緊張と解放
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SCP-2006は脱走していました。彼は何故、どのようにして脱走したのか理解していませんでした。しかし、とっさの思い付きの結果、緊急アラームが鳴り響き、扉は開け放たれ、何とか監視に見つかることなく周辺の森へと逃走しました。彼は、初めて来る場所に向かって威嚇するように笑いました。彼はとうとう、世界を怖がらせ、すべての人間を怯えさせ、人類の心を恐怖に陥れる時が来たと考えたのです。人間の弱っちい脳みそなど、言葉では言い表せないほど恐ろしいRo-manには敵いません!少なくとも、背後から驚かせる事はできます。彼の学んできた脅かしと恐怖は、究極の恐れを生み出すのです。

ブンブンと音の鳴る猿の体のロボットは、深い森林の中を歩き巡りました。きれいな毛皮が泥で汚れて台無しになることに最初は腹を立てましたが、そのうち、泥が自身の嫌悪感、不気味さ、怖さをより引き立ててくれることに気が付いたのです!それに気付くと、彼は泥を振り払うのをやめてしまいました。彼が歩いている時、足で枝を折ってしまい、鹿が彼の方を見ました。数秒後、その動物は驚いて目を見開くと方向転換をし、モンスターの視界から一目散に逃げ去りました。彼は、自身の作戦がうまくいったのだと理解しました。

数時間程度森林をゆっくりと歩き、亀に向かって叫んだ後、恐ろしい獣は自分が硬い地面、歩道に立っていることに気が付きました。歩道は常に家に通じ、家は常に人に通じ、人は死ぬほど驚かせてやるチャンスに通じる!そのことに気付いたSCP-2006は大喜びしました。彼は最も恐ろしい方向、左を向きました。

しばらく歩いた後、彼はターゲットを、それも沢山見つけました。付け加えると、ターゲット達は皆バラバラの被り物や衣装、装飾を身に着け、本当の正体を隠していました。SCP-2006は何故彼らがそのような格好をしているのか知る由もなかったですが、1つだけ分かっていることがありました。Ro-Manからの恐怖を隠せるほど強力な被り物は存在しないということです。

ゆっくり確実に、彼は子供達の背後に忍び寄りました。残り5歩、4歩、3歩、2歩、1歩…ガォー!彼の前の子供はバッグを落としてしまい、沢山のお菓子やキャンディがこぼれ落ちました。その子供は驚いて少し前に出た後、モンスターを見つめ返しました。その顔は青白く塗られて、良く似合う鋭いプラスチックの牙が生えていました。

「ちょっとあんた!あんたのせいでぼくのキャンディが落っこちちゃったじゃないか!」子供がキーキー声で怒りながら言いました。

「キャンディガ落チタコトトワレノチカラハ関係ナイゾ!オソレオノノケニンゲンドモメェェェ!」SCP-2006は腕を振り、上下に飛び跳ねながら叫び返しました。

するとスパイダーマンの仮装をした別の子供が尋ねました。「お前、こいつのこと知ってる?」

「見当も付かないよ。これだから知らない人には気を付けろって言われるんだろうね。」ヴァンパイアの仮装をした子供がそう答えると、子供達一同は笑いました。

「お、お前達…僕のことが怖くないのか?僕は怖がって欲しいだけなのだが…」SCP-2006はひどくがっかりした様子で、静かにそう呟きました。

「もしそれがあんたの仕事ってなら、全然向いてないよ。よしお前ら、こいつに脳みそを食われる前に行くぞ!」ヴァンパイアがそう言うと、子供達は嘘っぽく叫び、大声で笑って走り去りました。SCP-2006は打ち拉がれていました。

「僕の今までの人生は全部嘘っぱちだ。」意地悪な子供達に冒涜されてしまった強靭な獣だったモノは言いました。「どうやったらもう一度彼らを叫ばせられるんだろう?」

彼が驚かせようとした子供達のグループから、まるで呪文のように「トリック・オア・トリート!」という声が聞こえてきました。彼が歩道を見下ろすと、彼らがつま先で音を鳴らし、腕時計を確認しながらドアの前で待っているのが見えました。すると、ドアから女の人が出てきたのです。

「こんばんは子供た…なんてことなの!あなたは今までに見たことが無いほど恐ろしいヴァンパイアじゃないの!」女性は大袈裟に言いました。SCP-2006には、これは本当に恐怖しているように見えました。

「ガォー!僕はヴァンパイアだ、お前の血を吸ってやるー!ふっふっー!」子供は酷いトランシルヴァニア訛りでそう叫びました。

女性はこう叫びました。「まぁまぁ、恐ろしくて死んでしまいそうだわ!キャンディをあげるからどこかへいってちょうだい、悪霊さん。あぁ、他の子たちもね。」子供達はお礼を言い、次の家へと向かって行きました。

それを見てSCP-2006は閃きました。彼は以前に、ドラキュラやノスフェラトゥのような吸血鬼のことを聞いたことがありましたが、それらはもう古いと教わっていました。しかし、どうやらそれは嘘を教えられていたようです。また、最も恐ろしい生物とは恐ろしい怪物などではなく、あの子供達のように小さい生き物であると気が付いたのです。彼は考えをまとめました。彼は小さくて、蒼白く、全裸で、窪んだ眼に鋭い爪と歯と耳を持ち、口から血を滴らせる人間の子供に似た姿に変身しました。彼は興奮して飛び跳ね、四つん這いになって子供達がいた家へ這って行きました。

