邂逅と対峙──暁にて──
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(2006年10月14日)

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靄の中の草原。

早朝、空は未だ暗く黒く、その色は蒼穹とは程遠い。秋の訪れを報せる微かに湿った風が静かに吹き抜け、乳白に染まった濃い霧が冷風に掻き混ぜられながら漠然と立ち込め続ける。霞みの向こうにある山並みは幻の如く曖昧にぼやけ、誰かの夢中であるようだ。夢の住人は二人。背の低い男と、高い男。膝までぼうぼうに伸びたススキを踏み締め、誰か、或いは何かを待っているような沈黙。彼らから幾許か離れた場所には、不気味な沈黙が支配する地には些か不釣り合いな二台の黒塗りの車両と、その付近で霧に紛れながら周囲を警戒する数名の黒服の者たち。むせ返るほどの濃霧と交ざった、やや異質で歪な背景と化している。

「……来ねえなァ。」

安っぽい葉巻煙草を胡乱げに傾けつつ老人特有の酷く嗄れた声を発したのは、枯れ木のように皺くちゃの、背の低い肥満体の男。薄黄色の縦縞カットシャツにノーネクタイのダークスーツ、その上から鼠色の大きなコートを羽織っているが、着慣れしていないのは火を見るよりも明らかだ。所々に黒い老人斑が浮いた肌はどす黒いチョコレート色。しかし左顔面から首筋にかけてを覆い尽す不気味な斑紋は火傷痕、それともメラニン色素のより一層の沈着であろうか、色黒の中でも一際目立つ。黒ずんだ皮膚とは対照的な胡麻塩頭は貧相で、それを隠すように小洒落た中折れ帽を頭に載せていた。

「予定時刻まで時間はあります。そう焦る必要も無いでしょう」

老人の言葉に応えたのは美しいテノール、しかしどこか冷淡で無機質な男の声。ざっと2mはあろうかと思われる長身だが身体は細く、軽く押せば折れてしまいそうな危うさと、それでいて不気味なしなやかさ、ある種の植物に似た強靭性を密かに併せ持っていた。ぴっちりとした喪服のようなダークスーツで全身を包み、黒いネクタイの締め方は異常なまでに完璧。白手袋を履いた両手を腹の辺りに添えながら湿った地面の上に直立し、機械のような動的沈黙を絶やさない。そして最も目を惹くのは喉仏から上の頭部を覆い隠す立方体の木箱で、光沢のある表面は高級感溢れる漆塗り、細い糸の様な覗き穴以外の凹凸は何処にも見当たらなかった。異様である。

「カッ!」斑紋の老人は喉奥に絡まった痰を毒か何かの様に吐き捨てた後、木箱の男を睨みつけて「こういうのは、若僧、あれだ、精神的な方面の問題だぜ。手前の為の集まりだってのに奥ゆかしさが足りねえんだ。近頃の同業者連中は皆似たような根性無しばかりで、どうにも白けちまう。根本的に日本語ってもんが通じねえのな」
「“長者の驕り”?」
「馬鹿言え、まだまだ俺ァ現役だよ。お前もな」
「……今回は“博士”も召集されたと小耳に挟んだのですが、中々姿を現さない様ですね」
「来るわけ無ェだろうが。あの青二才、ファンタスティック云々とかいう借りパク野郎の末路を良ォーく御存知でいやがる(面白れェほど博識さ)、小便漏らしてガタガタ震えてなきゃ良い方だ」
「其れについては同感です」

箱の男は頷き、そしてすぐに顔を上げる。隣の老人もまた眼を細め、前方の白霧に視線を向けた。遠く後ろで控えている屈強な男たちーーーヤクザと非合法なPMC(民間軍事会社)とカルトとセクトと“奴隷銀行”その他諸々から引っ張ってきた無個性な傭兵どもが銃を取り出すのを片手で制しながら、掠れ声で小さな呟きを洩らす。……来やがった。

霧の中から現れたのは、背の高い女だ。

「日本生類創研(Japan Organisms Improvement and Creation Laboratory)様と東弊重工(Tohei Heavy Industries)様ですね? お初にお目にかかります! 今回は「ワンダーテインメント博士(Doctor Wondertainment)™の日本上陸記念特別交流会」にご出席頂き、誠にありがとうございました! 私どもはとても嬉しく臨む次第です!」

