終わらない旅路
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寝起きの虚ろな目を、激しい頭痛が無理やり覚まさせる。

僕は頭を押さえながら体を起こした。何日も体を洗っていない為、少し動いただけでも自分の体臭が鼻を突く。

白く輝く天井の蛍光灯。窓の無い白い壁。正方形の床。そして、2つの扉。

部屋の中を見回すと目に焼き付いてしまった何時もの光景が広がっていた。

「はぁ……」

僕は溜息をつき、壁で体を支えながら立ち上がった。身体中の関節が痛み、胃が締め上げられるような感覚がする。

体はもう限界に差し掛かっている。

僕は軽くストレッチをして、部屋の扉を開けた。

「やぁ、おはよう。てか、まだ寝てるか」

扉の先に広がる先程と全く同じ部屋には、男と女が折り重なるようにして床に転がっている。

僕は彼らの元へと歩み寄り、男の方の頭を足で蹴った。

「ほら。朝だよ。おはようってば」

男の首は半回転し、黄色を帯びた白目をこちらに向けた。だらりと伸びる黒い舌は僕のものよりも大きく膨れている。

なるほど、どうやら彼は起きる気が無いらしい。

僕は彼の頭をもう1度蹴飛ばし、次は彼女へと呼びかけた。

「ほら。起きてよ。そろそろ行かないと」

やはり彼女も反応してくれない。苛ついていた僕は彼女の長い髪の毛を掴み、力任せに引っ張った。すると髪の毛は、殆ど何の抵抗もなく彼女の頭から抜けた。

「あぁ、ごめん」

僕は咄嗟に彼女に謝るが、相変わらず彼女は黙ったままだ。僕は仕方なく髪の毛の束を彼女の頭の横に投げ出した。

「なんだよ、2人とも…」

僕は舌打ちをして、暫く彼らを蹴ったり踏みつけたりした。それでも動かない所を見ると、今日も昨日のように彼らを運ばなくてはならないらしい。

僕は腕を捲り、彼らの足首を掴んだ。

「じゃあ今日もこれでいくからね」

足腰に力を入れ、2人を引き摺って歩く。彼らの体から流れ出ている赤黒い液体が床に太い線を引く。僕にはあの液体が何なのかは分からないが、彼らが痛がっていないのだからきっと心配は無いだろう。

僕は2人を連れたまま、部屋から部屋へと歩いていく。

扉を開けて部屋へと入り、また扉を開けて部屋へと入る。

これを何日続けているのかはもう忘れてしまったが、今となってはもう慣れたものだ。

確か最初のうちは、何処までも続く部屋に驚愕していた気がする。詳細な記憶は定かでは無いが、多分そうだったはずだ。

「あれ?そういえば何でここに来たんだっけ?」

僕は歩きながら2人に訊いた。後ろを振り返ってみると、彼らはよく分からないといった表情を浮かべて顔の全ての穴から赤黒い液体を流していた。


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「やっぱり分からないよなー」

僕は扉を開けながら薄れつつある記憶を辿ってみた。考えようと頭に意識を集中させてると、痛みもそれに伴って大きくなる。僕は歯を食いしばって耐え、記憶を呼び覚まそうとした。

「いててて……えーと……何だっけなぁ。確か……」

自殺。

「あ!!そうだ!!自殺だよ自殺!!」

僕は両手を叩いてわざと大袈裟なリアクションをして見せた。僕の手から離れた2人の足は、フローリングの床に同時に落下した。

「あっはははは!!何で忘れてたんだろうな?」

僕は腹を抱え、1人で爆笑した。別に面白い訳ではない。ただ、何故か笑いが収まらないだけだ。

僕はそれから何時間か何が面白いかも分からない事で笑い転げ続けた。

「あぁ……はぁ…はぁ…ふふっ…はぁ…」

突然に熱が覚め、猛烈な疲労感と痛みだけが頭蓋の内側に残る。

「……行こうか」

長らく放置されていた2人を掴み、再び奥へと進んだ。


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そもそも自殺とは何のことだっただろうか?

