、あるいは全身から血を流している。母を呼ぶ幼子の声が聞こえた、子を呼ぶ母の声がその中に混じって響いている。ボロボロの服を身にまとい、あるいは服を着ていない者もいた、そういった者は概ね全身が焼け爛れている。腹から内臓をはみ出させ、蛆虫を腹から溢しながら歩く者もいる。

行列は日差しの中を、歌いながら前進してきた。

誰も彼もが全く別々の歌を歌いながら、前へ、前へと進んでくる。
銃を構える暇などない、気がつけば皇居の門を固める兵士たちは行列に巻き込まれた。

頭をもぎ取られ、足を引きちぎられ、はらわたを裂かれ、あるいは犯され、あるいはピストルで頭を撃たれ、軍刀で刺し殺された。ほんの、数刻の出来事だった。皇居周辺を固めていた叛徒たちは、ものの数分で鎮圧され、鏖殺された。

ぎらつく日輪の下、彼らは自ら望んだ通りに死んだ。そして行列に加わった。

行列パレードはどこまでもどこまでも続き、そして前進し続けた。


1945年8月15日 午後12時59分 枢密院会議室内 侍従長 鈴木貫太郎

大時計は今もなお、時を刻み続けている。
刻限までは後1分、外からは1発の銃声も聞こえて来ない。

主上の前に固まった賀茂らは一層、集中を強めているよう見え、しわぶき一つも立てなかった。

秒針が時を刻む音だけが、室内に響きわたる。いや、何かが聞こえる。
廊下を靴底が叩く音だ、その音が少しずつ近づいてくる。

音が扉の前まで来た。

大時計が、13時の鐘を鳴らした。

扉が開いた、その刹那、さして広くもない会議室の空間が、広がった。
会議室は何十畳、何千畳もの広さになっていた。
広げられた白い空間の再奥にポツンと、私たちがいる。

何かが聞こえた。

攻めるも守るも黒鉄の

万朶の桜か襟の色

敵は幾万ありとても



これは歌だ、この歌声は徐々に大きくなってくる。
そしてゆっくりと、扉が開かれた。

浮かべる城ぞ頼みなる

国のまもりと集いたる


腹が減った



国に帰ったところで行く場所はない

やめて、やめてください!兵隊さん!やめて


軍隊に行く以外どこで食えって言うんだ


半年や1年は随分暴れてご覧にれます



御国の四方を守るなり

散兵戦の花と散れ

味方に正しき道理あり

私の視界に、多くの人影が飛び込んでくる。それは陸軍の、あるいは海軍の軍服を纏った軍人であり、あるいは少年であり、あるいは老婆であり、陸軍付きの売春婦であり、少女であり、あるいは南方の人種であり、支那人であり、あるいは朝鮮人だった。彼らは、体のどこか一部分が欠損していた。ある少女は頭がなく、ある少年は腕がなく、ある老婆は半身が焼け焦げた状態であった。両腿から血を流しながら歩いている看護婦の姿もあった、これら全てが軍歌を歌いつつ、次々と部屋の中に入ってくる。彼らが次々と入室するたびに、歌声は大きくなっていった。

