アイテム番号: SCP-693-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-693-JPは施錠された不透明のケースに保管され低脅威物ロッカーに収容します。SCP-693-JPを用いた実験を行う場合はサイト管理官の許可が必要です。また、実験の際は使用する研究室を無菌状態においたうえで、研究に関係する人物全てに殺虫消毒を行い SCP-693-JP-Aへ変態しうる可能性のある節足動物全てが死滅したことを確認してから行ってください。SCP-693-JP-Aは、標準的な人型オブジェクト収容室へ各個体ごとに収容を行ってください。取り扱いは通常の人型オブジェクトと同様の取り扱いを行ってください。
説明: SCP-693-JPは数冊の文庫本の総称です。現在までに7冊のSCP-693-JPが発見され、収容されています(SCP-693-JP-1~7と指定)。SCP-693-JPはいずれも現在発行されている書籍の形をとり、現在までに出版社を通じ出版されていない書籍は確認されていません。SCP-693-JPは外見上判別できる異常性は持ち合わせず、いずれも一般流通している該当書籍と組成面、内容面での差異は存在しませんでした。
現在までに確認されたSCP-693-JPの異常性を持つ書籍例には以下が含まれています。
- 『人間失格』
- 『ひかりごけ』
- 『死に至る病』
- 『ドグラ・マグラ』
- 『完全自殺マニュアル』
- 『若きウェルテルの悩み』
- 『██』
また、いずれのSCP-693-JPも見返しの部分に以下の文章が記されています。書き込んだ人物に対する筆跡からの追跡は全て失敗に終わりました。
生まれたことに、生きることに、意味なんてないわ
SCP-693-JPの異常性は、SCP-693-JPを10ページ以上朗読することで発生します。SCP-693-JPが朗読された際、ヒトの可聴域でその朗読を聞いた節足動物はSCP-693-JP-Aへと変態します。一度に変態する数には限界があり、確定はしていないものの、5~15までの個体数が対象となります。
SCP-693-JP-Aは、遺伝子およびその他生物学的条件において、ヒトと同一の特性を持つ生物です。SCP-693-JP-Aは、一般的に優れた知性と身体能力、および温厚な性格を有しており会話が可能です。特に一般的に害虫、あるいは不快害虫として扱われる生物であるほどその傾向は顕著なものとなります。SCP-693-JP-Aの容貌は多くが「整った顔立ち」と表現され、人種、年齢、使用言語はその生物の現在時点での原産地、生存時間に依存することが判明しています。また、変態時には現代における常識、文化などの一般的な知識を習得しています。
SCP-693-JP-Aへの変態は異常性暴露後、主に10時間程度かけ原理不明のプロセスをこなし、比較的緩やかな速度で行われますが、記録用の機材が原因不明の故障を引き起こすため、現時点で映像及び音声としての記録は残っていません。また、変態中のSCP-693-JP-Aに対する干渉はいかなる機材、方法を用いても無効に終わりました。
現在、SCP-693-JP-A個体は偶発的に変態した個体、実験の結果変態した個体を合わせ██体が収容され、全個体が収容に協力的な態度を取っています。
現在までに確認されたSCP-693-JP-A例には以下のものが確認されています。
- ゲジ(Scutigeromorpha)のオス。60代のアジア系男性に似たSCP-693-JP-Aに変態。収容に至る通報の際発見された最初のSCP-693-JP-A実例。この個体以外にも██体のSCP-693-JP-A個体が発見された。
- アオクサカメムシ(Nezara antennata)のオス。20代のアジア系男性に似たSCP-693-JP-Aに変態。実験下において変態した初めての個体。
- オオカバマダラ(Danaus plexippus)のメス。20代のヨーロッパ系女性に似たSCP-693-JP-Aに変態。英語を会話に使用した。
- ケジラミ(Pthirus pubis)のメス。10代後半のアジア系女性に似たSCP-693-JP-Aに変態。実験時███研究員の頭部に付着していた個体が偶発的に曝露した。███研究員の就寝中に変態が完了し、███研究員は頸椎を捻挫。これ以降特別収容プロトコルの見直しが行われた。
- ヒトスジシマカ(Aedes albopictus)のメス。30代前半のアジア系女性に似たSCP-693-JP-Aに変態。変態時に妊娠しており、24日後██体の個体を出産し死亡。
SCP-693-JPは██県██市の中学校において「教室に全裸の不審者がいる」という通報を受けたエージェントが前日に国語科の授業において使用されたSCP-693-JP及びSCP-693-JP-Aを発見、確保、収容に至りました。その後、同様の事例が教育施設を主に発生しましたが、聞き取り調査の結果SCP-693-JPの購入記録及びSCP-693-JPを持ち込んだ人物は発見されませんでした。
インタビューログ693-JP-SR
対象: SCP-693-JP-A-17 変態以前はシラヒゲハエトリ(Menemerus fulvus)であり、現在は40代のアジア系男性に似た容貌となっている。
インタビュアー: 楠木博士
<録音開始>
楠木博士: では、インタビューを開始します
SCP-693-JP-A-17: はい、お願いします
楠木博士: まずSCP-693-JP-A-17、貴方は変態以前の記憶を保持していると証言していましたが具体的にどのような記憶を保持していますか?
