サイト-8159の除染作業が進行中です。
本件の進捗管理はスピノ博士に一任されています。
アイテム番号: SCP-1694-JP
オブジェクトクラス: Keter
特別収容プロトコル: SCP-1694-JPの収容はサイト-8159に勤務するライマ博士、オークロ研究員、Agt.アイルの3名によって維持されます。特別収容プロトコルの規定は、サイト-8159の財団職員と倫理委員会のあいだで深刻な関係悪化が懸念される為、本項への明文化が見送られています。SCP-1694-JPの収容に関して不明な点があれば、ライマ博士のオフィスまで問い合わせてください。
説明: SCP-1694-JPは10代後半の容姿を持ったアジア系の日本人男性であり、重度の社交不安障害を患っています。そのような背景もあり、SCP-1694-JPは他者との友好関係の構築が困難な状態に置かれていました。加えて、SCP-1694-JPの両親は当該実体の収容が行われる直前に交通事故で死亡しています。よって財団の収容が実現していなければ、以降のSCP-1694-JPの人生は身寄りも頼れる知人も居らず、ただ漠然とした孤独感に苛まれながら死を待つのみであった可能性が指摘されています。この仮説はサイト-8159の倫理委員会連絡員であるライマ博士が提唱し、現行の特別収容プロトコルの制定に大きく寄与しました。
発見経緯: SCP-1694-JPは神奈川県 横浜市でAgt.アイルによって発見されるまで、一切の異常性を示さない正常な人間でした。SCP-1694-JPは在学する高等学校からの帰宅途中、背後から接近してきたAgt.アイルに両耳を切断され、その場で代わりとなる[データ削除済]の移植が行われました。SCP-1694-JPの施術は無事に成功し、異常性の発露も滞りなく確認された為、最寄りのサイト-8159へと移送されました。
実験記録1694-1 - 日付2022/07/24
対象: SCP-1694-JP
実施方法: 5×5×2.5mの標準ヒト型収容セルに入室させる。
結果: SCP-1694-JPは備え付けの簡易ベッドの上に寝そべり、それから6時間ほど動かなくなった。
分析: SCP-1694-JPには周辺環境の劇的な変化を主因とする心身の疲労があったものと思われる。
実験記録1694-2 - 日付2022/07/26
対象: SCP-1694-JP
実施方法: 1日の食餌を3回に分けて行う。
結果: SCP-1694-JPは全ての食餌で与えられた飼料の大半を食べ残した。
分析: 飼料の種類をバナナやリンゴなどの果実類に変更したところ、SCP-1694-JPの食べ残しは概ね解消された。何故、本来の主食である青草は好まないのだろうか。
実験記録1694-3 - 日付2022/08/15
対象: SCP-1694-JP
実施方法: サイト-8159に併設された屋外運動場で適度な運動を行うよう促す。
結果: SCP-1694-JPは早々に運動を拒否し、そのまま地面に座り込むと活動時間の終了まで1度も動こうとしなかった。
分析: こういった非協力的な姿勢はSCP-1694-JPの収容に差し支える為、早急な対策が必要である。次回の実験では電気鞭や興奮剤の使用も視野に入れておくとしよう。
実験記録1694-4 - 日付2022/08/29
対象: SCP-1694-JP
実施方法: ライマ博士による異常性の再確認。
結果: 合格。
分析: SCP-1694-JPは財団の収容対象として適切な存在である。今後も継続して異常性の再認テストを行っていくつもりだが、当面は問題ないだろう。
実験記録1694-5 - 日付2022/11/22
対象: SCP-1694-JP
実施方法: D-7539(24歳 女性)をSCP-1694-JPの収容セルに入室させ、繁殖を目的とした性行為を試みる。なお、今回は実験の補助員としてAgt.アイルが同伴する。
結果: 行為中、SCP-1694-JPが激しく抵抗した為、D-7539は胸部と下腹部に軽い怪我を負った。Agt.アイルは実験中の緊急時対応に過怠があったとしてライマ博士の叱責を受けた。
分析: SCP-1694-JPの安定的な収容には繁殖活動が不可欠である。場合によっては繁殖相手をDクラス職員に限定せず、SCP-1694-JPの性的嗜好に沿う人間女性をサイト-8159の女性エージェントや下級研究員の中から選定する必要があるのかもしれない。
補遺: 財団の収容以降、SCP-1694-JPの心理状態は悪化の一途を辿っています。これらの状況を危惧したライマ博士の立案で、SCP-1694-JPのカウンセリングを兼ねたインタビューが実施されました。インタビュアーに任命されたオークロ研究員は、SCP-1694-JPの給餌係を担当する収容責任者の1人です。
対象: SCP-1694-JP
インタビュアー: オークロ研究員
付記: SCP-1694-JPの予期しない行動を抑制する目的で、今回のインタビューでは特例的に猿ぐつわと手足の拘束具の使用が許可されている。
<記録開始>
オークロ研究員がSCP-1694-JPの収容セルに進入する。SCP-1694-JPは簡易ベッドの上で横になった体勢から身をよじり、オークロ研究員の方を静かに見つめている。オークロ研究員は予め用意されていたテーブルに付くと、懐から携帯スピーカーを取り出し、記録用のバインダーと共に卓上に置く。
インタビュアー: おはようございます、SCP-1694-JP。
機械音声: はい、おはようございます。
インタビュアー: さて、今日は貴方にインタビューを行いたいと思います。なかには答え辛い質問もあるかもしれませんが、どうか御協力のほど宜しくお願いします。
機械音声: こちらこそ、お願いします。
SCP-1694-JPは微かに唸り声をあげている。
インタビュアー: はい。では始めに、貴方は自身の現在置かれている状況に何らかの不満を持ってはいませんか? 貴方は否応なしに我々の手で連れ去られ、こうして今も見知らぬ部屋に閉じ込められています。ですから、実行犯である我々に対して少なからず恨みや辛みを抱えていることでしょう。
機械音声: いえ、そんなことはないですよ。確かに最初は戸惑いましたし、自分はこれからどうなってしまうんだろうって、そう考えるだけでも怖かったですけど。実際には皆さん良い人ばかりで、こんな自分なんかには勿体ないぐらいです。
インタビュアー: それは……貴方の収容に携わる者からすれば、この上なく嬉しい言葉ですね。
手足を縛られ身動きの取れないSCP-1694-JPは胴体だけを跳ねるように上下させ、その度にベッドを軋ませている。
インタビュアー: とは言っても、近頃の貴方の様子を見ているとやはり元気がないように見えます。昨日も1日中ベッドの上から動きませんでしたし、普段の食餌もあまり手が付けられていないようなので。私達には言えないような、なにか悩みがあるのでは?