尺余の銃は武器ならず

仇なす国を攻めよかし

敵の大将たる者は 古今無双の英雄で


邪はそれ正に勝ちがたく


これに従うつわものは 共に慄悍決死の士


建軍遠き昔より 正義に刃向う敵もなく


胸に燃え立つ愛国の 血潮の中にまだ残る


ああ 故郷の 山や河


御国の為に死ね、と俺は言われて来たんだ。それが今日だ


知らずやここに二千年 鍛えきたえし 大和魂


気にするな。どんなにこの女が叫んだって、中国語だしわかりゃあせん。




歌声は入り混じり、反響し、大きくなっていった。その間にも、行列は次から次へと部屋の中へ入っってくる。行列は続き、歌声は止まず、どんどん大きくなってゆく。

石に矢の立つためしあり 石炭の煙は大洋の 軍旗守るもののふは すべてその数二十万 驀風一遇天荒れて 蔚藍の色立たんとす 梅に桜にまた菊に いつも掲げた日の丸の 焼かぬ乾魚 に半煮え飯に なまじ生命のあるそのうちは 火筒の響き遠ざかる 跡には虫も声たてず鬼神に恥じぬ勇あるも 天の許さぬ反逆を千里東西波越えて 我に仇なす国あらば 双手に戦を支うるは 大和男児の意気と知れ光仰いだくにの家 忠と考とをその門で 誓って伸びた健男児万里の波濤を乗り越えて皇国の光輝かせ



ついに歌声は、耳をつんざくばかりの轟音と化した。
流れ落ちる瀑布のごとく、言葉と、不揃いな音符が空間に飛散した。

その時、賀茂相忌が声を発した。
その声ば空間を渡り、静かにこの異常な空間へ響き渡ってゆく。

行進のスピードが、少し緩やかになったように思えた。

掛巻母かけまくも恐支かしこき瀬織津比賣神せおりつひめのかみ開都比賣神あきつひめのかみ

集中を重ねていた賀茂が、ついに動いた。
腹の底から“氣”を込めて放つ、朗唱、否、詠唱が始まった。
賀茂の周囲にいた4人の陰陽師達も、全員が機を逸にして詠唱を行なっている。
 

氣吹戸主神いぶきどのぬしのかみ速佐須良比賣神はやさすらひひめのかみ

祓戸はらひど四柱乃神よはしらのかみ大神等迺御前仁おおかみらのおんまえに

畏美畏美母白須かしこみかしこみもうす

“祓”はらえの祭文が響いている。

陰陽道は古くから、仏教や神道などを吸収しつつ発展してきた。
これはその一つであり古流の神道を組み入れたものだ。
賀茂らは、室内に入り込んだ者たちを邪霊と見做した。
これにより、邪霊を祓い清めるつもりなのだ。

深く静かなリズムを持った声音が、室内を満たし始める。
だがしかし、行列は止まない。賀茂はさらに声量を上げ、詠唱を続ける。

准神奈留かむながらなる大道乃中おほみちのなか余生互うまれて在奈賀良ありながら

其御蔭乎そのみかげを志深久思波受泥しふかくおもわずで

天津神乃あまつかみの大御恵乎おおみめぐみを於保呂迦余思比在志おほろかにおもひたりし

時仁ときに過犯世留波あやまちおかせるは更那利さらなり

今母仍いまもなお此乃斎場仁このゆにわに作備留御饌物つくりそなふるみけつもの

及教師ままおしへつる参集礼留まゐりつどはれる刀禰男女仁至麻泥とねおとこおんなにいたるまで

日々仁ひびに過犯氣牟あやまちおかしけむ

雜々乃くさぐさの罪穢有無乎婆つみけがれあらむをば

詠唱の声はいや増し、そしてなおも続く。
しかし、行列は止まらず、そしてバラバラだった彼らの歌声は、ついに一つの歌を歌い始めた。

見よ東海の 空あけて
旭日高く 輝けば
天地の精気 溌剌と
希望は躍る 大八洲

しかしそれに押される事なく、賀茂相忌は全身の力を込め、祝詞を詠唱した。
気がつけば行列の人影は何百、何千、否、何万にも増えていく。

祓給はらひたまえ清米給閉きよめたまえと申事乎もうすことを

天津神あまつかみ国津神くにつかみ諸々相宇豆那比もろもろあひうづなひ

聞食志給閉刀きこしめしたまへと恐美恐美毛白須かしこみかしこみもまおす

だがしかし、歌声は止まない。
愛国行進曲は響き続ける。

おお晴朗の 朝雲に
聳ゆる富士の姿こそ
金甌無欠 揺ぎなき
我が日本の 誇りなれ

賀茂の背後に座っていた一人の陰陽師が、口と鼻から血を吹き出し、音もなく倒れた。

その刹那、祭壇は縦に両断された。
そして、左右に割れた祭壇は、紙屑のごとく圧縮され、木屑の断片と化した。
祭壇があった場所には、身体を欠損した人々が、まるで閲兵式の兵の如く並んでいる。

