SCP-1609-JP

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加速と共に非実体化していくSCP-1609-JP。

アイテム番号: SCP-1609-JP

オブジェクトクラス: Euclid

特別収容プロトコル: SCP-1609-JPは未収容です。北海道周辺地域の路上は監視され、SCP-1609-JPが出現した場合乗車を行おうとした人物を速やかに妨害します。走行中のSCP-1609-JP、SCP-1609-JP-1が一般市民に目撃された場合、財団フロント企業サプライズ・コミカル・パレードによる「仮装ドライバー」広告によるものとしてカバーストーリーを流布して下さい。

財団職員によるSCP-1609-JPとの接触は原則として禁止されます。

説明: SCP-1609-JPは主に日本国北海道の市街地で観測される異常な車両です。SCP-1609-JPの車種は黒のマセラティ・クアトロポルテに外見上類似していますが、エンブレムやナンバープレート等の製造者・所有者を示す装飾装備は全て取り外されているため、あくまで推定に留まるものです。SCP-1609-JPは未観測状況下からランダムな道路に出現し、後述するトリガーを満たす人物の前に停車、後部座席のドアを開放します。

SCP-1609-JP-1はSCP-1609-JPの運転席に座っている人型実体です。外見は多くの点で男性的特徴を有しており、体長175cm前後の身体にワイシャツとスラックス、紺のベスト・ジャケットを着用しています。喉頭部分から首が何らかの手段で斜めに切断されていることからSCP-1609-JP-1に頭部は存在せず、断面からは薄紫色の花弁のシオン(Aster tataricus)が成育しています。

SCP-1609-JP-1は車外からの問いかけには反応しません。しかしながら頭部が存在しないにもかかわらずSCP-1609-JP-1は何らかの方法で周囲の状況把握と発声を行っているようであり、任意の人物がSCP-1609-JPへ乗車するとSCP-1609-JP-1は前述の状態から活性化し、車を発進させます。

発進後SCP-1609-JPの車体は急速かつ段階的に非実体化・非可視化することで観測下から消失しますが、これはSCP-1609-JPの完全な消滅では無く、より正確には三次元的干渉の及ばない異なる位相へと自身を昇華させている可能性が被験者の報告から指摘されています。これらの報告における、SCP-1609-JP消失プロセス中の共通点は以下の通りです。

  • 明るいピンク/シアン/青の光と、それらが車体後方へ緩やかに流れていく/曳光していく幻覚。
  • SCP-1609-JPが前方の車両を"重なるようにして"すり抜け、障害物を無視して走行する光景。
  • 出現した道路の状況にかかわらず、SCP-1609-JPが長い直線路を走行しているかのような感覚。
  • SCP-1609-JPが際限なく加速していくにもかかわらず、体感上の揺れや加速度が感じられない点。

完全に基底現実から消失した後のSCP-1609-JP車内において、SCP-1609-JP-1は乗車した人物との対話を試みます。この際のSCP-1609-JP-1の態度は概ね友好的かつ丁寧なものです。対話の主な内容は、その人物へSCP-1609-JP-1が「今の全てから解き放たれ、自由に生きたくはないか?」といった旨の提案を持ちかけるものであり、この問いかけに対象者が同意した場合、SCP-1609-JPの第二の特異性が発揮されます。

SCP-1609-JPは緩やかに実体化し始め、基底現実における任意の路上に停車、後部座席のドアを開放します。乗客が降車しSCP-1609-JP-1が再び車を発進させた時点に前後して、基底現実からその人物に関連した一切の記憶・記録が消失します。現在まで、消失の影響を免れたのは財団が保有するテイラー-エゼキエル恒常的保護措置を受けたデータサーバーのみです。

この影響は財団の用いる記憶処理技術と異なり、消失の穴埋めとして代替記憶・記録の挿入が行われません。そのため多くの場合、この記憶の喪失はSCP-1609-JP対象者の家族や友人といった周辺人物に違和感を生じさせますが、そうした人物は本来予想されうる反応と比べ対象者の消失に対し非常に関心が薄く、苦悩をほとんど示さない傾向にあります。過去確認された事例では、約一週間ほどで対象者の社会的役割が全般的な機能性や幸福度の低下を伴わずに別の人物によって問題なく補填されました。


SCP-1609-JPの対象となる人物は多くの場合、現在の自分の社会的立場・対人関係において何らかの不満・トラブルを抱えており、それらが引き起こす諸問題について心理的な疾患や重度のストレスを抱えている傾向にあります。SCP-1609-JPもしくはSCP-1609-JP-1がこうした人物を選択あるいは察知できる原理は現在まで解明されていません。


補遺1: SCP-1609-JPの性質について更なる知見を得るため、SCP-1609-JP-1に対するインタビューが計画されました。これは予めSCP-1609-JP出現のトリガーとなり得る人物を各地に配置した上で、オブジェクト出現後ドアが開放された際に、選定された人員がSCP-1609-JPへ乗り込む方式で行われています。以下はその書き起こしです。

インタビュー記録1609-JP

Record 19██/██/██


回答者: SCP-1609-JP-1(以下対象)

質問者: エージェント・アオ(以下AA)

序: エージェント・アオは、当該インタビュー計画においてDクラス職員が命令を無視してSCP-1609-JPの特異性を利用し逃亡する事例が数度にわたって発生したために、財団職員からの志願者として抜擢された。エージェント・アオにはこれまでSCP-1609-JP対象者に確認されたような心理的な疾患やストレスが確認されていない。


[記録開始]

対象: ご乗車誠にありがとうございます。それでは出発致しましょう。

[SCP-1609-JPが発車し、前例と同じく基底現実から消失する]

AA: いくつか貴方に尋ねたいことがある。構わないか?

