SCP-3855
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RAISA通知

以下の文書は1940年1月13日以降
更新が確認されていません。
そのため、財団記録・情報保安管理局によって
アーカイブ済として分類されています。
この文書に含まれている情報は
著しく現状に則さない可能性があります。

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1929年に撮影されたSCP-3855の入口 (右)。

アイテム番号: SCP-3855 (アーカイブ済)

オブジェクトクラス: Euclid

特別収容プロトコル: SCP-3855は現在、財団の制御下に置かれ、現地ニューヨークで活動するエージェントのセーフハウスとして再利用されています。シークレット・スピリットの過去の常連客には記憶消去剤[原文ママ] - RAISAが投与され、バーに関連していたシカゴ・スピリットの構成員は捕縛されています。不正なアクセスを防止するために、保安要員1名が現在、建物の出入口近くに駐留しています。

如何なる状況でも、非財団職員にSCP-3855の存在や活性化フレーズを知らせてはいけません。

説明: SCP-3855は、ニューヨーク市マンハッタン区のロウワー・イースト・サイドにある二階建ての建造物です。1921年から1930年まで、SCP-3855は20世紀初頭に活動していた異常犯罪組織、シカゴ・スピリットが運営する闇酒場でした。“シークレット・スピリット”の名で知られていたこの闇酒場の店主は、アメリカの組織犯罪社会で有力な縁故を持つ人物たち(異常アーティファクトの売買の関係者を含む)に、輸入品の蒸留酒やワインを提供していました。組織の名前の由来となったシカゴのバーと同様に、シークレット・スピリットもまた2階で常連客に異常物を販売していました。

SCP-3855は一般社会において“反・ミーム”[原文ママ] - RAISAが使用された既知の最初の例です。具体的には、SCP-3855の名前・位置・目的は、“チャペルのマンハッタンの場所について聞いた”I heard about Chappell's Manhattan pointというトリガーフレーズを聞くか読むかして認識しない限り、思い出すことができません。このトリガーが無い場合、SCP-3855に関する記憶はアクセス不能になり、訪問者はそこで過ごした時間に自分が何処にいたかを思い出せなくなります。SCP-3855の録音や写真は作成可能ですが、それらの内容に関する記憶もトリガーが無ければ失われます。

歴史: SCP-3855は、シカゴ・スピリットの指導者であるリチャード・D・チャペルの指示によって、1921年2月にシークレット・スピリットの名称で開店しました。これは、ニューヨーク地域での闇酒場運営への、この犯罪組織の初の進出を表すものです。法執行機関とライバル組織の両方から注目されるのを避けるため、チャペルは未知の手段でSCP-3855に異常特性を付与しました。SCP-3855の反・ミーム機能は、他に知られているスピリットの施設では再現されていませんでしたが、それらの施設固有の情報編集特性によって記録が不完全である可能性もあります。

シカゴ地域でチャペルの組織が運営していた闇酒場と違って、シークレット・スピリットは顧客の選り好みをし、慎重に客を調べてからトリガーフレーズの知識を与えました。開店当初は通常の利用者に向けて1階の闇酒場を開放するか否かが議論されましたが、これは最終的に非実際的と判断されました。

その異常特性のために、財団とニューヨーク市警察(NYPD)はどちらもSCP-3855の存在を把握/発見できませんでした。店主はこの事業と反・ミーム特性をマンハッタン区の他の場所へ拡張することを望んでいましたが、チャペルはこの案を拒否しました。チャペルの捕獲後に回収された1927年の書簡には以下のようにあります。

私がここまでやってこられたのは、誰かが持ち込んでくる馬鹿馬鹿しいアイデアを一つ残らず歓待しながらビジネスを回してきたからではない。慎重に事を進めたからこそここにいるのだ。もし我々が誰も存在を覚えていられない闇酒場でニューヨークを埋めれば、人々はいずれ、毎週末の夜に自分たちが何処にいたのか分からないことに気付き始めるだろう。我々は金の鵞鳥を持っている。その鵞鳥にダイヤモンドが散り嵌められていないというだけでは、宝石強盗に向かう理由にはならない。

発見: 1930年11月23日、シークレット・スピリットの元店主、アルベルト・ジョーンズが、別れた妻の住むブルックリン区のアパートに押し入ろうと試み、彼女の通報によって住居侵入罪でNYPDに逮捕されました。彼がシカゴ・スピリットに所属していることが警察に確認された後、検察は、ニューヨーク市におけるスピリットの活動の知識と引き換えに、彼の住居侵入罪を減刑し、他の犯罪行為を全て不問とする取引を持ちかけました。ジョーンズは申し出を受け入れ、その後間もなくシークレット・スピリットの存在を明かしました。SCP-3855の異常性とトリガーフレーズが警察に知られた時点で、NYPDに潜入していた財団エージェントが上層部に異常存在を報告し、上層部はシークレット・スピリット襲撃計画を立て始めました。

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アルベルト・ジョーンズ(1895-1932頃)の資料写真

SCP-3855は1930年のクリスマス、リチャード・チャペルがクリスマス祝祭のために闇酒場を訪れるというジョーンズのタレコミに続く襲撃で閉鎖され、財団の管理下に入りました。理由は定かでありませんが、チャペルは前以て襲撃計画を察知し、前日にシカゴへ引き返していました。医療職員の徹底的な解析でSCP-2680は精製されていなかったと確認された後、SCP-3855はセーフハウスとして再利用され、現在も財団の制御下にあります。

アルベルト・ジョーンズは連邦当局によって、保護拘置プログラムの一環としてメイン州へ移転させられ、以来バンゴーに居住していましたが、1932年10月27日、自宅から地元の食料雑貨店へ徒歩で出勤する途中に失踪しました。彼の帽子と上着は店から1km離れた場所で発見されましたが、闘争の痕跡は無く、何者かが彼を尾行していたという目撃証言も得られませんでした。上着のポケットからは“よく頑張ったな。隠れても無駄だ、告げ口屋”というメモが発見されました。

ジョーンズの運命に関する記録は1933年のシカゴ・スピリット閉鎖以降も発見されませんでしたが、現時点では死亡と推定されています。

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