アイテム番号: SCP-521-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-521-JPは、サイト-81██の、低脅威度収容室に保管してください。室内の四隅には小型のスクラントン現実錨を設置してください。監視時、担当職員はカント計数機のヒューム値の増減に注意してください。収容室内の内部には土や砂利の袋、工具などを配置し、建設会社の倉庫であるかのように偽装してください。オブジェクトが活性化する兆候を見せた場合は収容室内に配置された砂や土の袋を開け、SCP-521-JPの荷台に内容物を注ぎ込んでください。作業に従事するDクラスは、土木作業経験のあるものを配置してください。一連の作業は、SCP-521-JPが自身に対して抱いている思い込みを否定・抑制する効果を持ちます。
SCP-521-JPの収容違反が発生した場合、収容プロトコル「スピード」が実行されます。警官に偽装した機動部隊が大規模な交通規制を行います。標準的カバーストーリー「暴走族の抗争」「一斉検挙」を流布してください。エージェント及び機動部隊ひ-88(”走り屋たち”)は交通機動隊と暴走族に偽装、SCP-521-JPを追尾してください。SCP-521-JPが非活性化するまで追尾を続行、非活性化後に確保・収容を実行します。
説明: SCP-521-JPは知性と現実改変能力を持つ土木作業用の手押し車です。SCP-521-JPは自身をハイエンドモデルのスポーツカーだと思い込んでおり、荷台に土砂などの積載物が搭載されていない状態で放置すると不完全活性化し、車輪を使って走り始めます。速度は時速12kmで、自転車と同じ程度のスピードです。配置された場所を中心に円を描くように走り回り、その状態を30分から1時間程度継続します。円運動を続ける間、SCP-521-JPは乗用車の排気音に酷似した音を出します。
不完全活性化から1時間経過した時点でSCP-521-JPは完全活性化し、現実改変能力を発現します。周囲のヒューム値を低下させ自らをジャガー・XJ220に変化させます。完全活性化時、SCP-521-JP車体内にはドライバー、エンジンタンク内にガソリンを生成します。活性化が完了したSCP-521-JPは、至近距離に存在する道路に転移します。転移を終えたSCP-521-JPは、ガソリンが切れるまで路上を走り続けます。
SCP-521-JPは一般道を走る際は法定速度を遵守し、走行速度は60km/h程度となっています。一般道を抜けて高速道路に入ると、SCP-521-JPは速度を上昇させます。速度は時速100〜300km/hであり、0-100km/hの加速は3.9秒です。スペックはジャガー・XJ220のそれと一致します。
SCP-521-JPは、高速道路上を走行する車両を追い抜こうとする傾向が見られます。一般的な乗用車、二輪車、トラック、ワゴン車などについては追い抜こうとする傾向は見られませんでした。対象となる車種はスポーツカーのみです。追い抜かれた車両は、土木作業用の一輪車へと変化します。変化した車両はドライバーを荷台に乗せたまま、高速道路から一般道の路肩に転移します。ガソリンが切れるとSCP-521-JPは不活性化し、元の手押し車に戻ります。
メーカーは東京都███に存在する総合機器メーカー██商事ですが、██商事が製造した手押し車は広く市場に流通しており、SCP-521-JPと同じ製品には異常性が認められない事から、███商事がSCP-521-JP製造時に異常性を付与した可能性は極めて低いと考えられます、
2009年東京都███市の工事現場で、SCP-521-JPの異常性が発現し、財団の目を引きました。
作業に従事していたのははゼネコン業者███建設です。███建設は中小規模の企業であり、東京都███市在住の高田███氏の注文を受け、一軒家の建築作業中でした。オブジェクト活性化の際に、工事現場作業員██名及び付近の高速道路を走行していたドライバー██名の死傷者が出ています。財団はSCP-521-JPを追尾し、確保・収容を実施、現在に至ります。
下記のログは、収容プロトコル策定の為に行われた実験記録です。
実験記録001
実施方法: 収容室にスクラントン現実錨とカント計数機を設置安置した状態での観察
