SCP-3084
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SCP-3084のタイトルカード

アイテム番号: SCP-3084

オブジェクトクラス: Euclid

特別収容プロトコル: 発見されたSCP-3084実例は押収し、記録し、サイト-28確保アーカイブに保管します。SCP-3084の完全な視聴は、空間-3084での活動に割り当てられている人物のみに許可されます。

確立済のリスクマネジメント・プロトコルに則り、研究目的で空間-3084への入場が認められている職員は、7日あたり8時間以上、また30日あたり25時間以上の時間を当該空間内で過ごしてはいけません。医学的・心理学的スクリーニング検査がこの活動に割り当てられた職員に毎週行われます。

説明: SCP-3084は“饗宴の席に着く七人の余所者”Seven Strangers at a Feastという題名の無声映画です。映画の大部分は1920年代の何処かの時点で撮影されたようですが、幾つかの要素は映画の一部がその年代よりも早く、または後になってから作られたことを示唆しています。SCP-3084の通算上映時間は2時間17分です。最初のタイトルカードを除いて、SCP-3084には登場人物の台詞を表すコマが表示されず、またその場の雰囲気にどんな種類の楽曲挿入を意図しているかの表明もありません。映画監督とされているジェイコブ・ンクルンジザの記録は存在が確認されていません。

記録された例の約40%において、SCP-3084の全体を鑑賞した人物は、映画を最初に見終えた時点で超物理空間(空間-3084と指定)へのアクセスが可能となります。最初の鑑賞から3~5日以内に、対象者は自由意志でトランス状態に入る直感的能力を発展させ、この状態に入った時点で観察下からは消失するようです。この間に対象者は未知の手段で空間-3084へ移送されます。このように空間-3084に入場した人物は我々の現実世界へ自在に帰還することができ、当初と空間的に同じ位置で再出現します。

研究により、空間-3084にはその創造以来、財団職員2名を含めて少なくとも6名の人物が入場したことが示唆されています。空間-3084はSCP-3084と同時に異常な手段で創造されたと考えられます。

空間-3084は“饗宴の席に着く七人の余所者”で描写されている場所と酷似した超物理空間です。地理的な特徴・建造物・周辺気象状況は全て作中の舞台と完全に一致しているようです。SCP-3084が空間-3084内で撮影されたとは考えられていません。むしろ、空間-3084はSCP-3084の撮影と並行して生成された場所だと解釈されています。

最初のSCP-3084は、1960年代のオペレーション・ロゥブレイカーにおける大規模監視活動の一環としてジョージ・セシル・ジョーンズ(PoI #3663)の死後に回収された個人資産から発見されました。SCP-3084の異常性はジョーンズ邸内にあった無数のアーティファクトの処理中に観察されました。ロゥブレイカーの標的となったジョーンズ他数名の人物は、SCP-3084コピーの本来の受取人だったとは考えられていません。少なくとも30本のSCP-3084コピーがロンドン、パリ、ブリュッセル、ローマ、その他数ヶ所のヨーロッパ大陸の都市において匿名配布されていたことが判明しています。その大部分は、当時のSCP-3084の配布対象者だったと考えられる、ビジネス・軍事方面・貴族位階の高い地位を占めていた人物によって入手されています。

補遺3084.1 - SCP-3084梗概

“饗宴の席に着く七人の余所者”は、様式および主題面において無声映画時代後期の作品の大半から逸脱している実験的な映画です。これらの相違点には長い上映時間、容易に読み取れるストーリーやプロットの欠如、当時利用可能だった技術より遥かに進んだ特殊効果による生々しい暴力描写、繰り返し使用される抽象的イメージなどが含まれます。作中の俳優はいずれも明確に特定されておらず、SCP-3084がアマチュア映画であることを示しています。

