日本支部への異動、あるいはSCP-710-JP-Jとの遭遇
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それを初めて見た時、私は認識災害の影響を受けたのかと思いました。 - ユヴェーレンツィア博士の述懐


サイト-8181への異動。つまるところ、日本支部への異動というのが私に下された辞令だった。
拒否することはなかった。もとより財団の辞令であるし、日本という国には興味を抱いていたのもあった。異常なオブジェクトの数は多いし、人型SCPオブジェクトとして収容されない異常性を持った財団職員も多いと聞く。研究欲は湧くし、なにより新天地にはいつでも胸が踊るものだ。

「ようこそ、サイト-8181へ。我々は貴女を歓迎します」
「ええ、どうぞよろしくお願いします」

日本語も予習してきたし、もはや何も抜かりはない。そう思っていた矢先のことだった。
突如警報がサイト内に鳴り響く。
『緊急警報。Dクラス職員の集団脱走が発生、職員は直ちに対処されたし。脱走が発生した収容房は……』

なんとも巡り合わせの悪い話だ。Dクラス職員というのは大抵粗野で乱暴で人を傷つける事を厭わないし、悲しいかな私は無力である。案内してくれた研究員も到底戦闘技術があるようには思えない。
どこに避難すべきか問おうとして研究員の方を振り向くと、何故かそこには白衣を脱ぎ捨てて道着を身に纏った研究員の姿があった。

「あの、何を」
「ああ、申し訳ない。博士はSCP-710-JP-Jをご存知ではありませんでしたか。私は鎮圧に向かいますので、博士は今来た道を引き返してください。入り口の警備部隊が配置されている詰所ならば安全です」
「え、いやあの」

そう言うなり、研究員は走り出してしまった。1人取り残される私。
まず何故SCPオブジェクトの話が出てくるんだとか、何故白衣の下に道着なんだとか色々言いたいことはあるが、ともかく今は一人走っていった研究員についてだ。鎮圧と言ったか?Dクラス職員を?
無理だろう。1人ならばともかく相手は集団である、何か武術の心得があるとしても無茶だ。……かといって、私に何ができるわけでもない。

「ええい、着任早々運が悪いものです……!」
仕方なく、私は来た道を引き返して走り始めた。


迷った。

冷静に考えれば当然で、サイト内の構造は複雑である。ましてやこの建物はサイト-8181の中央棟であり、非常に大きい。方向音痴というわけではないが、ご丁寧に案内表示があるわけでもない。引き返すだけとはいっても案内無しでは無理があった。
仕方なく安全そうで幅の広い通路を辿っていると、先の広場から騒ぎ声が聞こえた。目を凝らして見れば、なんたることか、迷った末に暴動と遭遇してしまったようだった。急いで引き返そうとして、目に入った光景を二度見した。

常識的な想像であると思うが、私はDクラス職員と警備部隊との衝突を想像していた。
麻酔銃や警棒、催涙ガスによる無力化というのが財団における脱走者に対する初期段階の対処プロトコルであるのは財団職員なら誰でも知っているだろう。

「……なんですか、これは」

現実は私の想像とは遥かにかけ離れていた。
折り重なって倒れるDクラス職員、吹き飛ばされるDクラス職員、なすすべもなく投降するDクラス職員。
そしてあちらこちらでDクラス職員を鎮圧する、道着を着た職員達。
空中を舞い、壁を歩き、瞬間移動して……えっ壁歩き?瞬間移動?どういうことなの?
今のは生身の人間ができる動きでは断じてない。絶対おかしい。

「秘技・確率論的回避!」「クソが!なんで当たんねぇんだよ!」
Dクラス達に周りを取り囲まれるも、その攻撃の悉くを回避する職員。たまに攻撃が職員の身体をすり抜けているようにも見える。確率論だかなんだか知らないけど人間業じゃない。というか見ていて不気味だ。

「必殺・共振遠当て!」「な、なんだ!?いきなり弾け飛びやがったぞ!」
職員が叫びながら空振りのパンチを繰り出す。その直後、Dクラスが振りかぶっていた鉄パイプがいきなり四散する。どのあたりが共振なんだ、共振要素が欠片もない。

