インタビュアー: エージェント・海風
対象: ██巡査長
補遺: 対象は店主の確保の為に店の地下へと突入した。店主よりも後に上階へ上ってきた対象は酷く混乱しており、地下室に灯油を撒いて火を点けたことが分かっている。対象のこの行動により、店内に存在したと思われるSCP-840-JP-1群のほとんどが失われた。
<記録開始>
エージェント・海風: ではインタビューを開始します。██巡査長、あなたは店の地下で何を見たんですか?
██巡査長: なんと表現するのが一番かは知らないが、奴はあそこを“水槽”と呼んでいたよ。見た感じは、ウサギ小屋みたいだったがね。
エージェント・海風: それは、何かを飼育していた、ということですか?
██巡査長: 何か? あぁ、そうだな……何かだ。俺は地下に降りて行ったんだ。後輩の██も一緒だ、あいつの初仕事だったんだ。
エージェント・海風: 続けてください。
██巡査長: 俺は逮捕状があることと、任意同行を求めることを口にしながら階段を降りていった。そしたら……なんか、小さな声が聞こえた。
エージェント・海風: 声は何と?
██巡査長: 声というか、囁きだった。”助けて”、そう言っていた、と思う、多分。勿論、考えたのは行方不明者のことだ。俺は足早に階段を降りきって、すぐに地下の倉庫に着いた。そこは薄暗くて、湿度が高かった。室内農場みたいな感じだ。
エージェント・海風: そこに、店主が居たんですか?
██巡査長: あぁ、店主も居た。一番奥の作業机で、何かしていた。奴はゴキゲンだったよ。イヤホンしてさ、鼻歌を歌ってた。両脇には、低い棚が並んでて……よく見るような事務用のシールで名前が書いてあった。そん時の俺はヒヨコかなんかを育ててるのかと思ったんだ。だから、██に棚を見るように指示して、俺は店主に話しかけた。……そうだ、██はどうしたんだ?
エージェント・海風: 彼は現在治療中です。問題ありませんから、どうぞ続けてください。
██巡査長: そ、そうか……あんたらすごいな……。奴は驚いたようで、しどろもどろに何故俺達が"水槽"にいるのかと問いただしてきた。逮捕状と身分証を見せたら、それは何かの間違いだと言い出した。まぁ、よく聞く言い訳だがね。とりあえず上の階へ行こう、話はそこで聞くからと俺は誘った。その場所はとても嫌な感じがしたし、奴は完全にイカレてるとしか思えなかったからな。
エージェント・海風: それから、どうしたんですか?
██巡査長: それから、俺が店主に再度上階へ行くよう促していると……いきなり、██が悲鳴をあげた。
エージェント・海風: 後輩の彼ですね?
██巡査長: そうだ。棚をひっくり返して、後ずさりした。丁度、俺と店主の方に近寄る形で。棚の、何かぷよぷよとしたものが落ちて、床を跳ねた。幾つかはそのまま棚の周りを跳ね回っていた。俺は一瞬だけ██を見た、その瞬間に奴、店主は走り寄ってきて、手に持ってた包丁を振り回したんだ。
エージェント・海風: えぇ、それで、あなたは腕に怪我を。
██巡査長: 怪我? 怪我だと? 怪我っていうのは、こんなになるってのか? なぁ!? お前らの常識じゃあ包丁振り回されたらこんなになるっていうのかよ!?
[対象は取り乱し、傷口をインタビュアーに突き付ける。対象の左腕は、肘から手首にかけて約10cmほど抉れているが血は出ていない。]
エージェント・海風: 落ち着いてください。その傷は致命的なものではありません。インタビューが終了次第、我々で治療いたします。
██巡査長: そういう問題じゃねぇだろ! 手前ぇら頭悪いんと違うか!? こんな……こんな [20秒の沈黙] ……あぁ、いや、すまなかったな。インタビューが終われば治してくれるんだよな。そうだよな? ██もちゃんと帰ってくるんだよな? あいつの家族になんて説明したらいいか、俺……。
エージェント・海風: はい、約束します。どうぞ続きを。
██巡査長: あぁ、えっと……奴は包丁を振り回しながら突っ込んできた。俺は左手で顔を庇って、そこに刃が突き刺さった。痛みは無かったけど、すごく嫌な感じだった。
エージェント・海風: 嫌な感じとは、どういった?
██巡査長: 何というか……自分がダブって、ずれるような。そんな感じだ。実際、なんか切られてから左手が上手く動いてくれねぇんだ。筋を切られた感じはしねぇんだけどな。
エージェント・海風: それで、██さんは重傷を負ったんですね。
██巡査長: 俺は辛うじて避けたんだが、気を取られてたあいつは無理だったんだ。首をざっくりだ。まずい角度だとは思った。んだが、██の頭が傾いで、そのままずり落ちた。俺は……俺には理解できなかった。いくら幅広とは言え、包丁で首が落ちるわけねぇ。なのに……。
エージェント・海風: なのに、落ちたと。
██巡査長: 落ちたんだ。その場でまだふらふらしている██の身体を突き飛ばして、そのまま店主は上の階へ逃げていった。"鍋が噴いちまう"って言ってたな。……██は、その場に倒れていて、俺は一人腕を押さえていた。不思議なことに血は出ていなかった。出てなかったんだ。
エージェント・海風: えぇ、それからどうなりました? 店主さんを追ったんですよね?
