君にはこれを見て欲しい。
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お使いの端末のマイクにゆっくり、はっきりと、次のフレーズを繰り返してください。

私は水中の死体に見覚えがありません。


 

今日もまた、湖に誰かがやってきたようだ。
霧の中、目を凝らして見てみれば、黒いブレザーを着た青年がおどおどとした様子で、周りを見回しながら、こちらに歩いてきた。
きっと、この青年もまた彼の呼び掛けに答えたうちの一人なのだろう。「おーい」「どこにいるの?」と声をかけながら、徐々に、徐々に彼らの下へと近づいていく。
そうして彼は、湖の中の死体を見た。青年はその死体に見覚えがあったようで、「今助けるからな」「みんな待ってろ」と声をかけながら、じゃぶじゃぶと、じゃぶじゃぶと湖に沈んでいった。
そうして、また湖は静かになった。

 懐かしいね。

静かだった湖畔の周りが、途端にエンジン音などで騒々しくなり始めた。
恐らく、一昨日、見た事もない空を飛ぶ機械を見かけたのがきっかけだったのではないだろうか。
それでも、「彼」は今日もあの子を探し続けている。「彼」の声はそういった騒音でかき消える事はない。
今日もまた一人、この湖を男性が訪れた。背中におかしなマークのロゴが描かれた白衣を着ている、研究員のような冴えない男だった。
この前の青年とは違い、彼は湖の死体には見覚えがないようで、興味深そうにそれらを眺めた後、森の中へと帰っていった。
でも、「彼」は楽しそうにしていた。次に、研究員が来る時を待ち望んでいるようだった。

 彼は僕らを見たんだ。

あの研究員は、一週間後に現れた。急いでこちらに向かってきたのか息を切らし、服を脱ぐと勢いよく湖へと飛び込んだ。
一目散に彼が向かっていったのは、水の上に浮かぶ、「彼ら」の死体だった。研究員は「彼ら」の下に辿り着くと、それらに縋るように手を伸ばし、「すまなかった」「申し訳ない」と謝りながら、水中へと沈んでいった。
その研究員の様子を見た「彼」は、何やら確信を得たようだった。研究員が所属している団体、それが自分たちがこうなった原因に違いない、ならば、あの子もそこにいるに違いないと、湖畔の隅に畳まれた、白衣のロゴマークを見て笑っていた。
違うのに。そうじゃないのに。

 君は何を言っているんだい?

それから「彼」は、その団体の関係者に向けて呼びかけるようになった。
来る日も来る日も、叫び、声を枯らした。「彼」が呼びかける度に、様々な人間が湖を訪れるようになった。白衣を着た研究員らしき男女はもちろん、スーツを着た営業風の男性、個性豊かな色とりどりの髪型をした奇抜な女性も目にした。
それらは皆、湖の中へと沈んでいった。沈んでいく度に、「彼」はこれも違う、あれも違う、と苦悩しているようだった。
何故、「彼」は気づかないのだろう。誰もが、湖の死体ではなく、湖の中を見ては、何かを語って沈んでいく事を。

 僕には理解できないよ。君が何を言っているのか。

私は「彼」が苦悩する様子を見る事に耐えられなかった。
だから、私も仲間に呼び掛ける事にした。遠く、遠く、ずっと離れた場所にいる、私の仲間達に。誰かが気づいて、「彼」を救済してくれる事を願って。

 救いなんていらないさ。だって

あ  の  こ  が  み  ず  の  そ  こ  に

 
知っているよ? そんな事。
知っているさ。そんな事。
だけど、僕は続けなくちゃならない。
僕はもう、「彼」を探すだけじゃ終われない。
知ってもらわなくちゃいけない。
あいつらがやった事、その全てを。

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