SCP-1838-JP
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住宅地に生育するSCP-1838-JP

アイテム番号: SCP-1838-JP

オブジェクトクラス: Safe Pending

特別収容プロトコル(暫定): SCP-1838-JPが発見された場合、個体群の規模に応じてカバーストーリー「新興企業による太陽光発電」または「新規メガソーラー施設」を適用し、SCP-1838-JPの周囲に鋼線径10mm以上メッシュ径5cm以下の防護フェンスを設置してください。研究員がフェンス内へ立ち入る場合、必ず2名以上のフィールドエージェントを随伴して進入してください。立ち入りに際してエージェントには赤外線式暗視装置、発射式捕獲網、散弾銃の装備が義務付けられます。


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近縁性が示唆されるハイマツ(P. pumila)

説明: SCP-1838-JPは北海道島の太平洋側東部に分布し、主として丘陵帯および一部の平野部に生育する、太陽電池パネルに類似するハイマツ種未記載亜種(Pinus pumila subsp.)です。SCP-1838-JPは縄文文化からアイヌ文化にかけての土偶・伝承が残されているほか、分子データに基づき最終氷期に起源を持つことが示唆されます。従ってSCP-1838-JPの外見は太陽電池パネルへの擬態ではなく、本亜種を利用したバイオミメティクスを経て太陽電池パネルが開発されたと推測されます。

SCP-1838-JPの最大の特徴は葉で形成された巨大な平板です。SCP-1838-JPは各枝に付随する葉が癒合し、約40°傾斜した1辺1~10mオーダーの巨大な構造物を形成します。この構造物は非異常の植物の葉と同様に光合成器官としての役割を持ち、構造内では緑色のクロロフィルではなく黒色のメラニンを主とする光合成色素による光合成が進行します。この光合成によりSCP-1838-JPの葉には過剰な熱エネルギーが蓄積しますが、太陽光を透過しない裏面の表面積増大、土壌水分を利用した裏面の大規模な蒸散により、SCP-1838-JPは恒常性を維持すると推測されます。

SCP-1838-JPはその低い樹高のため、周囲の植物との生存競争において優位に立つ他の特性を持つことが考えられます。具体的な例として、SCP-1838-JPの根部・幹部・枝部には太陽光パネルと同様の金属光沢が認められ、金属の植物体による侵食(物理的成長抑制)、また重金属の溶脱による土壌汚染(化学的成長抑制)を誘発する可能性があります。また他の木本類の駆逐により地面の保水力を低下させ、土砂災害を介したフィードバック的森林破壊を進行する可能性も懸念されています。
SCP-1838-JPには有意な金属の外樹皮が存在せず、非異常木本類1と同様のリグニン2のほか、凍結切片の顕鏡観察では細粒状有機結晶が多量に認められています。検出された結晶はシラカバ(Betula platyphylla)のものに類似するベツリン様トリテルペンであり、樹皮が呈する白色は当該物質に起因すると推測されます。加えて、当該の結晶がシート状に配列することで、電子軌道の十分な相互作用が発生し、SCP-1838-JPは金属光沢を持つと考えられます。従って、SCP-1838-JPのリグニンには従来危惧されていた土壌汚染を誘発する重金属が含有されていないと判断されます。

なお、SCP-1838-JPの周囲では連続した中音域の短音が発生することが報告されています。これは周囲の植生に生息する鳥類のさえずりに類似しますが、SCP-1838-JPとの因果関係は不明です

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SCP-1838-JPのおおよその分布域

進化史: SCP-1838-JPの既知の個体群は日本国北海道の太平洋側東部、特に十勝平野および釧路平野の周縁部の丘陵帯に分布しており、道内の他地域、および他の島嶼やユーラシア大陸への進出には至っていません。この地理的分布の理由として以下が考えられます。

  1. 太平洋側東部でSCP-1838-JPが出現したこと。
  2. 当該地域の年平均日射量が道内の他地域と比較して高く、光合成に有利であること。
  3. 十勝川・釧路川に代表される複数の水系が存在し、蒸散に利用可能であること。
  4. 日高山脈・石狩山地などの高山帯が分布拡大の障壁となること。

