予算の範囲で──そのゴリラ凶暴につき
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 サイト-8181の会議室に主だった顔ぶれが集まったのは、その日の昼前だった。
「まだ何人か来てへんみたいやけど、ぼちぼち始めとこか」
 上座に座った小さなトカゲが、会議の始まりを告げる。
 エージェント・カナヘビの発言を受けて、狐面の人物……虎屋博士が立ち上がった。
「まずは、こちらの映像を確認して下さい」

<映像開始>

 コンクリートの瓦礫。ネオンと街灯の光が、無数に降り注いでいる。
 仰向けになったまま動かないスーツの男。
 頭は映像処理されているが、明らかに人のものではない。
 もうもうと巻き上がる砂塵の中、正拳突きの体勢からゆっくりと歩き出す白衣の女性。
 白衣の女性がカメラに気づき、落ちていたコンクリート片を拾う。
 画面が大きく揺れ、ノイズと共に映像が途切れる。

<映像終了>

 会議室に重苦しい空気が流れた。
「またあいつか……」
 誰かが呟く。数人が無言でうなずいた。
 虎屋博士は映像を流したまま、報告書を読み上げる。
「直後にオブジェクトは回収され、一名の人的損失もなく初期収容を完了しました。目撃者については、クラスA記憶処理を施しました」
「よかったじゃないですか」
 椅子に腰かけたペンギンの抱き枕が発言すると、カナヘビがキンキン声を張り上げる。
「ええ訳あるかいな、エージェント・マオ。こんな目立つ方法で回収しとったら、後始末が大変やろ。セキュリティクリアランスは飾りやないんやで」
「で、『彼女』は今どこに?」
 エージェント・差前があまり心配していない口調で質問すると、虎屋博士が即答した。
「待機していたエージェント・速水により、速やかに現場を離脱しています。検問は物理的に突破していますが、その後の離脱ルートは警察も把握していません」
「よかったじゃないですか」
 ペンギンの抱き枕に仕込まれたマイクが、またのんびりと発言する。
 カナヘビは小刻みに首を振った。
「あかん、あかん。今は街中に監視カメラがあるし、通行人もみんなスマホ持っとる。隠蔽するのも予算の範囲でやらなあかんねん」
 するとエージェント・差前がテーブルの上の置物をいじくり回しながら、こう呟いた。
「しかし、『彼女』がとっさに動いてくれたおかげで、誰も死なずに済んだのも事実だしな。あと数分遅れてたら、何十人終了させるハメになったかわからんし」
「市街地の真ん中に逃げ込みましたからね」
 結城博士が小さな声で呟くと、一同も沈黙した。
 カナヘビはせわしなく尻尾を動かしながら、こう続けた。
「『彼女』に限らず、市街地での収容は最近の難題や。さっきも言った通り、町中に無数のカメラがある。毎度毎度組織的な隠蔽工作をするのも、限度があるねん」
 虎屋博士がテーブルの上にタッパーを置いて、蓋を開けた。カタカタと硬質な音が漏れる。
「新たに情報隠蔽専門のチームを立ち上げますか? これパウンドケーキです、どうぞ」
「おおきに。後でもらうわ」
 カナヘビは遠まわしに謝辞してから、一同を見回した。
「くどいようやけど、予算の範囲で何とかせなあかんねん。『彼女』の活動をサポートしつつ、機密対策を考えてもらいたいんや」
 するとエージェント・差前がパウンドケーキをジェンガのように積み上げながら、ぼそりと呟いた。
「それなら……」

 それからしばらく経った後。
「なんだこれ!?」
 休憩室に入ったエージェント・速水は驚いて、その小説を手に取った。
 表紙には、狼頭のライダー。『鋼鉄のウルフヘッド・外伝』の文字が躍る。
 ライダースーツもバイクも、明らかに速水のそれを意識したデザインだ。何より名前が「早見」である。
 著者の名前は「新路まお」。エージェント・マオが任務で使う名義のひとつだ。出版元も、財団フロント企業だった。
 そこにペンギンの抱き枕を抱えたエージェント・マオが、眠そうな顔で入ってきた。
「おはようございます。なんか首の調子が……」
「なあ、こいつは何なんだ?」
 速水の問いかけを聞いているのかいないのか、マオは眠そうな顔のまま休憩室のテレビをつけた。
「録画しといたの、会議までに観ておかなくちゃ」
 画面に『鋼鉄のウルフヘッド』のタイトルが表示され、やたらと安っぽい作りの特撮番組が始まった。
「うんうん、予算ギリギリまで絞った割には、いい絵が撮れてるじゃないか」
 ペンギンに埋もれながらうなずいているマオに、速水が重ねて質問する。
「なあおい、何が起きてるんだ? これ、こないだの会議と何か関係あるのか?」
「ええまあ。隠せないなら、もう開き直っちゃおうって話になりまして……」
 そう答えるマオの視線の先には、狼頭のライダーが軽快なアクションで黒服の怪人たちを蹴り倒している。頭部はCG合成だ。
 そこに襲い掛かる、鳥頭のコンビ。どこかで見たようなデザインだ。二人がかりの奇襲にたじろぐ狼頭。
 だがそこに、白衣の女性が駆けつけてきた。強烈なパンチを続けざまに見舞い、敵を蹴散らす。
「何か都合の悪いことがあれば、全部これの撮影ってことにしちゃいます。いちいち目撃者を捕まえて記憶処理するより楽ですから」
「いや、それはいいんだが」
「これなら事業収益で多少は穴埋めできますから、予算の範囲で何とかできますしね」
「そんなことよりもだな……」
 速水は一番気になっている点を、どう尋ねようかと逡巡する。
 そのとき、廊下の奥からハイヒールで疾走してくる足音が聞こえた。誰かを引きずっているような、重い音も聞こえてくる。
 ぎょっとして、体を起こすマオ。
「急用を思い出しました。この件については、カナヘビさんの指示であることをくれぐれもお伝え下さい。ではまた」
「あ、ああ……うん。気をつけてな」
 窓からベランダ沿いに脱出していくマオを見送って、速水は沈黙する。
 画面では白衣の女性が大暴れを続けていた。
 彼女の頭は、ゴリラだった。
『ゴリガール! 来てくれたんだな!』

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