SCP-1268-JP
評価: +17+x
blank.png

アイテム番号: SCP-1268-JP

オブジェクトクラス: Euclid

特別収容プロトコル: SCP-1268-JPは常時監視カメラによる財団の監視下に置いてください。またSCP-1268-JPの転移を防ぐため、可能な限り民間人が自由に出入りできる解放された状態に保たれます。SCP-1268-JPの転移が発生した場合、速やかにその出現地の特定と目撃者への記憶処理、およびカバーストーリーの適用を行ってください。SCP-1268-JPを起因とする防災関係者の死亡案件は、適切なカバーストーリーの流布と記憶処理、報道規制の実施によって情報の拡散が抑えられます。また財団および財団職員がSCP-1268-JPの影響の対象となることを避けるため、SCP-1268-JP担当主任の判断のもと財団による防災組織の運営への参加や干渉は最小限に留められなければなりません。

現在、後述のプロトコル・シニック-1268がSCP-1268-JPへの対抗処置として実施中です。このプロトコル制定以降、風雨などの環境要因によるSCP-1268-JPの汚損を防ぐため定期的にDクラス職員による清掃が行われています。

説明: SCP-1268-JPは現在██県██市消防局██消防署の敷地内に存在する、花崗岩で構成される高さ約1.4m、幅約0.8m、奥行約0.4mのおおよそ直方体のモニュメントです。SCP-1268-JPは██消防士長1の慰霊と顕彰を目的として、19██年に防災関係者らの働きかけを受け建立されました。財団による調査では、SCP-1268-JP建立に携わった関係者に不審な点は見つかっていません。SCP-1268-JPが有する異常性は碑の完成後に執り行われた除幕式当日に現出したものだと推測されています。

██市における災害救助・防災活動に携わる人物2がSCP-1268-JPに刻まれた氏名と碑文(文書1268-JP参照)を直接目視して読解した場合、対象は精神的な影響を受けます。この度合いは石碑に刻印された殉職者と近い職務に就いている人物ほど顕著となる傾向があり、災害現場で救助活動を行う消防吏員や消防団員には高確率で重度の影響が表れます。一方で書類上██市消防局に消防吏員として配属されたDクラス職員には影響が見られなかったことから、肩書ではなく実質的な職務を担っていることが重要であると考えられています。SCP-1268-JPの移送、接近禁止措置、碑文を判読不能とする遮蔽、組織機能の移転など、SCP-1268-JPを民間人の目から遠ざけようとするすべての試みは、対象の██市内の主要な消防施設への完全な状態での転移という結果を招きました。

SCP-1268-JPが引き起こす精神作用は様々ですが、概してSCP-1268-JPに刻まれた殉職者に向けられる敬意、賛美、憧憬などといった好意的感情の強化です。この他にも「誇らしい」「身が引き締まる」「勇気が湧く」などといった感想が報告されており、SCP-1268-JPの影響を受けたほぼすべての人物には自身の職務に対する意欲の有意なレベルの向上が見られます。また影響を強く受けた人物は頻繁にSCP-1268-JPのもとを訪れ献花や清掃といった活動を行うようになります。SCP-1268-JPによる影響はCクラス記憶処理によって除去することが可能ですが、碑文を読解することで再発します。

SCP-1268-JPの影響を受けた消防吏員や消防団員の大部分は、やがて災害現場において自己の危険を顧みない救助活動を実践し始めます。これは殉職や自己犠牲といった概念に対する過剰な美化から生じた相対的な自己の安全確保・危険防止の軽視、および肥大化した好意の対象である殉職者への同一化3によって引き起こされると考えられています。このとき消防士らは死や危機的状況に対する恐怖心や不安感といった情動を通常通り示しているにも関わらず、それを上回る強い義務感や決断力により救助行動へと踏み切ります。またこうした行為に及ばなかった人物のケースにおいても、その後通常見られるよりも著しく重い自責、後悔、苦悩の兆候を示し、そのストレスから逃れるためより自己犠牲的な救助活動へと傾倒する結果となりました。

SCP-1268-JPの建立から██年間で、██市における消防関係者の殉職者数は██名に上りました。

インタビューログ1268-JP

対象: ██消防士

インタビュアー: ██博士

付記: これは██市において、4名の殉職者を出した土砂災害の現場から生還した██消防士に対し行われたインタビューです。██消防士はSCP-1268-JPによる影響が顕著に少ない防災関係者の一人として以前から財団から注目されていました。行われたいくつかの心理試験の結果、██消防士は反社会性パーソナリティ障害の傾向を示しています。

<録音開始, 19██/██/██>

██研究員: こんにちは、██さん。怪我の具合はいかがでしょう。

██消防士: 大丈夫だよ先生。もともと体の方は大したことないんだ。それより精神的なものの方がずっとでかい。正直なところ、もうあの職場には戻る気がしない……と言っても、コネで入った手前そう簡単に辞められないし、辞めたところでここより実入りの良いところに就けるアテなんてないんだけどな……あっと、今の同僚には漏らさないでくれよ。