「お……唵、布留部ふるへ由良由良刀布留部ゆらゆらとふるへ

賀茂は脂汗を流しつつも結印を解かず、今一度、祝詞を放とうとした。

「やめろ!やめろ!馬鹿者め!」

ひときわ大きな胴間声が響いた。何万、何十万にもなろうという人々の列が割れ、そこから二人の男が歩いてくる。
片方は復員服を来た大柄の男であり、その片方は若干小柄な体躯を、モダンなスーツで包んだ男だった。

「馬鹿め、お前は今ここに集まったものが何なのか、本当に分かっておるのだろうな?」

復員服の男が、再び大きな胴間声を張り上げる。

「黙れ……黙れ外道め!そこで止まれ、誰の御前と心得る!ここがどこで、手向かったのは誰か知っておろう!」
「ああ、知っているとも。主上おかみだろう?」

復員服の男は、平然と言い放つ。

「だが、貴様は俺の問いに答えてはおらんぞ?ここに来た者達は誰か?」
「それ、は………」

賀茂は、人影の中に一人の男を見つけた。
飛行服にマフラー、飛行帽を被り、寂しそうな笑みを浮かべた男。

「あ…ああ……」

それは、半年ほど前、特攻機で飛び立った彼の長男だった。

「どうやら分かって来たようだな。そもそもこやつらは、貴様らが神よと崇めた者達なのだぞ?」

私は言葉を失う。大戦に於ける犠牲者はその数、数万人、否、数十万人をも超える。

「靖国に奉られた今次大戦の死者、数百万柱!ここに居るのは其奴らよ!」

“靖国で会おう”、“英霊を崇めよう”。これが、国家神道の指針であった。
多くの人々が彼らを英霊、軍神として崇め、奉って来た。

「英霊、軍神!元は貴様らが奉じた神々よ!神道の流儀で払おうなどと、烏滸おこがましいにも程があるわ!」

だが、これらを使役しうるものは一体何者か。

「おい」

スーツの男が声を上げる。どこか涼しげな、少年を思わせる声音だった。

「いい加減にしろ。主上おかみの御前で浮かれすぎだぞ、道満
「それはすまなかったな、晴明

「な……」

賀茂相忌の全身から力が抜けてゆく。

道満、晴明。


1945年 8月15日 13時01分 東京都千代田区東部軍管区司令部 東部軍司令 田中静壱
「消えて失せろ」

この一声と共に、葦舟は手勢を連れて去って行った。
どうやら、宮城の方もカタがついたらしい。
近衛がやったのか、それとも負号部隊が諦めたのか、詳細は掴めない。

だが、葦舟が示したあの設計図。
あれがもし実在するのなら────その時は、宮城で起きた事以上の大事件となるだろう。
いつまでこんな事を、血迷った奴らの後始末をせねばならぬのか。

だが、呑み込む他ない。
戦に負けると言うのは、こう言う事なのだ。


1945年 8月15日 午後13時02分 枢密院会議室内 晴明院陰陽頭 賀茂相忌

私は、先達から伝え聞いた話を思い出した。
晴明院は大陰陽師安倍晴明が作り出した国家機関であったと。
そして晴明院は、陰陽寮の内奥に存在し、安倍晴明より直接の指揮を受けていたと。
蒐集院もまた陰陽寮の内奥に存在し、陰陽寮没落後に拡大されたのだと。

そして、先達は賀茂にこうも語った。
蘆屋道満こと道満法師は、法師陰陽師を率いて律令制に反旗を翻し、滅んだ。
しかし、実は道満は生きており、安倍晴明と手を携えて五行結社を作ったのだと。

