アカいサンタがやってきて
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一年も終わりに近づいたある日、サイト-8181の医務室はむっとするようなアルコール臭に包まれていた。臭気の原因である男は、手渡された一枚の企画書を睨んでいる。
生来の乱視からか、あるいは文面の内容からか、彼の表情は酷く険しい。そんな彼に語りかける医務室の持ち主、諸知博士のノーフレームの眼鏡は、蛍光灯の光を反射していた。

「良く考えてください、そんなに悪い話ではないでしょう?この話さえ受けていただければ、人事部は貴方がたの問題行動を多少見逃すと言っています。エージェント・差前などは喜んで承諾していましたよ」
何故受けないのか理解出来ない、とでも言いたげな諸知に、彼は苦々しく反論する。
「しかし、しかしだな、これは吾輩という人格の否定に近い内容なのだぞ」
「私からは大体同じように見えますけれど」
「全く違う!歪んだ商業主義の偶像と一緒にしないでくれたまえ!」
「はあ。すみません」
マロースの熱い主張を聞いているのかいないのか、諸知は抑揚にかけた締まりのない喋りを続けた。他者に語りかけるときですら独り言のように聞こえるのは、この博士の悪い癖だ。

「ううん、話は脱線しますけど、マロース博士、大変奇遇なことに貴方の勤務サイトの医師って私の部下だったことがあるんです。あれ、どうしたんです、急に恐い顔なんかして。彼からね、そろそろある職員に対しアルコールの摂取制限を設けるべきじゃないかなんて、相談を受けてましてね。あらまあ、だから顔恐いですって。ねえ、そんなことしたらこの先忘年会や新年会があるのに可哀想ですよね、私は延期するように言ってあげてもいいと考えてるんですけれど・・・おや、提案がある?なんです?」
つらつらとテープのように話し続ける諸知を手を振って遮り、マロースは重々しく口を開いた。
「・・・・・・わかった、わかった。君のやり口は良くわかった。まことに不本意だが、吾輩は一瞬だけ資本主義に膝を折ることにしよう」
カバーストーリーのためロシア系アメリカ人の真似をしろ、と命じられたときを思わせる顔のまま、マロースは渋々頷く。
「ふふふ、ありがとうございます。これで、サイト-8181クリスマス慰問におけるサンタクロースは貴方に決まりました──よろしくお願いしますね、マロース博士」
握手を求めてきた諸知の笑顔は、いつにもまして胡散臭いものだった。

空白

HO HO HO!子どもたちよ、良い子にしていたかな?」
絵本そっくりのサンタクロースの登場に、託児所の子どもたちは歓声を上げた。
パステルカラーの模造紙や折り紙で飾られた室内は、彼等が今日をどれだけ楽しみにしていたかの証明になっていた。
白い大袋を抱えたサンタクロースとその助手が、部屋の中央、"サンタさんのせき"へ向かう。花紙で飾られた椅子にどっかりと座ると、サンタクロースは大声で呼びかける。
「子どもたちよ!吾輩のところにソビエトの同志のように・・・失敬、良い子らしく礼儀を守って並びたまえ。お待ちかねのプレゼントの時間だぞ!」
興奮のあまり彼に群がろうとする子どもを保育士たちが懸命に指導するのを、マロースは微笑ましい気分で見つめていた。

託児所でのプレゼント会、サイト-8181医療エリアにて治療中の児童の慰問を済ませ、マロースと諸知は今日の職務を終わらせるべく控え室へと向かっていた。
「お疲れ様です、マロース博士。小学生の前で共産党宣言を暗唱しだしたときはどうなることかと思いましたが、とりあえずは一日平穏に過ごせて何よりです」
飲酒がかかっていたからか比較的良識的なサンタを演じたマロースを、諸知が労う。
「うむ、諸知博士も、吾輩の勤勉さが悪い意味で出てしまったのを脛蹴りで指摘してくれたのには感謝しているぞ。・・・・・・実は一日気になっていたのであるが、君の、その、珍妙ないでたちはなんだい。吾輩には、そのう、」
「トナカイのルドルフですが、何か?」
珍しく歯切れが悪そうに話すマロースに、平然と切り返した諸知の頭部は、獣の耳と角が突き出した茶色のボアで覆われていた。ご丁寧に、赤い球体も鼻にくっついている。

