SCP-CN-848
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アイテム番号: SCP-CN-848

オブジェクトクラス: Euclid

特別収容プロトコル: 機動部隊-庚午-56 ("事件解決報告書")は新聞やメディアの情報入手ルートを統制し、大衆認知においてSCP-CN-848が陰謀論や都市伝説の域を越えないよう、虚偽の情報を散布します。同時に、大衆がSCP-CN-848の真実に触れることを防ぐため、オブジェクトに対する組織/個人の調査活動は全て阻止されます。

発見されたSCP-CN-848-02実体は全て破壊すべきです。また、発見されたSCP-CN-848-01実体に対しては、総じてEクラス記憶処理を施さなければなりません。

SCP-CN-848-01-B実体は現在、SCP-CN-848とは全く関係の無い██罪によって、██省の██刑務所に服役しています。当実体はEクラス記憶処理を実施済みであり、SCP-CN-848との関連性は全面的に隠蔽されました。

説明: SCP-CN-848は20██年に起きた異常事件です。当時18歳の女性、鄭██の遺体が見つかり、警察は殺人事件だと断定しました。発見当時、鄭██の遺体は完全に破壊されていましたが、遺体自体に異常性は無いと判断されています。

SCP-CN-848の異常性は、事件の「犯人」(SCP-CN-848-01-Aと定義)が特定され、大衆もこの結論を普遍的に信じ始めた時に発現します。この時、SCP-CN-848-01-Aは「自分は鄭██を殺した犯人ではない」と主張し、もう1人の事件関係者(SCP-CN-848-01-Bと認定)は「自分が鄭██を殺した犯人である」と認識するようになります。SCP-CN-848-01-Bが犯人である証拠、およびSCP-CN-848-01-Aが潔白である証拠(まとめてSCP-CN-848-02と定義)は、現実改変の形式で出現します。

発生した実例の抜粋(注: SCP-CN-848-01-AとSCP-CN-848-01-Bの身元は一定しない):

  • 犯行現場において、SCP-CN-848-01-Bの指紋が新たに発見された。
  • SCP-CN-848-01-Bの自宅において、SCP-CN-848-01-Aの指紋鋳型が発見された。
  • ある事件関係者が、SCP-CN-848-01-Bにとって非常に不利な証言を提供した。
  • SCP-CN-848-01-Aの告発者は精神疾患を患っていることが確認された。
  • SCP-CN-848-01-Bのクレジットカードの利用履歴に、凶器(登山用ナイフ)を購入した記録が残っていた。
  • 遺体に対する2次検査の結果、鄭██の死因は毒殺であることが分かった。刃物による刺創については、SCP-CN-848-01-Bが偽造したものであった。

(以下略。今の所、SCP-CN-848は██回に渡って発現していることが分かっている)

Eクラス記憶処理はSCP-CN-848に対するSCP-CN-848-01-AとSCP-CN-848-01-Bの異常認識を除去できることが判明しています。一方で、SCP-CN-848による異常効果を除去することは不可能です。

SCP-CN-848の異常性は、事件を巡って何度も不自然な逆転が起きていることに、財団エージェントが気づいたことで発覚しました。█ヶ月に渡る調査の結果、オブジェクトはSCP-CN-848として登録されました。

SCP-CN-848に関する情報自体は、ミームや反ミーム的性質を有していません。そのため、閲覧・記録・伝播などの行為では異常性が発現することはありません。

補遺: 財団エージェントは█県の刊行物において、注意すべき読者投稿を発見しました。

尊敬する編集者たちへ:

ごきげんよう。

鄭██の身に起きた悲劇と、その後の錯綜した捜査を見て、ミステリー小説のクラシックな問題を思い出した。「後期クイーン的問題」1だ。

この問題を簡単に説明するならば、日本の作家、評論家である法月倫太郎が、米国の作家、エラリー・クイーンを研究した際、彼ら2の後期作品に対して抱いた、ある種の困惑である。

法月はこの困惑について、ゲーデルの不完全性定理と類比し、ある論証を提示した。あらゆるシステムには必ず、自己証明の出来ない命題が存在する。これに相対する形で、あらゆる謎においても、論理の届かない暗い隅が存在する。つまる所、「作中で探偵が最終的に提示した解決が、本当に真の解決かどうか作中では証明できない」ということだ。

その証拠は、ひょっとすると偽証かもしれない。同じく、偽証に見せかけた確証かもしれない。或いは、偽証に見せかけた確証の偽証——これは所謂「論理の無限階梯化」である。

もちろん、この論証は常に争論を伴っている。そもそも、この論証をゲーデルの不完全性定理と類比すること自体、不適当なことである。それに、この論証はあくまでも紙面上の考察ゲームに過ぎない。

何しろ、あらゆる謎には揺るがない真相が、必ず1つは存在するのだ。真相に辿り着くまでのプロセスが、どんなに頼りないものであったとしても。

しかし、本当にそうだろうか?

熱心な読者: AWCY?

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