51番目の州
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恐る恐る目を開けても、別にいつもと変わった様子は無かった。

目が覚め、おもむろにベッドから出た私が部屋のカーテンを開けると、春らしい暖かな日差しが照りつけてきた。ふと時計を見遣るともう正午を回っていた。昨日までの2ヶ月間ずっと仕事詰めだったから疲れが溜まっていたのだろう。そんなことを考えるうちにお腹が空いてきた。昨日の夕食以降何も食べていないのだから当たり前と言えばそうなのだが―—兎に角、私は昼食を摂ることにしたのだった。

缶詰とクラッカーを口に運びながら私はこれから何をするかを思案していた。2日前に同僚に送った通信への応答は無いからここを離れるべきなのかもよく分からない。私が参加していたプロジェクトが昨日までなのは聞いていた。しかしその後の命令については無かったし、このキャビンにはインターネット回線は導入されておらず情報の収集にも一苦労だ。ここまで考えたところで折角の休み(勝手に休んでいるだけだが)になんで仕事のことを考えているのか、と私は私自身に突っ込みを入れた。しかし、長い間忙しかったせいでこの仕事の前に何をしていたのかあまり覚えていない。もっとも、覚えていたところで最早どうでもいいことかもしれないが。結局私は、こんなところで腐っているだけなのも良くないだろうと気分転換の為に散歩に行くことに決めた。

建て付けの悪いドアを開け表に出た私は、初めにキャビンの庭にある簡素な墓地の前に立ちふと思いを巡らす。墓地の入口の正面の墓に入っている彼女は、私の上司として事態の収拾に当たっていたが6日前に自殺してしまった。彼女は何を思って自殺したのだろうか。その答えを私が知ることは永遠に無いだろう。彼女の隣の墓も、そのまた隣の墓も、この墓地にある墓は皆同じようにして死んでいった私の同僚たちの墓だ。

墓地を後にし、取り敢えず私はここから一番近い町であるビショップへ向かってみることにした。2ヵ月振りの屋外は中々に心地の良いものであった。静寂の中、時折吹き抜ける風と鳥の声が奏でる音色は美しく、若草と土の香りが鼻腔をくすぐる。どうせ誰も来ないのだし道端で昼寝してしまうのもいいのかもしれないが、それには若干混じる生臭い匂いが邪魔なのが残念だ。

しばらく歩くと建物と人だったものが段々と多くなっていく。かつて4千人程の人が住んでいたこの町だが、今では4千の死体が転がる町へと変わってしまった。エリック・ショットのパン屋には誰も食べることの無いパンが並び、この辺りを居住地としていたインディアン・パイユート族も滅んだ。観光地である鉄道博物館とマウンテン・ライト・ギャラリーにももう誰も訪れることは無いのだろうか。さっきまで美しい音を奏でていた風は乾いた、寂れたような音を奏で、鳥は死体を啄んでいる。嗅覚はあまりの腐臭に悲鳴を上げていた。

何だかいたたまれなくなった私は町を出ようとした。すると、血痕が付いた一枚の紙片が落ちているのを見つけた。気になったので裏返してみると、そこにはこう書かれていた。

恐れることはありません。51番目の州は神に約束されています。

50の州と、ある程度平和な世界があればそれで十分だ。そう思いながら私はビショップを後にした。朝起きた時と変わらぬ照りつける春の日差し。今日はとてもいい天気だった。

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