ラザフォードの悪夢
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『先月30日、ニホニウム含む4つの新元素の正式な名称が──』
 つけっぱなしのテレビからそんなニュースが流れてきた。アジア初、国際的に認められた新元素命名権。それは紛れもない快挙である。この財団の外でも研究は進み、非異常性の真実が明かされていく。人類の進歩は未だ留まることを知らないのだ。ただ、往々にして、新事実・技術の開発を純粋に喜ぶことは出来ない。ここ財団では、ことのほかそうである。ニュースの内容が頭の中でリフレインして、ずきずきと頭痛に襲われているような気がした。

 そうこうしているうちに昼休みが終わったので、研究室に帰ろうとよろよろ立ち上がって歩き出した。今日行われる実験の準備を進めなければ、などと考えながら足を動かしていると、どこからかこんな言葉が聞こえてきた。
「今朝SCP-2300の新しい個体がいくつか見つかったそうでな」
 見ると、白衣の男女2人組が私と反対へ歩きながら会話をしている。SCP-2300、私の専攻の化学関連のオブジェクトだ。報告書も読んだことがある。反射的に声をかけた。
「すみません、詳細を聞かせてくれませんか」
「えっ」
 男の方が驚いた顔をする。
「あ、お急ぎでしたら結構ですので……」
「ああ、いえいえ問題ありません」
 女の方がにこやかに返事をすると、男の方は渋々と言った様子で話し始めた。
「俺も先程聞いたところなんだが、放射性元素で構成された新しいSCP-2300が見つかったらしい。なぜか頭頂部の刻印がなく、成分は分析待ちだが、まず第7周期の比較的新しい元素だろう。他にも居ないか捜索も始まったらしい」
 なるほど。これは続報を待つ必要がありそうだ。
「既存の元素の新たな個体、という可能性はないんですか?」
 女の方が首をかしげて尋ねる。
「SCP-2300には再生能力があるが、財団の監視下で個体の複製が起こっていないからな。可能性は低いだろう」
「確かにそうですね……」
「これぐらいしか話せることはないぞ。あとは自分で調べてくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
「ああ」
 頭を下げて、2人と別れる。数分後には、脳内はもう今日の実験のことでいっぱいだった。

「それではSCP-████-JPの実験を始めます」
 アナウンスを入れた。無機質な白い部屋いっぱいに複雑な機械と計器が広がる監督室で、白衣の人間達が機械を操作したり、記録を取ったりと各々の仕事をしている。時にはこの監督室で死人が出ることだってあるのだから油断は許されない。
「用意されている液体を混合してください」
 二対のモニターに二人のDクラスがぎこちなくフラスコを動かす様子が写る。片方はSCP-████-JP──これを用いて行われた化学実験に異常をきたすオブジェクトである──を用いた実験で、もう片方は対照実験だ。混合された液体が泡を発生させて膨れ上がる。ここまでは予想通り。しかし、ふと計器の数値を見てぎょっとした。
「えっ、なんだこの動き」
 対照実験の方の一つの──超技術が用いられた、財団製の特殊な──計器のメーターがおかしい。この状況なら数値は安定するはずなのに、まるで指揮棒でも振るかのように針が揺らめいている。
「どうかしましたか?」
「北中くん、これ見て」
 私が計器を指さすと、つられて見たほかの研究員もどよめき、計器の周りに集まる。
「なんだこりゃ?」
「こっちもですよ!」
 もう片方、SCP-████-JPを使用している方に計器についていた研究員が声を上げる。確かに対照実験の方とはやや異なるものの、同じく事前予想とは裏腹に不安定に揺らめいていた。
「見たことないですねこんな動き」
「故障か?」
 瞬く間にこの話題で持ちきりになってしまった。
『うわっ、なんだこりゃ!?』
 その時、画面越しにDクラスの悲鳴が聞こえた。異常性が発揮され始めたようだ。
「……とりあえず実験に集中しましょう。メンテナンスは頼んでおきます」
 そう指示を出して、各々持ち場に戻る。針は相変わらず振れたままだ。
 ただの故障なら、いいのだが。

 一日が終わり、自室のベッドに倒れ込む。かなり疲弊していた。寝返りをうって大の字になる。
「明日休みにならないかな……」
 なんて独り言を言ってみても、誰も慰めてはくれない。しばらくそうやってごろごろしていたところでカバンに入れっぱなしのスマートフォンが鳴り出した。
「あー、なんだなんだ……もしもし」
「財団技術部です。六連博士ですか」
「そうです。何のご要件で?」
「故障の申し出があった計器なのですが」
 その話はやめてくれ、思い出したくない、なんて思っても相手には届かない。口に出す気力もないし、何より聞くべき報告だろう。
「ですが?」
「こちらで点検したところ、異常は見受けられませんでした」
「え」
 思わずスマートフォンを取り落としそうになる。
「マジですか?」
「マジです。ですので何らかのオブジェクトの異常性によるものか、そちらの不手際かと」
「それ、片方は対照実験で使った奴なんですけど……」
 途方に暮れて、壁にもたれかかる。
「そうですか。一応もう一度点検してみますね。ちなみに、どのような異常が見られましたか」
「ありがとうございます。ええと、針の動きが安定しなくて。ゆらゆらしてましたね」
 今思うと、ある程度の規則性が見て取れた気がする。
「ふむ、ありがとうございます。それではこれで」
 ここで電話が切れた。規則性があるとなるとやはりただの故障ではなさそうだ。このサイトに収容されているオブジェクトであの類の計器をあんな風に狂わせるものはなかった気がするのだが。これから忙しくなりそうだ、と再びベッドに身を預けたとき。
「……ん、え、待てよ?」
 良からぬひらめきが頭に降ってきた。

