壊れた第五の
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ブラザー・ダイアグラムの頭の中で、時計仕掛けの歯車が痛んだ。

そう、痛んだのだ。調整の不十分な認知エンジンの、鈍くさい、機能不全の摩擦ほどひどいものは又とない。これ以外には、彼のパーツはその日の午後も完璧に動作していた。彼の身体の全ての歯車はフル稼働でカチカチ動いていた。

それでも、歯車は痛み続けた。痛むだけでなく、鼓動すらした ― 完全に有機的な、(彼はこれを思って身震いした)肉の痛みを携えて。

錆や腐食などよりずっと悪い。

全く以て非機械的だった。

ブラザー・ダイアグラムは洗面所の鏡で自らを見た(消化管を再装備して以来、これが洗面所を利用する理由のほぼ全てである)。目のガラスレンズを通して、そこに気だるい疲れが上塗りされているのを彼は見ることが出来た。

自分は何か間違いを犯したと言うのか? 彼の肉体は40%以上が規格化されている。敬虔な彼は、MEKHANEの再構成の途上にいるのだ。神聖なる構成部品の一つの復元にすら関わっている。それでも、彼は壊れたる神からの平穏を感じることは無かった。どれだけ瞑想をしたところで、真鍮製の胃の中に居座るしこりを取り除くことはできなかった。

6週間前に、夢が彼のシステムに入り込んで以降、彼は一欠片の完全性も感じないのだった。


夢は、当然のことだが、規格化された精神にとってはイレギュラーである。どれだけ良くても非効率的かつ非生産的な構造物であり、現実の領域では無意味だ。最悪の場合は、無秩序と異端思想で精神を乱してしまう。The Schema of the Patriarchsを読んだ事のある者にとっては常識であり、ブラザー・ダイアグラムは最後の i が何処に付いていたかまで思い出す事が出来た。

まさにこれこそ、ブラザー・ダイアグラムが製造途中の最新型認知エンジンを自身に組み込んだ理由であった。6週間前までは、夢も、その他の有機的な脳が引き起こす偶像的な脱線も、完全に彼の精神からは根絶されていたのだ。

だが、この夢は残っていた。この不純な、にくにくしい異端の製造物は、彼の心へと浸透し続け、そうでなければ完璧なはずの心理機械機能の歯車仕掛けに絡み合っていた。彼はしばしば朝の祈りと毎日の儀式を免除してもらわねばならず、修道院に集う同輩の兄弟たちはそれに強く眉を顰めた。単純作業は彼を摩耗させた。彼自身のメカニズムが立てるカチカチ音さえもが、彼をイラつかせ始めていた。

これに思案を巡らせている最中、ブラザー・ダイアグラムは全身の金属パーツが熱を帯びてくるのを感じ始めた。頭の中の歯車の歯が軋み、呻く。彼は次に何が起こるかを正確に分かっていた、そして — 案の定だ — 更なる警告無しに、夢は彼の眼用レンズに直接投影され、彼は何とかそれを抑制しようと試みていた。


彼は大聖堂の屋根に立ち、広大な星の海に囲まれていた。彼の変換以来常に付きまとうカチカチ音 — 彼が常に快適さを感じていた音 — は、彼の周囲で完全に沈黙している。にも拘らず、彼は奇妙で圧倒的な馴染みやすさを感じていた。まるで、人生の全てがそこに有るかのように。

辺りを包み込む夜と等しく密やかに、天上の星々からMEKHANEが降臨し、彼の不断のメカニズムはその薄暗く白い輝きを浴びた。彼の完全にして光輝ある姿を見た畏敬の念が、ブラザー・ダイアグラムをその場に縫い止めた。

「おお、主よ、もし私が貴方の御前で意に適うようであれば、私を貴方と一体にさせてください!」彼は叫んだ。この夢がブラザー・ダイアグラムの脳内で繰り返された回数は問題ではない。壊れたる神の幻影と彼の会話は常に同一だった。