██巡査長: あぁ……いや、違う。俺は店主を追った訳じゃない。まず██の様子を見に近づいた。周りには四角いぷよぷよしたものが散乱していた。それが何だかは、その時は分からなかった。██の頭は完全に胴体から離れちまっていた……あれじゃもう、どうしようもねぇ、俺は殆ど諦めてた。ふと顔をあげると店主が作業していた机の上に、人影があった。俺は行方不明者のうちの一人だろうと思ったんだ。
エージェント・海風: 違ったんですか?
██巡査長: 違わない、俺の予想は正しかった。だが……[沈黙] 人影に声をかけたんだ、大丈夫ですか? 今助けますからって。それで……それで……。
エージェント・海風: どうなったんですか?
██巡査長: [60秒の沈黙] 助けてくださいって声が聞こえたんだ。……俺の足元から! 足元には唇が転がってた!
エージェント・海風: 唇、ですか。
██巡査長: あぁ、口だ。歯もあったし、顎もあったし、舌も見えた。それが、……それが微かに息を吐いて、"助けて"って囁いたんだ! 顔をあげたら、机の上に転がされた人と目が合った。その人の鼻から下は、最初から無かったようにのっぺりと抉れていて……その人は必死の形相で俺を見ていた! 気が狂いそうだった。後ずさりして床についた手に、柔らかいものが当たった。それはさっき、棚から落ちたものだったけど、肌色をしていて……赤い断面が見えていた。四角く切り取られたそれが、人間のどこかのパーツなんだと気づくのにそう時間はかからなかったさ。
エージェント・海風: 唇はその人のものだったんですか?
██巡査長: そんなこと俺が知るかよ! とにかく唇はずっと"助けて"って囁き続けていたし、小さいもちもちしたのが、ちょっとずつ俺の周りに集まってるのに気が付いて、嫌な汗がどっと吹き出た。そしたら、██の身体が勝手に起き上がって、自分の頭を抱えたんだ。██の頭がずっと口をパクパクしているのが見えて、鯉みたいだなって思ったのを良く覚えている。多分何か言おうとしたんだろう、あいつも俺を見ていた。その後、あいつの身体は一人で階段を上っていった。俺は、俺にはもう、耐えられなかった。
エージェント・海風: そして、逃げたと。
██巡査長: あぁそうさ、逃げたさ! みっともなく悲鳴をあげてな! 階段を上って……奴は、店主は厨房のところで同僚にとっ捕まっていた。何か喚いていたが、よく聞き取れなかったな。"スープの仕込みが"だとか、なんとか。……██の身体は頭を持ったまま真っすぐ進んで、壁にぶつかって引っ繰り返っていた。他の連中が引き攣った表情で、██と俺を交互に見ていた。それで、俺は……灯油の缶を見つけた。
エージェント・海風: そうでしたね。
██巡査長: ……あんなの、外に出すべきじゃないと思ったんだ。
エージェント・海風: でしょうね。焼け跡からは行方不明者とされている████さんと████さんの破片と、それから████さんの四肢の無い焼死体が発見されました。特に██さんについては、四肢と排泄器官などの一部内臓、口腔が切除されてはいても、まだ主要な器官が残っていたようです。一切の焼失により、貴重なデータが失われてしまいましたが、私はあなたを非難しません。
██巡査長: …………█さん、上司に言われたんだ。全部、あんたらが引き受けるから、██の事もあんたらが何とかしてくれるから、お前が見たものは忘れろって。全部、忘れろって。
エージェント・海風: そうなるでしょう。
██巡査長: なぁ、俺が見たのは、何なんだ? ……あんたらは知ってるんだろう? あれは人だったのか? もし、そうなら……あの店主は客に何を提供してたんだ? ██は本当に治るのか?
エージェント・海風: 知らない方が良いこともありますよ。大丈夫です、傷は治します。あなたは問題なく日常に戻れるでしょう。
<記録終了>
終了報告: インタビューを受けた██巡査長は、SCP-840-JPによる切断面を再度切断した後に縫合を行い、記憶処理の後に問題なく解放されました。██巡査長に同行していた██巡査の首から下の身体はSCP-840-JP-1になっていましたが、首を縫合したことで大人しくなり██巡査の意思で動かせるようになったため、影響下から外れたと見られています。一ヶ月の観察期間中に、異常が見られなかったため、██巡査は記憶処理の後に解放されました。
追記████/██/██: 追跡調査により、首の縫合手術を受けた██巡査が██/██に自殺していたことが判明しました。彼は自身の身体が、自身の思う通りには動かないのだと主張し続けており、家族が見ている中、包丁で自身の首を切断したそうです。当時の詳しい状況は調査中ですが、██巡査は自身の首を切断しながらも"死にたくない"と叫んでいたこと、██巡査の身体は失血により活動を停止するまで動き続けていたことが分かっています。