そのまま這い進み、ドアフレームの上にぶら下がってノックしました。すると先程の女性が現れました。

「こんばんは、誰かいるの?」しかし、ドアの向こうには誰もいませんでした。「悪戯ね!このクソガ…」

「悪魔ノ怒リニ立チ向カウ覚悟ハイイカ矮小ナルニンゲンヨォォォ!!!!!」そうSCP-2006が叫び女性の前へ飛び下りると、甲高い悲鳴が上がりました。女性は恐怖のあまり卒倒し、家の中へ倒れ込みました。

「ハハハハハハハ!僕、すごく怖かったでしょう?」彼女からの返事はありませんでした。「ハハ、恐怖のあまり動けないのかな?」またしても返事はありません。「…僕、次の家に行っちゃうけど、いいよね?ごきげんよう、奥さん。」彼が家を去っても尚、女性は動きませんでした。

彼は一軒一軒回り、近所のすべての大人、または子供がいる場合は子供をも怖がらせました。これはSCP-2006にとってかつてない楽しいひと時でした。彼はとうとう唯一の人生の目標、できるだけ沢山の人を最良の方法で怖がらせる事、を達成したのです。ひょっとして彼はRo-manより優れた最高の形態を発見できたのでしょうか?どうやら、そのようです。そしてそのうち、彼は先程、最初の方法で怖がらなかった子供達に追い付きました。

「やぁ子供達、僕はより恐ろしくなって戻ってき…」

SCP-2006の声は、全力で走り去る子供達の、今度こそ本気の叫び声によって遮られてしまいました。SCP-2006は喜びのあまり大笑いしました。その後、彼は休憩の為に木の枝に座りました。彼は午後6時から人々を怖がらせていましたが、現在はもう10時30分を回っていました。もう休む時間です。彼が横になって眠りにつこうとしていたその時、何かが彼の目を引きました。

とある家です。その家は暗く、散らかっていて、落書きだらけでしたが、はねつける、というよりもむしろ歓迎しているように見えました。SCP-2006は困惑しながらもその家へ引き込まれました。彼には見えない触手に捕まれて、ドアへ引き寄せられるような感覚がありました。SCP-2006にとってこの状態を恐れる理由はありません、なぜならそこには目に見える、彼を怖がらせられる怪物や脅威、つまり、彼を傷付ける方法はなかったのですから。

しかし彼には、この家は何かがおかしい、何かとても恐ろしいものがあると感じられました。それは視覚、聴覚、味覚、触覚のいずれでも感じられませんが、心では感じるのです。SCP-2006はこれをどう表現するか考えました。もしかすると、恐怖?それとも、不安?分からない。分からない。未知の恐怖。不確実な知識、何かが起こるという確信。この家では確実な事など存在せず、何が起こるのか分からない。どんどん未知に犯されていく、その事にSCP-2006は恐れました。

午前3時、SCP-2006が家から出ると、最悪の事態に備え武装した兵隊、研究員、そしてフィールドエージェントらによって囲まれていました。しかしSCP-2006はただ歩き、何も言わずRo-manの姿へと変身しました。彼は臨時収容トラックへと乗り込みました。同行する機動部隊隊員たちは事態を飲み込めていませんでしたが、銃は常に彼に向けられていました。そのままサイト-118へ輸送され、最終的に再び収容室へ収容されました。

次の日の朝、今朝こそ収容違反は起こる事なく、サイト-118でサイト管理者のオウィングスと研究員のルーフが会議を開きました。

「それで、ルーフ君。あれから2006の様子はどうだね?」

「彼はただ収容室の隅で座っているだけです。話もせず、動きもせず、何もしません。この3時間もの間、彼を棒で突いたり、彼の収容室でどんな者でも狂ってしまうような周波数を流したり、沢山の質の悪いSF映画を見せたりしましたが、一向に動こうとしませんでした。」

「彼の収容を確実なものにする唯一の方法は、現在の姿を保たせる事だ。それは確かに難しい事だが、我々はやらねばならない。」

「サー、お言葉ですが、SCP-2006は昨夜、何かを学んだようであります。しかし、我々にはそれが何なのかが分かっていません。」

「ならば、君にはそれが何故なのかが分かるという事かい?」

「彼は進化したのです。肉体的にではなく、精神的に。今や彼は、どんな怪物や神、そういったものが廃れ得るし実際廃れてしまうと知っています。しかし、私が推測するに、彼は原始の恐怖は全く進化していないと確信していると思われます。いいですか、サー?」

「あぁ、ルーフ君。」

「シャイニングという映画を今までに見た事は?」

「勿論、Yesだ。」

「ウェンディがジャックの書いた同じことがひたすら書かれた原稿を調べているところを、ジャックがゆっくりと近づいていくシーンは?」

「あぁ、知っているとも。」

「SCP-2006はサスペンスを知っているのです。隅で横になっている彼はジャックとなり、そして私達全員がウェンディなのです。彼は自分のやろうとしている事が分かっています。我々が手探りの状態で戯れている間にゆっくり這い上ってきているのです。我々には彼が何をするのか全く分かりませんが、この張り詰めた緊張をいずれ解放するつもりなのでしょう。」

「私達は皆、彼が核による大災害や、大量殺戮や、他の何か恐ろしいものになることを恐れていた。」

「しかし、我々は彼が、恐怖そのものになる事までは恐れていなかった。」

張り詰めた沈黙が会議室に満ちました。その沈黙を破ったのはルーフ研究員でした。

「何事にも備えましょう。この緊張がいつ破られてもいいように。」

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