プロトコル・GASSHIN
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過去、伝説的な職員たちの活躍によって、かの者の野望は崩れ去った。

しかし人類を守るべく活動する彼ら、SCP財団の戦いに終わりはない。

時と場所を変え、いま再び、巨大な悪意が動き始めようとしていた………


極東のとある小さな島国にて、容姿も年齢も様々な7名が極秘の会議を執り行っていた。

厳かな雰囲気を湛える獣のような男、日本支部理事"獅子"はただ一度詰めていた息を吐くと、携えていた七支刀を鉄板の床に打ちつけた。

「諸君」

思い思いに相談事に励んでいた小声が止む。

「諸君らも一度は聞いたことがあるはずだ。かつて北米本部にて発生した大規模収容違反、その原因となったオブジェクト…SCP-XXX、仮称コード"古代の破壊兵器"。アレとほぼ同様の存在が、再び現れようとしている」

伝統的な神官の装束に身を包んだ老年の男性、同じく日本支部理事の"升"が、仙人めいた長く白い髭を弄びながら問いを返す。

「はて。昨晩から上空に奇妙な電磁波が観測されたとの話は耳に入って来ていますが、それ以上の情報は調査してみねば分からないという状態であったはず。何故、そのように言い切れるのですかな」

同調の声が挙がる。恐らく事態を完全に正しく把握しているのは、担当エリアの人員の指揮に直接当たっていた"鵺"と、彼から報告を受けた"獅子"だけだろう。

「かつての事件の折、SCP-XXXを奪って攻撃を仕掛けて来たのは、あの要注意団体・"ワンダーテインメント博士"だ。そして今回、SCP-XXXと類似した……仮にSCP-XXX-2と呼ぶが、それの出現によって、既に多くの財団職員に被害が出ている」

ざわ…ざわざわ…。
困惑から一転、場の空気が瞬時にして張り詰めた。

「ついさっき、犯人からの声明が届いた。曰く、先刻の攻撃はSCP-XXX-2の試験運用に過ぎないという………そして、メッセージの最後には、こんな言葉が添えられていた」

"獅子"の背後に位置する大型モニターに、犯行声明の全文が表示される。徐々にスクロールされていくそれを、日本支部理事たちが固唾を飲んで見つめる中、ついに決定的な「決め台詞」が現れる。

"楽しもうね!"


高度6,000フィート地点、月夜の雲海で彼もしくは彼女は子供のような笑みを浮かべていた。いや、実際に笑っているかどうかは確認できない。ただ身体をくつくつと揺らすさまが、そのように見えるだけだ。その人物は、一時期流行した都市伝説の怪人「ンボボボさん」の容姿を再現したとされるゴムマスクを被り、何色かのクレヨンと、ラメ入りだったり立体的だったりするシールでベッタベタにデコレーションした紫の表紙のノートを弄びながら、気温も酸素濃度も絶望的に低い夜の高空で平然と佇んでいる。

「財団の偉い人たち、お手紙読んでくれたかなぁ」

最も主要な「リスペクト先」であるワンダーテインメント博士と同様、財団が総力を以てしても捕捉できない正体不明にして最悪の愉快犯。悪意に満ちた異常な「玩具」をばら撒き、他者の人生を貶めることを至上の悦楽とする"博士"。白衣の袖からは漆黒のボディスーツが覗いており、随所に走る銀色のライン・パターンが、時おり心臓が脈打つが如く深紅に明滅しているのだった。

「もうちょっとだからね。いい子で待ってるんだよ?」

"博士"は腰掛けている手すり部分を慈しむように撫で、眼下で蠕動する超重力内燃機関のけたたましい鳴き声に耳を澄ませる。5000年前、外宇宙より飛来した先進文明の古代兵器。元来、"博士"はこの手の大量破壊兵器にはあまり興味がなかったが、ワンダーテインメントが追い求めていた力の一端がこれだというなら話は別だ。前回の戦闘で損壊した箇所は、東弊重工や如月工務店に潜ませている間者に横流しさせたパーツで補っている。それは原型機の性能・機能を再現していたりしていなかったりしていたが、あるいは逸脱してさらなるスペックを獲得している部位すらも存在した。

───さぁ、遊ぼうか


「馬鹿な!アレの残骸は財団が回収していたはずだ!一体どこから奪われたというのだ!?」

日本人離れしたプラチナ・ブロンドの長髪を振り乱し、"稲妻"は激情のまま叫んだ。

「先日起きたサイト-81██でのインシデント……引き金はあそこか。どうしてもっと早くに気づけなかったんだ…!」

眼鏡をかけ、左腕にティッシュの箱のような分厚さの情報処理デバイスを装着した痩身の青年"若山"がテーブルに拳を振り下ろす。

今すぐ機動部隊の出動を!!予算が幾ら吹き飛ぼうと構わんッ、奴を今すぐ叩き落とせ!!

