SCP-2763
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第一幕、第一場、空虚なるセル
幕が上がり、舞台には相応しい設備を備えた標準ヒト型生物封じ込めセルが設えられている。舞台中央のベッドには我らが主人公、リチャード・グロスター卿が聴衆を向いて寂しげに座っている。:

グロスター: 君が読むたび、私は座る。
君が読む限り私は座り続けるが、読むのを
止めればもう立つことも、実際には座ることも
できなくなる。優しき読者よ、何しろそこに
立ち座りという問題は存在していない。
そして、とりわけこの男は、誰かに
読まれなければ存在すらしていないのだ。
私の人生はこの頁に縛られている。
私には血も、骨も、肉もなく、
あるのはインク、紙、物語ばかりだ。

彼は振り向き、聴衆に向けたものではない独り言を言い始める。

常にこうだったわけではない。かつての私は
定命の人間だ。脚本家でもあった!残念ながら
腕はあまり良くなかったが。「何と稚拙な!
何て凄まじくくどいんだ!何て気取ってるんだ!」
私の作品はどれも望まれなかったし、
1週間以上演じられることもなかった!
私は数十の脚本を出版したが、哀れにも
単語の1つすら2週間以上人々の記憶に
残ることはなかった。

ある夜、私はこれ以上耐えられなくなった。
私は化粧台の剃刀を掴み、切り裂いた
左手首を右手に塗り付け、右手で「終幕」と
壁と衣服に大きな血文字で書き付けた。

私は祈った。知る限りの神々と精霊に。
忘れられることを、全世界から
切り離されることを祈った。
私の名がまた囁かれることがあれば、
それは偉大な芸術、この残酷な螺旋
からの出発の後に発見された、不朽の
名作の作者としてであるように祈った。
振り返ると、私はおそらくもっと慎重に
言葉を選ぶか、ただ一つの言葉も
口に出すべきではなかった。または、
全く何も書き付けるべきではなかった。

彼は聴衆に向き直り、明朗な声で話す。

そして私はここにいる。君が私を入れたセルは、
この孤独な墓碑を除いては空虚なままだ。

彼は一巻の書物の置かれた本棚を指し示す。

これは私の人生と時、私の悲劇だ。
私の現在と未来、私の自我は全て
これらの頁内に含まれている。
私が君に語りかけていると君が納得するまで、
私は息をすることもない。舞台の指示がなければ、
君が私の前に立っているかのように私を動かし、
指示しなければ私は動くことができない。
君が標本や実験材料として私を収録しようとしても、
書こうとした冷酷無情な事実の中に詩と美辞麗句を
交えずにはいられないだろう。私の言葉は読者ごとに
流れ、変化してゆくが、私の存在は固定されたものだ。
冷酷で残酷な。私の世界は舞台上だけなのだ。

暗転

第一幕、第二場、インタビュー
照明が点灯し、あるインタビュー室を照らす。机の片側にはグロスター、反対側にはマーロウ上席研究員:

マーロウ: こんにちは、リチャード。

グロスター: お早うございます、親愛なる博士。何のご用ですかな?

マーロウ: よろしければもう少し質問をしたいのですが。

グロスター: もちろんですとも!だが私は、心の中にしか存在できない者が「よろしくない」などと考えることはないと分かったのだよ。

マーロウ: 今、何と?

グロスター: 何も、博士。どうぞご質問を。

マーロウ: 分かりました。ご存知のように、我々はあなたがどこから、そしていつの時代から来たのかについて未だ困惑しています。我々の知る限り、あなたはほんの数週間前に我々の書庫に出現しました。さらに不可解なのはあなたの態度です。あなたの身振りや衣服は16世紀の貴族のものですが、エリザベス朝演劇に似せているとはいえ、あなたの語彙は明らかに現代のものです。そしてあなたの歯科治療痕は1970年以降でなければおそらく不可能なものです。あなたはどこから来たのですか?今回は率直に答えてください。お願いします。

グロスター: ああ、どうしたら君の質問に
答えられるだろう!私はリチャード・グロスター卿の
誕生と同時に産まれたのだろうか?それとも君が机で
これを写し始める数分前?それとも君がこの文書を読む
スクリーン上で、今ここで産まれたのだろうか?

マーロウ: 何ですって?誰と話しているのですか?理解できません。

グロスター: 残念ながら、誰とも話すことは
ないでしょうな。おそらく、芸術は芸術家以外に
理解されることはないのだよ。本を閉じるのだ、
親愛なる博士よ。当面は私のことを忘れるのが良い。

マーロウはさらなる質問を始め、グロスターはそれに答えるが、やり取りは聴衆には聞き取れない。照明が弱まる中、二人はインタビューを続ける。舞台が完全に暗転する直前、グロスターは聴衆に顔を向け僅かに微笑む

エピローグ、O5の独白

新たな登場人物、O5-8スポットライトの中に歩み出し聴衆に語りかける

O5-8: 君がこれを見ているなら、SCP-2763の特性を把握し始めているかもしれない。現時点で我々はこの実体がある脚本 と題された写本の内容をどれほど制御できるのか理解していない。だが文書は明らかに最近の出来事を反映するように改変されており、その証拠に新たな写本の題名はSCP-2763の悲劇、現代Euclid物語 に変化している。現時点で、O5評議会はSCP-2763の書かれた記録の全てを封印し、ある脚本 の全ての写本を財団の保護下でサイト-63ミーム部門の機密書庫に保管することを決定している。
だが、それはもうあのチャンバーの中。
彼は書庫に留まり続けるだろう。
リチャード卿が死ぬ日まで。

彼は含み笑いをし、舞台は暗転する。幕が下りる。

終劇

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