アイテム番号: SCP-945-JP
オブジェクトクラス: Euclid Neutralized
特別収容プロトコル: SCP-945-JP個体を取り扱う際は耐精神汚染ゴーグルを用いるか、機器による遠隔的操作を行ってください。SCP-945-JPはオリジナルと推測されているSCP-945-JP-A-Oと任意の複数個体(SCP-945-JP-A群)が研究・実験目的で常時保護されています。保護個体はその全体を覆うように収容コンテナを設置し、その他に新たな個体が発見された場合、伐採もしくは移植といった措置を取ってください。オブジェクトの影響を受けたとされる人間には、クラスA記憶処理にて対応が可能です。
追記: 20██/10/██をもって、当オブジェクトはNeutralizedにクラス変更されました。詳細については補遺の記述をご参照ください。
説明: SCP-945-JPは一般的な枇杷(学名: Eriobotrya japonica)の姿をし、その遺伝子上には現時点着目すべき相違点は見つかっていません。しかし生態面には明らかな異常が見られ、通常同種が結実に7~8年の歳月を要するのに対し、SCP-945-JPはその種子が蒔かれてからわずか3週間ほどで樹高約1.7mまで急速に成長し、果実をつける事が確認されています。以降、SCP-945-JP個体は季節や気候に関わりなく常に多数の実を生らせ、最大で樹高10m程まで緩やかな成長を見せます。
SCP-945-JPは一種の精神影響をもたらす能力を持つとみられており、視認した人間は対象への強い親近感を覚えると主張します。この際にSCP-945-JPが果実を実らせていた場合、影響下の人間の多くは実った果実を摂食しようと試みました。ただし、この過程は外部からの制止により容易に中断可能です。摂食を行った人間は揃ってこの果実を「これまでに体感した事の無い非常に美味なものである」と評価し、続いて残った種子を元の個体からより離れた場所にある、任意の土壌へと埋めて個体を殖やす事を求めます。この際影響者はこの行動の理由について尋ねられると、皆一様に「それがあの樹/あの枇杷のためになる」といった返答を行う事が分かっています。この段階はより強い精神的衝動をもたらしますが、前述の行動と同様に強い外部からの制止やクラスA記憶処理といった対処で脱させる事が可能です。
SCP-945-JPは19██/9/██に山梨県一宮町(現:笛吹市)の達沢山にて存在しなかったはずの多数の枇杷の木(後のSCP-945-JP個体)が発見され、さらに登山客や観光者・周辺地域の住民らの多くが市内各所と県内外の土地にこれらの果実から採取された種子を植えようとした"945-JP-α1事案"の発生により財団の注意を引きました。現地調査に当たったエージェントからの精神影響の報告と、植えられた種子の異常な成長が確認された事により、財団は生育個体の一斉確保と地域住民・観光客への大規模記憶処理を行いました。この一件により、財団に確認されていない影響者やSCP-945-JPの果実・種子等が不確定数発生してしまい現在も完全な収容には至っていませんが、その後地域住民や観光客の追跡監視を経る事により、根絶には至らなくとも同様の事案の発生は最小限に抑えられています。ただし、その発生場所については年々遠方への広がりをみせ、台湾・インドネシア・オーストラリア・ニュージーランドといった国外での事案もわずかながら複数確認されている事に留意すべきです。
"945-JP-α1事案"の発生源となった達沢山山間のSCP-945-JP個体群については、担当チームによる当事者達への聞き込みや生育状況からの判断などにより、近辺に住む男性 ██ █氏が単独で殖やしたものである事が判っています。また氏へのインタビューから、SCP-945-JPのオリジナルと考えられるSCP-945-JP-A-Oの存在が判明し、こちらも現在は他の個体同様収容が確立しています。詳細については、当資料に付記されたインタビューログを参照してください。
補遺: 20██/11/██、保護下にあったSCP-945-JP-A群の個体サンプルから果実が一斉に消滅し、以後その特異性が喪失しました。調査を経てこれらは「現状、平凡な枇杷の木と何ら変わり無い」と判断されています。またこの一件の後、現在の記録上最後の確保個体(後にSCP-945-JP-A-8と分類)がキリバス共和国█████諸島の█████で発見されたのを区切りに新たな個体は確認されていません。その後の審議の結果、SCP-945-JPはNeutralizedにクラス変更されました。それまでに保護されていた個体とSCP-945-JP-B-8については、継続して財団による管理・観察が行われています。
インタビューログ 945-JP-43-2
対象: ██ █氏
インタビュアー: 市河博士
<録音開始>
市河博士: では改めて確認しますが、達沢山山間で発見された総数400個体を越すほどのSCP-945-JP-A群について、これはあなた個人が独りで種を蒔き、殖やした。そういうことで間違いないですね?