これは確かめようのない伝説に等しい。私自身、俗説と聞き捨てていた。

しかし、あの者達は、何百柱にも及ぶ英霊を、たった二人で使役しているではないか。
それならば、己の眼前に居るあの二人こそ、安倍晴明、蘆屋道満その人ではないのか。

「主上、定刻通り推参いたしました。我らが五行結社。頭領が一つ、安倍晴明でございます」
「同じく、頭領が一つ、蘆屋道満。我らこそ、五行結社」

私は全身に力を込め、立ち上がる。
この者達が誰であろうと、ここで好きにさせるわけには行かない。

私は勢いよく立ち上がった。
そして左手人差し指と中指を立て、親指と薬指と小指を曲げ、“剣印”を作り、彼らに向けた。

「これ以上の狼藉は許さぬ、これ以上主上に何かを言うならば、この私が相手となろう!」

二人の男は顔を見合わせていた。。

「晴明、相手をしてやれよ」
「また俺に面倒ごとを押し付けるのか?」
「この行列を維持するのも結構疲れる、余興が必要だ」
「馬鹿め、いいだろう。俺がやる」

“晴明”は賀茂の前に進み出た。

私は剣印を額に当てがうと、詠唱を始めた。


八劔也 波奈乃 刃乃 此劔
向布惡魔ヲ 薙拂布奈利


まず、神詞を唱えた。
次いで剣印で空間を切る。

じょうれいほうしんけんだいだい

剣印の先で、「日の本」の崩し字を描いてゆく。
これにより私の指先に、形のない剣が形作られた。
続いて、私は詠唱を続ける。

てんげんこうたいじんぺんじんつうりきしょう

左右、斜めに空間を九つ切り、最後に十は真っ直ぐ垂直に振り下ろす。
“晴明”と呼ばれた男の周囲に、八本の見えない神剣が形成される。

「これは、なかなかに剣呑だな」

“晴明”は、場違いに楽しげな声を上げた。

これは魔切の行。

あの男が邪悪なものであれば、否、何者であろうと八つ裂きにできる。
この私に唯一可能な、陰陽と神事を掛け合わせた秘伝中の秘伝。
不可視の斬撃、これを躱せる術者はそうはおらぬ。

私は仕上げにかかった。

てんげんみょうじんぺんじんつうりきしょう

刀印を構え、横と縦に空間を切る。
その形はかつての平安の都の大路が如く。
最後に、その碁盤の目を斜めに切る。

不可視の斬撃により、かの男は五体を八つに断ち割られるはずであった。

男の口元から微かな声が漏れ出た。

てんげんみょうとうじょとうかい

その刹那、男の周囲に浮かんでいた不可視の刃は掻き消えた。
だが私は怯むことなく、剣印に結んだ腕を、再度振り下ろす。

“晴明”と呼ばれた男が、剣印を横一文字に切るのが見えた。
私の指先に激痛が走る、私の視界の隅を、何かが飛んでいくのが見えた。
あれは、己の指先だ。人差し指と中指が断ち切られたのだ。

「賀茂相忌どの、これ以上の流血は主上も好まれますまい」

────勝てぬ。

私はこの男が、正真の安倍晴明であると悟った。

「どうか、主上にはお手を出されぬよう。もしそうとあれば、私は」
「ご安心なされよ。我らはただ、主上に申し上げたき儀があったまでのこと」

私は諦めて、生き残った供の者達と、脇に引き下がらざるを得なかった。
晴明と道満法師が主上と向き合うのを、私は見ているほかなかった。


1945年 8月15日 13:05分 大日本帝国元首 迪宮 裕仁みちのみや ひろひと

私は、安倍晴明、蘆屋道満と向かい合う。

その背後には、数万・数十万を超える、物言わぬ死者。
私の名の下に行われた戦、その犠牲者たち。

「お二方、お久しぶりですね」
「お久しゅうございますな、ご立派になられた」

「はい、私が摂政の頃にお会いして以来です」

私が彼らに会ったのは皇太子時代。
私は、病弱で公務につけなかった父に代わり公務に当たっていた。

「なぜ、ここに来たのですか?あなた方を探している人間は殊の外多い」
「本日お目通り願ったのは他でもありません、暇乞いに参りました」
「暇乞い?」
「はい。本日より我らは、日本政府及び皇室の麾下より外れたく思います」