結果: SCP-521-JPは、タイヤを使って室内を円を描くように走り回った。30分経過後、排気音に似た音を発し始める。ヒューム値は標準の状態。
分析: 活性化の兆候を確認、次の段階に移る──███博士
実験記録002
対象: SCP-521-JP
実施方法: SCP-521-JPを、タイヤ・バケット・フレームの三つのパーツに分解する。
結果: 収容室内のヒューム値が低下。SCP-521-JPは即座に自身を再構築し、手押し車に戻った。収容室内のヒューム値は標準に戻る。
分析: 現実改変能力は強いようだ、解体して収容・保護する方法は取れないな───███博士
実験記録003
対象: SCP-521-JP
実施方法: 実験02と同様にSCP-521-JPを解体、解体前後のヒューム値の増減を確認する。
結果: 解体後、収容室内のヒューム値が低下。SCP-521-JP再構築後、ヒューム値は標準値となる。
分析: 活性化を止める方法が分かるまでは、応急処置として解体を行うこととする──███博士
実験記録004
対象: SCP-521-JP
実施方法: SCP-521-JPを100Kgの錘に鎖で繋ぐ
結果: 鎖に繋がれた状態で前後運動をしたのち、現実改変能力が発現。錘と鎖が消失。
分析: 障害物を認識している、どうやら外部の刺激に反応するだけではないようだ──███博士
実験記録005
対象: SCP-521-JP
実施方法: 後述のインタビューログ03に基づき、SCP-521-JPが安置されていた倉庫の状況を再現。
結果: SCP-521-JPは排気音を発し、床の上を円を描いて走り始めた。その後に活性化の兆候を見せたため、解体。SCP-521-JPは現実改変能力を発現、自身を再構成した。
分析: 周囲の状況を認識できているようだ──███博士
実験記録006
対象: SCP-521-JPとD-58234
実施方法: SCP-521-JPがDクラスを認識するかの実験
結果: SCP-521-JPはD-58324の周囲を走り回った。収容室内のヒューム値は標準
分析: やはり、こいつには認知機能がある──███博士
実験記録007
対象: SCP-521-JPの認知実験
実施方法: SCP-521-JPとの意思疎通
音声、モールス信号、無線、絵文字、ボディランゲージなどを使用してオブジェクトとの意思疎通を試みる。
結果: SCP-521-JPは排気音に似た音を断続的に発振し、モールスでの意思疎通にのみ応じた。
返答は「オレ ハ ジャガー ダ」のみ。
分析: こいつは自分自身をジャガーだと思い込んでいるようだ──███博士
実験記録008
対象: SCP-521-JP
実施方法: 後述のインタビューログに基づき、SCP-521-JPのバケットに砂利を入れる。
結果: 周囲のヒューム値が低下、活性化の兆候を認めたためSCP-521-JPを解体。SCP-521-JPは現実改変能力を発現、自身を再構築した。
分析: 状況を再現できていない、やり直しだ──███博士
実験記録009
対象: SCP-521-JPとD-54632
実施方法: SCP-521-JPのバケットに砂利を入れる。作業は土木作業経験者のDクラスが実施する
結果: SCP-521-JPが運動を停止、ヒューム値は標準値をキープする。
分析: 成功だ、これを以って収容プロトコル策定とする──███博士
以下は、事件関係者に対するインタビュー記録です。
事件の生存者に対し、インタビューを行いました。
対象: ゼネコン業者███建設の現場監督 村田███氏
インタビュアー: ███博士
付記: 本インタビューは、産業医によるカウンセリングという偽装の元に行われています
<録音開始 2009/07/12>
███博士: では、事件当時の状況をお聞かせください。
村田: ああ、産業医にかかるなんて久しぶりでね。どこから話していいものやら……
███博士: ひとまず、事が起きた順に話して頂けますか。
村田: わかった。あれは、俺たちが基礎工事を始めた時だった。地ならしが終わって、その後に基礎の型枠を地面の上に作って、そこにコンクリを流し込んだ。その後5日間は養生した。
███博士: 作業に支障はありませんでしたか?
