SCP-1438-JP
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SCP-1438-JP。異常性を示さない面を上に向けている。

アイテム番号: SCP-1438-JP

オブジェクトクラス: Safe

特別収容プロトコル: 回収に要するコストと異常性の危険性の低さを鑑み、化石産地における新たなSCP-1438-JPノジュールの積極的回収は実施されません。財団古生物学部門・地質学部門は各地の博物館施設および教育・研究機関と連携を取るほか、SNSの監視、ミネラルショー・ミネラルフェアへのエージェントの派遣を実施し、新たに確認されたSCP-1438-JP化石を回収してください。未収容のSCP-1438-JPが確認された場合、レプリカを作成して差し替えてください。

SCP-1438-JPは一切の光源を除去した暗室式低危険度物品収容房内に保管されます。SCP-1438-JPへの可視光の照射を含め、セキュリティクリアランスレベル2以上の職員には破壊的結果を伴わない全ての実験試行が認められます。



説明: SCP-1438-JPは、1985/08/17に北海道浜頓別町で発見された、ハウエリセラス属(Hauericeras)に属すアンモナイト目デスモセラス科の化石です。SCP-1438-JPは当時高校2年生であった寺澤研究員が宇津内川中流域での化石巡検中に発見したものであり、同様の異常性を示す同属他個体は本項執筆時点で未発見です。産出層準は蝦夷層群函淵層の最上部にあたり、年代は本来アンモナイトの産出が知られている後期白亜紀ではなく、より新しい古第三紀暁新世サネティアン期(約5,920 - 5,600万年前)と推定されます。

他のアンモナイトの属種とSCP-1438-JPとの異常な差異は、SCP-1438-JPの縫合線1上で断続的に配列する、平均長さ約1.0μm、平均高さ約50nmの不連続的で微小な凹凸です。これは現在記録媒体として用いられる光ディスクのピットに類似する機能を持ち、波長約700nm以下の電磁波、特に波長約430-490nmの青色光を照射された際に凹凸に応じて活性化します。これに関して、SCP-1438-JPは記録の読み取りをレーザー光のみに限定しない点で既存の光ディスクの機能を拡張しているほか、情報の読み出しに際して光学ドライブを必要としません。

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Pachydiscus japonicusを伴う函淵層の海洋生物相

SCP-1438-JPには立体映像が記録されており、活性化したSCP-1438-JPは螺旋平面と直角の方向に映像を出力します。再生される映像にはヘスペロルニス科鳥類、モササウルス科爬虫類、ウミガメ類、条鰭類、二枚貝類およびアンモナイト類をはじめとする動物相が確認されます。構成する種から、舞台はおおよそ前期カンパニアン期から後期マーストリヒチアン期にあたり、後期白亜紀における北太平洋浅海域の海洋生態系が記録されていると推測されます。

映像中にはハウエリセラスが登場するおおよそ5段階に分類可能な本編のほか、プロローグおよびエピローグに相当すると思われる映像が収録されています。以下はSCP-1438-JPに記録されていた内容です。

プロローグ

冒頭4秒間にわたって砂嵐に類似した画面が映し出され、1秒間のノイズの後に映像が鮮明化する。映像の中央には1匹の生きたハウエリセラスが漂っており、その背後には薄暗い水底に石灰岩らしい多数の構造物が崩壊・散乱している。当該個体は螺環全体の破損・溶解が認められる。

個体は視聴者に向かって腕を動かしながら体色を細かく変化させる2。やがて当該個体は海底の泥から同属の死骸を腕で取り出し、表面の泥を洗い流す。当該の死骸はSCP-1438-JPと類似した模様を示すが、厳密な関連は不明である。死骸が立体映像外へフェードアウトしたのち、個体が約6秒に亘って腕の運動と体色の変化を繰り返す。映像が暗転して本編が開始する。


フェーズI - 定常期

フェーズIは約7,000万年前にあたる前期マーストリヒチアン期の環境を反映したものと推測される。映像中では上述した蝦夷層群函淵層の脊椎動物相が確認される。アンモナイトを除く無脊椎動物相では鞘形類に属する頭足類の遊泳が確認される。岩壁にはイノセラムス属を含むカキ類の二枚貝が固着する。アンモナイトではPachydiscus japonicus、ゴードリセラス属未定種(Gaudryceras sp.)、アナゴードリセラス属未定種(Anagaudryceras sp.)などが確認される。

