スタンドアロン
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A「収容房で」

「私は自分がなんだって、そうしたいと思うことをできる、だから厭なわけではないんですよ」

「はい?」

私は、とあるゲームの名前を口にした。それは世界的に名作とされているロールプレイングゲームで、その物語の完成度もさることながら、その難易度の高さによって有名な作品であった。

「子供の頃に毎日のようにやっていた時期がありました。私の母親にあたる人は、いわゆる電子機械で子供が愉悦を得ることに好意的な立場にはいなかったので、私は1日のうち決められた時間だけ、それで遊ぶことを許されていました。子供の技術ですから、少し進んではすぐに全滅して、またやり直しになる。それでも少しづつ前へと進んでいって、何ヶ月もかけて最後の戦いの手前まで行ったのです」

「ははあ」

「私はそれを二度と遊ぶことはありませんでした……弟が。
私が何日間か、合宿で家を留守にしている間に、暇を持て余した弟が、先にやってしまったのです。本人はセーブデーターを間違えたと言い張りましたが、そんなはずはありません。挙げ句の果てには、もう一度俺がそこの手前までやり直すから、そこからお前がやれば良いと宣いました。後にも先にも、あれほど弟と喧嘩をしたことはありませんでした」

「あなたの今の精神構造は、それに近いということですか」

「そうです。私はこれまでの生活で……そう、それなりにいろいろと努力を積み重ねてきました。両親は私に強く期待をかけていました。学業の成績も良く、運動もとても得意な子供でした。通知表には毎回、『教えたことをすなおに実行し、身に付けることができる。努力を惜しまない』と書かれていました。
私はそれがひとつの誇りでもありました。努力をすることは苦ではありませんでしたから……」

「なんでも上手く行くからですか」

「そう辛いことを言わないでください。ですが、恥ずかしながらその通りです。今になって思ってみれば、私はとても憎たらしい子供だったことでしょう。誰よりも賢く、運動ができ、努力の報われないことはその人物の努力が足りないがためだと本気で信じていました」

「私からすれば、うらやましい限りですね」
賀茂川と名乗る女性は、私の話を聞くと、菓子箱の上で小さくため息をついた。

「それはご自身がそのような立場に置かれたことがないからでしょう。自分の努力が何ひとつ身を結んでいなかったと知ってしまったときほど、吐き気を催す瞬間はありませんよ。……だから私は私が嫌いです。殺してしまいたい、消えてしまいたいほどに憎らしい。……恥ずかしい。ただ恥ずかしくて、消えてしまいたい……」
私は、自分の脳が少し良くない方向に分泌物を出していることを察知し、それを消した。

「財団も、あなたの精神、魂……霊魂がどこに存在するのかについて強く興味を持っています。あなたが現在の収容設備で収容されているのは、その精神構造が大きく影響しています。もうすこし実験に協力的になっていただければ……ひょっとすると」

「私もそれを望んでいるのですが……ただ怖いのです。意気地がないのですよ。また何かをしてしまうのではないか、何かまたおかしなことに気づいてしまうのではないかと……」

「……では、また……そうですね、こころが落ち着くまで眠ることをお勧めします。起きていると……いろいろと考えてしまうでしょうから」

「……そうさせていただきます。では」

私はカウンセラーを収容房から見送ると、再び椅子に腰掛けた。
実際私はここのところ、眠ってばかりいる。無意識、意識が全てを支配している私にそんなものが本当にあるのかはわからない。ただ、子供の頃に覚えた、『眠る』という動作そのものはまだ真似できるようだった。

何かを考えていること自体が怖い。

無意識下の閃きというのは恐ろしいものだ。体を動かすために脳神経をすこし動かすだけでも、何か新しいことに気付いてしまいそうな気がする。
脳とは、意識的に何も考えないようにすることは不可能らしい。構造的に、無理やり使わないようにすればするほど、空いた思考スペースを活用してこれまでに得た知識の再分類・再構成が自動的に行われていく。それゆえに、歴史的な発見や閃きといったことは得てして、風呂場や起き抜け、夢の中などで為されている。
それでも、起きているのに比べれば眠っている間のほうが、『やらかさ』ない可能性が高いようであった。

私は何もするべきではないし、何かをしたいとも思わない。私は、ただ眠り、殺されるのを待つだけの存在でいることを望みながら、意識を切り替える努力をした。

わたしの意識が、また何か、よろしくないことに気づいてしまわないように。

C「彼の目覚め」

夢を見た。

わたしの脳は、最近はどうやら宇宙空間の夢を見るのがお気に入りらしい。
わたしはゆらゆらと浮かびながら、頭上を飛び回る無数の星々を眺めていた。
いつも見る夢と比べると随分と豪華な夢だな、と思った。

わたしの意識は、まだ夢を見せてくれる余裕はあるようだった。この間は、いろいろな怪獣が目の前を闊歩していく夢だった。怪獣たちは訳のわからない叫び声を上げながら、わたしを食べようとした。

その前はひどかった。わたしはおりの中に入れられて、ものすごい数の人間に見世物にされているのだ。財団の人間がおりの外でわたしの顔がついたせんべいか何かを売っていて、それは随分と繁盛しているようだった。

大量の菓子に埋もれる夢も見た。これは随分と享楽的な夢だったが、わたしはもはやそういったものに対しての執着を失っていたので、食指は動かなかった。

わたしは少しの間満点の星空を眺めていたが、そのうちつまらなくなってきた。最近はいつもそうだ。夢を見ても、自分の将来についての不安に押しつぶされそうになる。わたしは夢の中で目をつぶって、早く目がさめるように祈った。

明日こそ、ちゃんと財団がわたしを殺してくれますように、と。

B「ある職員の会話」

「SCP-650-JPを……彼を殺すことは、実際のところ不可能、というほどではないのではないでしょうか?肉体そのものだけではなく、その概念だとか、そういう……霊魂めいたものごと破壊できる物体を、財団は掃いて捨てるほど保有していると思うのですが」
「いやいや、クロステストの承認がうんぬん……という話を知らん訳じゃあないだろうに」
「しかし……端的に言ってしまえば……全能、というやつです。……それがなんであんな収容設備で、あんなクリアランスの元で保管されているのかわたしには理解できません。財団の理念うんぬんを置いておいても、破壊すべき対象として指定されてもいいと思うのですが」
「……まあ、まず第一に言えるのは、これまでに何かをしたという実績がほとんど残っていないから……だろうな。破壊しようとして何かが起きてもたまらんし、少数の実験記録以外に何かをしたという形跡もない。だいいち、収容されてから何回かのカウンセリングののち眠ったまま数十年間、一度も目を覚まさないような存在を、今になって改めて破壊しようという動きも起きんだろうな」

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