ギリシャの彫刻じみて筋骨隆々の大男、明るい橙色の道着の内からはち切れんばかりの殺気を放つ"鳳林"ががなり立てた。

「通常兵器では太刀打ちできん。以前は"抹殺エネルギー"などというふざけた仮称で通されていたあの光は、実際のところそんな生半可なものではない……まさか忘れた訳ではあるまいな、アレと同じ"人工ブラックホールエネルギー"で駆動するSCP-███-JPが出した被害を。事件███-JPはアノマリーが正当な管理人を失っていたために発生した事故だったが、XXX-JP-2とそれを操る"博士"は、意図的かつ効果的にあの大惨事を引き起こせるのだぞ!!」

"獅子"はすかさず怒鳴り返す。

「そんな……じゃあ、私たちにできることは、もう無いって言うの………?」

肩に大型の鷹を乗せた日本支部理事会の紅一点、"千鳥"が言う。その掌は、何かに耐えるように上着の袖を引っ掴んでいる。

「─────否。我ラニハ、アノぷろとこるガ残サレテイル」

混乱を、一際重苦しい重低音が断ち切った。喧々諤々の議論を交わしていた理事たちが一斉に息を呑み、押し黙る。会議室の最奥、糸のように細い照明の光が示す先へ、自然と視線が集まった。古めかしく青ざめた暗色の襤褸布を纏い、左目と口元のみが露出するマスクを装着した"鵺"の姿を全員が見た。

"升"はくゆらせていた煙管を取り落としたのにも構わず、

「あのプロトコル………とは、まさか」

「待ってください!!あ、あれは禁忌のプロトコルです!北米本部の二の舞になりますよ!?」

頬のこけた"若山"はただでさえ悪い顔色をさらに悪化させながら狼狽した。

ダガ、他ニ手段ハ無イ

しゃがれた、しかし大樹のように強く逞しい芯の通った声が、慄く理事たちの耳朶を打った。

「決断ノ時ダ。我々ハ命ジナケレバナラナイ………GATTAI──合体──ぷろとこるヲ超エル、神話ノ顕現。カノ日以来、米国ハコノ技術カラ手ヲ引キ、他ノ支部モソレニ倣ッタ。ジキニ我ラ日乃本国ノ民ニモO-5ヨリ沙汰ガ下ルダロウ。故ニ、是ガ最初デ最後ノ………禁忌ノ中ノ禁忌、GASSHIN──合神──ぷろとこるノ実行ダ」

ディスプレイが揺らめく。最初に掲げられた"GATTAI PROTOCOL"という表示を上書きするようにして、"GASSHIN PROTOCOL"の文字列が出現した。会議室、否、司令室の中央部分が激しい水蒸気を噴き出しながらせり上がる。合神・プロトコル発動のための操作盤だ。その滑らかな表面には、7つの鍵穴と生体認証機構、そしてプレキシガラス・カバー。また、カバーの下にはただ一つ、朱いボタンが鎮座していた。

「皆、承認ト云ウコトデ構ワヌカ」

"鵺"は穏やかに訊ねた。少しの間を置いて、「承認ッ!」の咆哮が連続した。暗闇の中、"鵺"を除く理事たちが立ち上がる。熱き血が滾る、猛々しき者達はそれぞれの懐から物理鍵を引き抜き、一つ一つ厳かに丁寧に回していく。誰もが、震える手をセンサーパネルに触れさせた。二重の封印が完全に解除される。ボタンが光り輝き、朱の地に黄金色で「天」という文字が浮かび上がった。

「……準備ハ整ッタ」

最後に"鵺"が言った。

「悔イナキ選択ヲ」

集中する視線は"獅子"へと移った。彼は七支刀を"千鳥"に預け、首に提げた勾玉を強く握った。深く息を吸って、柱の前に立つと拳を上げた。

秘奥儀!日本流・収容禁術ッ!ファウンデーション・プロトコル……ッ!