採取された核ゲノムおよびミトコンドリアゲノムの塩基配列がハイマツとの高い共通性を示すことから、SCP-1838-JPはハイマツ種から派生した系統群と判断されます。ハイマツは現在の高山帯において代表的な木本類ですが、最終氷期においては低地に広く分布し繁栄しました。分布域と気温・降雪量・地形の相関関係の解明は進んでいませんが、やがて約1万2000年前から全球の気温が上昇し間氷期が訪れると、ハイマツは氷期遺存種として東アジアの高山帯に取り残されました。現生のハイマツはそれぞれの山地・山脈等に隔離されていますが、SCP-1838-JPは高山帯への生息域の移行を伴わず、比較的低地に適応した亜種と考えられます。

間氷期と共に氷河氷床の融解に伴う海面上昇(縄文海進)が発生すると、当時平野部に生息していたSCP-1838-JPあるいはその祖先生物群の大部分は高濃度の塩により死滅したと推測されます。約6000年前をピークとして縄文海進は終了し徐々に海退に転じましたが、その跡地には莫大な泥炭3が堆積し、木本類であるSCP-1838-JPの生育には不適な環境が形成されました。低密度で植物体を支持不可能な土壌、また酸性・貧酸素・貧栄養環境のためSCP-1838-JPは草本類との生存競争に敗北し、一部個体群を除いて現在の生息域に制限されたと推測されます。現在、大部分のSCP-1838-JPは一部の丘陵帯において林冠優占種として森林を形成しています。

文化史: 最終氷期の間にヒト(Homo sapiens)は宗谷陸橋4を介して北方から北海道島に進出しており、約2万2000年前には後期旧石器時代を迎えていたとされます。南方へ進出したヒトは古来SCP-1838-JPと遭遇しており、その証拠として縄文時代から擦文時代にかけての土器にはSCP-1838-JPを模したと思われるものが認められます。

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コタンコロカムイ(K. blakistoni)

13世紀ごろに成立したアイヌ文化には偶像崇拝の文化が存在せず、そのため口伝としてSCP-1838-JPの存在が伝承されています。アニミズムを基本とするアイヌ文化には霊魂(ラマッ)の概念と神格霊的存在(カムイ)の概念があり、SCP-1838-JPもまた霊魂を有する自然物として扱われました。ただし、他の代表的な動植物と異なりSCP-1838-JPをカムイとして扱う伝承は存在しません。このことから、SCP-1838-JPは神あるいは荒神と認識されるほどにはアイヌ人の生活に直接影響しなかった可能性があります。

アイヌ文化における特徴的な点は、SCP-1838-JPがある種のカムイコタンとして扱われる事例が散見される点です。カムイコタンの語は「カムイの住まう村」を意味し、人間にとって到達困難な地点や神聖視される地点が命名を受ける地名です。SCP-1838-JPに関連してサルルンカムイ(タンチョウ Grus japonensis)やコタンコロカムイ(シマフクロウ Ketupa blakistoni)、および未確認の大型鳥類を含め、複数の種がカムイとして言及されています。当時のアイヌ人は、霊魂の世界カムイモシㇼから来訪した鳥類型神格霊的存在が宿る場としてSCP-1838-JPを解釈していたと考えられます。

1669年、北海道島東部に勢力を拡大した松前藩はSCP-1838-JPを認識しました。その後は18世紀末まで松前藩がSCP-1838-JPを管理しましたが、帝政ロシアの南下政策を把握した江戸幕府が1799年に東蝦夷を直轄地に指定して以降、SCP-1838-JPは幕府および後継たる仙台藩の管理を経験し、最終的に蒐集院の管轄下に置かれました。第二次世界大戦以降に財団が継承し現在に至りますが、SCP-1838-JPの情報は日本生類創研あるいは東弊重工の前身組織を通じて外部に漏出したと考えられ、本亜種に由来するバイオミメティクスが現在の太陽電池パネルに認められます。



追記: 2023/01/04、SCP-1838-JPの環境改変能力の検証を目的とした古木博士と森山博士による調査が実施されました。森山博士による評価はSCP-1838-JPによる異常な環境改変を認めないものであり、またSCP-1838-JPの生態学的意義の確定を目的とした今後の追加調査に期待するものです。全文は別途資料を参照ください。

