SCP-1855-JP
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最も多数のSCP-1855-JP曝露者が確認された██ホール。

アイテム番号: SCP-1855-JP

オブジェクトクラス: Euclid

特別収容プロトコル: 一般社会への拡散と流布を防止するため、常にSCP-1855-JPとその使用者についての調査・追跡が行われます。現在財団の収容下にある人物を除き、SCP-1855-JPの使用が確認された一般市民とその周辺人物に対し広域記憶処理を行い、連鎖的な曝露者の増加を抑制してください。

説明: SCP-1855-JPは26音から構成される侃諤災害1的文言です。SCP-1855-JPを何らかの形で聴取した人物、口頭で発声した人物はそれぞれ以下の異なる特異性へと曝露します。

第一の特異性として、SCP-1855-JPを聴取した人物(以下聴取者)は、SCP-1855-JP及びそれを自身が聴取した事実について、強い「可笑しさ」を感じるとともに激しい笑いへの欲求を表明し始めます。その理由について説明を求めた際、聴取者は「(SCP-1855-JPを発声する人物の顔や態度、聴取した際の環境や状況、発声されたリズム・イントネーションなどが)非常に場違いで滑稽であったため」といった旨の評価を報告します。複数回の実験により、この影響はSCP-1855-JPに曝露した回数に比例して減じていくことが判明しています。

また聴取者は、自身の感じた可笑しさに共感を得るため、もしくはコミュニケーションの話題とするためにSCP-1855-JPを他者へと積極的に流布しようとする傾向にあります。SCP-1855-JPが流布された背景(補遺を参照)からこの行動自体に特異性の影響はないと考えられていますが、多くの場合これはSCP-1855-JP曝露者の加速度的な増加、及び聴取者のSCP-1855-JP第二の特異性への曝露を誘発します。

第二の特異性として、SCP-1855-JPを発声した人物(以下発声者)の感覚機能において、あらゆる刺激に対する反応が徐々に鈍磨し始めます。この影響はSCP-1855-JPの使用回数に応じて累積していき、目がかすむ、疲労感が薄れるといった初期の症状を看過したままSCP-1855-JPを発声し続けた場合には、難聴や味覚障害などの日常生活に支障が出始める段階を経て、末期には五感のほか痛覚や温感といった感覚の鈍磨・喪失までに至ります。

財団の実験では、この段階にまで曝露が進行した被験者の典型的な行動として、無意識に指や手を噛むなどの自傷や、四肢を巻き付けるようにして自分の体を強く抱きしめる、床に寝そべりのたうち回るなどの行為を通じて自身の肉体感覚を再確認することに執着し始める傾向が確認されています。また、この進行の速度はSCP-1855-JPを使用する頻度、及び発声時の聴取者の数と正の相関関係にあるようであり、その性質を示す顕著な実例であるSCP-1855-JP-プライム実例に対する研究が継続中です。

補遺: 以下はSCP-1855-JPに関する財団の発見経緯です。

SCP-1855-JPは財団サイト-8123の周辺地域において「聞くと必ず笑ってしまう奇妙なギャグ」に関する言及が爆発的に急増したことをきっかけに財団に捕捉されました。更なる追跡調査の結果、SCP-1855-JPを流布している人物として、財団はお笑い芸人として活動していた"おーい!サトシ"氏(本名: 大井 聡)を特定しました。

大井氏は既知の範囲内で最も初期にSCP-1855-JPを使用した人物と断定され、オブジェクトの起源に何らかの形で関与しているものとして特定後即座に財団によって確保されました。確保当時、大井氏の芸人としての活動レベル及び社会的注目度は比較的低く隠蔽処理が容易であると見なされたことから、初期収容時の広域記憶処理の後は、偽情報テンプレート-58"蒸発"が適用されています。

また、大井氏は発見時点でSCP-1855-JP発声者としての重篤な末期症状を示しており、現在はSCP-1855-JP曝露者のプライム実例として指定、重要な研究対象として扱われています。以下は、SCP-1855-JPの起源・流布された背景に関する大井氏の証言記録です。通常のインタビュー手順による聴取が困難であったため、大井氏の症状が比較的小康状態にある際に記録された複数の断片的な証言・記述を財団未詳資料/目録編纂室が陳述として整理・転写しています。