一瞬の休止。期待が高まる。かくして、彼は拳を振り下ろしプレキシガラスを粉砕した。

「GASSHIN!!」


かつてSCP-014-JP-Jに分類されていた少女、今は若輩ながらも財団職員として日々の職務に従事するとある女性エージェントは今日、サイト-8141で慰安目的の音楽ライブ・イベントが催されるということを知っていた。何もかも普通だ、きっと。けれども、彼女は職員寮の廊下で突然後ろから張り倒された。緊急警報がけたたましく鳴る。彼女は殴られるより他に仕方がなかった。……何者かが向こう側からやって来た。いつもと違って何か妙な服を着ていた。一例としては、髪の毛。サイト-8141の服飾規定は日本支部のサイトとしては緩い部類であったが、明るい緑と赤の髪の毛に、水色のエクステ(だと思う)までは網羅していなかった。また、例えばローブ。今日は、全く殆どがローブを羽織っていた。凝ったたぶん竜、鳥、虎、亀、つまりは四神の意匠を持つヘルメットを被ったセキュリティもいた。腰の警棒に加え、何か日本刀らしき長物を装備しているようであった。

それでも、非常事態だった。彼女とて困惑していたばかりではない。心配だった。彼女は、あからさまに国内法違反の銃火器を無数にぶら下げた小柄な女性職員を追い抜き、開いたエレベーターまで慌てて走った。まだ何人か乗れる余裕はあったものの彼女は「閉」のボタンを叩いた。指定する行き先はサイト-8141の中央管制室、及び重要区画への中継エリア。すると、エレベーターに備え付けられた平坦な小さいモニターがパチッと音を立てて起動した。スクリーンに映し出された顔を見て、彼女は目を輝かせる。

「カナヘビさん!あぁっ、神に感謝ですねもう信じてませんけど…!一体何が起こっておおおぁわああああぁぁ!?」

通常、その画面にはエージェント・カナヘビが映し出され、彼女をいじったり慰めたりしてくれるはずだった。しかし今回、彼はだらりと力なく手足を投げ出して、藍色の半透明の粘液で満たされたタンクの中を漂っていた。彼の尻尾だけは(あんなに長かったかしらん?)元気に動いて彼の生存を主張していたが、それでも何とも滑稽な眺めだった。彼は微笑んで、唇を動かす事無く、エレベーターのスピーカーから声を伝えた。機械じみた鋭さがあって、エージェントを深く恐れさせた。

「アイスヴァインちゃん!おぉアザナエル様、彼女を見つけてくれてありがとう!GASSHINプロトコルが実行された!サイト-8141には君が必要なんや!」

「絶対あとで[削除済み]してやる!!………というか、これ、何の警報なんです?」

「あらっ、回覧板受け取ってへんの?いま言うとるように、サイトが"メカ"モードに変形しとるんやで!」

「はぁ!?」

カナヘビは発言の内容の割には大真面目な顔をしており、まるでカナヘビじゃないように見えた。彼女が何か言う前に、エレベーターはウィンウィンと音を立て始めた。闇へ、ドアが開かれ、何者かが彼女の足を引っ張った。彼女はもがいたが無駄だった。身体はピッチピチのスーツにくるまれて、ジェット機のコックピットのような小さなチェンバーの中に閉じ込められた。そこには、操縦桿という奴だろうか、4つのジョイスティック(手元と両足に2つずつ現れた)、そして窓の代わりに巨大な全天周囲モニターがあった。が、肝心のスクリーンには今のところ、虹色のグルグル以外何も表示されていなかった。(何で私がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。大体なんだ、このドラマやアニメが1クール終わって、新作が始まるまでの合間に放送されるZ級映画みたいな展開は)なんて思いながら、ためらいがちに手を伸ばしハンドルに触れると、ディスプレイが明滅してサイト-8141の周囲360°の景色が映し出された。端の方にウインドウが開いて、再びカナヘビの顔が映る。彼の甲高いボーイソプラノが耳介の内側に反響した。

「エージェント・アイスヴァイン配置完了。全財団職員注意!GASSHINプロトコル、スタンバイ完了ッ!」

けたたましい彼の声が……いやこれよく聞いたら他の人も混じってない!?