村田: 順調だったよ、基礎は問題なく固まってた。掘った部分を埋め戻して、基礎の上に木のレール敷いて、基礎のくぼみの部分にネコでコンクリを流し込んだ。あれはその最中に起きたんだ。
███博士: ネコというのは、手押し車ですか?
村田:そうだ。あれが突然、揺れ始めたんだ。最初は地震でも起きたのかと思ったが、揺れてんのはあのネコ一台だけだった。何かの勘違いだろうと思って作業を続けさせたんだ。
███博士: その後、どうなりましたか。
村田: ネコを運んでた奴がレールから落ちて骨を折った、ネコは基礎のくぼみの中に落ちていた。どうしたんだって駆け寄ったらネコが勝手に動き出した、ネコがくぼみから飛び出して、ぐるぐる回り始めた。
███博士: その時に、事故が起きたんですね。
村田: ああ、気がつくと工事現場を外車が走り回ってた。そこにいた奴らは全員轢き殺されるか、跳ね飛ばされて重症だ。俺は型枠のくぼみに頭を抱えて隠れてた、どうにかしようとしたが、野郎は早すぎてどうしようもなかった……生き残ったのは俺と、骨折って倒れてた若いのだけだ。
███博士: それが、事故の全容というわけですね。
村田: そうだ、会社の奴に話したって信じちゃくれなかった。なあ先生、俺はまともだよな?
███博士: どうやら、事故の後遺症が残っているようですね。
村田: ちくしょう、あれ以来ずっと夢に出るんだ。忘れちまいてえ……
███博士: ご安心を、出来る限りの事をさせていただきます。
<録音終了 2009/07/12>
終了報告書: インタビュー後、村田氏及び███建設社員にクラスC記憶処理を実行しました。
さらなる調査のため、事件の生存者にインタビューを試みました。
インタビュー対象は現在東京都███区の███病院に、上腕部骨折で入院中です。
███病院は財団フロント企業が経営しており、オブジェクト活性化時に███病院へ救急搬送されています。
対象: ███建設社員金山███氏に対するインタビュー
インタビュアー: ███博士
付記: ███博士は金山氏の担当医としてインタビューを行なっています
<録音開始 2009/07/14>
███博士: 金山さん、お加減はいかがですか?
金山: ええ、おかげさまで。どうにか生きてますよ。
███博士: あの時の話を聴かせて頂きたいのですが、よろしいですか?
金山: 事件が起きた時の、ですか。それは……
███博士: 治療の一環だと考えてください。
金山: わかりましたよ……先生はご存知なんですか、アレの事。
███博士: 村田さんからお話を伺いました、ネコについてもう少し詳しくお願いします。
金山: 大丈夫ですか?警察に言ったり、しないですよね。
███博士: ご安心ください、秘密は守りますよ。
金山: じゃあ話します。一週間ほど前でした。現場が終わって、機材を車に積もうとしたら、車道側にあのネコが置いてあったんです。
███博士: 以前から使っていたものでしょうか。
金山: ええ。で、おかしいなって思ったんです、ネコは基本的に、現場の敷地の内側に置くようにしてました。だからあれ見た時、誰があそこに置いたんだって思いました。監督にも叱られました。
███博士: それは災難でしたね。
金山: 参りましたよ、若い奴ら全員説教で。監督は怒って先に帰っちゃうし、腹が立ったんで………
███博士: どうしました?
金山: あのネコにワイヤーくくりつけて、車で引きずってやりました。あの時の現場は結構ハードで、それがようやっと終わった途端にあれですから、みんな気が立ってたんです。
███博士: 道交法や現場の安全性から鑑みると、良い事だとは思えませんが……
金山: 言ったでしょ、気が立ってたんだって。それに、やろうって言い出したのは俺じゃない。同僚に鈴木って奴がいて、そいつが言い出した事ですよ。ネコを誰が置いたか分からないってんなら、誰が悪いわけでもないでしょ。悪いのはこのネコなんだって。
███博士: なるほど
金山: 俺の車……ジムニーで、ウィンチ付いてるんですけど、それでネコのハンドルにワイヤーくくりつけて引きずって走ったんです。職場で仲のいい田中と谷口と鈴木の三人が一緒に乗ってて……ちょうどその日はクルマも少なかったし、適当に走ったら引き返そうと思いました。そしたら、後ろからでかい排気音が聞こえました。スポーツカーみたいな排気音でした。
███博士: それは、こんな音でしょうか(ボイスレコーダーで活性化時の排気音を流す)
金山: そ、それです。こういう音!後ろに乗ってた奴がそれで、なんだろうなって思ったら突然バックミラーにスポーツカーが映ったんですよ。多分ジャガー。今までそんなの走ってもいなかったのに。
███博士: それで、あなたはどうしたんですか?