以下の説明における登場人物の名称は研究スタッフが割り当てたものです。SCP-3084には冒頭のタイトルカード以外のクレジットが存在しません。

場面1-8: これらの場面は一軒の孤立したカントリーハウスの内部および周辺が舞台であり、数枚の状況設定ショットが含まれます。5人の登場人物が全員カントリーハウスに続く未舗装路を歩いて到着するという形で導入されます — “若い男”、“若い女”、“貴族”、“将軍”、“少年”。全ての登場人物はカントリーハウスの正面扉に集合します。貴族と将軍は、おそらく家に入るべきか否かについて、もしくは家に入った後でどう行動すべきかを懸念して興奮した様子で論議します。若い男、若い女、少年はこのやり取りを通して無言のままであり、大部分の場面では不安ないし恐怖の表情を浮かべています。

場面9-13: “老女”が初めて登場し、カントリーハウスの内部を漫然と彷徨い歩きます。この場面は薄暗く照らされています。顔は映画を通して覆い隠されていますが、手と頭の動きから、老女は独り言を呟いていると解釈可能であり、時たま誰もいない家の中で叫んでいる様子を見せます。老女は時折立ち止まり、あからさまに何かを懸念する様子で、家の中央にある火の気が無い暖炉の隣に置かれた大箱を見つめます。

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場面11

場面14-27: 貴族と将軍の口論が突然終わります。2人は家の扉に向かって無言で立ち、将軍は自分たちに加わるように少年を手招きします。少年はこれを拒んで若い男の背後に隠れようと試みます。若い男は困惑しているようであり、少年を近くに寄せ付けまいとします。若い女が唐突にその場を逃走し、家を取り巻く森の中へ走り込みます。

場面28-30: カントリーハウスの内部では、老女が正面扉の近くで揺れ動いており、常軌を逸した形式のダンスを踊りながら扉に近付いているように思われます。扉に辿り着いた時点で、老女は腕を上に向かって伸ばしながら制御不能の身震いを始めます。

場面31-43: 若い女はカントリーハウスを取り巻く暗い森の中を走っています。この長時間のシーケンスの間に、映画の質は劣化・変化しているようです。若い女が逃走を続けるにつれて場面の照明はますます暗くなり、彼女が表現している恐怖心は着実に増大します。森は場面38になるとほとんど認識できなくなり、また若い女は場面41以降、暗闇から出現する朧げな幻影によって脅かされ始めます。場面43では若い女からほぼ完全に焦点が外れており、半狂乱の誇張された動きでしか見分けられません。

場面44-51: 貴族はカントリーハウスの正面扉を蹴り開け、玄関口に立っている老女を発見します。貴族は老女を掴んで屋内へ引っ張っていきます。将軍は拳銃を抜き、身振りで家に入るよう少年を促します。少年は、将軍が空に向かって空砲を撃つまでこれを拒否します。少年は不承不承に家の中へ向かいます。将軍は、窓の傍に立って家の中を見ているよう若い男に伝える様子を見せた後、自らも家に入ります。

場面52-59: 映画のこの部分は、一ヶ所に留まったまま窓を通して行動を見守り続けている若い男だけを映しています。複数のカメラアングルから撮影されており、数種類の異なるフィルムが使われているようですが、うち幾つかは撮影当時利用可能だったはずの物より高品質のように思われます。若い男は自身が目撃している物事(おそらく作中の場面60で描写される出来事)のせいでますます不快感を増し、かつ取り乱した様子になっていきますが、窓の傍の立ち位置を離れようとはしません。

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場面42

場面60: 映画の中で最も長い単独場面。老女は貴族と将軍によって、暖炉の正面にある長テーブルの上に投げ落とされます。老女の服は顔を隠し続けるフード以外は引き裂かれ、貴族と将軍は入念に長い釘を老女の手首・足首に打ち込んでテーブル上に固定します。その後、少年が着席させられ、将軍によって監視されます。