機械音声: すみません。自分でもどうして心が落ち込んでいるのか、はっきりと理由が分からなくて。でも、1つだけ心当たりがあるんです。多分ですけど……ここに独りで居ることが少し寂しくなったのかもしれません。御存じの通り、自分には家族が居ません。友人が居ません。恋人が居ません。自分にはもう、何も残されていません。それが寂しいことだなんて思わないけど、自分も知らない心の奥ではそうではなかったのかも。
インタビュアー: ……おそらく、私は貴方の心のうちを理解できていると思います。その……両親や兄弟との死別は私も何度か経験していますから、あの心にぽっかりと穴が空いたような感覚はいつだって忘れません。ええ……貴方の心にも、知らず知らずのあいだにそうした穴ができていたのかもしれませんね。
機械音声: そうですか。
SCP-1694-JPの動きが止まる。僅かに泣き声のようなものが記録される。
インタビュアー: 結局のところ、どう足掻いても人は独りでは生きていけませんから。私は私の心の穴を、貴方のような保護すべき人々と向き合うことで代わりに埋めているのです。そして貴方にとっての私もそんな、すきまを埋める欠片のような存在でありたいと願わずにはいられません。
機械音声: なるほど。
インタビュアー: もう戻らない、とうの昔に失った何かの影を心に留めておくよりも。より良い日々を過ごすためにはこれから何が出来るのか、私達と一緒に考えていきませんか?
機械音声: はい、そう考えます。
SCP-1694-JPは嗚咽している。
インタビュアー: ああ、そろそろ終わらせないといけませんね。今日は貴方の口から前向きな答えを聞くことができて、とても有意義な時間を過ごすことができました。では、そちらから質問などが無ければ、これでインタビューを終了したいと思います。
機械音声: いえ、もう大丈夫です。
インタビュアー: 分かりました。それではインタビューを終了します。
機械音声: はい、ありがとうございました。
SCP-1694-JPは涙を流したまま天井を見上げている。オークロ研究員は携帯スピーカーの電源を切り、ゆっくりと席を立つ。
インタビュアー: ちゃんと良い子にしていましたね、SCP-1694-JP。偉いですよ。
オークロ研究員は微笑みながらSCP-1694-JPの頭を軽く撫でると、収容セルから退室する。取り残されたSCP-1694-JPは再び嗚咽する。
<記録終了>
終了報告書: 普段の反抗的な態度から伺い知ることはできませんでしたが、今回のインタビューの内容から見て、SCP-1694-JPは現行の収容体制に順応し始めていると思われます。これは我々にとって良い傾向であると言えますね。— オークロ研究員
2024/08/24、SCP-1694-JPが死亡しました。収容セルに設置された監視カメラの映像には、ベッドシーツを索状にして自身の首に括り付け、簡易ベッドの脚部と結ぶことで縊死を試みるSCP-1694-JPの姿が捉えられていました。当時、この収容セルの監視業務を担当していたオークロ研究員は「仕事の疲れが溜まっており、それが原因で居眠りをしてしまった」と証言しています。SCP-1694-JPが自死を選択した経緯は分かっていません。
本事案を契機として、SCP-1694-JPに係る杜撰な収容実態が次々と明らかになり、サイト-8159の収容人事審査会が臨時召集されました。結果として、後述するライマ博士の一連の行動は財団の存立基盤を根底から揺るがす重大な背信行為であると認定され、同日付けでの終了処分が下されました。残るオークロ研究員とAgt.アイルの処遇には一部に情状酌量の余地があるものと判断し、サイト-8159のDクラス職員として再雇用される見込みです。
収容人事審査会の緊急会合で挙げられた主な処分事由は、以下の通りです。
- 異常性を持たない人間に対する、正当性を欠く異常性の付与。
- 不適切な特別収容プロトコルの制定及び実際に実行されていた収容手順の、“ヒト型存在収容マニュアル”からの著しい逸脱。
- 報告書内に記述された実験記録やインタビュー記録の随所に見られる、収容対象への過度な虐待や侮辱行為。
- SCP-1694-JPの自死を未然に防ぐことが出来なかった、許容できない監督不行き届き。
なお、本事案後のSCP-1694-JPのスロット割り当てについて、今後はライマ博士の息女であるマリーナ・ライマ氏を次代のSCP-1694-JP実例に指定する旨が決定しています。マリーナ氏は軽度の知的障害を患っており、またライマ博士の終了後は身寄りの無い孤児となる点が評価されています。
SCP-1694-JPの新たな収容責任者にはスピノ博士とシキシマ研究員が指名され、マリーナ氏の両耳の切除に関しては後任のAgt.オリバーが担当する予定です。