想像はしていた、彼ら五行結社は大戦時に於いても立ち位置が不明な超常コミュニティだった。
彼らは日本国内の超常コミュニティに反抗し、時に手を結び、国内の超常存在を討滅し続けた。

ならば、彼らが私の手を離れることを、どう止めようというのか。

「いずれそちらに使者が参りますので、必ずお会いください」
「その使者とは?」

「現在、世界中の超常機関及び小集団カルトは国連を通じ、巨大な集団を作っております。我らもまた、それに加わる所存です」

これは、我が国に於いて由々しき問題だった。

それほどまでに巨大な機関が誕生するという事は、それらの組織は今後必ず、我が国に干渉を行なってくる。
ともあれば、我が国の超常行政は、新たな始まりの時点で多大な苦難を強いられる事となるだろう。

それはつまり、五行結社が超常行政に於いて猛威を振るうことにもなりかねない。
彼らは恐ろしいほどに無軌道で、その動きを読む事はできない。

今この時ですらそうだ、彼らを御す事は、関東軍を御すことより難しいだろう。
だが────私はここに集った、多くの人々、否、神々を見遣った。

私の名の下に行われた戦で、私の名の下に神になった人々。
彼らの事を思えば、これ以上の諍いを起こす事などできない

「私たちの元を離れ、あなた方は何をするおつもりなのですか?」
「決まっておろう、いくさよ」

復員服の男、蘆屋道満が堂々と答えた。
その言葉を聞いた私は、椅子から崩れ落ちそうになった。
この者達も、まだ、やるつもりなのか。

「何ですかその言葉遣いは!主上を前にしてあなたは────」

傍に控えていた鈴木が怒声を発する。

「黙れ!そもそもこやつらを神と奉じておきながら主上、己は既に降りていたではないか!」
「降りて、いた」

そう、彼の言う通りだ。私は初めから、自身を天孫の末裔などと信じていなかった。
しかし我が国の行政システムは、国民に私を現御神あらみかみと信じさせていたのだ。
そして彼らが戦さで死ねば、彼らもまた八百万の神々の人柱に加わる事ができるのだと。

その結果が、この行列パレードだ。

「戦さが終わり次第、降りるつもりだったのだろう?現御神の座を、な」

彼の言う通りだった、私はその事を無意識に考えていた。
この国が一人の象徴、現人神、現御神によってまとめられうるならば、戦さに負けた以上降りねばならぬ。

「こやつらを靖国から連れ出すのは随分と容易たやすかったぞ。主上、己の神格が足らぬせいよ」
「道満、口を慎め」

晴明が一声かけると、道満はふん、と息を吐いて口を閉じた。

「彼の言う通り、我らは今後、我が国に来るであろう者達に戦さを挑みます。彼らは大敵となるでしょう」

「彼らとは?」
「“財団”です」

鈴木から聞き及んではいた、欧米を中心とした全世界規模の正常性維持機関だと。
ともなれば、米軍進駐とともに、彼らもまたここにやって来ることになるだろう。

「その財団とあなた方は、大戦さをするおつもりなのですか?」
「然り。ですがご安心を、その戦が済めば、ようやく我が国にも平穏が」
「おやめなさい!これ以上の戦さを、私は望まない」
「そうでしょうか?しかし、ここにいる彼らは納得するでしょうか?」