「カナヘビ。5人ノ研究員…否、勇者ハ集メラレタカネ」

「イェッサー!パイロットサウンドオフ!」

「ちょっと、何……」

彼女は抗議したが、虚しくも通信は切断され、また別のウインドウが開いた。今度はある4名の顔が同時に映っている。おぉ神よ、おぉ仏陀よ、彼女はこの顔触れを知っている。この最初の赤Tシャツは……

「天を貫けッ!!グランド・インテリジェンス・ハンサム───『育良』!!」

次は……なんだこれ…CG合成された何かの画像のようだが………

「パーフェクト・コンテインメント・ブレイン『神州』である。当ミッションの成功率は99.998%である。対象の徹底破壊を推奨。愚かな鉄屑野郎をスクラップにしてくれる」

御先さんは真っピンクのメイド服。……と、種別不明の恐らく何か哺乳類の耳らしきパーツがくっついたリボン。例のサークル活動で使用するものの新作だろうが、こんな場面でネタバレを喰らうとは思いもよらなかった。

「こんこーんっ♪超絶素敵アニマル天使『オサキュア』だワン!!狩りごっこですね!負けないんですからっ、にゃん♥」

最後は……虎屋博士か。まぁ、ここまでの流れからすると平常運転だ。狐のお面が縁日で売ってる感じの特撮ヒーローのそれにすり替わっている点を除いてだが。あとどうして唐揚げ弁当を持っているのか。

「フライドチキン・レンジャー『虎屋』───正義をお届けに参りまし熱ゥッ」

すると虎屋博士の膝の上で何かが蠢いているのが見えた。小動物のようだ。全体的に縦に長いシルエットで、細い尻尾がぴょこぴょこと愛らしい。

「あー、もしかして例のカワウソさん?」

エージェントは頭が痛くなった。

「何ですかこれ?あなたもですか?」

カワウソ───川獺丸従業員は、何だろう……カワウソ用の紳士服でバッチリおめかしを決め込んでいた。川獺丸がどこからか取り出したキーボードで文字を打ち込むと、電子的に合成された音声が聞こえて来た。

《えぇ、僕は至って正常ですよ、お嬢さん。何であれこの状況は人間にしか影響がないみたいで…けど、今この瞬間に僕たちが出来ることは、大してなさそうですね》

「なに言ってんですか!!XKのデッドラインは間近に迫ってるんですよ!?」

《すいません本音を言います!!正直めっちゃ楽しい!!!ワーイ!もっともっとー!!》

瞬間、エージェントは味方が居なくなったことを痛感し、同時にカワウソは好奇心が強い動物だというテレビで見た話を実感した。そうこうしている内に、カナヘビがまた話し出す。

プロトコルGASSHINセカンドステージに突入しました。全パイロットはシンクロニゼーション──同期──のスタンバイを開始してください」

地球の隅々にまで及ぶほど、財団の施設が世界を揺さぶった。(明らかに空を飛べるような形状に設計されていないのに)、馬鹿でかいロケットブースターで大地から裂けるように離れ、有り得ない速度でサイト-8141上空に急上昇し、1㎞以上は浮遊した。近づくにつれて、色々な無人飛行機(空飛ぶ新幹線とか機械のドラゴンなどと形容する他ない奇怪なものも混じっていた)………いや、サイト-8141と同様の財団施設が、カナヘビの怒号と共に躍動した。

「サイト-8113、8101、8103、到着しました!メインフレーム連結中!クサナギ・セイバー・リアクター、エネルギー充填率、150%から更に上昇!ノストロモシステム・オンライン!」

サイトとサイトは有り得ないぐらい滑らかに噛み合って、それぞれの断片の中からゴチャついた機械装置が出てくると、互いに結束してキツく引き寄せ合った。

「左腕展開!サイト-8123!8181!8154!変形開始!!」

───最初、"それ"は曖昧な輪郭をしているに過ぎなかった。

「右腕展開!セクター-8137!8105!8192!変形開始!!」

徐々に形を為し始めた"それ"は、

「脚部展開!サイト-81EA!8190!8186!変形開始!!」

吹き荒れる電磁パルスの嵐の中で輝いて、

「フライトユニット、アクティベーション!エリア-8102!変形開始!!」

巨大なその影はまさに平和の砦。全長150m、重量10万tを超すビッグ・マシン。圧倒的なパワーを誇る剛腕、熱核攻撃さえものともしない無敵の装甲、ドラゴンの翼を模したウイングを備える背部バックパック、全身に満載された最新鋭の銃火器と収容ユニット。黒光りするボディに、紅の差し色と黄金のオブジェが煌めく。

「───サイト-8141!ギアヘッド、ファイナル・ライド・オォーンッ!!

それは、ロボット。
馬鹿げた事に、大型のヒューマノイド・ロボット。

だが、そのフェイスマスクと、胸部に燦然と輝くライオン型レリーフには断固たる自信が満ち溢れていた。カナヘビは勝利の雄叫びを上げる!日本支部の職員たちも(巻き込まれた女性エージェント以外は)一斉に叫ぶ!

