SCP-4009
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実に丸2日かかった。

あなたがどれほどこの建物の階段を上り、どれほど警報付きゲートとレーザービームを迂回し、どれほど大勢の保安スタッフの目を掻い潜ってきたかは神のみぞ知る事だ。あなたはヴィヴァルディの“四季”に立ち向かい、チャイコフスキーの“1812年 序曲”の砲撃をかわし、シュトラウスの“美しく青きドナウ”を渡ってきた。グリーグの“山の魔王の宮殿”を横切り、ショパンの“雨だれ”を軽くあしらい、ワーグナーの炎に包まれた“ニーベルングの指環”を突破した。ベートーヴェンの猛威に耐え、バッハのハーモニーの間を縫ってやり過ごした。そして今、あなたは此処にいる。音楽省の最上階。どういう訳か、未だに生きている。若干濡れそぼってはいるが。

あなたは周囲を見渡す。すぐ目の前は、最小限の調度品しかない一本の長い廊下。廊下の終わりには一枚のドアがある。あのドアこそが目的地のはずだ。保安体制と危険な音楽障壁の分厚い層の裏に隠されているあの奥に、重要な物が存在しないはずがない。極秘の機密文書。貴方が抱える全ての問いの答え。だからこそあなたは此処まで延々這って来たのである。

答えだ、畜生。俺はただ、どうして一切がこんな有様になったか知りたいだけなんだ。

あなたはセーターに染み込んだ海水と雨水を鉢植えに絞り出してから、ドアへと向かう。

指紋センサーの付いたノブをひねる。ドアは施錠されていない。最後に出た者が鍵を掛け忘れたのかもしれない。直前までの保安対策がドアに施錠する必要性を否定しているのかもしれない。あなたが余りにも小物すぎて、何らかの認証にすら値しないだけかもしれない。

ドアを開けた先は小さな部屋だ。モーツァルトクーゲルの箱、モーツァルトの楽譜、モーツァルトの人形、モーツァルトのポスター、モーツァルトの土産物、モーツァルトの伝記、モーツァルトのぬいぐるみ、モーツァルトの大人の玩具(??)、モーツァルトのダッチワイフ(????)、その他モーツァルトに関わる全てが無闇やたらと積み上げられている。まるで狂信者のダンジョンのような場所だ。いっそ馬鹿馬鹿しいほど圧倒的にモーツァルト濃度が高い。

反対側の壁に貼られたモーツァルトの特大ポスターは、全くこの空気を緩和するものではない。

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フン。 “ビッグ・ブローツァルトはあなたを見ている”。神よ、一体この小僧はどこまで粋がるつもりなのだろう? あなたがこれまでの人生で見てきた中でもひときわ間の抜けたダサい代物である。奴は何を考えてこんな物を作ったのか? スローガンも威圧的というにはふざけ過ぎている。モーツァルトはまさか、自分がモーツァルトに陶酔しつつモーツァルトから監視されている状況を想像するのが好きだったりするのだろうか?

よし、あれの事は考えないようにしよう…

あなたはモーツァルトのガラクタの海からほんの少しだけ突き出している長方形に気付く。近くで見ると、テーブルに乗った小型ノートパソコンだ。ノートパソコンは開いている。画面上にできた埃の膜は、最後の使用者が電源を切り忘れて暫く経っていることを示唆している。

あなたはモーツァルトクーゲルの箱の山に座り、ノートパソコンを調べる。インターネットのタブが15個も開いているが、どうやら全てモーツァルト関連らしい。あなたは驚かない。あの小僧はやはり相当な問題人物だ。モーツァルトの下にセラピストを送ってみようかと考えてみる。どうせ真面目に受け取ってはもらえないだろうから、実現不可能だと分かってはいるのだが。

しかし、1つの目立つタブがあなたの注意を引き付ける。モーツァルトに関するものではなく、“SCP”という頭字語が表示されている。

グラモフォンでSCP財団について聞いた話を思い出す。最近、奴らはSCP財団とか何とかいう連中との同盟条約への署名が云々と放送している。このSCP財団はどうも外世界の強大な組織のようなものであり、人間と超自然の世界との関係を管理し、異常な現象を研究しているらしい。 憂慮するような同盟ではないという点を除いて、放送はあまりこの組織のことを語らなかった。