██ █氏: 本当は、もっと遠くへ、運んであげたいと、そう思っておりました。しかし、僕も歳をとってね、足も弱いからうちの周りから山小屋までぐらいのところにしか、広げてあげられなかったんですよ。私だって仕事をしなきゃ生きていけんし、あれほど美味しい枇杷とはいえ、食の細くなった私には1日5個ほど食べて、山小屋に向かいながら足元に植えるのがやっとのことです。広げていけば、いつか誰かが気付いて、動けぬ私の代わりになってくれるだろうと、そう思いながらの行動でありました。
市河博士: その枇杷の種は、どこから入手したのですか?
██ █氏: 僕は孤児院育ちでね、あの山の、もっと上の奥の方にある小さなお屋敷みたいなところがあってね、そこでお世話になってたんですよ。孤児院は█おばやん一人でやってるもんだからそらもう大変に見えてたのを覚えてます。もう何年前にあそこを出たかわからないけど、ふとあの屋敷が懐かしくなりましてね。そりゃ█おばやんがもう居ないのは承知でした。でももしかしたら、あの屋敷や、みんなで食べた前庭の枇杷の木をもう一度見れるかもしれんと、それで向かったわけです。……屋敷は、もう荒れ果ててましたよ。当然です。しかし、庭の枇杷の樹は、同じ場所で、ずっと大きい古木になってそこにいたのです。嬉しかったですねぇ。
市河博士: その"孤児院跡の枇杷の古木"というのがSCP-945-JP-Aの元となった個体、ということでよろしいでしょうか?
██ █氏: ええ、そういうことです。枇杷は時期はもう過ぎてるのに、美味しそうな実をつけていました。私はまるで、かつての旧友に再会したような気分でした。昔ほどすんなりとはいきませんが、下に下がってる枝を引っ張って、実を2個ほど頂いたのです。一つその場でかじったところ、その美味しいのなんの。まさに、子供の時分にほおばったあの味、いや、それを何倍にも強めたような味でした。昔を思い出して、僕は懐かしくて泣きました。自分とこの家に戻りながら、もう一方の枇杷も食うと、僕は自分ちの庭先にその種を植えました。枇杷はとても強いですから、植えとくだけで元気に育ってくれます。途中で僕がお迎え来たって、それまでも、その先も、あの時の思い出を側に置いとけるような、そんな気がしたのです。そしたら、もうあっという間に育って、月を跨いだ頃には2本とも実が成りました。僕は気付いたんですけどね、懐かしいんです。ほんの少し前に生えたばかりのこの2本も、まるであの庭の枇杷と、全く同じ分身のように感じました。私はその実を食べると、その木の奥に、また種を植えました。食べては植え食べては植えの繰り返しです、後は。
市河博士: 何故そのような行動をとられたのでしょうか?
██ █氏: 何でったって、……まぁ僕にもわからんのですがね。そうすべきだと、思ったのです。何だか、その木に言われたような気がしたんですよ、「どこかにいきたい」って。あんまし遠くには行けませんけど、この木がいきたいってなら、そうしてやるのがこいつのためでしょう。僕はそれに従ったまでです。
<録音終了>
インタビューログ 945-JP-43-3
対象: ██ █氏
インタビュアー: 市河博士
<録音開始>
市河博士: さて、今回はSCP-945-JP-A-O、あなたが枇杷の古木を見つけた場所……██さんがかつていらっしゃったという"孤児院"についてお聞かせ願えますか?
██ █氏: あそこはね、もともと█おばやんの……父親だったか爺さんだったか忘れたけども、その人が建てた療養用の別荘だったって話です。枇杷の木も、そん時に植えられたんだったと思います。もうどっちも死んで、実家も火事で焼けちまったもんで、█おばやん独りであの山の中の屋敷に移ったって聞きました。
市河博士: その方に、他に親族は?
██ █氏: 居なかったんじゃないですかねぇ。火事で死んだのか元からなのかは分かりませんけど、少なくとも僕は聞いたことありません。こっちに移った後になって、少し経ってどこかの農園の若息子と縁談があり、子宝を授かった、と昔話してもらいました。その子供が名前を「█」と言いましてね、僕らは█にいちゃん█にいちゃんと、いつも呼んでました。本を読むのが好きで、年下の僕らにいろんな物語を教えてくれる、気さくな方でした。
市河博士: 以前、"孤児院は█さん一人でやりくりしていた"と仰られてましたが、その旦那さんや息子さんはどうしたのですか?