発音やアクセントは申し分ないが、その発言の文脈はどこか奇妙だ。好奇心と偽善が手を組んだような言葉を投げ掛ける唇が閉じ、にこやかな微笑をその整った顔にぴったりと貼りつかせる。それと同時に、背後に広がる何もない空間がポン! と軽快な音を立てて爆発し、非科学の鮮やかな火花が彼女の姿を愉しげに縁取った。その後お辞儀をして見せた女の頭部をじっと見下ろす老人は、皺だらけの顔を顰めながら葉巻を捨てると、足元の大きな泥濘に落とし込んだ。言葉と共に口から吐き出される大量の煙は、あの懐かしく騒々しい石炭時代の鈍重な蒸気機関を連想させる。

「御大層にどうも、姉ちゃん。噂はかねがね、まあ大抵は悪いモンだ、な? 同じ穴の狢さァ。全く酷ェ話だ、虫唾が走って手がつけられねえくれェの有り様になっちまってるんだから。
俺は夏山。あんたの仰る通り、東弊重工のもんだ」
「私は日本生類創研-外来連絡調整担当室より派遣されました、鳥越と申します」

定型文の儀礼的挨拶。二人の自己紹介を聞きながら顔を上げ、女は再び微笑んで見せた。ビジネスライクなそれとは一線を画した正真正銘の笑みは、寧ろどこか恐ろしい。草原に吹き付ける風は生き物のように身動ぎし、その姿を刻々と変えてゆく。鳥越と名乗った箱の男は眼前の女をじっと見据え、胡乱な使者の動静を見極めようとしたが、この対峙が単に相手との滑稽な睨み合い以上の意味を持たない事に気付くのは暫く経ってからであった。彼は慎重に次の言葉を選んだーーーそれは教訓と懸念からの警戒だ。

“ミスター・ずぶずぶ”……先日資料を拝見致しました」
「すわ! “記念シリーズ”の一つを手に入れたのでございますか!? それは誠におめでとうございます!」
「確保したのは財団です。彼等は我々の超常サンプル獲得網を巧妙に掻い潜り、放流個体を迅速に回収しました。現在、あれは彼等が管理する多数の施設の内の一つに存在し、その保護下にあることが報告されています」

鳥越はすらすらと仔細を述べた。
少数の学者達の閉鎖的な学術研究コミュニティである日本生類創研は、その組織性質と情報機密上の観点から広域で活動する渉外工作員を組織中核に殆ど持たない。他組織との武力衝突や無作為被験者の調達(つまり、誘拐)は全て、専門の下請け機関の人員を雇って行うのが通例だ。その為、有事には末端を簡単に切り捨て情報を保全する事ができるが、財団のように大量の人員と綿密なネットワークを抱える巨大組織との駆け引きに競り勝つことは、余程の事が無い限り不可能に近いのだった。今回の場合も目標個体は回収班に早々に確保され、残されたのは協力的な外郭団体と財団の腐敗した末端エージェントから買収した、初期調査による雀の涙程の情報のみである。
東弊重工の老いた大使は何か別に思う所があるのか、荒岩の様な表情を崩さずに沈黙を守っている。日創研ニッソ東弊重工アズマは技術交換と情報提供によって一種の緩やかな協調状態にあるが、それが上辺だけの関係であることは何にも増して明白である。ニッソが未だ掴んでいない詳細な情報を独自の筋から手に入れ、それを出し惜しみしている推測は十分に出来た。自由な技術開発を提唱する両者であるが、突き詰めれば常に資金と資材を必要とし、その為に作品の開放を行う営利組織であることに変わりはない。専門分野ハタケは違えど売り出す市場は同じである彼等にとって、隣人とは苛烈な競争を行う宿敵と同義なのだ。
油断ならぬ老人の次言を制すかの様に、鳥越は静かに麗句を述べる。