この同盟とはどういうものか、あなたは訝る。SCP財団は自分にとって助けになるだろうか。モーツァルトの圧政に苦しむ全ての者たちの助けに。過去の、現在の、そして未来のあらゆる作曲家や音楽家の助けに。




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SCP-4009

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SCP-4009で撮影された街路の写真

アイテム番号: SCP-4009

オブジェクトクラス: Safe

特別収容プロトコル: SCP-4009-A人口によって行使されるカースト制度は恒久的に維持されます。財団-モーツァルト同盟プロトコルは、SCP-4009領域内の社会秩序を確保するために常時継続するものとします。財団-モーツァルト同盟プロトコルの詳細は、レベル3/4009以上のクリアランスを持つ職員なら閲覧可能です。SCP-4009はこれ以外の点において自己収容状態にあり、最小限の収容プロトコルのみを必要とします。

説明: SCP-4009は、約900km²の領域を包括する異次元の全体主義都市国家であり、ドイツ・オーストリア地域に位置しています。SCP-4009は構造的にプラハの町と似通っており、ルネサンス期からヴィクトリア朝時代までの様々な建築様式の建造物から成っています。SCP-4009は通常、次元間の開口部が作成されない限りは、人間によるアクセスが不可能です。

SCP-4009にはSCP-4009-Aと指定されるヒト型実体群が居住しています。SCP-4009-A個体は肉体的に現生人類(Homo sapiens)と似通っていますが、およそ60%が異常な縦波で構成されており、物理的な栄養を必要とせず、生物学的に老化することもありません。SCP-4009-Aが持つ独特の特徴は、各個体が現在既に死亡している著名な古典音楽の作曲家および/または音楽家に対応しているという点です(例: ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト、フランツ・シューベルト、リヒャルト・ワーグナー)。SCP-4009-A個体の誕生プロセスは本稿執筆時点では十分に理解されていませんが、対応する人間の死亡時に自然発生的に出現すると理論上想定されています。

あなたは、突然現れるのをその目で見た全ての有名な作曲家たちのことを考える。バッハ、ハイドン、リスト、そういった人々だ。音楽が生まれ出づる祝福されし地に帰りついたような気分だと、或いは何か似た趣旨の事を彼らが言っていたのを思い出す。彼らをこの音楽家の天国へと迎え入れたのを思い出す。突然、あなたは自分がどれほど高齢かを自覚する。

読むのを一旦止める。少しの間、その気付きに思いを巡らせる。記憶が頭の中に勢い良く流れ込み始める。

天国がモーツァルト漬けではなかった幸福な時期の思い出。天国がずっとマシな場所だった幸せなひと時。

あなたの昔の記憶は時間と共にぼやけつつあるが、過去数十年間にわたって耳に押し込まれている大量のプロパガンダにも拘らず、まだ頭の中に残っている。あなたは目を閉じ、昔に思いを馳せる。

束の間、あなたは平和を感じる。この土地は自由で民主的だった。作曲家と音楽家は平等に権利を持ち、平等に物を言い、そして主だった音楽規範カノンの座にいた者たちは — つまり、まとめ役は — その時々の芸術的風潮に最適なスタイルと志向を常に更新し続けていた。特定の音楽スタイルを巡っては度々熱心な議論が交わされたが、音楽規範の現状を損なうほどに過熱したことはなかった。人生は素晴らしく、結局のところは誰もが古典音楽家であり、音楽と芸術に対する相互の情熱が皆を緊密に結んでいた。

