SCP-514-JP
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収容水槽内のSCP-514-JP。

アイテム番号: SCP-514-JP

オブジェクトクラス: Euclid

特別収容プロトコル: SCP-514-JPはI5サイト群大型海洋生物飼育エリア内の収容水槽に、3頭を上限として収容されます。SCP-514-JP収容水槽に潜水する際は必ず事前に聴覚遮断薬を服用した上で、専用の高遮音性イヤホンを装備してください。潜水時間は30分以内に留めてください。

パターン-514の録音音源はI5サイト群の孤立サーバーに保存されています。実験などの目的で音源にアクセスする場合はI5サイト群管理部門の許可が必要です。

収容上限を超えて確保されたSCP-514-JPは殺処分してください。SCP-514-JPの死骸は一切の異常性を持たないため、処分を担当したサイト内で食用に供することが許可されています。

説明: SCP-514-JPは異常な習性を示すザトウクジラ(Megaptera novaeangliae)です。これまでに世界各地の海洋で発見されていますが、とりわけ小笠原諸島周辺の海域での発見例が多い傾向にあります。通常のザトウクジラは主に交配期に、短いフレーズの反復からなる"歌"と称される音を発することが知られていますが、SCP-514-JPは通常の"歌"とは大きく性質の異なる音(パターン-514と指定)を発します。

SCP-514-JPは海中で遭遇した人間あるいは人工物に対して強い興味を示し、積極的に接近した上でパターン-514を発します。パターン-514を発している間、SCP-514-JPは人間や人工物の近傍を周回し続けます。これら一連の行動は交配期に限られるものではなく、また雌雄のいずれにおいても見られます。

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パターン-514のスペクトログラムの一部。

音響スペクトログラムを用いた分析によれば、パターン-514には明確なフレーズの反復が存在しません。周波数は25Hzから10kHzの間で頻繁に上下し、長さは約40分間です。

パターン-514は人間に対し、聴覚を介した認識災害をもたらします。パターン-514を聴取した人間(以下、対象という)は1分以内に昏睡状態に陥ります。昏睡中の対象はレム睡眠時に近い状態となり、急速眼球運動や覚醒時同様の脳波が観測されますが、外部からの刺激によって覚醒することはありません。

パターン-514の聴取開始から約15分以内に聴取が中断されると、対象は昏睡状態から覚醒します。覚醒後の対象は昏睡中に夢を見たことを報告しますが、報告される夢の内容はほとんど全ての例において共通して"自分の乗っている船が激しい嵐に遭い、沈没する"というものです。パターン-514を15分以上聴取し続けた場合、対象は聴取終了後も覚醒せず、そのまま脳機能が停止して死亡します。

SCP-514-JPは他のザトウクジラ個体に遭遇した場合にもパターン-514を発する場合があります。通常のザトウクジラ個体がパターン-514を聴いた場合、その個体はSCP-514-JP同様の習性を示すようになる、すなわち新たなSCP-514-JP個体となることが判明しています。

発見経緯: 2005/05/25、伊豆小笠原海溝の海溝軸直上付近を航行していた海洋研究開発機構(JAMSTEC)所属の学術研究船"███"が、"乗船中の研究者多数が突如意識を失った"という旨の118番通報1を発しました。通報当時、███は海中で生じる音の分析のため、海溝内に水中聴音機を投下する実験を実施していました。状況の不可解性から当事案は財団I5サイト群に移管され、海上にて███の調査および検疫が行われました。調査の結果、乗船していた研究者10人、乗組員3人、計13人の死亡が確認された他、事案発生時に水中聴音機によって録音されていた音声の認識災害特性が判明したため異常物品として確保されました。当該録音にはパターン-514が明瞭に記録されており、これを船内にて再生したことが当事案の発生原因でした。

同年06/18、上記事案発生地点付近を探索していた財団所属の音響測定艦"ねねこ"が1頭のSCP-514-JP個体を発見し、異常性を確認。艦船4隻を投じた捕獲作戦の末に同個体は確保され、I5サイト群大型海洋生物飼育エリアに移送されました。

補遺: パターン-514の対象となったDクラス職員D-3028が意識喪失から脳機能停止までの45分51秒間に示した脳波の測定データを基に、脳情報デコーディング技術を用いた夢の可視化が試みられました。試みは成功し、対象からの報告からは得られなかった情報を含む夢の詳細が明らかになりました。以下は可視化された内容の概要です。
意識喪失からの経過時間(mm:ss) 夢の内容
01:42 対象は大型船舶の甲板上らしき場所にいる。甲板上では多数の人物が動き回っている。周囲の天候は強い嵐であり、甲板は激しく揺れている。風景の見え方や他の人物との比較から、対象は身長140cm前後の人物の視点に立っていると推測される。
03:15 船の乗組員と見られる壮年男性が対象を抱え上げ、甲板の縁へ向かう。
11:19 壮年男性は対象を抱えたまま甲板の縁から下ろされた縄梯子を降り、海上に浮かぶ小さな木製のボートに乗り移る。
20:30 高波に呑まれ、ボートが転覆する。対象は海中へと沈んでいく。
31:06 対象は海中を漂っている。視界前方に大きな未知の生物が泳いでいる。生物はウミガメに似ているが遥かに巨大で、頭部に牛の耳のような一対の突起がある。生物の甲羅の上に女性が立っている。女性はピナフォア2を着用し、右手にトランクを提げ、こちらに向かって何かを話しているように見える。
39:21 女性の背後にザトウクジラが出現する。ザトウクジラは女性の頭上を通過し、口を大きく開きつつ対象に向かって接近する。
40:19 対象がザトウクジラに飲み込まれる。