GASSHINプロトコル・コンプリート!!完成ッ!ジャパン・スキップ・カイザー、テイクオフ!!!


遥か群馬県の上空。"博士"は得意げに口角を釣り上げた。

「へぇ。それが切り札ってわけ?」

怪人はせせら笑った。

「最近の流行りじゃないと思うけどねぇ、そのデザイン。まぁいいや、とりあえず小手調べだ」

"博士"は象牙色のクレヨンを取り出し、ノートに幾つかぐちゃぐちゃの丸を描き込んだ。光学迷彩による透明化が解除され、浮遊する古代兵器の下方に待機していたものがあらわになる。テニスコート何個分もの広さを持つ四角い倉庫に、そのままコックピットと羽根を取り付けたようなフォルムの輸送機だ。かくして、コンテナの隔壁が開き、格納されていた「それら」が無造作に地表へとばら撒かれた。

東弊重工協賛!『博士のはたらくアリさん観察キット・シロアリ&ハネアリエディションティーえむっ』さ!存分に遊んであげてよね!


突然、スクリーンがアリで埋め尽くされた。女性エージェントは驚愕に目を見開き、そのせいで生じた吐き気を堪えるので精一杯だった。彼女以外はそうでもないようだった。

勇気を振り絞って観察を続けると、どうやら本物というわけではなく、あちらも機械で造られたロボットらしかった。翅を持ち、空を飛んでいるものも居た。しかもアリにしてはデカい。というか、大型ロボットの視点でこれなのだから、あれ実は途方もないサイズなんじゃないか?座席がガックンガックン激しく揺れ動いている現実を無視するには、考え事を続けるのが一番だった。

マルチアサルト・セキュア・ビイイイイィィィィィィム!!

信じられない太さのレーザー光が、ロボットの全身各所の砲台から迸る。

ドリルクラッシュ・コンテインメント・パアアアアアァァァァァァァァンチ!!

ロボットが拳を振り抜くと共に、その腕から質量保存の法則を完全に無視した大きさのドリルが飛び出す。

デスカッター・プロテクション・ブウウゥゥウウゥゥゥゥゥゥゥメランッ!!

背部バックパックから2枚の飛行翼が取り外され、さも当然のように投擲される。

エージェントがコックピットでもみくちゃにされている内に、特売中のスーパーに駆けていく中高年女性を彷彿とさせるほど群がっていた巨大アリ・ロボットたちは、いつの間にやら全機が爆発四散していた。

「はぁ……ん?あれ?」

この調子なら自分は何もしないでもよさそうだ。早く帰りたい……思案すら放棄して疲労に身を委ねようとした瞬間、

「あれ?あれれ?なんか動き止まってません?」

ロボットがよろめき、彼女は慣性の法則に従って全体の動きから取り残された頭部をしたたかに打ちつけた。幸いコックピットにはシートベルトとエアバッグが完備されていたので大事には至らなかった。

「一体どうなって………!?」

「あ……アカーン!!"博士"からの精神攻撃や!サイト管理者執務室、つまり中枢制御ユニットに乗っとるボクを、直接狙いに来よった!!ウゴゴ………」

カナヘビが叫んだ。結構余裕ありそうだが、というかあんたがメインパイロットだったのか。自分たちが居る意味あるんだろうか。

「デンジャー、デンジャー」

特別収容プロトコル用人工知能"神州"(ちなみに女性エージェントはこの存在の詳細については事件の後から聞いた)が報告した。

「上空から高エネルギー反応。先ほど出現したアリどもの3倍のスピードで接近中。システム障害に注意せよ」

御先管理員は、語尾に動物の鳴き声をつけて話している内は、何とか煌めいていた。

「な、何のこれしき……!スカーレット・フライド・チキンのレッドペッパーでむせた時に比べれば大したダメージではありません!!」

虎屋博士は歯ぎしりした。

「"博士"!!アンタには、俺たちを止めることは出来ねぇぜ!!」

育良は声を張り上げた。

「よくわかりませんけどアレですか!?アレがこのサメ映画みたいな事態の元凶なんですね!?」

エージェントはがんばって正気を保った。

「機械系のオブジェクト……普通なら動力源を停止させるか、攻撃装備を破壊、無力化して収容するんですが………」

「"収容"!?それだ!!」

「えっ」

「エントロピー・エンフォーサー起動!アブソーブ・バリア・フィールド全開ッ!!」

財団の基本理念をたったいま初めて聞いたみたいな表情で育良が復唱した。その様子を見た虎屋が親指を立て、人工知能"神州"は再び演算処理に入った。きゅらきゅらと不思議な音がする。パソコンの作動音というより、歯車がいくつか噛み合わさって回っているような音だった。