今は事情が違う。あなたはどうしてこんな事になったか見当も付かず、未だに困惑している。今では何もかもモーツァルトだ。いつこんな事が起きたかさえ、あなたには分からない。大戦の後に始まったのだろうと見積もってはみても、それは2年前か、それとも5年前か、10年か、20年か、50年か。何処に行っても“モーツァルト”の名前が聞こえる。いかに彼が非凡であったか。 彼は4歳で初めての協奏曲を書きました。初めての交響曲は7歳の時。12歳で本格的なオペラ。 いかに彼が多作であったか。 35年という短い生涯で、モーツァルトは知られているだけでも626曲を手掛けました。その一つ一つが客観的に見て傑作なのです。 いかに彼の音楽を聴くという行為が人々を知的にするか。いかに彼が他の作曲家たちと一線を画す神に愛されし天才であったか。いかに彼が古典音楽史上で最も偉大な作曲家であったか。そしてそれが果てしなく延々と続く。全ての音楽番組にモーツァルトがいる。全てのラジオやスピーカーからモーツァルトが演奏される。映画に、戯曲に、芸術に、文学に、モーツァルトが登場する。モーツァルト、モーツァルト、またしてもモーツァルト。モーツァルトからは逃れられない。

ビッグ・ブローツァルトはあなたを見ている。

的を射たスローガンかもしれない。

更なる情報に好奇心をそそられ、あなたは文書を読み続ける。

SCP-4009-A個体の大半は現実改変縦波の自発的放出が可能であり、その強度は各作曲家/音楽家の大衆文化における知名度と直接比例します。現実改変の影響は、各個体の個人的嗜好や創造的努力によって様々です。

SCP-4009-A人口は、対応する作曲家/音楽家の現実世界での相対的人気を基にして、個体が異なる社会集団に分かれるカースト制度を維持しています。一例として、最高位のSCP-4009-A個体群は最も評判の良い作曲家に対応しており、個体群の相対的地位の再編は毎年2回行われます。個体のライフスタイルは地位によって決まります — 高位個体には上質な料理やアルコールへの自由アクセス権があり、インフラストラクチャー、組織統治、芸術に関するプロジェクトへの強い関与が確認されています。一方で下位個体は平凡な物資へのアクセスのみが認められ、ハウスキーピングなどの単純労働に従事している傾向があります。

あなたは、かつての自分が評判の良い作曲家だったことを思い出す。そう、大いに尊敬されてすらいた。あなたはヨハン・パッヘルベル、大胆不敵のオルガン奏者、堂々たる作曲家、あらゆる面で模範的な人物だった。偉大なヨハン・ゼバスティアン・バッハでさえ、あなたの作品を知って研究しなければ成功できなかっただろうと人々に語った。あなたは綺羅星でこそなかったかもしれないが、認められ、敬われていた。全ての芸術家がそうあるべきように、基本的な人間並みの礼節を以て扱われていた。

今、あなたはヨハン・パッヘルベル、誰でもない者、煌めく荘厳な精神の海に沈むつまらない小石だ。その人生で西洋音楽史に残した唯一特筆に値する貢献が“パッヘルベルのカノン”とかいう演奏過剰の下請け仕事である、記憶する価値も無い三流の凡人。現在、“カノンの奴”であること以外で注目すべき特徴と言えば、用務員であること、そして時々不可視になるらしいということ。社会的な地位の再編ですらあなたの立場は変わらない。あなたはいつもカーストの最底辺にへばりついている。今以上に落ちぶれることはないという考えがせめてもの救いだった。

あなたは自分と同胞たちが押し込められているこのカースト制度を熟考する。音楽規範がずっと昔からどのように変化してきたかを示す一本線だ。かつて流動的だった音楽規範は今、一貫して3人の特定人物を頂点に据えるものへと変質している。ベートーヴェン、バッハ、そしてモーツァルトの名で通っている例のあいつだ。何故ベートーヴェンとバッハが、古典音楽の何たるかを確立するにあたって最重要視されているのかは理解できる。ベートーヴェンの作曲に対する真新しく希有な見解は、古典音楽に革命を起こし、それを工芸から芸術に変えた。バッハの調律法、鍵盤使い、優れた技術は高い評価を得ている — メンデルスゾーンという名の作曲家が世界中で熱心にバッハの作品を宣伝して以降は、特にそうだ。

しかし、モーツァルトは? 奴が成した事は、こんなに高い地位を得られるほど大したものなのか? 第一、奴は何故こんなにも地位が高いのか?