ステージIの後半では鞘形類が有意に減少し、Pravitoceras sigmoidaleNostoceras hetonaienseに類似する異常巻きアンモナイトをはじめ、アンモナイトの種数・個体数が増大する。大型捕食動物はこれらのアンモナイトを忌避しており、積極的な捕食行動が確認されない。モササウルス類の化石記録からアンモナイトを捕食した直接的証拠が得られていない実態はあるものの、頭足類のバイオマスを踏まえるとこうした動物群は当時の海棲捕食動物のタンパク源となったことが直感的に類推されるため、忌避行動は特筆に値する。

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ノストセラス(左上)、パキディスカス(左下)、プラビトセラス(中央左)、バキュリテス(中央右)、ゴードリセラス(右)

フェーズII - 狩猟採集期

鞘形類の消失、また魚類・海棲爬虫類への集団的な狩猟行動の開始を以て、フェーズIIの開始が定義される。彼らの減少・消失は各種アンモナイト類との競争に敗北したことに起因する可能性がある。鞘形類と入れ替わって種多様性を増大したアンモナイト類は、色素胞の調節による体色変化や腕の運動を通じた視覚的コミュニケーションを発達させ、合目的的集団行動を開始したと推測される。

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魚類や頭足類の破砕に向いた頭足類の顎器

フェーズIIのアンモナイトは集団での狩猟行動を行う。バキュリテス属(Baculites)のような水の抵抗の小さい属種が獲物を追い立て、多くの場合は誘導先に待ち伏せる大型アンモナイトが腕を用いて獲物を阻害・捕縛する。獲物は触腕に付随する鋭利なフックによって強制的に固定され、筋肉質な腕により圧殺される。大型の獲物ではネズミザメ目の板鰓類や小型のモササウルス類が確認されている。獲物を圧殺したアンモナイト類は顎器を用いた捕食行動に移る。SCP-1438-JPで確認される顎器は鋭利であり、魚類の鱗や爬虫類の鱗板を貫通して軟組織を切断する。集団内にはヒエラルキーがあり、バキュリテス属は大型のアンモナイトが捕食した後の残滓を摂食するほか、底生の甲殻類を獲物とするようである。

一部のアンモナイト個体は獲物の骨格を収集し、道具への転用を開始する。肋骨をはじめとする長大な骨はてことして利用される。頭蓋骨を利用した土器状構造物や、ウミガメの甲羅とモササウルス類の歯による武装も登場する。やがて爬虫類骨格を用いた大規模構造物が海底に建築され始める。内部空洞にはアンモナイトが居住し、他の動物を貯蓄する動作が認められることから、定住型のコロニーが成立したものと推測される。文明レベルは縄文時代相当と推定される。これらの行動は現生の頭足類にも認められる高い知能に由来すると推測される。

フェーズIIで示唆されるアンモナイト類の集団行動は現生の頭足類に見られるコミュニケーションと相同のものであるが、異なる種が1つの集団として纏まり、また積極的な狩猟活動を行うケースは確認されていない。加えて、頂点捕食者と考えられる大型海棲爬虫類に対してアンモナイト類が捕食行動を取る生態は既知の化石記録から導かれない。SCP-1438-JPが示唆するアンモナイト類の生活様式は頭足類のコミュニケーションから発展した、狩猟採集生活の段階にあると考えられる。

フェーズIII - 領土拡大期

農耕牧畜の開始がフェーズIIIの開始の定義である。村落は都市を経て国家へ成長し、ゴードリセラス属を特権階級に置く強権的社会制度が確立され、組織的な海洋生物の養殖が実施されている。都市内部では捕獲した魚類・爬虫類起源の動物性タンパクを利用して甲殻類が家畜として飼育されるほか、屋外では脊椎動物骨格を利用してホネクイハナムシ属やイガイ科二枚貝をはじめとする竜骨群集生物群が栽培される。建材はより安定な厚歯二枚貝の殻の加工物に遷移している。

フェーズIIIは農耕生活が主流となる一方で、狩猟行動から派生した軍事行動が顕在化する。文明は遠洋・深海に生息した鞘形類・オウムガイ類・ベレムナイト類の群集へ派兵し、資源を略奪した上で捕虜として乱獲した。抵抗性の強い雄個体は切り刻まれて家畜の食糧源とされたほか、雌個体・幼生個体は労働力として使役されることとなる。貪欲な捕食動物から派生した文明では、軍備計画の比重が大きかったと見える。