「天殺・認識災害の構え!」「うわああああああ!!!!」
視認不可能に近い速さで変わった動きをする職員、その正面に立っていたDクラスが叫び声を上げて倒れる。何が起きたのかさっぱり分からない。まさか本当に認識災害を起こしてるわけじゃあるまいし。

技名のような何かを叫ぶ職員達。繰り出される現象の不条理さに叫ぶDクラス職員達。Dクラス職員達と一緒に唖然とするしかない私。
理解が追いつかない間に全てのDクラス職員は鎮圧され、事態の収束が宣言された。先程の研究員が声を掛けてくる。

「博士!どうしてこちらへ?」
「いや、少し道に迷って……それより、何ですか今のは。物理法則を無視してDクラスを屠る皆さんが見えたんですが」
「ああ、これこそ日本支部が誇るSCP-710-JP-J、財団神拳ですよ。物理法則に反しているなどとんでもない、科学的に証明された財団秘伝の徒手武術です」
「財団神拳……科学的に証明……?」
訳が分からない。わけがわからないよ!と叫びたい気持ちを我慢する。

「例えば、先ほどの共振遠当ては共振現象によって遠くの物体を破壊する奥義です。認識災害の構えは決められた型を視認することによって認識災害を引き起こすものですね」
「認識災害は科学的に証明されていないのでは……」
「いいえ、日本支部では認識災害の構えの発見に伴い、極一端ではありますが認識災害に対する科学的研究が進みました」
何故それを本部に報告しないんだというツッコミすらする気にならない。色々と脱力する。

「博士はBクラス職員でしたよね?でしたらSCP-710-JP-Jを記した巻物のコピーを入手できますよ。このサイトには段位クリアランス3を持つ職員もいますから、是非」

「わけがわからないよ!!!」我慢できなかった。


用意された研究室の椅子に深く座り込んでから、私はサイト-4400にいる元上司に連絡を取った。半ば笑い飛ばされるだろうという気持ちを抱きつつ、この理不尽さを誰かと共有したかった。
メールはすぐに返ってきたが、私の求めていた驚愕と困惑に満ち溢れた本文ではなかった。

『ああ、その件か。確か日本支部が主導して研究すると言っていて、他の支部ではあまり知られていないそうだ。私もついこの前知ったばかりだ』

何てことだ、SCP-710-JP-Jを知っている?じゃあこの理不尽さを誰と共有すればいい?
私は連絡帳から、幾らかのメールアドレスに対してSCP-710-JP-Jに関する情報を送りつけた。なに、あの研究員が言うことには情報自体はフリーらしいし問題ないだろう。
私は一通りメールを送りつけると、満足してノートパソコンをシャットダウンした。






「……続いて、名誉表彰を行います。サファイア・ユヴェーレンツィア博士。博士は海外におけるSCP-710-JP-Jの積極的普及に努め、博士の貢献により、今年末から財団神拳欧州大会の開催が決定されました」

どうしてこうなった。
私が元同僚達にメールを送りつけた結果、何故かSCP-710-JP-Jに関して理解を示した同僚の一部が遠く日本まで教えを請いに来たのだ(わざわざ正式な辞令も携えて。どうやって人事部を説得したんだ)。

彼らは段位クリアランス3を取得してから元のサイトに戻り、SCP-710-JP-Jをさらに普及し広めたらしい。その結果がご覧の有様である。

念のため言っておくと私はSCP-710-JP-Jを習得していない。あれが科学的研究に基づいているものだと未だに信じられないからだ。まだ現実改変現象と言われた方が信じられる。

「ほぼ日本支部のみに留まっていたSCP-710-JP-Jが広く知られるようになり、今後の世界大会なども予定されています。博士、貴女が成し遂げたことです。SCP-710-JP-Jを修める全ての者に代わり、感謝申し上げます」
「はい……どうもありがとうございます」

私がやったことは理不尽を共有するための八つ当たりメール爆撃なのだが、本当にどうしてこうなった。

頭を抱える私をよそに、表彰は続いていくのであった。

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