あなたが最初に疑ったのはメンデルスゾーンだ。あなたはこの人物についてほとんど耳にしたことが無い。聞いた話によれば、彼は音楽史の研究と保存を行う重要性を確立するのに尽力し、音楽規範の基礎を築いたという。モーツァルトはその件で熱烈にメンデルスゾーンを誉めそやしている — 自分たちが存在するのはひとえにメンデルスゾーンのおかげだとさえ言っている。

しかし肝心なのは、あなたがメンデルスゾーンの姿を一度も見たことが無く、放送で話しているのも聞いたことが無いという点だ。あなたには彼が実在しているかさえ分からない。場合によってはモーツァルトがプロパガンダ目的ででっちあげた架空の作曲家である可能性が大いにあり得る。何と言っても、事実は出揃っているのだ。放送はメンデルスゾーンがモーツァルト並みに早熟な伝説的天才であり、モーツァルト同様に十代にして傑作を書き、若くして悲劇的に死んだと語っている。19世紀のモーツァルト。この登場人物は全く以てモーツァルトではございません、という訳か。

あなたはモーツァルトのプロパガンダの馬鹿馬鹿しさを思う。偶然にも、文書の次の段落は、モーツァルトが街の全ての作曲家にプロパガンダを届けるための技術に触れている。あなたは読み進める。

SCP-4009-A人口の上位個体は、SCP-4009内で広く使用されている異常な技術を考案しています。SCP-4009-Aが開発する技術には周辺空間のヒューム安定器、記憶空間ライブラリ、輸送を容易にするため折り畳んで貨幣サイズの平板に変形できる楽器などがあります。SCP-4009の異常技術の中でも特に普及しているのは“グラモフォン”の名称で知られるラジオのような装置であり、内耳に埋め込む形式で設置されます。この装置は異常な縦波伝送を拾うことが可能であり、またある個体の思考を、同じ装置を保有している他多数の個体へ思念として伝達できます。この装置は通常、古典音楽とニュースを放送しています。放送は脳音受信装置(CSRD)に接続された一個体の思考が大規模送信されることで行われています。財団の技術と収容用品をさらに向上させるためのSCP-4009異常技術の研究が承認され、現在進行中です。

グラモフォン。どんな見た目をしているのか、いつ耳の中に入ったかも分からないが、その機能についてははっきりと理解している。専らグラモフォンが古典音楽とニュースを放送しているという記述は正確だ。しかしこの装置は、人々がお互いを何と言いどう思っているかも伝えてくる。これが最悪の要素だ。大抵の作曲家は概ね肯定的な反応を受けているのに、あなたに限って言えば、ほぼ全てが個人攻撃と申し訳程度の称賛である。無価値。チェリスト嫌い。一発屋。余りにも頻繁に聞かされるせいで、全ての中傷を暗唱できるほどだ。今では侮辱にも幾分慣れてしまったが、自分の話が持ち上がった時に感じる微かな心の痛みはどうしようもない。音量を下げられるのはまだしも幸いだ。

普段あなたが放送で耳にするのは、シューベルトという作曲家の籠ったテノールの声だ。丸眼鏡をかけた優しげな顔の作曲家で、モーツァルトに心酔しており、歌うのを好んでいる。シューベルトの奴も少しおかしい、とあなたは感じている。陽気で取り澄ました風に振る舞っているが、彼の話し方には何処か、不自然で機械的な印象を与えるものがあった。彼の口上も原稿を読み上げているように聞こえる。

あなたはシューベルトについてもう少し深く考える。あの男はまるでコンピュータだ。自律性を持たず、24時間365日自動で動き続ける機械のようで、休憩を取る様子もなければ不満の兆しも示さない。シューベルトがこれまで一度もどもらず、疲れず、不幸せな思いもしていないというのは実に不気味だった。それに、聞こえてくるのはあいつの思考のはずではないか? 何故あいつの思考はあんなに堅苦しくて生気が無いのか? どれだけの外部情報があいつの頭を通過している? そもそもシューベルトは自力で思考できるのか?