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陸上生態系で支配的であったハドロサウルス類

アンモナイト類が鞘形類を隷属させた最大の利点は、タコ目が上陸能力を持つことにある。タコ目には8本の腕を用いて陸域での活動を容易に行う種が知られており、安定した生活の中で頭上への興味を持つ余裕の生じたアンモナイト文明は、殻を欠くタコを用いた陸上進出を画策したと考えられる。陸上の光景がほぼ記録されていないため影響の全容を正確に窺い知ることは不可能であるが、カムイサウルスのような大型恐竜の群集が入水する様子、また伐採された陸上植物が海中に雪崩れ込む様子が確認されている。

フェーズIIIの後半では、アンモナイト文明は非意図的な過程で品種改良の技術を獲得した。陸上攻撃用のタコについて、より長時間の陸上行動が可能な個体同士を掛け合わせ、やがて肺に類似する呼吸器官を持つ品種が登場した。加えて唾液に含まれる毒素の濃度を向上させ、対陸上動物用の動物兵器として改良を施していた。品種改良の機序を発見した文明は変容可能な動物種に手を伸ばしている。廃棄物処理用に濾過能力を向上したカキ類、可食部が異様に増量したカニ類、付属肢が装飾として数百本に増大したエビ類など、道具・食料源・娯楽用品として改造された生物が多く見られる。

フェーズIV - 産業革命期

フェーズIVの開始は他種の生物に由来する動力源の獲得で以て定義される。電気は板鰓類のロレンチーニ器官から逆算的に発見された。魚類の筋肉が電気的刺激に駆動されることを解明し、またその他の生物にも電気的刺激への応答を見出した彼らは、乱獲した動物から発電機構を開発して電力を獲得した。彼らは既に用いていたプランクトンの生物発光を電気的刺激で制御し、昼夜サイクルと水深による照度の時空間的束縛を克服した。

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運搬用生物への改造元であるモササウルス類

貨物積載量を増大する方向へ家畜化が推進されていた魚類・海棲爬虫類は、中枢神経制御機器を介して生体機械に組み込まれた動力源に遷移した。当初は水中で呼吸可能な魚類が重宝されていたが、次第に爬虫類でも神経組織と筋組織の摘出・培養による製品開発が可能と判明し、需要は電気回路と出力装置に集中した。この時期に陸上の恐竜類を海中に適応させる試みもあったが、結局既存の海棲動物を利用する方が高効率であり、恐竜は化学合成肥料を注入される食糧生産装置としての役割に落ち着いた。

電気を獲得したアンモナイトは通信技術を発達させ、遠隔地とのコミュニケーションを平易にする。情報の変換先の信号として、海中で減衰しにくい音波が採用された。聴覚能力を持ちながらも発声能力を欠くアンモナイトは海鳥の鳴管を模した構造を介して複雑な音響信号を発する。遠距離での情報伝達は軍需産業の隆盛、思想統制、組織の成熟を加速的に後押しした。

アンモナイト文明は遠洋・陸上への進出を目的にアナゴードリセラス属が中枢となって軍事開発を進め、生物・化学兵器開発を推進している。記録映像から同定には至っていないものの、有毒藻類起源の毒性物質やカキ類から抽出された寄生性原虫を魚類・鞘形類に括りつけて射出する手法が採用されていると目される。周辺生物資源の大規模消費を継続しながら、アンモナイトの帝国は約6,600万年前に最盛期を迎える。

フェーズV - 大量絶滅期

フェーズVの開始はアナゴードリセラス属のクーデターで以て定義される。特権階級であったゴードリセラス属と軍部中枢のアナゴードリセラス属との間で利権を巡る対立が生じ、両陣営の間では数世代に亘る緊張が持続した。やがて軋轢は限界を迎え、帝国を二分する両種族の間で戦端が開かれた。アナゴードリセラスは低階級層のバキュリテスを煽動し、各地でゲリラ戦を展開した。個体数で勝るバキュリテスの反乱はアナゴードリセラスに好機をもたらしたものの、埋まらない地位の格差ゆえにゴードリセラスへの同胞意識を持たないバキュリテスとの間で不和が生じた。

