SCP-1238-JP
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SCP-1238-JP

アイテム番号: SCP-1238-JP

オブジェクトクラス: Safe

特別収容プロトコル: SCP-1238-JPはサイト-81ISの低脅威物品収容庫に、オイルを抜いた状態で保管されます。移送時は、職員の人力による隔離容器の直接的な運搬を可能な限り回避してください。

SCP-1238-JPの炎が意図しない物体に引火した場合、その物体を放棄して周辺を隔離します。以後、炎の内部に映像が発生しなくなるまで待機してください。火災による被害拡大防止のため、炎が生物に移った際は即時終了が認められます。

説明: SCP-1238-JPは1986年に製造されたオイルライターです。外装には一部融解した痕跡が見られますが、使用に問題はありません。回収時の捜査により、既製品を改造したものであることが判明しています。

SCP-1238-JPを点火して炎を他の物体に着火させたとき、炎の内部で赤みがかった映像が発生します。映像はすべて生物の肉眼を視点としています。内容は使用者が過去に経験した事象と同一であり、この映像は使用者の意識下に残留する記憶であると考えられます。映像が発生している場合、炎は消滅しません。

映像の発生時間は着火させた物体により異なります。当初、映像の発生時間は燃焼する物質の量に比例すると推測されていました。しかし、耐火物質に対する実験では炎が物質周辺を囲み、伴って映像も発生しています。そのため、SCP-1238-JPの炎は非物質的存在に引火し燃焼させる性質があると推測されています。現在最も有力な説は「残留思念」に引火するという説であり、使用者がその物品を所持していた時間に相応して燃焼時間は長期化することが確認されています。

また、SCP-1238-JPの炎は通常の炎と比較して一律に延焼する速度が速く、着火された物体は確実に全体が炎に包まれます。


補遺: SCP-1238-JPは██県███市内で発生した不審火の現場にて回収されました。詳細は下記のファイルを参照してください。

事件ファイル-1238

200█/09/23、市民から不審火の通報があり、警察及び消防が出動。現場は200█年に営業を停止したアパレルショップの空き店舗であり、消火活動が行われたものの、2×1×3m程度の範囲を持つ炎のみが鎮火されなかった。さらに炎の内部に映像が発見されたことで、一連の現象が財団へ報告される。

なお、財団の介入以後も炎は自然消滅しなかった。カバーストーリーの流布により、これらは隠蔽された。

後の調査にて、この店舗の周辺にはGoI-3892(葦の輪)所属を主張するホームレスの集団が居住していることが判明。周辺の監視機器の情報より、現場から逃走するGoI-3892構成員・草加 寛(62歳日本人男性)を捕捉し、拘束。このとき、押収品としてSCP-1238-JPが回収される。

また、草加が現場に侵入する際の記録には別の男性が同行していたが、この男性については捜査が続行されている。


草加 寛へのインタビュー記録
200█/09/28
担当者: 梅田 綾

インタビュアー: 情報を提供していただければ、あなたを解放する予定です。証言により身に危険は及ばないとは約束します。

草加: 黙ってれば、飯と寝床を用意し続けてくれるのかい?

インタビュアー: あなたが要注意団体に所属する人物である以上、無為な沈黙は利潤になりません。早速ですが、あの日なぜ現場にいたか、話してもらえませんか。

草加: 宿にしようとした。ホームレスなんてそんなもんだ。

インタビュアー: しかし、あなたたちは別所に縄張りを持っているはずです。移動する理由が見当たりません。

草加: 秋風が酷いと引っ込みたくなるんだよ。不法侵入で捕まるのは厄介だが……その日の夜は、青田に誘われたんだ。

インタビュアー: なるほど。まずは青田という人について聞きましょう。仲間ですか?

草加: ああ。俺より20くらい年下の宿無し。そのくせ大分と老けててな、寄り合いで顔を合わせる度に毒づいてた。あいつは酔うとすぐに昔の話をしたがるんだ。俺が若いときは、俺が若いときは、ってな。就職がバブルと重なってんだと。才気に溢れてて、何でもできたらしい。初ボーナスで買ったとかいう後生大事なライターをお守りみたく持ってて、それからそう、自虐。

インタビュアー: ホームレスという現状を?

草加: 毎回だ。俺は絞り屑だ、燃えカスだ、ゴミクズだ。……普通さ、俺らはそんなのもう割り切ってんだよ。明日の食い扶持確保で忙しいし、考えても腹は膨れない。なのに、夜になったらグチグチ言ってんだ。そういや、入ってきたときも本を持ってたな。「夏鳥思想」だっけか。昔から過去を崇める胡散臭い言動をしてた。ああ、だからかな、貧乏神に選ばれたのは。

インタビュアー: 貧乏神……あなたたちの中の文化のようなものですか?