貴族と将軍は長く細いナイフを使って老女の足の皮膚を剥ぎ、暖炉の隣にある大箱の上に乗せます。皮膚はくすぶり始めます。貴族はその後、老女の胴体に長い切り傷を作ります。貴族と将軍は協力して数本の肋骨を取り除き、慎重に体組織を削ぎ落として清めた骨を大箱の上に置きます。骨は皮膚の山の上に浮かび上がり、また皮膚は炎上しているように見えます。将軍は老女の切り開かれた腹腔にカップを沈めて、満たした血を大箱の上に数度注ぎます。炎は勢いを増して確固たるものになります。

この時点で無表情に事態を見ていた少年は、貴族の求めに応じて席から立ち上がります。少年は老女の胴体の切開傷に手を挿し入れ、一組の眼球らしき物を取り出します。眼球は少年の手から浮かび上がり、まずは貴族の、次に将軍の前を通り過ぎてから、大箱の上で燃える炎の中へ降下していきます。炎が消え、大箱が開きます。

焼け焦げた骸骨の姿をした“客”が大箱の中から立ち上がります。少年と貴族と将軍は、老女が依然として拘束されている(そして見たところ未だに生きている)テーブルの周囲に6脚の椅子を並べます。貴族は若い男がまだ覗いている窓に向かって手招きし、彼に家に入るよう促します。客はテーブルの上座に着きます。

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場面60

場面61-63: 若い女は暗闇の中を必死に逃げ続け、最終的に森の奥深くにある孤立した扉へ辿り着きます。朧げな幻影に追われ続けている若い女は扉を開けて中に駆け込み、後ろ手に扉を閉めます。

場面64-68: 若い女は、テーブルと老女の周りに椅子が配置されたカントリーハウス内部に自発的に出現します。彼女は如何なる反応も見せず、貴族と将軍と若い男は老女の服の切れ端を彼女に緩やかにまとわせ、少年は客の反対側にあるテーブルの下座に彼女を座らせます。他の登場人物たちもテーブルの周りに着席します。客は老女の四肢から肉片を手で毟り始めます。肉は客の手の中で調理されているように見えます。客はテーブルの周囲を回りながら他の登場人物たちに順番に肉片を手渡し、彼らは渡された肉片を速やかに貪ります。これが数回繰り返されます。

場面69-74: 場面69で突然、テーブル上に固定された綺麗な骸骨が映し出されます。登場人物たちはテーブルの周囲に着席していますが、客の姿はありません。貴族、将軍、若い男は立ち上がって家を去ります。少年は老女の頭蓋骨に乗せられたままのフードを外し、まだテーブルの下座に座ったまま反応を見せない若い女に被せます。場面74では今や覆い隠された若い女の顔が連続的に2分19秒間映され、その後、映画は唐突に終了します。

補遺3084.2 - 研究メモ、Vol. 1

SCP-3084の最初期の記録とその後の空間-3084探索は、フィリップ・デュモン研究員によって1963年に行われた。以下は関連するフィールドノートであり、SCP-3084に割り当てられていた時期のデュモン博士が集めた観察記録とデータが残されている。

空間-3084の主な特徴(1963年3月12日)

- この領域は観測可能な地形と通過可能な地形から構成されている。観測可能な地形は作中で描写されている撮影地と同一である。通過可能な地形は家の周囲、家そのもの、そして周辺の森に通じている小さな廊下。通過不可能な地形を横切ろうと試みるとそれ以上先には進めなくなる。障壁の感覚や見て分かるような指標はない。ただ単純に先に行けない。

- 本来の撮影地はブルンジ王国のルシジ国立公園であると確認された。この場所は似姿とでも言うべきものだ。政情不安が続いているせいで調査は停滞中だが、専ら白人から成る撮影チームがこの国で映画を作った事が、当時のどの記録でも注目されないのは不自然である。我々の背景調査でジェイコブ・ンクルンジザの記録は発見されておらず、現地当局はそのような人物は知らないとしつこく言い張っている。

- 人間、より正確には検出可能な生物が存在しない。現地で土壌と水のサンプルを顕微鏡検査にかけたが同じ結果に終わった。

- 周辺領域では時間が経過しない — 太陽は空の低い位置に留まっており、現地時間は常に18:30で、せいぜい数分の誤差がある程度だ。私自身と私の懐中時計の時間は通常通りに過ぎている。

