哀れ虜囚のサンタクロース
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サンタクロースじみた血まみれの衣服を脱ぎ、いつものスーツに着替えた。
剣呑な乗客を乗せたトランクはここにおいていこう。いつもの”アタッシュケース”を引っ張り出す。
サイドベンツの裾を翻し、ボタンを留めつつ意識を揺り起こす。
最後の大仕事に掛からねば…でっかいプレゼントを残したまんまなんだよね。
俺の名前はエージェント差前。またの名を…その名前はさっきまでの名前だから、内緒なんだよな。

さーて!気を取り直していきまっしょい!誰にも気づかれないように(そのための部屋だからな)俺はサイトの通路に出た。気持ちも状況もリセットされたようなもんだ、悠々と大ホールに向かう。ふと携帯に目をやる、ふむ…新着メール86件…うむ…。
とりあえず最新のメールを開く、全部のフアンには対応できませんからね!

件名:これが最後通告だ。
送信元:サイト8181管理者

いいからとっとと捕まりたまえ、君なら重傷は負うかも知れんが職務復帰できない精神じゃあるまい。再三の忠告にも関わらず、君は被害を拡散し続けた。特に来場していた管理職数名が人ごみにもまれて医務室送りになった件と、食堂に来ていたセクター-8192の料理長が騒動に驚いて転倒した件で同セクターの研究主任が暴れているんだ。
元はといえば君が研究員から恨みを買いすぎているから悪い、もうそういうことにしよう。では私は家に帰って娘にプレゼントを届けなくてはいけないのでこれで帰るよ。いい聖夜を。

とりあえず、返信。

年始の挨拶には伺います、お土産を楽しみにしてください。

ずいぶんと誤解があるようだな、俺はただ逃げただけ。実際俺はかけらもサイトを破壊してないというのに。いまさら責任の所在など確認もできまい、そうこの騒動に関与する全ての人間が等しく悪いんだよ。言い換えればみな等しく罪はないのだ。美しいね。銀河の星星は雲の上でただ輝くように我々もただこの日を一生懸命生きているだけなのだつまりそれは人間の生きるということの本質においちょっと待てありゃなんだ。

通路の窓を見るとジャージを着たおっさん…阿藤…と名前は忘れたがあいつの若い衆が必死で逃げている、後方には…
んー…

最悪

ゴリラの国からゴリラの文化を広めるためにゴリラパワーで海を渡りやってきたでおなじみの前原さんじゃあーりませんか!
機動部隊を率いているじゃあーりませんか!!!!!!

どうやら状況が変わったようだ。機動部隊?のなかにさっきまで俺を追ってたやつがいた。
ターゲットの変更?NO!長夜の長芋が諦める筈がねえ。なんてったって長いんだからな。つまり阿藤のおっさんも何かしでかしたってことだ、あのおっさん人の心がないからな。あの若いのもかわいそうに…。
そして前原がいる、まさかあいつが参加してるとは思わなかった。まあきっとあれだろう、えさでもとられて怒ってるんだろうな。森の賢者が聞いてあきれるぜ。ま、阿藤のおっさんならまだまだ持つだろう、人の心がないからな。本当にあの若いのは、残念だったね。

雪上の大決戦をWARHAMMER40Kをスペクテートするように見下ろし視点で観戦する。
統制が取れている、いくら前原がお袋の8億倍怖い(そして高確率で酒が入っている)からといってこのような整然とした部隊の動きはあるまい、おそらく別人が組みなおした組織…ま、この状況では一人しかいないよな。向こうも最終モードってことだね。

「そうだろ?餅月ぃ?」
「主語を言ってくれないとわかんないね。」

後ろには小さなサンタと大きなお友達多数が控えていた。お友達の顔には見覚えがあるなぁ、エージェント差前!降伏しなさい!私は完全に包囲されている!

「NO!」
「さっきから一人でしゃべって一人で完結するの、やめてくれないかな?」
「あぁ…すまねえな。さっき刺激的なことがあったんでね。このままお祭り騒ぎに繰り出そうってハラなのさ。」
「そう、その刺激もおしまいだよ。祭りって終わるんだよ。終了の手順は君をこのまま追い詰める、逃げても愛とぼくとで挟み撃ち。」
「いー響きだねぇ!愛とぼくとで挟み撃ち!刺激的な夜は長いね、お嬢ちゃん。おじさんがプレゼントをあげようねぇ。」
「いらないよ、ほしいものは自分で掴み取るもんでしょ?」
「まあいいじゃねえか受け取ってクレ俺の愛を!愛を愛をアイアイサー!」

懐から取りだしましたるこの星、その名も高きジャパニーズ手裏剣!金色でクリスマスにはぴったり?でしょ?流れるようなシュッシュッシュのリズムでまるでコートニー・ウィズモアのような華麗な攻撃。
表面に塗布された筋弛緩剤の効果は抜群でも餅月以外の戦士はひざから崩れ落ちていく。畜生!当たり判定が小さいことを忘れていた!カスリでも残機が減るクソ武器なのに。

「それでおしまいだね。じゃあぼくの成長のために君には捕まってもらうよ?」
「ずいぶん夢見がちな発言だ、煌いちゃってマブいね。ん?本当にまぶしいぞ…?」

明らかに後光が差している、楽しげな音楽も聞こえる。パーティーのイルミでもイカてるダンスミュージックでもない。もっと幼いころにいやというほど聞いたこの音は…

そこには夢があった、俺も餅月も呆然と夢を眺めていた。その夢は明らかな実態を伴ってわれらの前に佇む。尻尾が生えていた。
スーパーマンよりもこの国では有名で、何だってできる男。不可能はない。大魔王の元から姫を助けることも、ゴリラを倒すことも銀河を駆け抜けることも。彼の伝説は枚挙に暇がない。
その男がいま、俺が投げたクリスマ手裏剣を手にその神性を体からあふれさせている。この音楽はどこから聞こえるのだろうか。黄金のラテン系(26歳)は俺が見てきたそれと同じように驚くべき速度で、あたりのものをなぎ倒しながら突っ込んでくる。どこかにPの文字が見えた気がした。
俺の憧れからだろうか、それとも単純に眩い光に神経を侵されたか。 強烈なタックルで壁にたたきつけられた俺が最後に見たものは窓を破り尻尾を震わせ空を飛ぶ聖夜の奇跡だった。


「エージェント差前、差前鼎蔵を確保。空、ぼくはそっちに戻るね。」
餅月榴子はその矮躯に似合わぬ膂力で差前の体を引きずり回した。
ふと、差前のアタッシュケースが目にとまった、彼がいつも使っている黒いアタッシュケースだ。ろくでもないもの…skip候補を含む…が入っている、彼が誰にも触らせないアタッシュケースだ。
好奇心が牙をむいた。
鍵は…かかっていない。時に外見から推測される容量を無視した物が出てくる、その奇跡の収納法の秘密がわかるかもしれない。ここにきて愛用の鞄を使っていた理由もわかるかもしれなかった。
ともかく餅月は興味を持ってしまった、そしてそれを抑えれるほど財団職員は大人ではない。
差前をその辺に放り捨てると、知識欲に後押しされ鞄の留め金をはずす。近くに階段があったことと鈍く騒がしい音が発生したことの因果関係にまでは興味が向かなかった。

「えー…。」

そこには意図的に冗長な構築を施された配線と、つながったいくつかの機械。そして残り29分43秒を示すデジタルタイマーがあった。

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