というお話だったのさ
評価: +8+x

その朝、ローズ・ラベルは背筋に異様な寒気を感じた。

これまで体験した感覚とは全く異なるものだった。何かが…静止してしまったかのようだった。そう、世界がだ。昨晩飲んだのはビール1杯だけで、それっきりでは酔いが回らない程遥かにアルコール耐性があったのだから、二日酔いと取り違えるなんてあり得なかった。無気力になるのもあり得なかった。摂取している薬にそんな効果は無かったのだから。その時点で恐らく状況など気にせず、出勤するのは明白だったのだろう。それからの日常生活は身体を駆け巡る感覚を別とすれば、いつも通りに進んだ。今の気分を紛らわせて、いつも通りにするという一切の努力も空しく、どうしても寒気は治まらなかった。さながら身体が細切れになったかのような感覚だった。

自動車出勤でも治まらなかった。ローズの車の車載ラジオは(車の購入からまだ1か月も経っていないのにもかかわらず)故障しており、交通量は最小限、仮に車に出くわしても最小限の暗騒音だけで、普段よりも波打っているかのような往路だった。30分後に施設裏手の駐車場に到着したものの、明らかに誰一人として出勤していなかった。早かったのかもしれない、彼女は腕時計を見た。午前8時45分だった。車の時計は6時15分を指していた。

けれどもサイト-19も同様に静寂が支配していた。研究員は誰一人としてホールを歩いていなかったし、割り当てられた持ち場へと急ぐ者もいなかった。明らかに問題が発生していた。一週間前に野良のミーム的効果が蔓延っていたからかしら?この場合、上司は把握していなければならなかった。あちこちの廊下を移動するとなると甚だ面倒だった。結局の所、原因は施設の構造に帰せられるのだから。収容違反の場合、スキップの脱走する可能性を最小限に抑えるのが主要目標となる。時ここに至ってローズは廊下をかなり進んでいったものの、彼女のオフィス(と数百メートル先の彼女の上司のエリア)を見つけ出すのは困難ではなかった。道中においてサイトは無音かつ平穏のままであり、天井の照明の点滅だけが完全な時間停止に陥ったわけではないと告げる指標の全てになっていた。ローズの心配事があるとすれば、サイトにおける無音と平穏ぶりにあった。オフィスへ向かう道中、あちこちで時計が掛けられた壁の前を通り過ぎた。ある場所では9時であり、別の場所では12時50分だった。

オフィス前の扉に座り込み、事務員がやって来て中に入れてもらえるように待っていた。けれども待ち始めて約2時間が経過しても、誰もやって来なかった。あとの手段はきちんと入室して名を名乗り、これまでの経緯を説明する以外に無かった。彼女からしたら驚くに値しなかったが、デスクは空で椅子には誰も座っていなかった。もう何年もの間、誰の手も触れてこなかったかのようだった。けれども上司がいたとして、効果の性質上彼の説得は無理なのではなかろうか?

「おはようございます。先週のありふれたスキップとの接触中に問題が発生した恐れがある旨を報告しに来ました。」沈黙が立ち込めた。ローズは数秒間待ち、ぎこちなく周囲を見渡すと、上司の居場所と推測した場所に向けて目を向けた。

「起床時、背筋に不穏な感覚の類がありましたし、身体の方にも奇妙な感覚がありました。欠落、えーと…身体に付属していた器官が欠落しているのを多分感じました。さながらバラバラになってしまったかのようなものです。私はそう思いました。」自分から発せられた咳以外、返事はなかった。

「ですから今朝の出勤時に通り過ぎた車1、2台は別として、私はどんな人間も知覚が不可能になったかのようでした。目にした時計はどれもバラバラの時間を指し示していて、ええとそれから、サイトでは物音を何も耳にしなかったと思います。研究員も、スキップも、何物にも出くわしませんでした。」この時点で、彼女は心臓の激しい高鳴りを感じていた。だがそれでも、原因はスキップにあると思っていた。

「だから現時点をもって、看護施設に赴き治療を受けてきます。上手くいけばいいのですが。つまり私が既に影響を受けていない場合になりますね。ありがとうございました。」最後にオフィスを一望すると、彼女は看護施設に赴いた。