家屋内装の評価(1963年5月5日)

空間-3084の中心にあるカントリーハウスは劣化しない代わりに、大元の映画で描写された一定のみすぼらしさを維持している。どれだけ力を掛けても暖炉脇の大箱を開くには十分でないようだ — 次回訪問の際は道具を徴用しよう。驚くにはあたらないが、暖炉は点火できない。

30年代にこの場所を訪れたことが判明しているメヘレン公爵の証言によると、映画の登場人物に対応するヒューマノイドがここに住み、場面を再現していない時は概ね屋内に集っていたらしい。他2人の訪れた疑いがある者たちも個人記録から回収した文書で間接的に同じ事を書いているが、登場人物のルーチンを詳細に記述したのはメヘレンだけである。彼が一度しか訪問しなかったのは残念だ — 彼の経験が、後年に示していたとされる神経過敏症と関連していたか否かは断言できない。

これらのヒューマノイドたち(発見して検査するまで人間と呼ぶのは躊躇われる)は、不明確な理由でこの空間を去る以前は、家の中に全員集合して何時間も過ごしていたという。ほぼ完全な直立不動で、訪問者を目線で追うのみ。メヘレンが二度目の訪問を行わなかったのも無理はない。

しかし、現時点では、ここには誰もいない。

掘削の結果 (1963年7月29日)

作業は遅々として進んでいない。普通だったら7~8人が適切な機材でここを掘り返しているところだ。だがこの手の場所を訪れる際の(概ね)合理的なプロトコルのおかげで、私一人がショベルで頑張るしかない。場面65および66の研究と、私自身のここでの観察に続き、ディナーテーブル下の床板を剥がして1mほど地下に掘り進むことができた。サイトのスタッフがここの環境に合わせた機材の設計を終えたら発見物のテストができるだろう。以下を回収した。

- 約35cm3の布地(おそらくリネン)
- 様々な刃物(おそらく鋼鉄)
- 焦げた木材と灰の層(現在の建造物が破壊された家の上に再建されていることを示唆する)
- 映画の場面60で映っている物とデザインが似たカップ、10点
- ほぼ確実に人間と思われるバラバラの骨格。初期検査で最低5人分に相当することが示唆されている(うち頭蓋骨2つ)

表題無し (1963年8月17日)

どうやら全ての骨は同一人物のものらしい。このような状況に出くわしたのは初めてではないと言えど、歓迎すべき事ではない。

森林の調査 VII (1963年9月12日)

森に通じる廊下の境界線を感じるようになってから久しい。今回の調査で、場面31-43に対応すると思われる狭い通り道が廊下の途中にあるのを発見した。問題の場面は何処で撮影されていても不思議では無く、この空間内における特定の一ヶ所を表しているとは限らないという点でユニークな部分だ。これで理論上は、少なくとも1954年以降この空間に存在しなくなった映画の登場人物たちの行方に説明をつけることができる。次回予定している訪問の際に、この新たな脇廊下を50m単位で探索しよう。

表題無し (1963年9月23日)

最初の数回以来、私は訪問時に音声レコーダーを持ち込んでいない。次回は忘れないようにしなければ。

表題無し (1963年9月28日)

ここはますますキナ臭い。森の中にあるこの特定の場所では何かが間違いなく違っている。テープには何も記録されていないようだが、私は森に何らかの生命が住んでいるという確信を強めている。

デュモン博士のフィールドノートは1963年9月28日のエントリで終わっている。デュモン博士は1963年9月28日の空間-3084訪問から予定通りに帰還せず、公式にMIA(任務中失踪)リストに乗せられた。1968年9月28日、デュモン博士はフランスのリヨンで活動する財団資産に密かに連絡を取り、当地の警察署から激しく取り乱した状態で回収された。デュモン博士は聞き取り調査において過去5年間の自らの所在を思い出すことができず、数ヶ月後に医療問題を理由とする退職が認められた。