対象: ええ、何なりと。お役に立てられれば幸いです。

AA: まず始めに、この車は何なんだ。普通のタクシーというわけでは無いのだろう。

対象: [忍び笑いを漏らす] 物珍しいのでしょうね、この車に乗る方は皆様そう仰います。実際の所、私も詳しい理屈は存じ上げないのですよ。私はただ御者ぎょしゃ1として、皆様を望む場所へお運びするだけです。

AA: 御者?

対象: ええ、私は御者でございます。1つ特別なことがあるとするならば、患わす全てのものから貴女を解放し、何者もその自由を阻むことの無い新天地へと貴女を運ぶことが出来ます。いかがでしょうか、今からでも遅くは無い、貴女の真実の生を始めてみるというのは?

AA: それは、私は……[迷うように目を泳がせる] いや待て、私は今の生活に不満を感じていないはずだ。お前、私の心に干渉しているな。

対象: おや。気分を害されたなら申し訳ありません。私は少しばかりお客様が、自分の心に素直になるための手助けをしたまででございます。

AA: 嘘をつくな。

[AAは所持していた拳銃を対象に突きつける]

AA: 答えろ、何の目的があってこんなことを続けている?

対象: 敵意を向けるのはおやめ下さい。私の手元が狂えば、貴女だって無事には済まないのですよ。

[AAは銃口を向けたまま、バックミラー越しに対象を睨みつける]

対象: [嘆息に似た音] 承知しました。申し上げたとおり、私は御者でございます。かつてさる尊きお方の元で、その足となり仕えていたのです。

AA: それは誰だ。

対象: 私如き、その名を呼ぶことすら畏れ多い方でございます。あの方は我らが国のために、まだ幼いその御身を犠牲にして尽くし続けていらっしゃいました……そして、誰よりも苦しんでおられたのです。聡明な彼女はけしてそれを悟られまいとしていたようですが、御者として毎日のようにあの方をお運びする私はそれを知っていました。

数多の政務のこと、退屈な謁見への不満、厳格な大臣卿や官僚たち、過保護な女官どもへの愚痴。そして、それでもなおこの偉大な帝国に君臨し、自らの彗眼が届く限りの全てを守ろうとする悲壮な覚悟……。御車籠の内でのみGidico宰相に漏らすそうした歳相応の文句と、小さきお体にのし掛かる、あまりにも重き責任に押しつぶされそうな声なき悲鳴が……車輪の音に紛れて、私にだけは届いていたのです。

私はあの方を……この私の卑しい身でありながら、不遜にもあの至上の御方を……心よりお慕い申し上げておりました。その労苦を万分の一でも救って差し上げたいと……。もちろん私に可能なことなどたかが知れています。ましてや、帝国の大きな支配機構、その要たる彼女を御座の責から解放するなど。しかし、それでも私は、叶うことなら……あの方を誰の手も届かぬ場所へ。奪って、隠して、忘れさせてしまいたいと、そう考えるようになったのです。

だから、やり遂げることに致しました。どの様な手を使ってでも、例え、この国の崩壊を招こうとも。

AA: 何だと?一体何をした。

対象: ただ手引きを致しました。1つ、たった1つだけ常世の春たる光翼の国の、陰りのある場所のことを漏らしたのですよ。それが致命的でございました。受罰僧侶、コベイ学者、そして"夜"。全ての内憂と外患が傾れ込み、永遠の光を傾がせ穢していったのです。

予想だにせぬ破滅に周りの者は皆うろたえるばかりでありましたが、私は光宮へと車を駆けました。あの方をお連れして、この国から逃げようという腹づもりでした。今ならそれが叶うのです。この帝国に魂を縛り付けられたあの方を、責務から、運命から、永遠に解放して差し上げることが。ああ、しかし、既に光宮は暴徒に破壊され、小さな火すら立ち昇っておりました。

私は必死にあの方をお捜ししました。だが、彼女は何処にもいらっしゃらなかった。結局私は、そうして全てをなげうって、何も為すことが出来なかったのでございます。失意は深く、深く私は沈んでいきました。やがて、気付けばここへ。

AA: それがこんなことをやっている理由だと?

対象: その通りです。あの方をお救いすることができなかった分、せめて同じような苦しみの内にある他の方を、ほんの少しでも私の力で  

AA: 嘘をつくな。

対象: ……何と?