今や全く別の廊下に足を踏み入れたのを別にすればだが。そこは施設の他の場所同様に白かったが、これまで見て来た建物内部と似ている所がなかった。天井は奇妙な色彩に染まり、名状しがたかった。心中に恐怖が湧き上がり、正しい方向と推測していた北へと急いだ。行く手には更なる廊下、場違いなセル、バラバラにして不鮮明もしくは被写体が痕跡さえ残さず、完全に見えなくなった写真、反対側の壁以外に何も映っていない窓があった。

効果の末期段階なのかもしれない。どうか効果が悪化しなければいいんだけど。

ローズは廊下を走り続け、必死になって出口を探した。来た時と同じ道を引き返しても見たが、直ぐに多くの道や迷路が発生する結果に終わった。彼女がここから脱出できた場合、財団が彼女の遭遇したスキップの真の能力の理解に当たって役立つだろう。少なくとも、忌まわしきもの相手のテストは止められるだろう。アイツとの接触を打ち切るには十分な理由になるでしょうね、違う?それが済めば、十分な休息にありつけるだろう。

まさに目の前でサイトが崩壊し、彼女が彷徨い始めてから何分も経過した。何時間も経過し、廊下を曲がり、発見の事後に引き返すと常に全く新しい構造物が生じていた。その場所に立ち止まり、写真に意識を集中させると、最終的には写真がバラバラになるか完全に消失するかのどちらかだった。かつてはサイト-19だった迷宮を何日もかけて通り抜けた後で、あの感覚はローズの足元にまで及んでいた。休む間もなく歩き続けたからという理由だけではなかった。まさしく全身に拡大しているのだ。全身がふらつくのを感じ、諦めたくなっていた。

遂に1枚のドアが現れた。そこは廊下の端だった。間違いなく出口だった。出口を求めて何週間も彷徨い歩こうとする気分でもない限り、彼女に引き返すなどという選択肢はなかった。ドアがサイト-19だった場所とは全く場違いな場所に設けられていたり、出入り不可能な幾何学的形態をしていたとしても問題ではなかった。どこかに通じているのだ。ここよりもマシな場所であるどこかに。彼女はドアを通り抜け、向こう側に至った。

そこは駐車場だった。ほとんど何も変わっていなかったが、空は別だった。空は漆黒で、その一角では色彩の不規則かつ急激な点滅が起きていた。ローズは束の間空を凝視し、視界に捉えていた。この規模の類を見るのは初めてであり、この後に起きる事を予測しようとしても無理な話であった。世界に何かが起きる。財団にとっても。彼女にとっても。彼女の生涯、選択、後悔、行動その全ては財団での勤務の中で築き上げられてきた…そしてそれらが無に帰すかもしれない脅威に晒されている。

振り返ると、ドアも、サイト-19も消滅していた。コンクリートと舗装道路しかなかった。闇黒は空から降下しつつあり、着実に彼女の下に迫りつつあった。正体が何であれ、この後に起きる事が何であれ、万策尽き果てていた。身体の不穏な感覚は治まらず、不調は悪化する一方であり、刻一刻と痛みも強くなってきたが、問題ではなかった。周囲の有り様を見る限り、彼女も消滅する運命なのだから。この後に起きる事が何であれ、それは終焉に他ならなかった。

ローズは地面にへたり込むと、果てしない闇黒を凝視していた。顔には笑みを浮かべて、運命を受け入れたのだった。


ご利用ありがとうございました!

なぜ今閉鎖を?

過去半年に渡って、利用者数及び財政支援が絶え間なく減少し続けています。これら問題の解決のために最善を尽くしてきましたが、リソースが枯渇する結果を迎えました。残念ながら全てが失われます。しかしながら艱難辛苦を物ともせずに我々の努力を支えてくれた、現役のユーザー層の方々に感謝の証を送りたいと思います!この投稿の末尾に、利用者様自身のwikiページを無料かつ比較的容易に、更にはお望みのままに製作可能なページへのリンクを貼っておきました。それだけではございません。最後の2週間が差し迫っている都合上、更なる情報につきましては以下のWikidot関連サイトをお気軽に御参照...

特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。