「シューベルトは研究所培養の梅毒トレポネーマ株で神経を増強されており、一度に最大10,000人分の思考を処理、伝達することができます! シューベルトは誰よりも信頼のおけるニュースキャスター、意見メッセンジャー、そしてDJであり、常に最新情報をお届けします! さぁ、あなたのグラモフォンでシューベルトと繋がりましょう!」

噂をすれば影が差す。まさにその瞬間、シューベルトお決まりの台詞の1つがグラモフォンから響いてきた。偶然に過ぎないと一蹴したところで、不気味なことに変わりはない。

この程度で済んで良かった、あなたはそう思う。少なくとも五分間不協和音ほど不穏ではない。五分間不協和音は考えるだけでも少し辟易する代物だが、いざその時には誰もが否応無しに最大音量でそれを聞かされる。“異議”に対するけたたましい警告と、モーツァルトを害するという重罪を犯した過去の人々の話が語られる5分間。通常、犯行は嫉妬と憎しみによるサボタージュ行為で、その証拠は大抵モーツァルトや当局を何らかの形式で批判したというものだった。犯人たちはいつも公然と辱めを受け、内臓がホルンのように捻じれるかと思うほど痛烈な言葉でこき下ろされた。不協和音が自分に触れることは絶対に無いと分かっていても、それが放送されると、あなたには恐怖と恥辱が圧し掛かってきた。

不協和音で最も頻繁に誹謗される罪人は、サリエリという名の作曲家だ。モーツァルトを永遠にその権威の座から引きずり降ろそうとした嫉妬深い陰謀家たちの最初の一人であり、最も卑劣な者だったと言われている。サリエリは残酷で、人を操るのが上手く、共感性に欠けるナルシストで、音楽に対する真の情熱を持たず、ただ注目だけを切望していたとされている。あなたはサリエリが捕らえられ、牢獄に送られたのに安堵していた。全く不愉快な人物であるように思われたし、そんな輩とは絶対に出くわしたくなかった。

しかし、あなたは心の何処かで、五分間不協和音の最中に語られたことを信じ込んではいなかった。あなたはずっと昔にサリエリと会ったのを漠然と覚えている。思い出せる限りでは、彼はまともな男で、胡散臭い事など何もしていなかった。いくら時の流れと共に人柄が変わると言っても、サリエリがプロパガンダのために不公平に貶められ、謂れの無い扱いを受けているのではないかという感覚は拭えなかった。何しろ、あなたはサリエリが何かを告白したり、暗い一面とやらを共有したりするのを一度も聞いたことが無い — それは一から十まで、大衆向けの放送で当局が言ったことだ。あなたはサリエリが不当に告発された可能性を受け入れている。いや、彼の名が悪用されている可能性すらある。

あなたの一連の思考は、社会の変遷が如何に人々を変えてしまったかの更なる熟考へと繋がる。全くのところ、全ての作曲家がサリエリやシューベルトのようになってしまったかのようだ — 操られ、優位を取られ、一切の自主性を剥ぎ取られている。こうした楽才ある人々はかつて独立した一個人だった — 今の彼らは一人の男の気まぐれに唯々諾々と従っている。彼らはかつて大胆で自信に溢れていた — 今の彼らはあたかも一人の男に比べれば何でもないかのように振る舞っている。あなたは顔を歪める。こんなのは馬鹿げている。間違っている。まだ誰もこれに対する行動を起こしていなかった。皆が劣等感を押し付けられているからだ、あなたはそう確信している。モーツァルトは余りにも力強く、自分たちではとても敵わないので、敢えて声を上げようとする者はいないのだろう。あなたは血が煮え立つのを感じる。