金山:面倒だから、空いてる方の車線にハンドルを切ったんです。そしたら、そいつも同じ車線に来るんですよ。
███博士: その時のスピードはどれくらいでしたか?
金山: 一般道ですし、常識的な速度ですよ。でも後ろからいきなり外車が来て、煽るみたいについて来るんですよ。なんだ?って思うじゃないですか。そうしたら、バックミラーに変なのが映って。
███博士: 変なの?
金山: ワイヤーです。後ろの外車と俺の車が、ワイヤーで繋がれてたんですよ。それで俺、わけわかんなくなって車をカッ飛ばして………
███博士: そんな状態で、よく事故を起こしませんでしたね。
金山:その日は運よく車も少なかったから……でも必死でハンドル切って……そしたら後ろに乗ってた鈴木が、外車いなくなったぞって言うんです。バックミラーを見たら外車が消えてて、路肩に車止めたんです。そしてら、ワイヤーが切れてたんです。
███博士: ワイヤーにはネコが繋がっていたんですよね?それはどうしたんですか?
金山: ネコも無くなってました……どうしようかってみんなと話したんですよ。仕方ないから来た道を戻る事にしたんです、そしたら……あったんですよ、ネコが。
███博士: どこにあったんですか?
金山: 路上に、ポツンと置いてありました。で、このまま置いとくのはヤバイなって思って……ネコを拾って会社の倉庫に戻しました
███博士: なるほど……そういえば、事件が発生した日に休暇を取られている方が居ましたが……確か名前は鈴木さんでしたね、同乗されていた方ですか?
金山: ええ、そうです。田中も谷口もあの事故で死んじまったけど、あいつは無事のはずです。
███博士: ありがとうございます、彼にも話をしてみなければいけませんね。
金山: ああ、そういや鈴木が何か変な事を言ってました。
███博士: 変な事とは?
金山: いや、ネコを拾って帰る途中で、何かブツブツ言ってました。こんな事ならさっさと捨てるんだった、とかなんとか……
███博士: なるほど。
金山: 今回の件は俺のせいです……あの話を監督にしてれば、誰も死ななかった……
███博士: あなたに罪はありません。まずは身体を治してください、それから今回のことは忘れてください。
金山: 全部なかった事にするんですか?そんなの無理ですよ。
███博士: 色々と複雑な事情がありまして、どうかご理解ください。
<録音終了2009/07/14>
終了報告書: 金山氏にクラスC記憶処理を実施しました。
調査の結果、オブジェクトについての情報をもつと思しき対象にアクセスする事が可能となりました。
インタビュー対象は事故の発生の連絡を受けた後、自宅に引き篭もっている状態でした。
対象: ███建設社員 鈴木███氏へのインタビュー
インタビュアー: エージェント███
付記: 警察官に偽装したエージェントが事情聴取を行なっています。
<録音開始 2009/07/14>
鈴木: 今回の事故、俺は無関係ですよ。
エージェント███: 詳しい話は金山さんから聞きました。
鈴木: 金山から?一体なにを?
エージェント███: 例のネコについて
鈴木: (沈黙)
エージェント███: 金山さんから聞いたんです。あなたが妙な事を言っていたと。廃棄するべきだったと。鈴木さん、実はあのネコについて前々からご存知だったのでは?
鈴木: (数秒沈黙)ええ、そうですよ。でも警察がなんでそんな事……
エージェント███: 事件の究明のためです、どんな小さなことでもいいので教えて頂けませんか?