「サンタクロースには監視、失礼、トナカイがついているべきだと決まりまして。抽選の結果、マロース博士の担当は私となった次第です」
「他のサンタにもトナカイが付いていると?」
「ええ。たとえば、エージェント・差前のところには神山博士が向かっているはずです」
壮年男性二人の表現しづらい微妙さに満ちた絵面を想像し、マロース博士は渋い顔をした。
若手の女性エージェントがやっても悪ふざけに見えるであろうに、況や辛気臭い博士のトナカイ姿をや。
「・・・・・・その格好で?」
「トナカイと言えばルドルフ、ルドルフと言えば赤鼻だと。エージェント・カナヘビが会議場で熱心に主張していらっしゃいましたので。小さなイベント一つでも手を抜かない方なんですねえ、見直しましたよ」
この姿がカナヘビの財団に対する忠誠心の現れだと信じきっているらしい諸知は、胸を張って答える。
「ううむ、吾輩の私見だが、君は少し同僚を疑うことを覚えるべきだな」

語り歩く彼等の傍を複数の職員に連れられて、少年が歩いていく。託児所でも病室でも、マロースが見た覚えの無い顔だった。
マロースが尋ねるより先に、諸知が口を開く。天気の話でもするような、能天気さで。
「彼には演じなくていいですよ。──彼は子どもではなく、オブジェクトですから」
確かに少年の服装、そして独特の諦念が過る顔つきは、マロースの知る"問題なく収容された"人型オブジェクトのそれと似通っている。
「とすると、彼等にはクリスマス無しかね」
「・・・・・・彼等とはオブジェクトに対して不適切な呼称に思えますが・・・・・・ええと、食事にデザートがついたり、担当カウンセラーが必要と判断すればカードくらいは贈られるでしょうね。ですが、あくまで収容対象ですから、それ以上は。そもそも、クリスマスを祝えない特質を持っていたりもしますし」
祝えないという独特な言い方に、かつて宗教学の見地から研究の一端に関わったオブジェクトをマロースは思い出した。年に似合わない擦れた表情をする、幼女であったオブジェクトを。

「ああ・・・確か想像物に対する改変能力者は、このサイトに収容しているのであったな」
「はい。あの対象には、クリスマスもサンタクロースも、発達上悪影響しか与えないでしょうから。そういった情報を与えない育成方針が定められています」
確認するようなマロースの言葉に、すぐさま返答が寄せられる。どんなに間が抜けた格好でいようが、諸知はこのサイトの精神衛生における重要人物であった。
「なんとも無常だが、仕方のないものであるなあ」
あっさりとした口調で方針を肯定され、トナカイは目を丸くした。
「あら、てっきり苦言を呈されるかと。子女のいらっしゃる職員の方は、いい顔をしない方もいらして」
「それでは本末転倒であろうよ。M&Cの資本主義の狗どもや、GOCの扱いに比べたら十分人道的だと吾輩は思っておるぞ」

マロースとて、無駄に年を取っている訳ではない。情緒で納得出来ない部分があろうと、オブジェクトに対して距離を置いて接した方が、長持ちすることは知っていた。職員も、オブジェクトも。
「ふふ、そう言っていただけると助かります。・・・・・・オブジェクトはペットではありませんから。可愛がるのは、好みではありません」
そう語る諸知の横顔は普段の緩み切った表情と違い、どこか能面に似て、感情を意図的に抑制しているようにマロースには思えた。
「君は意外と・・・・・・真面目であるなあ」
「普段からそのつもりですよ」
照れ隠しのつもりか諸知はへらへらと緩んだ笑顔に戻って赤鼻の位置を直す。先程の発言は、カウンセリングの現場に立ち続けて築いた、この博士なりの真理であるのかもしれなかった。