環境影響調査要旨


SCP-1838-JPはその外見的特性に基づく直感より、非異常の太陽電池パネルと同様の環境影響を及ぼすことが従来懸念されていた。太陽電池パネルに用いられるセレン・鉛・カドミウムは周囲の陸上植物の生育を阻害し、また動物の中毒症状を引き起こすことが知られる。過去に四大公害病を経験した本国の歴史を踏まえれば、重金属汚染を危惧することは不可思議ではない。分解者を寄せ付けず残骸が山林に放棄されるならば、その脅威はただちに取り除くべきものである。ただし、SCP-1838-JPの含有する金属が有意水準を超過せず、また周辺土壌からも重金属が検出されない点から、この観点は先行研究で棄却されている。

外見から連想された弊害のうち依然として唱えられるものは、非化学的作用による生物多様性の低下である。種間競争で周辺植生が衰退すれば、風雨に晒された地面はたちどころに侵食を受け、水の営力に削剥される。重力に沿って流れる水は土砂を運搬するため、SCP-1838-JPは間接的に土壌ひいては河川環境を破壊する可能性があった。また、希少な鳥類種の営巣地の喪失、また降り立った成鳥の衰弱死など、オブジェクトによる直接的な悪影響も考えられた。今回の調査はこれらの主張への新たな視座の提供を目的としたものである。


今回の調査では、SCP-1838-JPの生態的役割の従来的解釈について一石を投じる知見が得られた。重要なことはSCP-1838-JPの生息域に高木が存在しない点にある。かつての報告者は他の木本類を異常な作用で以て駆逐した結果としてこれを解釈したようであるが、実際には草本類のみが分布する環境にSCP-1838-JPが進出した、単なる乾性遷移の途中段階に過ぎない可能性を考慮すべきである。

SCP-1838-JPは低木であるが、表から葉までの高さで草本類を上回っており、安定した気候・環境において草本類に対して優位と推測される。加えて、枝張り成長の速度も大きい可能性がある。SCP-1838-JPとの直接的な祖先-子孫関係を持たない可能性が高いものの、本州以南に自然分布するアカマツ(P. densiflora)は枝張り成長の速度が大きい。枝張り成長は樹冠の拡大速度であり、草本類群落に対する攪乱に有効である。もしSCP-1838-JPの枝張り成長速度が大きい場合、草本類の優占する環境を破壊し、占有空間をいち早く拡大可能と推測される。

その反面、SCP-1838-JPはその分布域からも示唆されるように、生育に際して莫大な光エネルギーを要求する。他の陸上植物と光の拡散に対する扱いが異なるとはいえ、黒化した色素体からは、SCP-1838-JPが陽樹として振る舞うことが示唆される。光飽和点が高く高照度環境において活発な生物生産を行うSCP-1838-JPは逆に低照度環境において不利であり、木本類の先駆者である彼らは一般に陰樹と呼称される樹種に対し優位性を持たないと考えられる。

種子散布能力や環境への応答力も視野に入れて議論を深める必要はあるものの、本来危惧されていた普遍的環境改変能力を有する生物としてのSCP-1838-JPの認識について、これを改める必要が示唆される。また先住民の文化にもその存在が示唆されることも、SCP-1838-JPが調和的な生態系の構成要素たることを示唆している。

⸺ 森山博士


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タンチョウ(G. japonensis)

また古木博士による周囲の動物相の観察によれば、SCP-1838-JPの群生地の付近には多様な陸上生態系が構築されている可能性があります。調査において古木博士は十勝平野西部でのタンチョウの越冬、シマフクロウの狩猟行動を確認しています。これらの鳥類種は保全の取り組みが実施されているものの、前者は全道個体数が1300羽強、後者は200羽強と、種の存続にあたって個体数が乏しく、絶滅危惧種に指定されています。古木博士はSCP-1838-JPが従来の懸念とは逆に作用し、生態ピラミッドの下層を支持し、ボトムアップ式に高次消費者の個体数維持および増大に寄与する可能性を指摘しています。

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エゾシカ(C. n. yesoensis)

