服を脱ぐ。
風呂に入る前には誰しもが必ずやることだ。
だが俺にとってはおそらく他の人よりも特別なことなんだと思う。
俺はなりは女だが自分では男のつもりでいる。
物心ついた時からそーだったしそれはどうこうできるもんじゃない。
でもどうこうされちまうんだ。
俺が普段着させられてる女モノの服は俺を男から女に変える。
比喩でも誇張でもない、文字通り俺の心は完全に女に染まる。
服を着てる俺は私だ、いかにもな奥ゆかしい女になってご学友と気になる男子について話す。
…そうだ、俺ではなく私には好きな男がいる。
同じ教室にいるやつだ。
勉強も運動も出来る坊主頭の野球部。
こいつもいかにもだよな。
でも私は惚れちまってるんだ。
授業中もぽけーっと見ちまってさ。
これが最近の私の悩みなんだと。
だが裸になった瞬間、私は俺に戻る。
大和撫子からひねくれたガキに帰ってくる。
さっきの記憶や気持ちが全部あるまま。
そうなる度に俺は吐き気がする。
俺に男の趣味はない。
私の気持ちを受けるような皿は持ち合わせてない。
でも確かに存在しちまってるんだからたちが悪い。
俺はその気持ちを押しつぶすように強く髪を洗う。
ああ、クソっ、長いのが鬱陶しい。
切りたい、短くしたい、いっそ坊主でもいい。
許されないに決まってるがな、俺じゃない、私は女なんだから。
湯船に浸かるのは俺の心を解きほぐすが、それと同時にどうしようもない現実を見せつけてくる。
俺の心は今は男だが、体はいつでも女。
男とは違う、出るとこが出て、無いものが無い体。
俺は自分の体を見るのが嫌いだ。
男であることが揺らぎそうになるからだ。
だがご学友サマはそんな体を羨ましいと言う。
憧れてしまいますわと。
冗談じゃない、男の体に見惚れるな。
おい、野郎ども、そんな目で見るな。
俺でどんなこと考えてやがる。
坊主頭、お前は私が好きなんだ。
顔を見ろ、胸を見るな、私に失望させるな。
私もこんな野郎をいつまで好きでいやがる。
自分から盲目になってんじゃねえ。
私の苦しみは俺にも来るんだ。
何倍にも、何十倍にもなって。
こんなことが毎日になってる。
俺は女になるつもりはない。
ましてや誰の女にもだ。
でも私はどうなんだ。
私はすっかりアイツの女になるつもりでいる。
悩んだってしょうがねえんだ。
どうせ寝巻きを着ればそこにいるのは俺じゃない、女の私だ。
だから耐えるんだ。
どうにもならないから。
俺が俺でいられるのは風呂に入ってる20分。
1日のうち、たったそれだけ。
たったの20分を耐えればいいだけなんだ。