この混乱に乗じ、依然として陸域で遊弋していたタコ目が海洋に再進出し、制御を失った夥しい有毒動物兵器群が都市に回帰した。新たな脅威を前に戦況は泥沼化の一途を辿った。やがて有害生物と敵勢力の殲滅を目的にゴードリセラスが生物・化学兵器の大規模投入を実施すると、家畜化され野生復帰不能となった種々の動物相も含めて帝国は根底から破壊された。虐殺に起因する種族間対立の火種は慢性的な資源不足の下でもくすぶり続け、恒常的な内戦が大陸棚の各地で1万年に亘って継続した。困窮する文明は蔓延した寄生性原虫の脅威を撲滅できず徐々に衰弱の一途を辿り、文明を構成した多くの系統は個体数を回復することなく近親交配を繰り返して滅亡した。

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直径160kmにおよぶチクシュルーブクレーター

決定打となったのは、メキシコ合衆国ユカタン半島に落下した直径10kmの小惑星である。SCP-1438-JPの映像記録においてアンモナイト帝国周辺域は隕石衝突による直接的な撹乱を免れたものの、二次的な津波の直撃による破壊を受けた。加えて、陸上は気温低下と旱魃、海洋は海水温の低下と光合成帯の縮小を経験する。この過程を経て、原虫に汚染されながらもかろうじて命脈を保っていた食物連鎖は完全に停止し、生態系は構成要素を欠落した。

加えて、堆積岩中の有機物は衝突のエネルギーにより燃焼して大気中に放出され、含有される硫黄が硫酸として降り注いだ。酸性化した海洋で炭酸塩補償深度が上昇し、炭酸カルシウムで形成された都市と海底に堆積した夥しい骨格群集は化学的な溶解を開始する。営力による最終的な結末までは記録されていないものの、堅牢な超巨大都市の廃墟は数百年~数千年という極めて短い時間スケールのうちに一掃されることが予想される。


エピローグ

記録映像の最後の場面では、冒頭部に登場したハウエリセラスと同一の個体が登場する。閑散とした海面は冒頭部よりも照度を増しており、汚染物質に懸濁された水中では淡い光線の通路が浮かび上がっている。当該個体は倒壊した建造物から石灰岩を取り出し、黒曜石を用いて紋様を刻印する所作を示す3。当該個体は石灰岩を海底に置き、上に泥をかけて埋没させる4。当該個体は視聴者に接近し、5秒間体色を細かく変化させた後、映像を終了する。



SCP-1438-JPのフェーズVは基底世界の古生物学における空白に位置します。K-Pg境界に関して、大量絶滅事変自体の継続時間やアンモナイトの厳密な最後の末裔が絶滅した正確な年代は不明であり、またその後の生態系の回復に要した期間も各地域ごとに異なります。樺太島を含む日本列島の上部白亜系は明治時代以降100年を超える研究史がありますが、2023年時点においてSCP-1438-JPの映像記録と調和する物質的証拠は確認されておらず、映像記録の真贋や意義について財団内のコンセンサスは得られていません。

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後頭部の複合体(a, b)と後頭顆(c, d)

追記: 2024年9月、北海道むかわ町穂別地域での発掘調査中、上部白亜系下部マーストリヒチアン階から未記載のワニ目の頭蓋骨が産出しました。形態学的観察に基づき、当該個体はおそらく古第三紀のアジアトスクス(Asiatosuchus)に近縁なクロコダイル上科の種と見られ、全長は6mと推定されます。

当該骨格の周囲には多数のアンモナイトの顎器の散乱が確認され、またワニの胃内容物にアンモナイトの化石は含まれていませんでした。このことから、SCP-1438-JPの示唆と同様に、アンモナイトが集団で大型爬虫類を捕食した可能性が示唆されます。

加えて骨格には夥しい巨視的な切痕が確認されます。後頭部には17個の人為的切痕が見られており、断面の形状から、細部加工を施された細長く薄い鋭利な石器による損傷と推定されます。これは当時の頂点捕食者の1つであったワニが新石器時代相当の加工技術を持つ知的種族から攻撃を受けたことを意味しており、SCP-1438-JPの映像記録と調和します。

現在、他の先史文明との関連も含めた調査が検討されています。

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