 翌日。いの一番に研究室に飛び込んで、PCを立ち上げる。
「もうちょっと高速化されないかなこれ」
 起動中のPCを前に、椅子に背中を預ける。気がせいている。結局一晩中昨日のひらめきについて考えていたので、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないが。
「あれ、早いですね」
 次に出勤してきた研究員が、珍しく朝から仕事をする私を見て声をかけてきた。
「ん、ちょっとね」
 やっと起動したPCにパスワードを打ち込んでログインする。メールの通知が見えた。……どう考えても先にこっちを処理するべきだろう。ため息をついてメールボックスを開く。未読は二件。一つ目。どうやら昨日廊下で話した研究員からのようだ。2300についての報告書をご丁寧に送ってくれたらしい。あとで菓子折りでも送ろう。英文をざっくりと読み進める。
「……はえ?」
 成分分析の結果、発見された個体は113番元素、つまりニホニウムで構成されていたそうだ。
「どうかしました?」
「あー、いや、こっちの話」
 まとまった量の超アクチノイド元素の尽きない塊なんて、放射性崩壊によって発生するα粒子、すなわちヘリウムの大量発生ですぐに見つかりそうなものだが、調査によると放出された放射線を構成する粒子はある程度減速した時点で消失するらしい。番号が大幅に飛んでいるため他の個体が存在する確率は高そうだが、これでは探すのも大変そうだ、なんて考えながら二件目を開く。こちらは財団技術部から。昨夜の電話で言っていた点検の詳細のようだ。やはり異常は見られなかったらしい。
「北中くん」
「なんでしょう?」
「もし今までの理論を覆すような新しい法則が見つかったらどうする?」
 キーボードを叩きながら問う。
「え、どうって……大変ですね」
「うん、大変さ。全部それに沿ってやり直しだもの」
「……なんで急にそんな質問を?」
「これ見て」
 PCの画面を指す。彼は立ち上がって画面にぐっと顔を近づけ、怪訝な顔をした。
「なんですか、これ」
「検証しよう」
 
 
 我々は財団だ。異常を確保し、収容し、保護する団体だ。でも、異常に対抗する術を探すうちに全く違う真実にたどり着くことだってある。
 
 
「それではSCP-████-JPの実験を始めます」
 アナウンスを入れた。無機質な白い部屋いっぱいに複雑な機械と計器が広がる監督室で、白衣の人間達が機械を操作したり、記録を取ったりと各々の仕事をしている。だが、今回は前の実験の時より機械が増え、神妙な面持ちの人間も同時に増えた気がする。
 あの仮説を私の研究室の人間全員に提唱した時から一体どれだけ経っただろうか。「普通の」研究施設ではまず笑いものにされるような理論を真剣に検討してくれた仲間たちには感謝しかない。
「用意されている液体を混合してください」
 二対のモニターに二人のDクラスがぎこちなくフラスコを動かす様子が写る。片方は対照実験だ。混合された液体が泡を発生させて膨れ上がる。ここまでは予想通り。あの計器を見やると、前と同じく規則的に揺らめいていた。
「ウィリアムズ計数機、仮説と一致します」
「コックス=山下検出器、仮説と一致です」
 増やした計器を監視する職員が言う。すべて、現在財団外にはない特殊計器である。
「すべて記録してください。計算は後です。今は実験に集中しましょう」
 指示を出して、自分も自分の仕事に集中する。モニターは前と変わらない風景を映している。でも、Dクラスの悲鳴が前より大きく聞こえる気がした。

 何度も実験をして記録を取って、皆でデータを突き合わせて議論して、これが現時点の我々にできる限界だろう、と一つの結論を導いた。既存の素粒子・元素の体系に大きく影響を及ぼす理論である。全員で私のデスクに集まって、打ち込まれた数式が周期表として形を持つのを固唾を呑んで見守る。
 
 
 
「おいおい、嘘だって言ってくれ……」

 浮かび上がったのは、歪な形の表だった。
 
 
 
 現在報告書に記載されているあの忌々しい表に、ニホニウムの名はない。そこに当たる部分は塗りつぶされてしまっている。つまり、異常だとみなされているのだ。しかし、現にニホニウムは見つかった。異常じゃなかった。──では、その他に当たる部分は?
 異常であると、誰が言いきれるだろう。

 これが我々のただの狂気でないのであれば、なにか不明なオブジェクトの引き起こした事案でないのであれば、現在財団の用いている理論がひっくり返る。つまり、我々の用いるほとんどの機械がいつ暴れだしてもおかしくない状態なのである。本当に、よくいままで何も問題が起きなかったものだ。

 年貢の納め時だとでも言いたげに、今ある「現実」が壊れていく。いずれ財団以外だってこの真実にたどり着くだろう。「非常識」が「常識」になるとき、我々に何ができるというのか。
「これは、これから忙しくなるな……」
 一拍遅れて始まった同僚のざわめきを背景に漏れた声は、真理にたどり着いた者としては余りにも情けないものだった。

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