落ち着け、ヨハン。癇癪を起こせば、すべきでない事を言ったりやったりする羽目になる。もししくじったらお前は一巻の終わりなんだぞ。身を隠し続けなきゃならない。

深呼吸して怒りを飲み下す。最終段落の下には長い空白がある。暫くスクロールする。



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注記: 当ファイルは公式なSCP-4009文書の大量配布を意図した要約版です。完全版の文書、並びに財団-モーツァルト同盟プロトコルへのアクセスは、レベル3/4009以上の職員に制限されています。SCP-4009に関する更なる質問は、プロジェクト主任のフランシス・スワード博士にEメールで提出してください。



終わり? これがこのファイルの全て? 多分後日に郵送で受け取るであろう要約のコピー? あなたは騙された気分になる。不公平だ。とは言え、大物たちからすればあなたの価値など埃の塊と良い勝負なのだから、公平な扱いなど期待できない。あなたはウェブページを精査する。おそらくある程度の権威者である財団職員、フランシス・スワード博士のEメールアドレスがページの一番下に小さく印字されている。彼らとコンタクトを取らなければならない。この連中は自分たちが何と手を組んでいるのか全く分かっていない。この全体主義の狂気を食い止めて皆を救ってくれというメッセージを送ろう、あなたはそう考える。他に選択肢は無い。彼らと同盟を結んだモーツァルトが悍ましく無慈悲な独裁者であるという真実を伝えるのだ。モーツァルトは民衆に劣悪な生活条件を強いていると。モーツァルトは民衆が決して—

「今日は何とも素晴らしい日です! 空は澄み渡り、万事は順調、至るところに美しい音楽! 調子はいかがですか? 少し気分が落ちていたって大丈夫、物事はきっと良くなりますし、あなたもきっと幸せになるでしょう!」

あなたの思考は例のごとく快活なシューベルトの声で都合よく遮られた。あいつは今日だけで全く同じ事を少なくとも5回は言っている。そして、いつになったら黙ってくれるのだろう? 口にチャックをしていれば、他人の考え事を邪魔する恐れは無いだろうに。

あなたは彼を無視しようと努める。何かに気を取られてペースを落とせば、破滅に繋がるかもしれない。

「いや失礼、脱線しました — 次の曲はモーツァルトのドン・ジョヴァンニ序曲です。かの作曲家が初演前夜までこの曲を執筆していたのを知っていましたか? それにも拘らず、同曲は未だに時代を越えた傑作です。これは、土壇場に大急ぎで仕上げたプロジェクトでも、熱心に取り組み、かつ天性の才能を上手く使いこなせば依然として優れたものになるという証明でもあるのです!」

「あぁ、いえ… 今は曲を流せません。私の信号が干渉されている! えーと… これは、えー、少々お待ちを、何処から来ているのか見つ… ああ! 8分音符のパターンが聞こえます! それと、これはニ長調です。うぅうむ、パッヘルベルのカノンに結構似てますかね? いや、これはどうも、違ったようです! 私はどうやら人間のラジオ局が発した音波を拾っているようだ! こんな失敗をしてしまい申し訳ありません。次のシューベルトはもっと上手く処理できるでしょう! それでは皆様、シューベルトとの再接続まで大体30分ほどお待ちください! チャオ!」

あなたは凍り付く。何かがおかしい。そして悟る。

奴に見つかった。

逃げろ。

逃げようとするが、部屋の外で響くブーツの音に動きを止められる。

今やあなたは囚われの身だ。逃げ場は無い。奴らが捕らえにやって来る。

ドアが勢いよく開く。踏み込むはヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト、うねるマントがついた式典用軍服に身を包むその姿は例のポスターに生き写しだ。誰かを切り捨てようとでもいうのか、剣を握っている。そしてあなたを見据えている。あなたの目を、真っ直ぐに。

きっと運命を受け入れるべきなのだろう。膝を屈して生き続けるよりは、立って死んでゆくほうが良い。

モーツァルトは床に剣を落とし、いきなり笑い始める。

「おいおい、そんなまさか! いったい何がノコノコ罠にはまりに来たかと思えば! 自分の顔見てみなよ。いやぁ、こりゃ痛快だ… モーツァルトな大人の玩具を見て君がどれだけ腹を立てたかだけでもまだ笑えるのに。まぁアレはね、相棒のリヒャルト・ワーグナーに感謝しなきゃいけないよ。あいつの発案なんだ。リヒャルト、この悪知恵の天才め… あぁ、そうそう! あのポスターもあいつが手掛けた! わざわざ僕のためにあのラブリーなのを描いてくれたんだから、そこは正当に評価しなきゃダメだぞ?」