AA: お前がやっていることは代替だろう。車に乗った者をその"彼女"とやらに重ね合わせ、役割を押しつけることで、叶ったかも知れない夢想の残渣を何度も何度も啜っているだけだ。しかもお前は無関係の人間を巻き込んでいる。一体どれだけの人数を、私にそうしたように"手助け"した?どれだけの人が真に自由意思で、解放とやらを望んでいたんだ?

私は見てきた。突然ある家族の父親が消えた、しかし母親や子は悲しむことも出来ない。何が消えたのか思い出せないからだ。思い出せないが、確かにそこにあった者が無いという違和感だけが残っている。それがどれだけ残酷なことか理解しているのか。大義のためでもなく、必要であったからでもない、なのにお前はそれをした。今もし続けている。楽しかったか?人一人の生涯を踏み台にした人形遊びは。

対象: ……お前も……。

AA: 何?

対象: お前も否定するのか、あの小娘のように!

[対象が掻き毟るように頭を抱える。両手がハンドルから離れたことによって車体が大きく左右に振れ、AAはよろけて座席シートに倒れ込む]

対象: そうだ、そうだった……ああ、あの日、あの日私は確かに至上の御方、貴女をお捜ししました!しかし玉座の間は崩れ、お姿は見えず……私は貴女がお隠れになったのではないかと、馬車から飛び降り半ば狂ったような心地で柱の残骸を押し分けて。すると瓦礫の下に何か人が動く気配が致しました。ああ……!どうか卑しきヤグェンドの愚かさをお許し下さい!私はその小娘を、こともあろうに貴女様と見紛うたのでございます!

私はその小娘の半身が瓦礫に押しつぶされていることをすぐに見て取りました。血を吐いた跡を見るに、傷は臓腑にまで達しているのでしょう。しかしまだ息はあるようでした。私はほっと胸をなで下ろしました。貴女の足が無くとも大した問題ではない、私が何処へなりとも連れて行って差し上げられると。

[車体の揺れは大きくなり、SCP-1609-JPと車窓の光景は顕著にその輪郭が歪み始める]

小娘は朦朧としているようであったので、貴女様と勘違いしていた私はお伝えしたのです、「さあ、準備支度は整いました!この炎が、混乱が、貴女様を縛る全てを壊し解き放ちました!全て私が手配したのです!早く車にお乗り下さい、今こそ自由になるときです!」と!私は興奮しておりました、ああ、これで全てが叶うと!あり得るはずの無い身分違いの懸想も、報われる、全てが!

しかし小娘はこう言いました……「お前は誰だ」と。

[対象の頭部から暗褐色の粘液が滲出しだす。液体は対象の膝にこぼれ落ち、焼け焦げたような音と共に煙が立ち昇る]

対象: 私はそこでようやく悟ったのです!この小娘は貴女様では無い、顔も声も背丈も衣服も貴女様そのものだが、貴女様が私を知らぬはずが無い!私はよく知っている、貴女を、誰よりも全て!私は貴女様を騙る不届き者を真っ先に処分し、心からの忠義をお目にかけることに致しました……手近の重い瓦礫を抱え、その顔に振り下ろして。

AA: [揺れる車内でふらつきながら立ち上がる] お前、まさか……!

対象: 貴女が私に……私にそんな顔を向けて良いはずが無い、貴女のために私は、全てをなげうって、ここまでやった!貴女こそ最も、この光景を望んでいたはずなのだ!息を荒げ何度も、何度も……気付けば忌々しい小娘は息絶えていました。なぜだか私は、しばらく呆然としていたように思います。誰かがやってくる足音が聞こえました。私は急いでその場を逃げ去り、今一度貴女を捜し始めたのです、今もなお探し続けています。

きっと、どこかに逃げ延びておられるのでしょう?ああ、あああ、貴女様、必ず貴女様を見つけ出します。そして迎えに行くのです、今度こそ光よりも早く駆け、共に楽園へ。

[暗褐色の粘液は勢いを増してSCP-1609-JPの車内各所からも噴出し始める。AAは拳銃で窓ガラスを叩き割り、一呼吸置いてSCP-1609-JPから飛び降りる]

対象: 光芒よ、いずこにおられるのですか?


[記録終了]


後書: エージェント・アオは札幌市に所在するホテル█████の前の路上に倒れているところを発見されました。インタビュー中SCP-1609-JP-1を過度に刺激するような言動をとり、また軽度の情報漏洩を犯したことについては職務規程違反として記録され、後日処罰を受けています。

補遺2: SCP-1609-JPの対象者となった人物は、いずれも記録・記憶の抹消により社会保障制度を初めとする公的扶助を受けることが出来ず、SCP-1609-JPに接触する以前の生活環境と同水準以上の社会生活を営むことに成功した事例は財団が確認出来た内で3例のみです。インタビュー中において示唆されたSCP-1609-JP-1が精神影響能力を持つ可能性を考慮し、SCP-1609-JPの脅威判定を引き上げる提案が現在審議されています。

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