またSCP-1838-JPはエゾシカ(Cervus nippon yesoensis)に対する食糧の供給源として機能することも示唆されます。同属による森林植生の衰退および陸上生態系の崩壊は東北・関東地方の一部を除く日本全国において深刻な問題として受け止められていますが、SCP-1838-JPはエゾシカによる食害から比較的短期間で回復し、豊富な生物生産を提供する可能性があります。この関係が成立する場合、SCP-1838-JPは結果としてエゾシカによる森林植生の衰退を妨げ、多数の動植物が生育する環境を維持することが考えられます。

なお、SCP-1838-JPが食糧として機能する場合エゾシカについて現状よりも莫大な個体数増大が予想されますが、SCP-1838-JPの分布域におけるエゾシカの実際の増加ペースに特筆性はありません。加えて、第二次世界大戦後のエゾシカの個体数増加について、常緑針葉樹の林冠の発達による越冬地の提供がその要因の一つと考えられていますが、エゾシカがSCP-1838-JPの林床に長時間滞在する様子は現時点で確認されていません。エゾシカの個体数を抑制する機能がSCP-1838-JPに存在する可能性が示唆されます(補遺を参照)。

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死肉を漁るオジロワシ(H. albicilla)

補遺: 釧路市での2023/01/04の調査において、SCP-1838-JPの林床付近で1羽のオジロワシ(Haliaeetus albicilla)とそれを包囲するハシブトガラス(Corvus macrorhynchos)の群集が観測されました。オジロワシはカラスによる威嚇・妨害を無視してエゾシカの遺骸を啄んでおり、カラス群集は厳冬期の食餌確保のため奪取を目的としていたと思われます。古木研究員は両種を追い払い、遺骸の回収に成功しました。

回収されたエゾシカの遺骸は肩高109cm体長147cmと推定される雌個体のものですが、内臓を中心にほぼ全ての軟組織が消費されており、四肢と頭頚部以外の大部分で骨格が露出しています。また背側から加わった衝撃に起因すると思われる長径8cm短径2cmの楕円穿孔が前頭骨中央部に認められたことから、死因は当該の負傷に関連すると推測されます。

当該のエゾシカ個体には銃創が認められません。また各種猛禽類が成獣のエゾシカを捕殺することは考えにくく、エゾヒグマ(Ursus arctos yesoensis)も活動時期・捕食痕の不一致および周辺の雪に痕跡が見られないことから蓋然性は低く見積もられます。エゾシカが捕食リスクに起因すると思われる行動を林床下で示していたことと合わせ、当該個体の死因とSCP-1838-JPの関連について検証が行われる予定です。






インシデント: 2023/08/11、SCP-1838-JPの調査を実施していた古木博士が右側頭部に約8cmの裂傷、および左脛骨・腓骨に圧縮応力による粉砕骨折を負う事故が発生しました。同行した研究員によると、当時SCP-1838-JPの葉の一部が葉脈に沿って剥離し、続いて枝が振動ののち全長2m強・翼開長不明の鳥類に類似した形態に変化し、鋭利な嘴を振り下ろして古木博士に攻撃を加えました。当該実体は博士を含む職員らに重軽傷を負わせたのち、彼らの抵抗を受け、飛翔して撤退しました。

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ヨタカ(C. indicus)の例。平坦な頭蓋をはじめ樹木への擬態に適した形態形質を持つ。

現場に残された羽毛のゲノムはヨタカ(Caprimulgus indicus)との高い共通性が認められました。エゾシカをはじめ接近する大型動物を対象に取る捕食動物として、当該生物は祖先種たるヨタカの擬態を用いるものと推測されます。冬季にもエゾシカの被食が確認されることから、本来夏鳥であるヨタカが北海道に定着し、絶滅したエゾオオカミ(Canis lupus hattai)に並ぶ常在の頂点捕食者に進化した可能性があります。

緊急調査の結果、現在森林学部門はSCP-1838-JPの林床のうち██箇所で営巣の痕跡を確認しています。鳥類実体の個体数が不明であること、またSCP-1838-JPとの共進化を遂げた生物が他に存在する可能性を踏まえ、オブジェクトクラスの再検討と暫定プロトコルの策定が実施されています。

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