黒海侵攻事件
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殺せ、世界は邪悪の香料を愛する

2017年██月██日、ロシア連邦/ウクライナ セヴァストポリ

後に黒海侵攻と呼ばれるロシアの大規模侵略が始まったのはクリスマスを目前に控えた凍えるような冬の日であった。クリミア半島および黒海各所の拠点にロシア黒海艦隊とエジプト海軍の主要戦力が招集され、黒海沿岸を広域に侵略したのだ。

ロシアはエジプトと共謀し3日間の間にブルガス、ヴァルナ、コンスタンツァ、オデッサ、トラブゾン、サムスンの各港湾都市に対しミサイル攻撃を行い、その上で強襲揚陸艦とヘリコプターを用いた空挺部隊の投下により各都市を実効支配のもとにおいた。

続く数日間をかけてロシアは陸軍による機甲部隊と砲兵部隊の配備を行ない各都市は要塞化、ロシアは関係各国に宣戦布告し黒海侵略と呼ばれる大紛争の火ぶたが切られることになった。



2017年██月██日、ロシア、オデッサ近海、スラヴァ級ミサイル巡洋艦『モスクワ』 中央指令室

無人偵察機から報告されるオデッサ近郊の戦闘を写しだす立体スクリーンを眺める老成した男性がいた。随時更新される状況報告を満足げに確認しながら、男性は自らの懐に控える少佐の階級章を付けた男性にかぶりを振る。

「いつ、退くべきだと思うかね?ベリーエフ少佐」

上司の前だというのにため息をつき、肩をすくめる。軍人らしくない仕草を返しながら少佐、MGB1”超常現象課”を率いる男は何をいまさらといった体で返答する。

「トルコとブルガリアにNATOとアメリカが進行してきたタイミングでしょう、まだ各国の軍隊が頑張ってる。財団やGOCが介入してくるタイミングを考えるならこれと一緒でしょう。大体あと4時間と言った所ですか。」

満足げに頷く上司、ゲオルギー・ボリソヴィチ・アリべコフ少将に対し再度ため息をつく。アリベコフは意に介さないように刻々と変化する状況を映すボードに目を落とし、タッチパネルを操作して各部隊を指揮する司令部に方針と権限を付与していく。

「これで本当にウプイリの親玉2を引きずり出せればいいのですが……でなければわが軍は肉の大規模攻勢の要を前に戦争で疲弊する事になる。」

少佐が心配そうに続ける。しかしアリベコフは意も返さず、ただ作戦室に表示された立体スクリーンの操作をするだけであった。そのスクリーンの片隅一か所だけ離れた地点には別枠でマーキングされた小規模部隊がオデッサ地下を進む様子が映し出されていた。

「各都市に展開したザーパド大隊3の各小隊のうち一隊が介入までに親玉を刺激してくれればそれで終わりだ、末端が刺激され黒海全域でウプイリの親玉が暴れだす。我々は市民と欧米諸国が奴らの犠牲になっている間に安全地帯から火力を投下して奴らを減衰させるだけだ。」

アリベコフは用は済んだとばかりに椅子に座ると席をベリーエフ少佐に譲る。先ほどまで画面の片隅に映し出されていた小隊のウインドウが少佐の眼前に展開され、コマンドウインドウが表示される。




スラヴァ級ミサイル巡洋艦『モスクワ』 中央指令室 オレグ・ベリーエフ少佐

ポチョムキンとの交信が途切れたところで控えに交代しジャムを落とした紅茶をいれる。こっそりとブランデーをたらしておく。

オデッサ郊外でNATOに所属する機甲部隊を中心にした機甲部隊の存在が確認された。我々はこれをおしとどめながらポチョムキンが地下に潜む肉の根を刺激するかロストするまで守らねばならない。

アリベコフ少将は既に戦時下に取り残された非武装戦闘員民間人を利用した防御線等の準備を整えているが、発覚と同時に政治的な配慮が行われる事を考えればそう長い時間はもたないと考えるべきだろう。