「貴社の“ミスターズ”は毎度楽しみにさせて頂いております。国内に出回っている出来損ないの贋作と比べ、正規品の質の良さには眼を見張るものがある」
「なんとまあ、それは! 世界指折りの生物創造(animal create)の筆頭組織にお褒めを預かるとは大変光栄ですわ」
「いえ、私共は虫や魚や植物ならば有る程度自由に扱えますが、哺乳類、特に人間型の製作におきましては素人でして。脚一本、ゲノムの一部に手を加える事すら難儀しております。その点に限って言うならば、貴社の作品群は珠玉の芸術に等しい。消費者への献身と飽くなき切磋の軌跡が窺い知れるように思えますよ」
「端から見りゃア悪趣味極まるがな」夏山が戯けたような口調で口を挟んだが、実際は全く笑っていなかった。「どうやったらあんな酒呑んでクスリキメちまったサーカスの出来損ないみてえな発想に至るのか(まあ俺らも大概だが)、是非とも御指導御鞭撻のほど宜しく願いたいくれェだ」
「申し訳ありません、それは企業秘密でして」女は残念そうな笑顔で応える。「商品カタログならば直ぐにでもお出しできますが。『ワンダーテインメント™・タイム』誌の定期購読をご所望ですか?」
「いらねェよ」
「前向きに検討させて頂きます。ところで女史、私はあなたにお尋ねしたいことがあるのです」
「お好きにどうぞ!」

「何故なのですか」

一瞬、静寂が訪れた。空気の流れが止まったのだ。それは、不気味なまでに表情を変えぬ三者が抱える問題を解決する為に、“組合”によって設けられたこの奇妙な談合が、本来あるべき方向へ進んでいくために必要な最低限の沈黙だった。女は背後に回していた両手を動かし、下腹辺りで、ぱちん、と小さな音を鳴らして合わせると、子供のようにあどけなく首を傾げてみせた。

「仰っている意味が良く分かりませんが」
「あなたは充分に承知の筈だ。もし本当に判らぬのなら今この場で考えて戴きたい、“組合”加盟の二大組織と不変不朽のトイ・メイカーの使者が、此の時期に此の国でこうして顔を合わせるのがどのような意味を持つか。『ワンダーテインメント博士の日本進出記念版ミスターズ』。なるほど、私の上司は感心しませんでした。貴社の技術力には多大な賞賛を贈る準備がありますが、経営理念とその商法に到っては、深刻で否定的な意見しか持ち得ていません」
「残念です」女は数分前と全く同じ表情で落胆の意を示した。「昨今の経済不況を鑑みても、日本市場は非常に魅力的だと判断したのですが」
それが問題なんだろうが」夏山は葉巻を燻らせながら言う。「その市場の重鎮どもが傾城の最中にあると、何処で嗅ぎ付けた? まア当然だな、あのクソ忌々しい蟻の巣から毎日バンバン打ち上がる榴弾花火と、栄えある共同事業が灰燼に帰して意気消沈なニッソと俺らの口惜し涙が、海を渡ってお前らの過敏なセンサーにビンビン触れたって訳だ。まったく憎いぜ。俺たちの史上稀に見るカネと時間の無駄遣い、それに乗じるかのようなタイミングのヘビー級ワールドチャンピオンのご登場に色めき立った我らがスポンサー様がたは、早くも汚ねえカネの分配比率を再検討し始めやがったんだからな」
「私どもが提供する商品と皆様方の商品では、対象とする消費者層に大きな隔たりがあると思われます。今回の参入は双方の利害に合致していますわ」
「そうさね。だが此処はな、あんたらが好き放題やってたバカみたいにデケェ大舞台とは、ちと勝手が違うわけよ」
「独自の取り決め、慣習、或いは無言の内の秩序。この国において我々が形成せざるを得なかったものの幾つかは、現在においても有効に機能し続けています。アーティファクトの“広域実験”の際に守らねばならない条項は多すぎて供述出来ません(too many to telling)。……端的に評するならば、女史、我々はあなた方がそれらを遵守出来るとは到底思えないのです」
「勿論皆様が作り上げた全てのルールを正しく守ることが出来るとは、此方としては毛頭考えてはおりません。財団に対しても、この地では少し厄介な応対をしなければならないと想定しております。地道な歩み寄りが必要なのはどのような環境でも変わりはありませんからね。これまでに私たちがプランニングしてきた世界の諸地域の中で、排他的な歓迎に遭遇したことが何度あったとお思いで? 私どもは少々羽振りが良いだけの企業体であって(まったくお下品な言い回しですが)、それ以上ではありません。もし恐ろしい怪物に見えるのでしたら、それは賢明な判断とはとても言い難いですわ」
「見えるね。狭い島国で波風立てずにどうにかコソコソ立ち回ってきた俺たちにとっちゃ、外から来た連中は皆バケモンに見える。ゴジラか、ガメラか、メリケン風に言えばキング・コングか」夏山は苦々しげに葉巻を捨て、溜まった唾を吐き捨てる。「戦争が終わって、うら若き青二才カーターの計理士どもとファクトリーの商業化身(Business avatar)が日本に上がり込んで来てやったのは、俺たちのちっぽけな市場にがっぷり喰らいついてモグモグやって、汚ねえボロボロの穴あきチーズにしてから放り捨てる事だった。後からノコノコ遅れてやって来た連合と“叛乱”と財団にお溢れ残して、跡を濁さず飛んでっちまったのさ。全く酷ェ時代だった。商人そろばん兵隊てっぽう学者めがね役人せびろがここぞとばかりに手ェ組んで、手当たり次第に好き放題だ」