こればっかりは考えても思い出せそうになかったので僕は思考を中断した。

とはいえ、何もしていないでただ頭の痛みを感じるだけというのは僕にも耐え難い。

僕は何か別の事を考えることにした。

頭痛に意識が向かないように細心の注意を払いながら、この部屋にやって来てからの事を思い出す。

「あ、そうだ」

僕は彼女の方を向き、どす黒い色の顔に問いかけた。

「あの時の『2回目は嫌だ』って言葉、どういう意味だったの?」

痛みだけが響く空っぽの頭蓋内に、彼女がそう叫びながら壁に頭を叩きつける映像が投影される。

「君が突然壁に頭をぶつけながら叫ぶから、僕達びっくりしたんだよ?なぁ?」

相変わらず彼からの返事は無いが、僕はそのまま話を続けた。

「なんかここに来る前から頭、痛そうだったしさ。あ、というか何でここ知ってたの?」

彼女は答えない。僕はにやりと口元に笑みを浮かべ、彼女に嫌らしく目線を配った。

「あれだろ?前にここに来たことあったんだろ?」

彼女は答えない。

「ははは!!図星だろ!?だから前から頭痛かったんじゃねーの!?」

僕は高らかに笑い声を上げながら扉を開けた。

「なーんだよ!こんな場所知ってんだったらもっと早く言えよな!!」

僕は振り返り、床に転がっている彼女を思いっきり踏みつけた。足先は胸に突き刺さり、骨と肉を押し分けて中へと沈みこんだ。

足が沈むのと同時に彼女の喉が膨れ上がり、口から赤黒い液体が噴き出る。壁や床に飛び散った液体が周囲を黒く染めた。

それでも彼女は答えない。僕は彼女に反応を求めるのは無駄だという事を悟り、再び扉を開ける事に従事した。

2000余りの扉を開けた頃、僕は疲れから2人を引き摺る事が出来なくなった。

「あー。無理だ。疲れた」

「今日はここまでにしよう」

僕は2人を床に転がし、扉に手をのばした。

金属製のノブが、いつも通りの冷たさを皮の擦り切れた僕の掌に伝えた。


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「僕は向こうで寝るから、おやすみ。明日は起きて歩いてくれよな」

彼らに少しきつく告げたあと、僕は扉を閉めた。彼らは恋人なのだ。ふたりの水入らずの空間に僕がいるのは、彼らにとって良いことではないだろう。

僕1人だけの部屋は異常なまでに静かだ。全てが死んでしまったかの様な重苦しく硬い空気が疲弊した僕の体に覆いかぶさる。

床に寝そべり、蛍光灯に手を翳す。青白い光が薄汚れた手に赤い血液の色を重ねた。

見ていると、手の中に走る血管が見えた気がした。目を見開き、手を凝視する。

枝状に分かれた血管を、視覚とは違う何らかの別の感覚がみた

血管の枝状の分岐が、何処までも何処までも永遠に続く。腕から手の甲、指先へと自己相似が無限に広がっている。毛細血管を飛び出し、その先にも際限なく続いている。有り得ない勢いで頭痛が激しさを増していく。

頭が、知覚が、有機的な肉体に依存する全てが突然に終わりを迎えた。

意識が途絶え、急速に深い所へと沈んでいく。

そして僕は、██回目の終わりを迎えた。







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寝起きの虚ろな目を、激しい頭痛が無理やり覚まさせる。

僕は頭を押さえながら体を起こした。何日も体を洗っていない為、少し動いただけでも自分の体臭が鼻を突く。

白く輝く天井の蛍光灯。窓の無い白い壁。正方形の床。そして、2つの扉。

部屋の中を見回すと目に焼き付いてしまった何時もの光景が広がっていた。

「はぁ……」

僕は溜息をつき、壁で体を支えながら立ち上がった。身体中の関節が痛み、胃が締め上げられるような感覚がする。

体はもう限界に差し掛かっている。

僕は軽くストレッチをして、部屋の扉を開けた。

「やぁ、おはよう」


…………………………… ∞……………………………




24時間分だけ死に近づいた僕は、24時間分だけ腐敗が進んだ2人に言った。

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