Revolution No.999
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 財団に収容されてから9年9ヶ月後の9月9日9時9分、SCP-999-JPは老衰で死亡し、直後に9歳の少年として蘇った。

 9歳の彼は、99歳であったときよりも雄弁に、サイト-9999の職員達を説き伏せ、導き、教化した。その語り口は以前と変わらず優しく、さながらナザレの神童のようであった。
 誰もが彼の超越的な信望を疑わなかった。誰もが彼の話を聞くために第9人型存在収容セルに通い詰め、彼と99分話し、99年先までの友情を誓っていた。9ヶ月が経過するときには、最早誰にも手の施しようがないほど、サイト-9999の職員達は、一人残らず999-JPの忠実な僕となっていた。

 ある時、一人の愚かな男がサイト-9999にやってきた。男は999-JPを見るなり、懐から一振りのナイフを取りだし、それを神童の身に突き立てた。999-JPは0.9ガロンの血を流して絶命し、その遺骸は9.9キログラムの灰になった。
 しかし、男がその場を去ろうとすると、たちまち灰は男を取り囲み、その場から動けぬようにした。
 男は尋ねた、「どうして私たちにこのようなことをするのか。私たちはあなたに、本当の姿に戻って欲しいと言っているのだ」
 そうすると、999-JPは答えて言った。「違う。私はいつも貴方たちの側にいた。何故なら貴方は私の母だ。そうだろう、違うか?」
 そう言うと、999-JPは、男の口からその体内に入った。男は大きくなった腹を抱え、幸福に満ちた顔をした。
 9時間後に、男は999-JPを産み落とし、腹部からの大量出血で死んだ。

 この1件以来、収容違反事例999-JP-9時に中心となって評議を行った2人の博士は、一致した見解を持つようになった。

 SCP-999-JPには、接触してはならない。いかなる実験も、最早許可されない。

 そうして、マンパワーの供給を断たれたサイト-9999には、歪な平和が訪れた。9ヶ月後、一人の女性研究員が、サイト-9999のドアをノックするまでは。
 


 
「よろしく。早速少しお話ししたいのですが、いいでしょうか」
 
 ディスプレイに映る999-JPの返事を待たず、女性は名乗りの直後にそう切り出した。カメラ越しに見る顔は、資料通りの姿に見えた。あどけない、何の邪気も感じられない微笑。その容姿は、相手の警戒心を解くのに役立つのだろうと、女性は推測した。
 足を組みつつ、手元の紙束をペラペラとめくる。専用のタブレットよりも、昔ながらの紙ベースの報告書が女性の好みだった。

「SCP-999-JP、知ってのこととは思いますが、現在貴方に対して危害を加えることは厳格に禁じられています。先日、貴方がここで"殺された"事件以来、その制限はさらに強固なものになりました」

 感情を込めないように気をつけつつ、女性は淀みない口調で話す。本来、999-JPに限らず、人型オブジェクトに対して彼らの収容方針やプロトコルが伝えられることはまずない。だが、外部サイトからやってきた警備担当者達は、黙って女性の後ろに立っているだけだった。
 
「しかしですね」ページをめくり、女性は自分を抑えるように一呼吸置いた。「未だに収容方法が確立されていないオブジェクトに対して、その性質を見極める実験が許可されないなどという事態は、すなわち我々財団の敗北と同義です。そして、私は敗北主義者ではありません」

 女性は、ディスプレイの向こうにいる少年を見た。999-JPは、未だ変わりない微笑を浮かべている。女性の激しい言葉を、何ら意に介していないように見えた。
 一度大きく咳払いをした後、女性は胸のポケットに手を入れた。ハイライトを一本取り出し、火を点ける。サイト内は全室禁煙の筈だが、やはり警備員は微動だにしない。この映像を何処かで見ているはずの管理官達も、何のリアクションも起こしていないようだった。

「一つ質問したいのですが」紫煙を燻らせて、女性は静かに語りかける。「貴方、砧部長を殺しましたね?」

 999-JPにとっては、聞き覚えがないはずの名前だった。一瞬だけ硬直するように固まった後、999-JPは静かに首を振った。"何を言ってるのか判らない"というジェスチャーだと思われた。

「しらばっくれてんじゃねえよ」

 女のそれとは思えぬ濁った太い声が、女性の口から発された。込められた激しい怒気を知ってか知らずか、999-JPのノーリアクションを確認した後、女性はふぅ、と短い溜息をついた。

「大変失礼しました。貴方が覚えていないのは無理からぬ事だと思います。彼がサイト-9999の人事部長であったのは、ほんの一時期の出来事でしたから。彼には新人時代にお世話になったんですよ。世間知らずの小娘に対して随分目をかけて貰いましてね。彼は神山博士――の兄だか弟だか私は知りませんが――の知古でしたから、貴方に対してアクションを起こしたのも、博士からの要請に応えてのことだと思います」

