SCP-730-JP-24が手の形へと変化し、そこに指紋らしき模様が確認された事から、接写画像をもとに指紋の鑑定を行う事が提案されました。
淡く形成されたSCP-730-JP-24から採取した指紋は警視庁の所有する指紋照合データベースにより照会され、その結果、███刑務所に服役中の████████という名の34歳男性(以降、SCP-730-JP-αと呼称)の指紋と一致することが判明しました。
SCP-730-JP-αは、2012年9月より金銭トラブルを発端とした殺人の罪によって懲役12年の判決を受けています。
裁判の記録によると、SCP-730-JP-αは職場の同僚に頼まれて金10万を貸したものの、借用書で取り決めた期限の月に返済を求めた所「自筆した氏名は最初からよく似た別の漢字を使用した偽りの名であり、そもそも借用書が無効なものである」と主張され激昂、何度も殴打したと供述しています。
インタビューログ - SCP-730-JP-001
対象: SCP-730-JP-α
インタビュアー: 天崎研究員
付記: インタビューは███刑務所の面会室で行われました。SCP-730-JP-αは受刑者制限区分において面会には刑務官立会が必要な第3種に指定されていますが、財団からの要請により立会無しの面会を行いました。オブジェクトとの関連性が不明であるため、オブジェクトの説明は行っておりません。
<録音開始, [2017/1/9]>
天崎研究員: こんにちは、████████さん。
SCP-730-JP-α: あー……失礼ですが、貴方は誰だろう。申し訳ないが、名前を思い出せない。
天崎研究員: 初めまして、と言うべきでしたね。私は天崎と申します。詳しくはお伝えできませんが、最近起こった事に関連して貴方にはいくつかお伺いしたい事がありまして。
SCP-730-JP-α: そうですか。答えられる事なら答えますが、看守がいないのはどうしてでしょう?私はそういう扱いじゃないはずだ。
天崎研究員: それは答えられません。
SCP-730-JP-α: 構いませんが。
[4秒間沈黙]
天崎研究員: それでは████████さん、2013年頃。つまり貴方が事件を起こしてここに来たあたりの時期から……
SCP-730-JP-α: 違う。違う! [遮蔽板に顔を近づける] 俺じゃないんだ! ██████を殺したのは俺じゃ……
[5秒間沈黙]
天崎研究員: それは……ええ、貴方は事件を起こしていないという事ですか? 冤罪であると。
SCP-730-JP-α: あ、いや……
SCP-730-JP-α: すまない。……ああ、その……。殺したのは俺ですよ。間違いない。
天崎研究員: 大丈夫ですか?
SCP-730-JP-α: ええ、大丈夫です……。
[SCP-730-JP-αの状態を鑑みて、小休止を挟む]
天崎研究員: それでは、その。2013年頃から今までの間についてですが。身の回りに不自然な出来事や何らかの変化が起こったりはしていませんか?
SCP-730-JP-α: 不自然な事とは?
天崎研究員: 何でも構いません、そこに何もないのに体に触れた感覚があるとか、身体が勝手に動くとか。あるいはありえない物が見えるとか。
SCP-730-JP-α: ……ありませんね。
[4秒間沈黙]
天崎研究員: 何もですか?
SCP-730-JP-α: ……何も、そのような事は。
SCP-730-JP-α: 確かに私は一時期、精神的に良くない状態になっていた事はありますが、今は回復していますし、その時期の間にも幻覚や幻聴の類はありませんでした。
天崎研究員: 心療治療を受けていたという事ですか?
SCP-730-JP-α: ええ……まあ。
天崎研究員: では、その内容についてお願いします。
SCP-730-JP-α: ええ、あれからの私は、その……
[8秒間沈黙]
SCP-730-JP-α: ……事件の後からずっと、あの時の事が離れなかったんです。全ての実感は、我に返った後からやってきました。
SCP-730-JP-α: 掴んだ植木鉢で思い切り殴りつけた時の衝撃と、人間の骨が砕けて曲がる手ごたえ。今でもその感覚は覚えています。一人の人間として動いていた相手が、自分のせいで壊れた物体になってしまった。加害者の立場でこんな事を言うのは許されないとは分かっているのですが、自分のやったことを思い返す度に恐ろさに脅え続けました。
天崎研究員: ……それが原因で精神が悪化したという事ですか?
SCP-730-JP-α:はい、いや、その。なんといいますか。[頭を抱える]
SCP-730-JP-α: 自分とは違う、常識の外にある何かが自分に憑りついて、それであんな凶行に走ったんだ……。いつの間にかそれが真実だと信じるようになっていました。惨めな事ですが、自分の行いの責任に耐えられなくて。いえ、今でもそう考えてしまう事があります。人間一人の人生を終わらせるなんて、同じ人間である自分がするはずないって。
天崎研究員: 今では、自分が行ったと認識しているのですね? 心療治療によって。
SCP-730-JP-α: ……はい、間違いありません。しかし、不意に事件の事について触れられると、その思いが蘇ってしまうんです。
[13秒間沈黙]
SCP-730-JP-α: 本当に何かが憑りついていたのが真実なら、どれだけ私は楽になれるか。……すいません、つい。
天崎研究員: ……服役中はずっとその事を考え続けていたという事ですか?
SCP-730-JP-α: はい。……もし、何かが私の中にいるのなら、どうにかしてそれを隔離して、絶対に出られないような場所に閉じ込めてしまいたい。人間を閉じ込めるための刑務所ではなく、もっと化け物でもなんでも閉じ込めてしまえるような強固で絶対的な施設に。そのうちどんどん凶暴化し、手に負えないようになる何かがいる気がするんです。それらをどうにかして封じ込めたい。……そんな所まで考えて、こんなのは全て私の逃避思考の上の妄想だって思い出すんです。
SCP-730-JP-α: 私は、一線を越えてしまいました。人一人の人生を終わらせてしまったのですから。一生穢れたままでしょう。相手がどんな性格だろうと、そこにどんな事情があろうと、人間一人殺してしまうと、もうまともじゃなくなってしまうんです。私はそう思います。
SCP-730-JP-α: もう、何をしても元には戻りません……私の考えていた内容は以上です。
[11秒間沈黙]
[天崎研究員が深く呼吸する]
SCP-730-JP-α: 大丈夫ですか? 少し顔色が悪いようですが。
SCP-730-JP-α: 聞いていませんでしたが、そもそもあなたはどういう立場なのですか?
<録音終了>
補遺:
2017年1月20日、新たなSCP-730-JP個体が1体、収容室付近で発見されましたが、SCP-730-JP-1~SCP-730-JP-37の初期状態と異なる足形であり、後にその個体は天崎研究員の足形と一致することが確認されました。
聞き取りの結果、この事を薄々予想していた事が判明し、天崎研究員は監視対象に指定されました。
記憶処理による治療が可能ではないかという検討もなされましたが、「取り返しのつかないことになるかもしれない」という天崎研究員のコメントから実施は延期されています。
天崎研究員に対する手紙:
貴方は財団の研究員です。貴方のこれまでの業務は全て、異常存在から人類を守るという使命に基づいています。これまでに業務で行った事を、SCP-730-JP-αの行為と重ねないようにしてください。
貴方の前担当オブジェクト(SCP-███-JP)で行われた実験においては、確かに少なくない人数のDクラスが消費されました。しかし、それはあくまで使命の為であり、Dクラスはそもそも死刑囚の集まりです。何も気にする必要はありません。
過去の業務に関して、余計な感情を持たないようにお願いします。 —████博士