鈴木: ………いいですよ。ええ、事故が起きるずっと前から知ってましたよ。アレは会社の倉庫に置いてありました。あのネコがおかしいって気づいたのは1年くらい前の事です。
エージェント███: どんな状況で気づいたんですか?
鈴木: 俺は会社の倉庫の整理をやってました、会社が新しい機材を買ったんで、古いものは処分しようって話になりました。それで、古い機材は捨てようって事になったんです。
エージェント███: なるほど、それで?
鈴木: 古い機材は片っ端から倉庫の外に出す事になったんです。その日は会社に人がいなくて、その場にいたのはほんの数人でした。で、気づいたらみんな帰ってました。
エージェント███: その場にいたのはあなた一人だけですか?
鈴木: はい。それで、作業中に倉庫で座ってたら、何かがガサゴソ動く音が聞こえたんです。何かなって見たら、倉庫の床をネコが走り回ってたんです。
エージェント███: ネコが、ですか。それで、どうしたんですか?
鈴木: こいつ、腹が減ってるんじゃないかと思って……棚にあった砂利の袋を荷台ににぶちまけたんですよ、そうしたら止まった。
エージェント███: 空腹、ですか。
鈴木: 本当にこいつが腹を減らしていたかどうかはわからないですが、大人しくなりました。
エージェント███: なるほど……ところで、あのネコを現場に持ち出したのもあなたですか?。
鈴木: ……はい、俺です。
エージェント███: 倉庫にはあれと同じようなネコが沢山置いてあったはずです、その中から例のネコを見分けられた理由は何だったのですか?
鈴木: 見分けられるようにハンドルにカラーテープを巻いておきました。
エージェント███: あのネコをそのままにしておいた理由は?そもそも、今回の事故の原因があのネコです。あれを現場に持ち出したのは危険だったのではないですか?なぜ、あなたはあれを持ち出したのですか?
鈴木: 俺ね、身寄りってもんがないんですよ。彼女もいないし、金だってあるわけじゃないし……倉庫でぐるぐる回ってるこいつを見てね、なんだか可愛いと思ってしまって……
エージェント███: あなたにとってこれは、ペットのようなものだったと?
鈴木: そうです、誰にも内緒でずっとね。あいつはきっと道具として使われたかったんだ。だから俺はいつも、あいつを現場に持ち出していました、家族みたいなもんです。
エージェント███: 家族、ですか。ではなぜ、突然暴れ出したのでしょう?
鈴木: それは俺にも何とも………まさかこんなことになるなんて……
エージェント███: そういえば、このネコをワイヤーで引っ張ったらしいですね。
鈴木: はい、言い出したのは俺です。
エージェント███: あなたはアレの異常性を間近で見た。なのに、現場にそれを持ち出し、あまつさえそれに悪戯をした。どうしてでしょうか?
鈴木: 走らせてやりたかったんですよ。
エージェント███: 走らせたかった?あの、ネコを、ですか。
鈴木: ちょっとした散歩みたいなつもりだったんです、退屈してるだろうからって。そうしたら、あいつがあんな風になるなんて思わなくて……
エージェント███: そうですか、ところでアレはいつから倉庫にあったのですか?
鈴木: 俺が気づいたのは1年前です、あんなもの一体誰が持ち込んだんだか……ああでも……俺が夜勤に入る前に……一人欠員が出たっけ。
エージェント███: それが、今回の件に関わりがあると?
鈴木: それは分からないですけどね。でも、もしかしたら俺と同じことしてたのかなあ?
エージェント███: その人の名前は?
鈴木: 名前は河中██、でも、そいつもう……いません。
エージェント███: 退職されたのですか?
鈴木: 死んじゃいました、首吊り自殺だったそうです。
<録音終了 2009/07/14>
終了報告書: 鈴木氏にクラスC記憶処理を実行しました。
オブジェクトの作成者の情報を得る事ができました。
調査の結果、作成者に直接関与していたと思しき対象を特定しました。
対象は、現在東京都███区に生活保護を受けながら暮らしています。
対象: 自殺した河中███氏の母親
インタビュアー: ███博士
捕捉: ███博士は███市のソーシャルワーカーに偽装しています
<録音開始 2009/07/15>
███博士: 息子さんについて、お話いただけませんか?