更に笑う。全く心安らぐ笑いではない。

「もうね… 君は今日の放送のとびっきり愉快なスペシャルゲストだったからさ、これから無理矢理クソみたいな場所まで連行しなきゃいけないのはホントにホントに気の毒だ。実際今までで最高だったと思うね。真面目な話さ! 腹がよじれるぐらい滑稽だった…」

「なぁ、リヒャルト? ちょっと、こう、頼まれてくれるかな? 僕はあんまり爆笑し過ぎてケツを動かすのも億劫だ」

リヒャルト? ワーグナーも一緒にいるのか?

それ以上考える前に、オーケストラの全ての楽器が一斉に演奏される音が聞こえる。そして、もう何も聞こえない。






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あれから2日、3日、それとも4日は経っただろうか?

あなたにはもう全く見当が付かない。アパートに帰って来てはいるが、それ以外の事は殆ど定かでなかった。全ては悪い夢だったかのように思える。耳に鳴り響く笛と甲高いベルと残響の不調和な騒音。捻じれて舞い踊る壁の亀裂。手で周りを探ってみるが、足元には殆ど感覚が無い。同時に、あなたの身体は何処にも存在しないように感じている。疲れ、迷い、完全な混乱状態だ。

どうやってソファまで辿り着いたか分からない。あなたは横たわって眠ろうとするが、刺すような苦痛が背骨を下から上へと駆け上がる。ソファを掴んで身体を支えようとしても、痛みが腕の筋肉を刺し貫く。手首が痛い。指の関節が痛い。耳が痛い。頭も。どこもかしこも痛い。神よ、こんな事はやめてください。

痛みは僅かに薄れる。背骨は燃えているかのようだし、目と耳には糊が詰まったような感覚だが、それでも少しは落ち着く。

モーツァルトが家に、仕事に返してくれたのは運が良かった。他の反対者たちは大抵、監獄にいつまでも閉じ込められ、あちらこちらへ引きずられては永遠に殴り付けられるのだ。とにかく、彼らはそれに値するのではないか? 彼らはモーツァルトの座を奪うことを目論んだ、嫉妬深く計画的な陰謀者であったのだから、その罰に値する。改善と変化を拒んだ罪に値する。あなたは、少なくとも内省するという基本的な人間としての品位を保っている自分は、彼らよりもまともだと知っている。めちゃくちゃになった感覚が戻り、身体が痛まなくなったら、あそこに行って、自分がより良い人間になったと証明しよう。あなたはそう心に誓う。

微かなサリエリの記憶が脳裏をよぎる。あなたはそれを一蹴する。あの男は不憫な様子を装うのが上手かった。彼はただ、モーツァルトの才能をねたみ、関心を得られる物事を達成するに十分な努力の手間が面倒だったから、同情を買いたかっただけだ。かつての自分がサリエリは無実かもしれないなどと考えていたなんて信じられない。

ほんの少しずつ、記憶が滴るように頭の中に戻ってくる。嗚呼、俺はとんだ阿呆だった。かつて当局を疑っていたなんて信じられない。モーツァルトを疑っていたなんて信じられない。何かを疑っていたなんて信じられない。

勿論、モーツァルトは敵を排除する必要があった。彼は人生で苦労と苦痛に耐え続け、若き作曲家であった時期からずっと叩かれ続けていた。生きるというのは、彼にとって全く良いものではなかった。だから彼は愛されるに値する。才能ある彼は、称賛に値する。彼は全てを達成するために努力を重ねたのだ。勿論、モーツァルトは高い評価を得るに値している。そして彼は決して何者も抑圧しない — 彼は他の誰よりも多くの事を成し遂げたが故に、他の誰よりもこの栄誉に値するのである。

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