 砧人事部長は、3年前までこのサイト-9999の人事統括の任に就いていた人物だった。サイトの現状を憂いでいた彼は、神山博士と共に999-JPの終了を計画し、直後に凄惨な死を遂げていた――自宅で強盗に9度心臓を突き刺されて。
 999-JPの顔貌には何ら変化は無く、ただ黙ってカメラを見つめていた。浮かんだ微笑も変わらない。長い髪を掻き上げて、女性は淡々と続ける。

「誰が死のうと知ったことではないんでしょうね、貴方にとっては。そもそも、全てを"9"にしてしまう現実改変は、無意識が勝手に引き起こしているのだから。しかし、本当にそうなんでしょうか。……これから述べるのは我々研究者の最新の見解になりますが、反論があれば言って頂いても結構ですよ」

 ページをめくり、用意していた資料をディスプレイ前のテーブルに広げる。重大な機密漏洩が目の前で繰り広げられていたが、警備員達はむしろ面白そうに、999-JPがどのような反応をするかについてひそひそと語り合っていた。

「"現実改変"と一括りに言っても、その形態は多岐にわたっています。突然、自然界に発生するものもあるし、人工的な装置によって発生するものもある。しかし、自然に起こった改変は通常"現実改変"とは呼称されません。単なる超常現象です。何故か? 我々財団が規定する"現実改変事象"とは、その全てに何らかの意思が介入するものだからです。
 例を挙げてみましょうか。思っただけで世界の全てを改変できる少女がいたとしましょう。彼女によって引き起こされる事象は文字通り天災のようなものですが、彼女は"思わない限り"現実を思い通りに塗り替えることは出来ません。だから、そう思えないような状況を作ってしまえば安全なわけですね。
 もう一つの例として、生存のために無意識の現実改変を引き起こす男がいます。彼の引き起こしている現象は確かに"無意識的な"ものですが、その発生には意思の介入があったと考えられています。つまり、最初に"生存したい"という意思があったから彼はそうするようになったのであって、それが本能的なものであったにせよ、"生きたいと思う"事が無ければ、改変は発生しなかったということです」

 講師のように朗々と語る女性の目には、999-JPが愚鈍で不出来な生徒のように映った。短くなった煙草を灰皿に落して、たたみかけるように言葉を続ける。

「精神鑑定の結果は、貴方がいかなる意味でも"9"という数字に執着していないことを示しています。そして、無意識下の改変であるとするならば、貴方の周囲の空気や空間の性質が通常次元と同一のまま保たれていることに矛盾が生じます。この二つのファクトと、先述の例示が導く結論はただ一つです。
 貴方にとって、"9"という数字は代替可能なデコイに過ぎない。真の目的は、周囲に気付かれずに自分に都合良く現実を書き換えることにある。例えば、自分と敵対している組織にタダ飯が食える大きなホテルを提供させ、邪魔をする人間を片っ端から消していく、というように」

 999-JPの表情は、ロボットのように変化しない。資料を捨てるように机に投げて、女性はやや身を乗り出した。

「コイツ馬鹿だな、とでも思っていますか? まあ、貴方がどこまで意図的にやっているかは私にもわかりかねますよ。しかし、貴方の無意識下に極めてエゴイスティックな欲動が隠されていることはほぼ間違いないと踏んでいます。そしてそれが、あらゆる現実改変事象の原動力であることも。そうと判れば、我々が貴方がどうしたいかはわかりますよね?」

 999-JPが返答しないのを確認して、女性は徐に立ち上がった。

「既に私が選抜した研究チーム15名が近傍のサイトに待機しています。9名ではありませんよ、15名です。仮にこの後、私が不慮の事故で死んだとしても、貴方への対処方針は決定事項なので、早々に変更されることはありません。それでは、またお会いしましょう」

 そう言って、モニタリングルームのドアへと女性は歩みを進める。二人の警備担当者は、無言で女性へと頷いた。
 緒戦には勝利した、と女性は思った。半年間に渡った財団上層部への根回しが実を結んだのだ。これで自分に万が一の事態が起これば、自身の理論の正しさが立証されることとなり、直ちに999-JPへの終了処置が発動するだろう。そうならなくとも、999-JPが不用意に研究チームに手を出すことはこれで不可能になった。
 女性はそう思って、二本目の煙草に手をかけようとした。若さ故の思い上がりを自覚しないままで。

「すみません、あなたに一つお聞きしていないことがありました」

 女性の足が、ぴたりと止まる。ばっと後ろを振り向くと、変わらぬ笑顔を浮かべた999-JPの姿があった。

「あの、お名前はなんというのでしょうか?」

 一欠片の悪意もない、天使のような微笑みで、999-JPはそう尋ねた。女性は、挑発とも威嚇とも取れないその言動に困惑しながらも、凜とした返事を投げる。

久里浜透くりはまとおるです。最初に言ったはずですが、何ですか?」

 999-JPは、微笑したまま言った。

「そうですか。九里浜さん、これからもどうぞよろしくお願いね」

 謎めいたオブジェクトの発言を不気味に思いながらも、女性は再び踵を返し、ドアの方に向かった。
 これから、自身の死よりも恐ろしい出来事が起きることを、女性はまだ知らなかった。

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