母親: ええ、もう1年前の事ですけれど……私も随分傷つきました。まさか息子が……
███博士: お辛いでしょうが、これも治療の一環、と考えていただければ。
母親: 分かりました、あの子は昔からどこか変わった子で……
███博士: 変わった、と言うのは。
母親: あまり丈夫な子ではなかったんです、小さな頃は些細な事で大きな怪我をしたりして………でもあの子は近所の子たちとよくかけっこをして遊んで居ました。
███博士: 体が弱いのに?
母親: はい、あの子は本当に体が弱かったんです、転んだだけで骨を折ってしまうくらい。でも……気がつくと、その怪我はケロリと治ってしまうんです。
███博士: どれくらいの期間でですか?
母親: すぐに、です。私が目を離した隙に、もう治ってしまうんです。
███博士: それは………確かに変わった子ですね。
母親: あの子は自分の体が弱い事を気にしていました、だからあの子は自分の体を強くしました。
███博士: 体を鍛えたのですか?
母親: いいえ、そういう事をする子ではありませんでした。でも気がつくと、あの子の体には筋肉が少しづつついて行きました。本当なら、かけっこやサッカーをできる子ではなかった筈なのに。
███博士: 周囲の反応はどうだったのですか?
母親: 弱いけどみんなについてくる子、みたいに思われていたみたいです。それで、私もだんだんわかってきたんです。あの子は何か特別な力があるんだって。
███博士: 彼はその後、どんな風に成長したのですか。
母親: 普通です、小学校を出て中学校を出て高校を出て、大学に入って……他の子たちと変わりなく、成長して行きました。でも、家の中で問題があって……
███博士: 失礼ですが、旦那さんは。
母親: あの子が大学に入った頃、事故で亡くなりました。
███博士: 家族の関係は、どうだったのですか。
母親: あの人、父親との関係は……あまりうまく行きませんでした。家の中では口論が絶えないことも多くて、あの人はよくあの子を殴りました。
███博士: 家庭環境は、あまり良好ではなかったようですね。
母親: あの子が小さい頃からそうだったんです。私も、あの人からよく殴られていました。あの子は優しい子で、いつも私を庇ってくれました、だから………
███博士: 彼が物心つく頃には、口論が絶えなかったと。
母親: はい。でもある日、あの子が言ったんです。これからはもう殴られることはないよ、って。
███博士: それは………
母親: その次の日に、あの人が交通事故で亡くなりました。
███博士: 申し訳ありません、辛かったでしょうね……
母親: いえ、正直ほっとしたんです。私にとってあの人は、もう昔のあの人ではありませんでしたから。でも、心配なのはあの子でした。私、あの子が何かをしたんじゃないかと思って。
███博士: 彼に尋ねて見ましたか?何をしたのか。
母親: いいえ。あの子は、しばらく部屋にこもりきりでしたから。でも聞こえたんです、ドアの前に夕食を置いた時に。失敗した、こんな筈じゃなかったって、一人でそう言っていました。
███博士: そうですか、彼はその後どうしたのですか。
母親: 大学を辞めて、働き始めました。あの子は言っていました、これから少しづつうまくいくようになる、きっとそうする。自分には変えられるからって。
███博士: 変えられる、ですか。
母親: はい、あの子の体格はまた変わって行きました。辛い工事現場の作業にも耐えられるくらい、あの子の体にはもっと筋肉が着いて行きました。ほんの1ヶ月もしないうちに。
███博士: 彼はどうして、建設会社に入ったのですか?
母親: 何かを作ったり、作り変える方法を勉強するのだと言っていました。それには、土木作業を実際にやってみるのが一番だと。
███博士: 作り変える方法を、彼は学んでいたと言うことですか。
母親: はい、あの子が勉強していたのも建築関係の事でしたから………
███博士: なるほど……ところで彼は生前車にはよく乗っていましたか?