██研究員: ここで話す内容が外部に公表されることはありません。ですのでこちらの質問には率直に答えていただくようお願いします。

██消防士: ああ、そういうことなら何でも聞いてくれ。

██研究員: ではまず、今回の事故について。あの日、どのようなことが起こったのか教えてください。

██消防士: そうだな……先生も知っての通り、あの日は酷い土砂降りだった。非番だった俺も、自己判断という名の強制出勤で署に駆り出されてた。そのうち雨は小降りになってきて、文字通りこのまま晴れてお役御免とならないかと期待もしたんだが、まあ世の中そう上手くいかないわな。土砂崩れが町はずれの住宅地を直撃したって通報が入ってきて、先輩方と一緒に現場に向かわなきゃならなくなった。道路が寸断されていて途中から徒歩で向かわなきゃならなかったりと苦労もあったが、どうにか俺たちは一番乗りで現場に乗り込んだんだが、まあひどいもんだったよ。裏山が崩れて押し流された土砂の上っ面にいくつも屋根が覗いてる有様だった。こりゃ援軍なり重機なりが来ないとどうにもならないと思ったけど、とにかく俺らは撤去作業に取り掛かった。

██消防士: そんなわけで必死こいて土砂を掻き出していると、いつの間にか雨足が勢いを取り戻してることに気が付いた。そのうち前も見えないくらい激しくなって、すぐにこれはやべえって思ったよ。他の奴らも気づいてたと思う。土砂を掘り返しながら、ちらちらと斜面の方を窺ってたしな。……なのに、誰も逃げようとしなかった。異常だったよ。今にも二次災害が起きるかもしれないって瀬戸際で、全員が黙々と作業を続けてたんだからな。だから俺は痺れを切らして言ったんだよ。「俺らも避難した方が良くないですか?」ってな。そしたら揃ってすげえ剣幕で「そんなことができるか!」って怒鳴りつけられた。だから……俺だって粘ったんだぞ。無我夢中で泥掻き分けて、あんなヤバイ状況だったってのに一人助け出した。それで十分だろ。表彰もんだ。なのにあいつら、それでも逃げようとしなかった。他にも埋まってる要救助者がいるかもって……もう付き合っていられなかった。助けた子に付き添うとかそれらしいこと言って、そのままバックれたよ。それから30分後くらいかな……裏の斜面が崩れたのは。それで現場に残ってた奴らはみんな、埋まっちまった。

██研究員: あなたはその時なぜ現場から離れようなどと考えたのです? いったいどのような心境で……

██消防士: [遮って]やめてくれ先生。その質問はお門違いってもんだ。疑問に思うなら"なんであいつらは逃げなかったのか"の方だろう。あのとき俺は正しい行動をとったつもりだぜ。責められる筋合いなんかどこにもない。

██研究員: 失礼、誤解を招く言い方でした。私は単に、その時あなたがどのような心理状態だったのかを聞きたかっただけです。あなたを責める意図はありません。

██消防士: だったらいいが……いや、俺もあの後同僚からそれとなくいろいろ言われちまって、ちっとばかり滅入ってたんだ。悪かったよ。とはいっても、心境ねえ。さっきも言ったけど、特別なことなんか何もない。俺はこんなところで死にたくないって、ただその一心だったよ。それはあいつらだって同じだったはずなのに、いったい何をトチ狂ったんだか。そもそも、これは以前から思ってたことなんだが、あー……

██研究員: なんでしょうか。続けてください。

██消防士: これはマジで漏らさないでくれよ……あの、名前はなんていったかな。石碑になってる殉職した消防士さん。普段から仲間内じゃ、何かにつけてあの人のことを勇者だ英雄だと褒めそやしてた。人として成すべき正しいことをやったんだって。それは尊く素晴らしい行いなんだって。あいつらは本気でそう思ってて、だから最期までその信念に従った。あれはその結果だよ。だから、身内にあんなことがあった後でこんなこと言うのはなんだけど……いや、だからこそ言うべきなのかな。

██消防士: やっぱり俺は、誰かを助けるためだからって自分の命を投げ出すようなマネする奴は、英雄でもなんでもなくただのアホだと思うよ。……なあ、あんたはどうだ。俺とあいつら、どっちが正しいと思うかい?

<録音終了, 19██/██/██>

プロトコル・シニック-1268:
SCP-1268-JPによる影響の除去と再発の防止を目的として、プロトコル・シニック-1268がサイト-81██管理者と倫理委員会の承認を得て実行に移されました。これは上述の██消防士を始めとするSCP-1268-JPからの影響が比較的小さかった被験者から抽出された精神構造をモデルケースとし、財団が有する記憶処理と[編集済]の技術を併用した思想調整・人格矯正を██市の防災関係者らに施すことで、被験者が殉職や自己犠牲といった概念に対して抱くあらゆる好意的情動を抑制する試みです。このプロトコルは現在一定の成果を上げており、収容手順に組み込まれた19██年以降、██市内において消防関係者の殉職は発生していません。

特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。