補遺3084.3 - 更新と分析

ラニア・カサール研究助手の要請を受けて、SCP-3084の調査は2016年10月12日、訓練および発展を目的とする割当の一部として再度許可された。包括的なデータ審査・エントリ改訂手順の一環として空間-3084への入場を認めるセキュリティクリアランスを付与されたカサール研究助手は、以下の補遺を提出した。

審査焦点1: 既知の空間-3084訪問者

5代目メヘレン公爵、ドリアン・ジルー: メヘレンは1960年代の財団覆面工作員に対し、SCP-3084のコピーを受け取り鑑賞したと個人的に証言したことで知られています。かつてメヘレン公爵は著名なベルギー王室の一員でしたが、1930年代からは次第に王室と疎遠になっていきました。これは、彼が不穏で不愉快な体験だったと述べた、最初にして唯一の空間-3084訪問と並行しています。

彼が訪問した当時、空間-3084には“饗宴の席に着く七人の余所者”の登場人物に似た実体群が居住していました。これらの登場人物たちは特定の時間になると映画の出来事を再現し、演技を完了するとカントリーハウスの中に引き上げ、数時間後にサイクルを再開するという行動を繰り返していました。メヘレンはカントリーハウス内部のある一地点から演技の完全な流れを2回目撃したようであり、作中展開が屋外を舞台としている間に接触すれば登場人物たちが自分と相互作用することに気付いていました。

メヘレンの証言によれば、登場人物たちは発話せず、口頭ではない交流手段を取っていました。彼は“貴族”と“将軍”からは暖かい挨拶を受け、“若い男”からは恐怖の目を向けられたと述べています。“貴族”は何度か“少年”にメヘレンの近くに寄るよう指示していたらしく、メヘレンはこれを止めさせました。さらに促されたメヘレンは、“客”とのやり取りについては思い出せないと主張しました。

ヘルマン・フォン・ディートリッヒ: フォン・ディートリッヒは専らドイツの大手鉱業会社であるルールコーレ社の実質的な所有者として知られており、現在の中央アフリカ共和国にあたる地域のデラクロワ・ゴールド・コンプレックスで個人的に事業の監督を行っていました。フォン・ディートリッヒは初期のドイツ映画界における重要な組織、バーベルスベルク撮影所への主要投資家でもありました。

有力なドイツ人映画監督のエーリヒ・ポマーに宛てた手紙の中で、フォン・ディートリッヒはフランクフルトにある自らの事務所に配送された映画を鑑賞した後に見た夢について詳述しています。この“夢”の内容は、実際には空間-3084を訪問した経験の説明だと考えられています。

フォン・ディートリッヒはメヘレンとは異なる一連の交流について語っています。フォン・ディートリッヒは景色が「昨日の夜に私の個人用シアターで上映した妙な映画のそれと全く同じ」であり、“饗宴の席に着く七人の余所者”の登場人物全てが作中場面67と同じ並びで家の中にいたと記述しています。“客”は彼に直接呼びかけ、大きく低い声で繰り返し「ピーターよ、殺して食え」と言いながら、フォン・ディートリッヒを名ばかりの饗宴に参加させようとしていたと述べられています。

回想においてその場を去りたいという欲求を表明したにも拘らず、フォン・ディートリッヒは金箔張りの皿を手渡されて着席し、“客”から配られた掌大の肉片を数個食べたと語っています。この出来事に関する彼の記述が以下に書き起こされています。

「あたかもジャングルを丸一日練り歩いて腹を減らせてからようやく食事にありついたかのように、私が食べた欠片はどれも美味だった。それでも尚、私のはらわたは自分が何を食っているかの悍ましい自覚にもだえた。一口ごとにそれが胃の中で渦巻くのを感じ、その場で直ちにテーブルの上に吐き戻してしまいたいと願った。なのに私は唇から脂を舐め取り、皿を掲げてお代わりを求めたのだ。」