彼ら、死んで神となった彼ら。我が国の、私の、過ちに付き合い死することとなった彼ら。
彼らは私を見ている。何を思っているのかは私にはわからない。
現人神である私、神となった彼ら。これは誤謬だ、大日本帝国と言う国が産み出した過ちそのものだ。

「そもそも、人を神と奉じる事がそもそもの過ちでしたな。この国にはそういった、厄介な御霊が数多いる」
「あなた方は、そういった者達をどうするお考えなのですか?」
「破壊します、全て。ここにいる者達は今日より我が手勢とさせていただく」

「馬鹿な……あなたは何をしているか、分かっているのですか?」

晴明が、ふ、と笑みを浮かべた。

「分かっておりますとも。現御神たるあなたの力が弱まったのなら、この国の神は我が“式”となる」

列を割って、五人の人影が進み出る。

「“木軍”の頭が一つ、“トヨクモノ”」
「“火軍”の頭が一つ、“ツノグヒ”」
「“土軍”の頭が一つ、“オモダル”」
「“金軍”の頭が一つ、“ウヒヂニ”」
「“水軍”の頭が一つ、“オホトノジ”」

彼らが名乗った名は、記紀神話に存在する“神代七代”の神格に他ならなかった。
もしも晴明の言う事が本当ならば、彼は神話の神を従えていることになる。

「これら“五軍”の頭、本日より我が手勢と相成った次第!」
「今より我ら五行結社、今次大戦の犠牲者数百万を手勢として率い、神を五軍の頭に据えて戦さを致す所存也!」

晴明と道満は、揃って大音声を張り上げた。

「主上、おさらばです!もう会うことはないでしょう」
「神を降り、人となった君主に御幸のあらんことを!」

そして、二人は踵を返して歩みさる。彼らの歩みに合わせ、行列もその後についてゆく。
彼らの背中はどんどん小さくなり、そして、ついには消えてしまった。


1945年12月 枢密院会議室 日本国象徴君主 迪宮 裕仁

その後、ありとあらゆる事が変化した。
私は彼らの言った通り、神の座を降りた。

そして、財団がやってきた、連合も。
私は終戦工作を私自身が率先して行ったと言う事を武器に、賀茂を財団に送り込んだ。

そしてこの国に、財団日本支部なるものが誕生した。

賀茂相忌かもしょうき

彼は今、財団日本支部理事会の理事の一人としてこの国の超常存在に対処している。

財団とは様々な話し合いが持たれたが、そこで私は五行結社のことを耳にした。
五行結社は世界オカルト連合108評議会の、その席を得ることに成功したという。

そして、東京を始めとした東日本一帯の、霊的地脈の管理を五行結社が受け持つと言うのだ。
西日本側の霊脈は、財団側が受け持つ事となった。

我が国を実効支配するのは米国である。

財団は連合に先んじて、我が国のあらゆる場所にサイトを建設し始めている。
そして世界オカルト連合は、実効支配領域の多くを財団に手渡す代わりに、長大な霊的地脈を得ることに成功した。

それに一役買ったのが、五行結社である。

なるほど。数百万の英霊と神々を従える彼らだ、他の誰にできようか。
だがそれは、我が国の霊的地脈の半分を持つ財団に於いても、それは同様だろう。

相手がどちらであろうと、我が国の政府に断る事などできようはずもない。

財団と連合、彼らは現在この国舞台に、静かに睨み合っている。

だが私は、二つの超国家組織の相克を好まなかった。
誰かが、日本政府と超国家組織との間に立たねばならない。

私はつい先ほど、一人の財団職員の接触を受けた。

名は、蔵部外火と言ったか。

彼が、その中立ちをすると言う。
上手くいけば良いが、と思う。
私は枢密院の窓から、桔梗門を見た。

現在桔梗紋は、ちょっとした改修工事の最中であった。
五行結社が残した置き土産を、消さねばならない。

門に刻まれた晴明桔梗紋、五芒星。
彼らの“推参”の痕跡を。

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