草加: 大袈裟なもんじゃないがな。民話にあるらしいんだ、貧乏神でも大切にすりゃ、最後には福を遺して出ていくって話が。現実逃避のはずが、ちらほら本当に福が起こるって噂を聞く。他の神は見捨てても、貧乏神は見てくれる。国の下層で生きてる俺らに残された、最後の手段が神頼みの奇跡。で、奇跡の連続で取り入ろうとする奴が増えた。弱者の輪、だから「葦の輪」だ。あいつは固執して願って、選ばれたんだろう。

インタビュアー: 具体的に当時のことをお願いします。

草加: 買い物から戻ってきたら、青田は興奮しながら自分のライターを燃やしてた。落ち着かせようとする俺らをシカトして、煙草に火を点けた。口に入れず、1本丸ごと。臭いと一緒に炎の中に何か見えた。高そうなマンションのワンルームと夜景がそこに映ってた。青田が言うに、昔住んでた部屋なんだと。

インタビュアー: 過去の映像が炎の中に?

草加: 多分な。あいつはそこら中を跳ね回った。願いが叶ったと叫びながら。俺たちも試したけど、確かに見えたんだ。久々に子どもの顔を思い出したよ。

インタビュアー: では、元々あのライターは青田さんの所持品だったと。なぜ、あなたが持っていたんですか?

草加: [沈黙] なぁ、あんたらは俺が青田からライターを奪ったとか、そんなふうに考えてるんだろ。質問の順番からしてそうだ。俺を犯人にしたいのが見え透いてる。けど、違う。止めようとしたんだ。俺はやってない。

インタビュアー: 飛躍してますよ。それでは現場で何が起きたのか、話してもらえませんか?

草加: 分かったよ。俺たちは定期的に、ライターを使って過去を見てた。丸一日ゴミを持ち越して、あいつのライターを使って燃やす。そうすれば過去に浸れる。時間は知っての通り、短いさ。それで十分だった。そもそもが空虚で、慰めにしかならない。あの日も同じように、場所を借りるだけならと俺は誘いに乗ったんだ。寒いのは確かだったしな。警察が通るかどうかの確認だから他の仲間は呼ばず、いつも通り試しにやろうって。最初はそのはずだった。

インタビュアー: 現場には2人だけで向かったんですか?

草加: そうだ。それで、店に入るなりあいつは倉庫に忍び込んで、不良在庫の上着を2枚持って来た。それから着ていたジャンパーを脱いで、ジーンズのポケットからライターを取ったんだ。あいつは俺に、上着を並べて置くように言った。俺は断った。燃やそうとしてるのは目に見えた。

インタビュアー: 止めたんですね。

草加: 青田のジャンパーは3年着っぱなしだった品だ。仕組みには気付いてたんだ、愛着ある物を焼くほど長く昔を覗ける。あいつは、満足していなかったんだと思う。分単位の回想じゃ、耐えられなかったんだろう。だから、服を燃やすと言い出した。代わりはいくらでもあるって。そうじゃないだろ。ダメなんだ。

インタビュアー: 何が違うのか、言えますか?

草加: [頷く] 炎はいつか、消えちまう。長続きしたように見えても、最後には消える。なのに、俺たちの持てる物は限られてる。代わりはあるかもしれないが、一度火を点けたらこの先も持ち物に火を点けて回ることになるだろう。消えた炎の埋め合わせに、それでその炎もまた消えて、繰り返しだ。全部が炎に消えて、消し炭になるだけの。……それってあまりにも、意味がないだろ。それに起こしたボヤが集落に移りでもしたら大変なことになる。だから、あの場で止めた。

インタビュアー: 青田さんはどう反応しましたか?

草加: 抵抗してた。信じられないって顔してこっちを見てきた。お前も昔を見たくないのか、俺と同じ表情をしてたくせに……そう叫ばれたよ。確かに、浸れるなら何時間でも浸ってはいたい。けど、今を切り払ってまでやることか? 日銭稼ぎに躍起になるのは生き延びたいからで、在りし日に閉じ込められるためじゃない。それでも、青田はライターを灯したんだ。 [沈黙] くそ。なんであんなことに。

インタビュアー: 続けられますか?

草加: [頷く] 俺はあいつの服を引っ張った。というか、服を掴んだらそうなったよ。青田は体勢を崩して、火の点いたままのライターがあいつの胸の上に落ちた。俺には、運が悪かったとしか言えないさ。火はすぐに服を伝ってあいつの肌に広がった。叫び声が上がって、ライターはまた跳ねた。俺のところに転がってきたとき、青田は火だるまになってて。思わずライターを取って逃げた。それが真相さ。

インタビュアー: ありがとうございます。他に、言っておきたいことはありますか。

草加: そういえば妙に引っ掛かることがあって、今もよく覚えてる。逃げ際に振り向くと、ウィンドウ越しに青田の姿が見えた。青田は、ウィンドウを眺めてたんだ。夜は反射で外なんか何も見えないはずなのに。見えたとしても、何も得られやしないし。 [ため息] 俺たちは結局、失い続けるしかないんだろうか。


この事件を受け、GoI-3892へ実際に異常性をもたらす存在についての調査が開始された。他の事案でホームレスの死亡事故が発生している点など、異常の獲得がGoI-3892に被害をもたらす場合も見られ、その目的・実態は未だに解明されていない。

炎は報告から52日後の200█/11/14、自然消滅した。燃え跡より、炭化した成人男性の骨を回収。また炎に確認された全映像を解析した結果、映像の多くは1980年代から1990年代半ばまでの情景であることが特定されている。


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