成る程、諸知の理屈は財団職員として見れば否定すべきものではないだろう。
オブジェクトに対して"そうしたいから"だけで優しくするのは、寧ろ残酷と言えるだろう。
だがマロースの脳裏には、色々な子どもの顔が浮かんでいった。今日笑顔で彼と過ごした託児所の幼児の顔、病気などないかのように楽しく過ごす病室の児童の顔、毎年彼のプレゼントを喜ぶ孫娘の顔、これから先おそらく死ぬまで、クリスマスを祝わない少女の顔。
一度目をつぶり、しっかりと開くと、サイト-8181のサンタクロースは相棒のルドルフに持ちかけた。
「吾輩に一つ、アイデアがあるのだが・・・・・・」

空白

ある朝彼女が目を覚ますと、枕元に一体のぬいぐるみが置かれていた。
ふかふかとしたぬいぐるみをここでもらったことは何度かあったが、これには初めて見るものがついている。
それは、赤い帽子と服を身につけた白ひげのぬいぐるみの胸に留まった、彼女にも読み取れるやさしい文章のメッセージ。

マロースからのプレゼントだ!
これからもよい子ですごしたまえ

「おじさん、マロースってだれ?」
朝食を運んでくるいつものおじさんに彼女が尋ねると、ややもたつきながらも彼はきちんと答えてくれた。
「あー、それはだね、マロースじいさんっていう、ここの子どもにプレゼントを配っていたおじいさんだよ」
「えっ、じゃあ、じゃあ、サンタみたいな人?なんでわたしを殺さなかったの?」
子どもにプレゼントを配る老人という点でサンタクロースを思い出した彼女は、怯えながら聞き返す。

彼女の知っているサンタは、プレゼントを配り子どもが油断したところを惨殺した返り血で服を染める殺人鬼だ。
配膳の男は顎をさすりながらゆっくりと言葉を選ぶように、彼女の疑問に答えた。
「マロースじいさんは、うん、サンタとは全然違うおじいさんだからさ。君の部屋にそのプレゼントを置いて、えー、頭を撫でたら帰っていった。君がよい子なら来年もプレゼントを持ってきてくれるそうだ」
男の話を聴き、彼女は腕の中の人形をジッと見つめ直す。

マロースじいさんは、彼女やこの男のような本当の人ではなくて、お話の中の人としか思えない。
でも、そんなことがあるのだろうか。
お話の中の人なのに、誰かを傷つけないで優しくする人なんて、あり得るのだろうか。
人形のつぶらな瞳を見つめ、彼女は結論を出そうとしていた。

空白

SCP-227-JPと呼称される少女の収容セルを、モニター越しにマロースと諸知は眺めていた。
満足気に髭をいじるマロースに対し、諸知はどこか不安そうに、被り物で覆われていない額を抑えている。
「・・・白井博士と杉内博士との合議の結果、今回は特例的にセラピーの一環として貴方の行動を許可することにしました。この取り組みが、対象の人格形成に有意義な結果であることを祈っています」
独り言のように小さく、だが語調ははっきりと諸知が呟く。マロースに伝えるつもりの言葉なのだろう。

「ふむ、有意義でなければどうするつもりかね」
「"マロースじいさん"の話を消します。具体的には人形の処分と、関係者──私と貴方も含めて──の記憶処理ですね」
間髪入れずに、諸知は言った。
その速さに、あらかじめ想定していた受け答えであることをマロースは悟る。
「まあ、妥当な落とし所であるな。しかしながら、吾輩は彼女、失敬!あのオブジェクトを良き方向に導く自負を持っておるよ」
二日に渡る禁酒の成果か随分と酒臭さは減ったものの、依然赤ら顔のまま堂々とマロースは宣言した。
「・・・・・・随分と自信があるようですね。心理学が専門でしたっけ」
呆れた様子の諸知に、マロースはウィンクし。
「いいや?だがね君、吾輩たち共産主義者は幻想ではないのだよ」
モニターの向こうでは、少女がぬいぐるみを抱え、生まれて初めての"おとぎ話"に微笑んでいる。

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