██ █氏: 旦那さんがねぇ、どっか行っちゃったらしいんですよ。何があったかは分かりませんが、ある日突然、妻と子供残して、消えてしまった。それで、どういうわけか暮らしてた農園からも追い出されちまった。旦那がその後も生きてただかどっかで死んだかも分かりませんが、仕方ないからと息子を連れて元の山の屋敷に戻った、そんなところだったかと思います。息子は、僕らより年上とはいえ、まだそん時は子供ですしね。それからしばらくして、僕みたいなのとか、身寄りのない子供たちを集めて一緒に暮らすようになったそうです。
市河博士: なるほど……。
██ █氏: 庭の真ん中には、この前言った枇杷の木がありましてね、その頃から やっぱり大きいもんですから、僕らやんちゃ坊主どもでいっつも木登りばかりしてました。█おばやんには、ガキ大将と一緒によく叱られましたよ。「元気は一番だけど、それで怪我したらどうするだ」って。█にいちゃんは……ほんの少し、身体が弱くてですね、それでいつも本ばっかり読んでたわけですが、僕たちが木の上からの風景とか、山ん中で冒険した話を、とても楽しそうに聞いてくれてました。枇杷が実をつける時期になると、屋敷の連中みんなで実を集めて、一日中それを食ってた日もありましたよ。█おばやんも、█にいちゃんも枇杷が大好物でしたので、僕らは2人を喜ばせようと、一層力を入れて枇杷を集めていたのを覚えています。戦争が始まるかって、そんな時代ですから、とても貧しかったですがね。
市河博士: "█さん"や"█にいちゃん"のその後についてはご存知ですか?
██ █氏: ……何年かしたくらいですかね。いよいよ█にいちゃんに軍から徴集がかかりました。僕らはまだその年齢ではありませんでしたので、█おばやんと一緒に、包み一杯の枇杷を餞別に渡して出発を見送りました。「またみんなで、この木の枇杷を腹いっぱい食べよう」と、█にいちゃんは言い残していきました…けども結局、█にいちゃんは戦争が終わっても、帰ってきませんでした。█おばやんはこぴっとした方でしたから気高に振舞ってましたけど、時々影で泣いたり、どこか遠い目で、風に揺れる枇杷の木を眺めているのを、よく見かけました。何年かは、僕らで█おばやんを支えようって動いてました。けどおばやんは「自分は大丈夫だから、みんな一人ひとりの人生を生きなさい」と言ったんです。その後僕も他の連中も自立して、屋敷を去りました。最初は文通なんかもしていましたが、いつの間にか無くなっていました。僕も普通に働き、結婚しまして、息子夫婦も孫も都会で暮らすようになったんで、引退して生まれ故郷のこの土地に女房連れて隠居しました。█おばやんがどうなったか、というのも気になってはいましたが……身体も昔ほどはうまく動きませんし、可愛がってもらった僕がこの歳です、何となく察してしまうところがあり、今まではあの場所になかなか向かう勇気はありませんでした。
市河博士: 同じ孤児院で育った方々のその後は……。
██ █氏: 今、まだ生きているのは僕だけでしょう。この前、最後まで、一番元気だったかつてのガキ大将がぽっくり逝っちまいましたから。みんなそれなりな人生だったんじゃないですかねぇ。
市河博士: ありがとうございます。本日のインタビューはここまでとさせていただきます。また何か、些細なことでも構いませんので、思い出したり気付いたりしましたら、教えていただけますか?
██ █氏: ……ひとつ、変なこと言ってもいいですかね。
市河博士: 何でしょうか?
██ █氏: いやあ、本当に馬鹿みたいな事と言いますか、そういえばって、ふと思いついただけなんですがね。
市河博士: 構いませんよ。そのようなちょっとした気付きの積み重ねが大きなヒントになりますし、それを調べるのが我々の仕事なのです。
██ █氏: ……前に僕、あの木を見た時に「かつての旧友に再会したような気分だった」って言いませんでしたかね。
市河博士: はい、以前のインタビュー時に仰られていましたね。
██ █氏: 何と言いますかね、どうも引っかかってたんですよね。いっくら思い出の場所の思い出の木ってったって、あの時の感情は……なんと言いますか、少し違ったのです。前お話したあの時は、「旧友」って言いましたが、実を言えばそれもまた何だか違う……もっと深いものですし、正直今でも感じ続けるような、そんな強い感情でした。
市河博士: あの枇杷の木とその種から殖えた木々には、一種の精神影響のような効果が見つかっています。他のインタビューした方々も同様のことを述べられていましたし、恐らくはそれではないですかね。
██ █氏: それは事前に、他の……あなたのお仲間の方から説明されましたよ。不思議なこともあるもんだなぁ、とは思います。しかし……僕が感じたそれに、僕は覚えがあるのです。とても懐かしい、自分を受け入れてくれた、温かみのある感情です。僕は、気付いたんです。僕が感じたのは……
市川博士: 何でしょうか?
██ █氏: ……おかしなことを言いますよ。あの木は、█おばやん です。
<録音終了>
ページリビジョン: 10, 最終更新: 10 Jan 2021 16:24