フォン・ディートリッヒはその後の文通においても、これと似た体験を“繰り返しの夢”として記述しています。1932年にルールコーレ社を退職してからのヘルマン・フォン・ディートリッヒの記録は遥かに少なく、彼は第二次世界大戦の開戦から間もない時期に死去したと信じられています。

アーチボルド・レインとアメリア・ホルムウッド: ロンドンを拠点とするショウ・ブラザーズ輸出銀行の頭取だったアーチボルド・レインは、“饗宴の席に着く七人の余所者”のコピーを受け取ったことが当時の郵便小包受領証で確認されています。他の既知の受取人たちとは違って、レインはこの映画に魅了され好奇心を抱いていたと考えられており、繰り返し鑑賞しては内容の考察を手記に書き留めていました。彼は空間-3084を繰り返し訪れ、メヘレン公爵のそれと似た経験について記述しています。

1947年、レインは映画をアメリア・ホルムウッド — 20世紀初頭のロンドン心霊主義コミュニティの末席にいた、以前は自動写真撮影の作品で知られていた人物 — にも見せました。ホルムウッドはレインの空間-3084訪問に同行し始め、二人は映画と関連現象を熱心に研究しました。最終的に両者は、映画の主要テーマは解放であり、空間-3084はキリスト教の概念で言うところの煉獄に相当する領域だという結論に達しました。

この結論に至った後、レインの手記の内容はより難解になり、“法の書”などのセレマ運動に関連する書籍から借用したと思しき用語や概念に強く依存し始めます。“推移の逆転”への言及が頻繁に見られるようになり、その後の空間-3084訪問の記述は“饗宴の席に着く七人の余所者”の登場人物数名が空間内から姿を消したことを示唆しています。レインとホルムウッドは共に1950年2月の何処かの時点で失踪したようです。レインの死が法的に宣言されたのは、不動産の処分を巡る長年の審理が終わった後の1958年でした。

審査焦点2: ジェイコブ・ンクルンジザ

この審査の結論となりますが、ジェイコブ・ンクルンジザの正式な記録の存在は確認されていません。しかしながら、当時の他の異常芸術の主題・文体の調査を基に、ンクルンジザは他の記録されたSCPにも関連していると考えられます — “焼け落ちる雲”(異常な視覚的現象、1923年)、“4ドット4ダッシュ”(不可解な電信信号、1924年)、“最終議会”(人為的な集団妄想、マドリード、1930年)。

1919~1928年にかけて、西ヨーロッパの異常芸術に関連することが知られている団体間の文通には“黒人のブラックジェイコブ”への言及が見られます。これらはジェイコブ・ンクルンジザを指している疑いがあります。

これらの芸術作品の文化的分析結果は、ジェイコブ・ンクルンジザがブルンジ王国で誕生し、また同国で長期間を過ごしたことを示唆しています。人生の何処かでンクルンジザはヨーロッパ流の大学教育を受けた可能性が濃厚です。彼の作品がより広い芸術コミュニティに認知されたと思われる記録は、概ねダダイズム運動における彼の一部作品への否定的反応から成っています。

芸術的サブカルチャーと関連作品の歴史的分析によって、ンクルンジザは1942年、1957年、1979年、1988-1989年、そして2014年にも姿を見せた可能性があると特定されました。これらの日付は明らかに時代錯誤ですが、現時点ではンクルンジザが活動を停止しているとは断言できません。

審査焦点3: 最近の写真記録

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イギリス軍の野外演習、ケニア、1960年。左端の人物はバイオメトリック分析で実体-3084-2(“将軍”)と94%一致する。唯一既知の写真

2017年10月10日、自動検索アルゴリズムにより回収

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暫定的に隔離された遠隔サイト-3084A、2017年。SCP-3084で描写されているものと密接に似通った家屋が、フランスのオーニス県に自然発生的に出現している。法医学的な分析は保留中

サイト-28の研究スタッフが提供した写真

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状況編集済

レベル4アクセス制限

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