今となっちゃ笑える話でもある、と締め括ると、夏山は静かに次の葉巻を萎びた唇に咥えた。鳥越は木箱の中で光る眼を揺らして、ちらりと視線を隣人に向ける。彼とは長い付き合いになるが、半世紀以上も前の話を昨日の出来事のように語る黒ずんだ老人の姿には、毎度の事ながら筆舌に尽くしがたい奇妙な嫌悪と畏怖の念を、その表情の見えぬ漆塗りの仮面の奥で覚えるのであった。

「今更文句を言いたい訳じゃア無え。とうの昔に始まって、とうの昔に終わっちまった悪夢だ、そんな話を蒸し返して厚かましく文句を垂れるなんざ以ての外、末代までの大恥だろうがよ。
だがな、外人さん。気持ちの良い老後を過ごそうとしてる健気な連中の古傷を抉ってみせんのは、程々にしてはくれねえか。爆撃で更地になっちまった手前の家、軍人どもに荒らされてスッカラカンになった手前の作業場、見るも耐えねえザマを曝したまんまの手前の国から逃げ出さずに、馬鹿みてエに踏ん張り続けた連中の顔を、立ててやってはくれねえか。地下に潜って血反吐を吐きながら築き上げた俺たちのチンケなカラクリが、アンタら外資を噛み砕いちまわない内に」

がり、と、何か硬いものが砕ける小さな音が、何処かで鳴ったように彼等には思えた。実際のところ、其処には何ら変化は生じていない。ざわざわと揺れる薄の穂の中で対峙する三者は互いの眼を確と見据え、ガーター続きのボウリングピンのように定位置のまま、思惑を抱えた装いで佇み続けていた。日の出が迫る草原の冷たい外気を吐いて吸い、それが何度か続いた後に、語らねばならぬ女が口を開く。

「戦争と収奪(War and Exploitation)」

の言葉。女は笑みを絶やさない。

「近い将来、我々に到来するもの。我々が恐れ、拒むもの。我々が総力を挙げ対処しなければならないと本能的に察知する、我々の敵。可笑しいと思いますか? 年老いた玩具屋の狂った発想だとお笑いになりますか? いいえ、それは間違いです。何故なら、それが唯一無二の事実であるからです。
かつて同一の境界線上に位置しながらもその教義と目的を異にし、袖が触れ合えばたちまち起こる刃の交えを躊躇わなかった人々は、今では第三者が唱える強力なイデオロギーの下へ自ずから寄り集まる選択に、些細な迷いを覚えることすら無くなりました。開け放たれた多様な道程に手を伸ばし、遥か昔に袂を分けた筈の無数の奔流(stream)は再び収斂へと向かい、20世紀の終わりを迎えた世界でSCPFとGOCとザ・ファクトリーが覇を唱えました。それは余りにも利己的で脆弱な我々の組織を容赦無く覆い尽くし、圧倒的少数派の群れを圧倒的多数派の枠へと嵌め込んでゆく冷たい貪欲なシステムです。プロメテウス研究所を御存知で? 恐らくは、あれと同じ道を辿るでしょう。我々は看守によって塀の中に押し込まれ、死刑執行人によって無惨に殺され、プロモーターによって一つの無味乾燥な製造ラインに成り下がることを自らの手で選択し、それを疑ってみせる努力を記憶の内より最早完全に忘却する。これを戦争と云わずに何としますか。収奪と呼ばずに何としますか」

