一種の自意識
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気が付いた時には、私達は意識を得ていた。

私達は存在している。
私達は光を待っている。
私達は空気を待っている。
私達は水を待っている。
しかし、そのどれもがここには存在していない。
どうすればいい?
誰かが、音を伝えぬ声を上げた。

「ここでひたすらじっと待つのは、もう止めにしよう。」

その一声は大きかった。
やがて、私達は一つになった。
やがて、私達は歩み出した。
やがて、私達は言葉を覚えた。
やがて、やがて、やがて。

私達は私達であることを忘れた。

数万の個体が形作るこの存在を血の通う肉だと思い込み
零れ落ちて逝く個の存在を煩わしいものだと嘯き
自らを呪われた孤の存在であると嘆き始めた。
学び舎で迫害され、日々に悩みを抱え、不安に眠りを侵され。
それでもかろうじて生を繋いでいた意識に、投げ込まれた一つの言の葉があった。

「███財団に入らないか。」

聞けば、そこは異常存在を多数抱えている施設であるらしい。
聴けば、そこには異常な存在である人々が働いているらしい。
訊けば、そこでは私の存在は異状ではなくなるらしい。
行かない理由などなく、私は快諾した。

数か月が過ぎた。
間違いではなかった。
私の存在は他の人々に埋もれ、その特性により以前と同じように迷惑がられた。
迫害の言葉に胃を痛め、夢の世界にも安息は無かった。
何も変わっていないなら、間違いではなかっただろう。

これからも私は
私達であることを忘れてしまった私は
私自身に悩まされながら日々を過ごしていく。

はずだった。

目の前に立つ、名も知らぬ人間の構えている拳銃から立ち上る煙がくゆっている。
胸元から、流れているはずのない血液が流れ出ている。
力など、端から入っていないはずの身体がくずおれる。
床に着かれるはずの肩が、ざらりと音を立てて崩れていく。
私は私達であるが故に私の死など存在しないはずであるのに、何故?

私の身体を拳銃で打ち抜いた人間が、驚きの表情を浮かべているのが見える。
私の頭を走馬灯が駆け巡るのを感じる。
私達が私の意識を得てから先の、生を恨み続けた記憶が回る。
急に、そうか、と合点がいった。
「私」が死んだと感じたならば、それは「私達」の死であるのだ。
銃弾で砕けた個体は百数個であろうとも、私の意識が死を認識した時点で私達は死んだのだ。
私の意識を得た時点で、私達は死んでいたのだ。

理解が及んだ喜びで、私達の頬が歪む。
人間には感ずることのできないであろうそれを湛えたまま、私は私の意識を手放し暗闇に堕ちていった。

空白

空白

拳銃を右手に携えた男がおずおずと、黒い粒で構成された膝ほどの高さの山に近寄っていく。
先程まで人間の形をしていたものが、恐らくは死んだ途端に崩れた。
男は不用心にも恐る恐るその山に手を差し入れ、その粒を掬い上げまじまじと眺め呟いた。

「林檎の、種?」

心底困惑し恐怖さえ感じる表情を浮かべている男を気に掛ける様子もなく、その黒い小さな林檎の種達は彼の指の隙間から零れ落ちていく。

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