SCP-693-JP-A-17: はい、そうですね、…お恥ずかしい話、あまり正確ではない上に断片的なのですが
楠木博士: 構いません
SCP-693-JP-A-17: 分かりました。貴方もご存じのとおり私はこうなる前は蜘蛛でした。ええ、その当時は何と言いますか、ただ食べて寝て、そう、欲求に従うだけを考えていたように思いますね。もちろん、それを悪いことだとは考えていません。…ですが、あの時、…何と言いますか、…世界がひっくり返ったような衝撃でした。突然頭の中に文字や文化、…そう、まさしく知性と呼ぶほかにないような、混沌とした何かが流れ込んできました。そして、突然私には「生きなければならない」という感覚が生まれたんです
楠木博士: 「あの時」とはSCP-693-JPの朗読を聞いたときで間違いありませんか?
SCP-693-JP-A-17: はい、今まで人の声は聞こえていなかった、あるいは意識にも留めていなかったはずなのに急に聞こえて…、あの時の感覚はどうにも言葉では言いようがありません。それから先は意識が遠のいて、気が付いたらこの姿になっていたというようなもので。こんな風に私自身の記憶も曖昧なものでして、そちらの質問に答えられるのは以上です。いや、お役に立てず申し訳ありません
楠木博士: いえ、構いません。では、これで今回のインタビューを
SCP-693-JP-A-17: …すいません、最後にちょっとお願いをしても構いませんか?
楠木博士: 私の権限の及ぶ範囲であれば
SCP-693-JP-A-17: この組織において私たちに何かできることはないでしょうか、いえ、出自が出自ですから今の扱いも理解してはいるんですが…
楠木博士: 納得できないと?
SCP-693-JP-A-17: いえ、本来虫として何の意味も持たず…、こう言えば語弊がありますが無為に子孫を残すだけの生から、今こうやってヒトとして、考え、行動できてしまうものとして生まれ、生きているからには何かを為さないといけないのではないでしょうか、少なくとも私はそう考えるのです
楠木博士: …なるほど、検討させていただきます
<録音終了>
現在、この報告を受け一部SCP-693-JP-Aをフィールドエージェントとして雇用する提案がなされ審議中です。同様にSCP-693-JP-AをDクラス職員として雇用する提案は財団倫理委員会によって否決されました。
補遺1: SCP-693-JPの朗読を担当したDクラス職員の約8割に自殺願望がみられることが判明しました。以下は朗読を担当し、その後自己終了を要求したD-1994に対してのインタビュー記録です。
インタビューログ693-JP-SV
対象: D-1994 過去に動物虐待の経験あり
インタビュアー: 楠木博士
<録音開始>
楠木博士: まずD-1994、何故貴方は自己終了を要求したのでしょうか?
D-1994: 分かんないのか、先生? …あー、まあ、あの声は俺にしか聞こえてなかったみたいだしな
楠木博士: あの声?
D-1994: ずっと聞こえてくるんだ、「生まれたことに、生きることに、意味なんてないわ」って。それにさ、あの時俺が見たゴキブリみたいな気持ち悪い虫、あれ、人間になんだろ? それも俺よりずっとすごいやつにさ
楠木博士: …貴方にその情報は明かされていないはずですが
D-1994: なんとなくそういうイメージ? そんなのが頭ン中に入ってくるんだ。それ思うともうなんかどうでもよくなって。まだ外にいたころにたくさん犬や猫殺したけどよ、あー、先生にはわかんないかもしれないけどあれって自分より下だって分かってるからできんの、自分より下にいる生き物だからって。でも、犬や猫よりもっとしょぼい生き物が俺よりずっとすごいんだぜ? もうなんだか生きていくのが嫌にもなるさ
楠木博士: つまり貴方は、生きることに意味を感じなくなった、と
D-1994: …そう、そういうことだよ。頭ン中の誰かが言ってるように、俺たちみたいな屑人間なんかは生まれたことも、生きることにも、どうせ意味なんてないんだってことだろ
<録音終了>
この後、D-1994はSCP-███-JPの収容違反に関わり終了しました。SCP-693-JPの与える精神影響については現在検討中です。
補遺2: SCP-693-JPを朗読したD-1998において、朗読後の勤務態度に著しい改善が見られたため、インタビューを行いました。以下はその記録です。
インタビューログ693-JP-SX
対象: D-1998
インタビュアー: 楠木博士
<録音開始>
楠木博士: D-1998、貴女がSCP-693-JPの朗読後、何故勤務態度が改善したのか説明していただきたいのですが
D-1998: えっと、先生はあの声のこととか、あの虫のこととか知ってるんですか?
楠木博士: はい、確認しています
D-1998: それなんですけど、最初のうちは私もすごい嫌だったんです。ずっとお前には生きてる価値がないって言われてるみたいで。でも
楠木博士: でも?
D-1998: でも、よく考えたらあんな気持ち悪い虫がすごい人になれる。だったら生まれたことや生きることに意味がないのは当たり前なんじゃないかって。そうじゃなくて、そこからどうするかが大切なんじゃないか、その意味を自分で作ればいいじゃないかって思ったんです。
楠木博士: 意味を作る、ですか
D-1998: 私は何も分かんないまま人を殺して、何も考えずにここに来た。…たぶん屑って言われる人間ですけど、これまで何の意味もなかった人生にもしかしたら自分で意味を作ることができるかもしれない、作ろうと思って
楠木博士: なるほど、それが勤務態度の改善につながったとD-1998: はい、生きているんだから何かをできるんじゃないか。そう思ったらなんだかあの声も聞こえなくなったんです
<録音終了>
この後、D-1998は一カ月の雇用期間を過ぎ、定例解雇されました。
事案報告20██/██/██: D-1998の解雇と同時期に新たなSCP-693-JPが発見され、SCP-693-JP-8と指定されました。SCP-693-JP-8は『悦ばしき知識』の形をとっており、見返し部分に以下の文が追加されていました。
だから、真っすぐにいきなさい