母親: ええ、免許をとったときはとても喜んでいました。あの子、こう言ってました。今乗ってるのは中古のマークIIだけど、いつかジャガーを買うんだ、って。
███博士: そうですか。しかし、ジャガーを買うとなれば大金です、彼には目標があった。そんな彼が、なぜ自ら命を絶ったのでしょうか。
母親: 私には分かりません、でもあの子は言っていました。うまくいかない、全部作り直すなんてそもそも無理なんだって、それが何のことなのかも言ってくれないまま、あの子は……
<録音終了2009/07/15>
終了報告書: 河中氏の母親にクラスC記憶処理を実施しました。
以上の調査の結果から、オブジェクトの作成者は現実改変能力者だった事が判明しました。
対象の能力者は既に死亡しており、対象が勤務していた建設会社の倉庫内から異常性を持つ物品は確認されませんでした。この事から作成者の現実改変能力は極めて限定的なものであり、社会に対する影響もまた限りなくゼロに近いと言ってよく、これにより現実改変能力による異常現象の拡散は収束したと結論づける事ができます。
残る懸案事項はSCP-521-JP本体のみであり、調査結果を元に特別収容プロトコルが策定されました。
下記の記録は、特別収容プロトコル「スピード」実施時の記録です。
収容プロトコル「スピード」実施時の音声記録
音声記録は、機動部隊隊員とプロトコル統括者である道策管理官のものとなっている。
合田隊長:司令部、こちらアルファ。対象をマークした、既に展開は完了している。周囲の交通状況は?
道策管理官:こちら司令部、あまり良くないな。通行規制を実施しているが、長引けば感づく奴も出てくる。そちらの対象の状況はどうか?
合田隊長:既に、エージェント███と███の両名が先行偵察に入った。今んところケツについてるが、手は出させていない。
道策管理官:了解。対象の全力追尾を開始せよ。
合田隊長:了解した、アルファ・アウト。ってことだてめえら!聞いたな!あのクソ野郎のケツを蹴り飛ばせ!
【音声ログ一部割愛・音声ログは対象オブジェクトを環状線に追い詰めたところから再開される】
合田隊長: こちら機動部隊。██、まだ走れるか!?
エージェント██:誰に物言ってんだよ、余裕だよ余裕。でもこの野郎、相当しぶといぜ。
合田隊長: エージェント██、そっちは?
エージェント██: こちらも大丈夫です、アイツはまだまだ走れるみたいですが。
合田隊長: クソッタレが、外車ごときが日本のバイク乗り舐めんな!仕掛けるぞ、燃料タンク狙え!タイヤもだ、バイク組は並走しながら撃て!
(射撃音)
合田隊長: ドライバーに命中、だがダメか。ドライバーもウィンドウも復元しやがった!
水野隊員:命中、タイヤを撃ちましたが、撃った側から治っちまう!
中村隊員:命中、タンクからオイルの漏出を確認。しかしこちらもすぐに再生!
合田隊長: 撃ち続けろ!てめえらのタマが焼き切れるまでだ!
(射撃音)
合田隊長: 畜生が!まだ走るつもりかこいつは!
道策管理官:こちら司令部、まずい事になった。
合田隊長: 今作戦中だ!何がどうしたんです!?
道策管理官:特事課から通達が入った、早いうちに片付けなければ連中は県警を引き連れて現場になだれ込むと言っている………長時間の交通規制もそろそろ限界だ。
合田隊長: 畜生、良いニュースをどうもありがとうございます。お前ら、全力で攻撃だ!次で………
水野隊員:隊長、オブジェクトが停車しました。非活性化を確認、野郎、ネコグルマに戻りました。
合田隊長: 全車停止!収容に移れ!
中村隊員:一体どういう……
合田隊長: 燃料切れさ、ジャガーってのは燃費の悪い車でな。ガソリンをバカ喰いする、野郎はフルスピードで走ってた、だから止まったんだ。手間ァかけさせやがって……
エージェント██:終わったみたいだな。
合田隊長: ああ、終わったよ。お疲れさん。
哀れな奴だ、だがこいつの気持ちはわかる。スピード、全てはスピードなんだ。せめて、こいつがバイクだったなら──エージェント██