陳述記録1855-JP

Record 20██/██/██

回答者: 大井 聡氏


大井氏: 幕が上がっても、ずっと死んでいたんです。スポットライトに照らされてカラカラに干乾びていくみたいに、見向きもされない舞台に私はいつも立ち尽くしていました。わかってたんです。10年以上前に褒められただけのネタを繰り返しやっているだけで、ちっとも進歩していない私は、新しいものを汲みだす源泉がとうに涸れてしまった私は、芸人として死んでいるも同然だって。

健二2は正しかったんです。私たちが飽きられて通用しなくなった時に、こっちも客を見限ってやればよかった。それでもしがみつき続けたのは、由美子と加奈3の……いや違う、許してくれ、許して……。

[以後数分間、繰り返し同様の言葉を呟き続ける]


だから違うんです。あれは、あのネタは私の手柄なんかじゃないんです。

——

大井氏: ハネていく同期や後輩を見て、いつも妬ましく、惨めに思っていました。だから2,3人もまばらな客入りの劇場で出番が終わった後、ご利益も知らない近くの蛸薬師4さんにお参りすることが度々ありました。「神様、どこかに居るんならもう一度俺にチャンスを下さい」と。あの日も確か、さい銭も投げずにそんなことを願っていたような気がします。

そしたら、その夜の夢の中には神様が居たんです。触手一本も私の腕くらいある、大きくて赤いタコの神様がです。私はそいつが目の前でのたうつのを見ながら、「チャンスの神様は前髪しか無いて言うけど、この神様は前後左右つるっパゲやんか」とか妙に落ちついて考えてました。

そしたら、そのタコが喋ったんです。███████ ███████ ███████ █████5って。途端に何故だかわからないんですが、私はその言葉やしぐさが可笑しくてたまらなくなって、腹を抱えて笑い転げました。笑って笑って、息が切れるまで腹筋を震わせ通して、気が付くと由美子がベッドの脇で気味悪そうにこちらを見下ろしていました。

目が覚めたと気づいたとき、跳ね起きてメモ帳を探し回りました。思い出し笑いを堪えながら、タコの言葉を一言一句、忘れないうちに確実に書き留めようと必死に興奮していましたね。ついに最高のネタが下りてきたと、チャンスが巡ってきたんだと、そう思ったからです。

——

大井氏: はい、先生。ここに入る前までに、この体の不調はあのネタが原因だということには気付いていました。私もいい歳ではありますが、あのネタを人前でやり始めたのと同時期に体がどんどん言うことを聞かなくなっていったんですから、流石にそれを疑わないわけには行きませんでした。

結局、あのネタは私が自分で生み出した物なんかじゃなかったんでしょう。だから身を切る代償が必要だったと、そういうことなんだと思います。

ええ。それに気付いていてやり続けました。由美子にはひどく心配されましたし、この病気がネタのせいかもしれないと言ったらもうやめてくれと懇願されました。加奈はお父さん死なないでって、事情もよく分からないだろうに私の足に抱き着いて泣いていました。

それでもあのネタをやり続けた、それがこの末路です。もはや私は、近くにいるあなたの顔が見えません。声も聴けません。手を取っても、その温もりすら感じることができません。きっと由美子たちは、身勝手な私を絶対に許してはくれないでしょう。

それでも、私は後悔していません。理解してしまったんです。私がこの世界にしがみつき続けたのは、妻や娘を食わせるためでも、金のためでも、ちっぽけなプライドや意地のためでも無かった。私が渇望していたことは、子供の頃、教室で目立とうと大声でアホなことを叫んでいた時から何一つ、変わっていませんでした。それだけで何もいらないほどに、私はただ、皆を笑わせたかったんです。

そんな単純なことに気付いた時にはもう、あのやり方でしかウケをとれなくなっていた私は……それでも今なお、あの万雷の笑い声を、また浴びたいと思ってしまっている私は……。

[小さく笑う]


きっともう、底なしのドツボに嵌まっているのでしょう。

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