収容違反記録514-JP-003: 2009/09/16、81地域内の16箇所のサイトで同時多発的な収容違反が発生しました3。このうちI5サイト群海上サイト-8170では第一プラットホームの収容管理システムが暴走、施設内の放送設備よりパターン-514の録音音源が大音量で再生された結果、62人の職員が昏睡状態に陥り、61人が脳機能停止により死亡しました。

昏睡した62人のうちの1人である青柳研究員は、これまでのあらゆる事例に反し、40分間に渡るパターン-514聴取を終えた後も脳機能の低下を示さず、昏睡から4日後の09/20に意識を回復しました。覚醒後の健康状態は良好であった一方、青柳研究員は覚醒直後よりしきりに記憶の混乱を訴えました。以下はSCP-514-JPの研究を担当していた烏森博士が青柳研究員に対して行ったインタビューの記録です。

インタビュー記録514-JP-103

対象: 青柳研究員

インタビュアー: 烏森博士

<録音開始, 2009/09/21>

烏森: 只今よりインタビューを開始します。まず、貴方の名前と所属を名乗ってください。

青柳: I5サイト群科学部門、青柳香也子です……そうだったはずです。

烏森: 貴方は先日、SCP-514-JPの歌を聴いて昏睡し、そして例外的に目を覚ました。間違いありませんか。

青柳: どうでしょう……すみません。よく憶えていないんです。そういう経緯だと、聞かされてはいますが……。

烏森: そうですか。そして、目を覚まして以降、貴方は……今のやりとりからも察せられますが……記憶の混乱を、強く訴えている。これについて、詳しく教えてください。

青柳: はい。なんと言うか……私は青柳香也子という人間です。その筈なんですが、まるで、それが全く間違っているように思うんです。

烏森: 自分は青柳香也子ではない、と?

青柳: そうです。何もかも違うんです。名前も、体つきも、言葉も、性別さえも。

烏森: しかし、貴方が青柳研究員でないなら、貴方は一体何者だと。

青柳: 津田です。僕は……。

烏森: 津田?

青柳: 僕は津田正夫。小笠原の父島に住んでいて、あの日は船に乗って東京に上る筈でした。途中で台風に遭って、僕達の乗った船は沈んだ。ボートに移ったけど、それもひっくり返って、僕はそのまま溺れて……ああ、違う。私は僕なんて言わない。私は青柳香也子だ。津田なんかじゃない。

烏森: 落ち着いてください。苦しいでしょうが、その、津田正夫としての記憶の、続きを聞かせてください。

烏森: 僕は海の深くに沈んで、そこで不思議な人に会いました。目の前に、大きな亀に乗った女の人がいました。亀に乗っていたから乙姫様だと思いました。乙姫様は可哀想だと僕に言って、それから素敵な所に連れて行くと言いました。でも竜宮城に行くとお爺さんにされるから、僕は生き返って日本に帰りたいと言いました。そしたら乙姫様はそうしてあげると言って……後は、大きな鯨が現れて、一口に食べられたかと思うと、ここにいたんです。何故かこんな体になって……。

烏森: ありがとう。よく解りました。大丈夫ですか、青柳研究員。

青柳: だから僕は……そうです。私は青柳です。この記憶は私を乗っ取ろうとしています。私の頭に、僕の記憶を無理矢理捩じ込む。他のみんなは拒絶反応で死んでしまった。でも私の頭は僕の記憶に適合してしまった。博士、私は殺されそうです。僕は私を殺そうとしている。僕が生きるには私が死ぬしかない。私が死ねば僕は僕として完全に生き返ります。でも私は死にたくない。こんなのは違う、こんなのは甦りじゃない。私は僕じゃない。僕は……博士、私は誰に見えますか? 私は誰ですか?

烏森: 青柳研究員、貴方は青柳研究員です。私にはそう見えます。

青柳: お願いです。僕を殺してください。記憶処理でやれるはずです。私が僕に殺される前に。私は死にたくない。お願いします。

烏森: 既に検討中です。近日中には……。

青柳: 博士。

烏森: はい?

青柳: 僕も、僕も死にたくない。

烏森: インタビューは一旦中止しましょう。ゆっくりと頭を落ち着かせてください、青柳研究員。

<録音終了>

インタビュー中で言及された"津田正夫"なる人物について調査したところ、19██年に小笠原諸島沖で発生した海難事故において、同名の人物(当時10歳)が行方不明となっていることが判明しました。当該人物とSCP-514-JPとの関係について、調査が継続されています。

2009/10/01、I5サイト群管理部門、医療部門、倫理委員会の三者によって青柳研究員に対するクラスF記憶処理が承認され、記憶処理課により実行されました。結果、認識災害の除去には成功したものの、副作用としてエピソード記憶の85%が喪失し、自己同一性に31%の変異が生じました。青柳研究員は現在、7日に一度の定期検査およびカウンセリングを受けつつ職務に復帰しています。

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