そう考えながら紅茶を飲み干し、ゲル状のレバーパテを摂取する。にちゃにちゃとした肉の塊が地下の化け物を連想させ嫌悪感を感じるが、無かった事にして無理やり飲み下す。

戦況を眺めながらポチョムキンとの通信が戻るのを待つこと10分、控えの通信要員により映像が回復したことを伝えられ私は席に戻る。



スラヴァ級ミサイル巡洋艦『モスクワ』 中央指令室 オレグ・ベリーエフ少佐

「閣下!ポチョムキンは成功しました!爆破前に出来る限りの回収を!」

私は交信の終了とともに立ち上がると後ろに控える上司に結果を報告する。アリベコフはその結果に一瞬だけ表情を崩すが、すぐに立体スクリーンを操作し全部隊に海上への撤退を発令する。

持ち運べない装備の遺棄と輸送能力の最大利用によって大幅な戦力の撤退がなされ、1時間の間にオデッサではその展開戦力の70%が回収され、そして限界点の確認と共に我々は海へと逃れる事になった。そして、地上は地獄と化した。我々はそれをドローンの映像越しに見る事になった。

それは恐るべき破壊の現出であった。地面が割れ、建物が崩れ、世界の終わりを表現するかのような巨大な”それ”が地中深くより現れた。それは龍であり蟲の王であり肉の化身であった。

取り残された我々の残存戦力が郊外より侵攻してきた国連軍と共に大量の火力を浴びせる様子がありありと映っていた。だがその儚い抵抗は地面より湧き出る巻き髭と人型実体によって飲み込まれ、郊外へと逃れた機甲戦力と砲兵によって火力投射が行われる。町は世界の終焉のように崩れゆき、人々はただただ無残にその奔流に飲み込まれる事になった。

立体スクリーンには同じ怪物が各地の湾口都市やバルカン半島の各所で同じような被害を出していることを示す映像データが表示されている。おそらく死者は数万では済まないだろう。私はその映像にただ呆然とするしかなかった。いや、正確にはそれを引き起こした自分たちの行動に驚愕していた。

「ベリーエフ少佐、何をしている、観測データを出したまえ。」

私の肩を叩く悪魔の声によって私は正気に戻る。そうだ、これを終わらせなければ結局のところ意味がないのだ。

「衛星リンク、すでに事前計画通り完了しています。」

「GOCにつなげ、杖を放てと」

すぐさま答える。

「もう連絡済です、後は我々がいかに早く安全な場所に逃げ帰る事が出来るかです。」

アリベコフはその答えに鷹揚に頷くと展開した全ての艦隊に事前計画での退避地点までの離脱を命じる。

「よろしい、さあこれでルーマニアで引き起こした肉の侵略と含めて帳消しだ。何処の国も立て直すまで我々に手出しは出来ない。」

くつくつと笑う少将に私はただただ戦慄した。私も確かに町を一つ犠牲にした。だがそれは既に侵食された敵地であった。だが今回はそうではない、我々は民間人のいる街を襲い、交戦し、その上で滅ぼすのだ。

「我々はこれによって悪となる。世界で最も邪悪で、最も悪辣なツァーリの再臨だ。殺せ、悪だからこそ人以外のすべてから世界を守れるぞ」


インシデント:黒海侵攻/消滅事件
日時:2017年██月██日 黒海地域全域

この事件はロシア政府による領土目的の進行時に発生したSCP-2191の大規模収容違反によって引き起こされたXKシナリオ未遂事件です。SCP-2191-Cの大規模露出によって引き起こされた広域破壊によるヨーロッパを中心とした人類社会の物理的な消滅は世界オカルト連合によって行われた衛星からの運動エネルギー攻撃によって収束したものの、黒海周辺の港湾都市は財団及びGOC、そしてロシア政府によって防護が行われたイスタンブール及びセヴァンストポリを残し壊滅的な被害をこうむりました。その人的被害は550万人とも750万人ともいわれ、その大規模破壊の爪痕からカバーストーリー『隕石の衝突による大規模災害』が展開されました。その大規模すぎる被害からカバーストーリーの適用は容易なものでした。一方でこのインシデントの責任を追及するにあたり、世界オカルト連合とロシア政府は共に責任を否定、境界線イニシアチブの仲介によって事後処理にあたっての問題が協議されています。

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