「さすがは奈落の悪鬼、黒き翼の堕天使ですね!アイスヴァインさん!」

御先管理員は無邪気に笑った。ロボットの周囲をオーロラめいた光の皮膜が包むと、頭痛に喘いでいたカナヘビが徐々に調子を取り戻し始めるのが窺えたが、エージェントの心は晴れないままだった。

「精神攻撃波、減衰。シールド強度、さらに向上」


「馬鹿なっ!?有り得ない……あれは東弊どころか負号部隊にだって…クソッ!………気が変わった。少し本気を出してやるよ……やれ!あいつらを塵に変えろ!!


育良は狭いコックピットの中でわざわざ立ち上がって腕を組んだ。

「とんだブラック経営者だな!!それでもおもちゃ職人か?アンタ、とんでもない大馬鹿だぜ!その才能を正しく使えば……本当の意味で、人々を笑顔に出来たかも知れないってのに……」

彼の台詞を聞いて、女性エージェントもまた話しかけた。彼女には何を言えばいいのかわからなかった、しかし確かに言葉を紡いだ。

「─────あなたに、いいえ、何者にだって!誰かの笑顔を奪っていい権利なんて、無い!!」

封じ込めていた14歳の日々が解き放たれた。彼女の心に再び、あの頃の火が点いたのだ。

覚えておけ!!この特別収容手順は、世界に風穴を開ける!その穴は、暗闇へ立ち向かう人類の道となる!僕たちは信じる!私たちが信じる財団を!Safeを、Euclidを、Keterを、Ainを、Juggernautを!

財団神拳・デリーテッド級最終奥儀ッ!! 黄金のゴルディオン ・スーパー・ 収容コンテイメント 違反ブリーチ!!!

彼らは最後の言葉を叫んだ。外野から見ると、紅潮した顔面とタコ足配線じみて浮かび上がる首筋の血管が何とも不健康そうに見えた。

「俺たちのプロトコルは!!明日を創るプロトコルだああぁあああああああ────ッ!!!!!!」


刹那、彼ら勇者の咆哮に呼応して、幾千ものSCPオブジェクトが封じ込めを破った。呪いのアイテム、化け物、全く未知の概念、その他諸々お好きなように呼んでいいやべーやつらが"博士"の許へと殺到すると、怪人は憤怒と怨嗟の入り交じった絶叫で反撃した。

「おのれ………!!覚えていろSCP財団ッ!次こそ貴様らを……!!」


とある女性エージェントは、職員寮の自室で目を覚ました。ベッドに寝そべっている状態からだが、己の拳が高らかに掲げられているのが見えた。ひどく汗をかいている。

「……っぁ、ふぅーっ……」

何か悪い夢を見ていたようだ。こんなにうなされるほどショッキングな内容であれば、少しは覚えていてもよさそうだったものの、そんな悪夢をわざわざ思い出す気になるほど彼女は物好きでもなかった。少なくとも15歳を過ぎてからは。

「…顔、洗おう…せっかくの休みだし、夜には大きい楽しみも控えてるし。切り替えてかなきゃね」

彼女は今日、サイト-8141で慰安目的の音楽ライブ・イベントが催されるということを知っていた。何もかも普通だ、きっと。あの変な夢を除けば。顔を洗って身支度を済ませ、自室から出る。廊下をしばらく歩いた所には、入寮者向けの掲示板。アノマリーに関する物騒な話題は多くなく、主には直接の生活に関わることばかりだ。


20██/██/██(金) 「Are we cute yet?」ライブ・イベント開催のお知らせ

██/██(金)、サイト-8141の第3多目的ホールにて、財団内部の軽音楽サークル「Are we cute yet?」のライブイベントを開催します。「AWCuY」による歌唱・ダンスパフォーマンスの他、三国技師によるSCiPオブジェクトの収容ユニットに用いられる新技術についての講演会など、多彩なプログラムを予定しております。入退場自由としますので、ぜひお気軽にご来場ください。楽しもうね!

尚、詳細についてのお問い合わせは主催の管理部門・吹上人事官までお願いします。

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