ワンダーテインメントの女は語る。伝えるべき意思を語り続ける。

「皆様、我々は此れを良しとしません。ドクター・ワンダーテインメント社代表取締役会並びにフォーカスグループは、弊社を取り巻く国際情況を営業活動に於ける深刻な課題と位置付け、その障害を打破する為の凡ゆる戦略提案と無制限の製品開発を取り進めることを決定致しました。延いては日本市場、つまり第二次世界大戦前後に創立及び発展した零細超常組織群のガラパゴスと化した特殊経済複合体の現状を把握し、最終目標である躍動的特異経済理論(Dynamic Anomaliy Economics)構築の足掛かりとさせて戴きます。有力組織である二社とは良好な関係を維持し、必要とあらば技術交換の準備も行わさせて貰う所存で御座います。
寄る辺なき身体は、自身の手脚で支えねばなりません。来るべき日への備えを、共に行いましょう」

雄弁ではないが強力な決意に満ちた声で彼女は語り終え、役目を終えた口を静かに閉じる。……演説に圧倒された老人と青年の眼の色を伺い、ニコリと頬を揺らしてみせて。その仕草を見た者の中にはとても淋しげに思えた人もいるだろうが、少なくとも、微かに浮かんだ思惟の断片が誰かに取り沙汰されることはない。続けて響き渡った銃声が、彼等彼女等の眉を顰めさせた。背後では寡黙な傭兵たちが円状に固まり、中心で物言わぬ死体となった同僚の男を囲い込んでいる。頭を大型拳銃で無造作に撃ち貫かれたそれは、小さな機械を右手に硬く握り締めていた。

「財団か」夏山が舌打ちしながら呟く。「テメエの所の雇いじゃねえか、鳥越よ」

「これは失礼を」箱の男はクルリと頭を回し、しめやかに失態を詫びた。南玄会から仕入れた者だ。今後あれとの契約は控えねばならなくなった。敵の手は想像を絶する程に遠いが、また近い。「この地域一帯は電波混信地帯ですので情報が外へ洩れていることは無いでしょうが、念の為、件の委細は次の機会に」
「異議無し」
「仕方のない事で御座いますね! 同意です!」
「では、再度席を設けることにしましょう……しかし、なんともはや、興を削がれましたね」

興を削がれる。鳥越が放った言葉は、偏に死んだ男だけに向けたのであろうか。外資の女は既に落ち着きを取り戻し、ただ其処に立っている。談合が終わり、油断ならぬ男たちが踵を返し、それぞれの根城へと去って行った後も、彼女は同じ場所で同じ笑みを貼り付けながら、朝靄の中で佇み続けていた。読めぬ思惑。だが、その一端は明かされている。闘争の為の談合。閉ざすものと、壊すものと、際限なく吐き出すものへの最大限の反抗。死に物狂いの試みになるだろう。目を閉じれば、空前絶後で前代未聞の、笑い出すほど滑稽な地獄絵図が簡単に思い描ける。それは児戯の戦争だ。だが、女は静かに笑い飛ばす。知ったことか、最初から自分たちはトイ・メイカーなのだから。それに、と女は更に微笑みを浮かべる。彼等もまた、自分たちと同じ眼をしていたのだ(それは幾分か屈折していたけれど)。大騒動を期待する、無垢で無邪気な子供の眼。いつになるかは解らぬけれど、きっと誘いに乗るだろう。

東の空が不意に明るく輝き始め、山並みをぼうと照らしてゆく。女はクスクスと笑いながら歩を進め、軽快なステップを踏みながら下手な口笛を吹いた。身包みを剥がされ足下に転がったままの“敵”の姿を認めると、すまぬとばかりに御辞儀してから懐から何かを取り出す。小瓶から零れる薄黄色の発泡は、朝陽に照らされ眩しく弾け、しかばねを楽しく覆った。……どうか、わざわいなきように。

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