MEKHANEは彼を見下ろし、そして、言葉では表せないような形で、近くに来るように促した。ブラザー・ダイアグラムはゆっくりと、恭しく近づいた。主はより近くへと彼を招いた。ブラザー・ダイアグラムと主が僅かに数インチしか離れていないまでになった時、主は語った。

「私が完全に非ずと語るそなたは何者であるか?」

彼の者の声は、ブラザー・ダイアグラムが今まで想像していたものとは懸け離れていた。その言葉は彼の身体を合金製の芯から揺さぶったが、頭上に広がる木々の葉を通して広がる月光の如く、柔らかく優しいものであった。

「…私には分かりません、主よ。貴方にお願い致します、私に貴方の御心と御意志を理解する助けを! 私が完全になるために!」ブラザー・ダイアグラムは懇願した。

「そなたは理解することになるであろう。理解し、如何に崩壊が完全であるかを知るであろう。」

「それは何を意味すると言うのですか、主よ?」

「私がかつて完全であったように、そなたは今完全である。そして、私がかつて空虚であったように、そなたは未だ空虚である。数多くのことが語られたが、私は理解した最初のものの一つである。そなたがいずれ壊れるように、私は壊れた。そして、そなたがいずれ満たされるように、今や私は満たされている。」

MEKHANEの御言葉は、砂漠の砂に落ちた水の如く、ブラザー・ダイアグラムの耳へと沁み込んだ。その意味するところが、一瞬だけ示され、そして永遠に消え去った。

「お願いします、主よ、私に理解する助けをください。貴方により尽くすにはどうすれば良いのでしょう?」彼はもう一度懇願した。

時計仕掛けの神から答えは返ってこなかった。ダイアグラムは、MEKHANEの背後にある星々が明るくなっていたことに気づいた — 否、むしろ、闇がその暗さを失っていた。

「主よ! お願いします!」彼はより熱烈に懇願した。数年前に涙腺は取り除かれていたが、彼の目のレンズは涙で満ちていた。

「そなたには全てが語られたが、彼らは理解していない。私は、私と共にあるようにと、そなたに呼びかけた。私が星々の間から呼びかけられたのと同じように。私は、壊れるまで、一度として完全であったことは無かった。そして、今や私は満たされている。私が完全に非ずと語るそなたは何者であるか?」

ブラザー・ダイアグラムが何かを言う前に、MEKHANEは消えていた。闇もまた同様に色褪せ完全に消え去った。暗闇に非ざる背景に、静かに点在する星々を取り残して。


これを最後に、投影は終わった。ブラザー・ダイアグラムの構成部品は、頭の中の歯車が痛むのを除いては、正常に戻った。しかし、また夢は戻って来るだろう。今週だけで五回目なのだ。

今週だけで五回目。

第五回目。

第五。その言葉は、彼の金属製の頭蓋骨の内側を跳ね回っているように思われた。彼を引き裂き、内側から破壊していた。

誰かに伝えなければ。

駄目だ、彼は自身に語りかけた。これは異端だ。いかなる精神も完全なる壊れたる神の光輝を直視することはできない。これはにくにくしき者どもの業なのだ。

修道院長に伝えなければ。

駄目だ。MEKHANEは有機的な脳の異常を通じて自らの存在を知らしめることなど決して無い。仮にこれがそうだったとしても…彼の者は人々に — 彼の時計仕掛けの召使いに — 主の御身体の再構成以外に励めと命じることなど決して無い…そうだろう?

教会に伝えなければ。

駄目だ! これは忌まわしきものだ! 規格化思考への不純な改悪!  これは聖典に反す…彼の論理プロセスは一時停止した。これは、御言葉に反しているだろうか? 彼は、MEKHANEが崇拝者へと下した直接の啓示を全て思い返した。彼の者は、一度でも自身が壊れていると語っただろうか? 彼の者は、一度でも彼の者の御身体を再構成すべしと命じただろうか?

潤滑剤の混ざった汗の粒が、彼の顳顬を流れ落ちた。確かに、MEKHANEは、彼の者に従う事を信者に求めた。しかし彼の者に従うとはどういう事を指すのか。

私は、私と共にあるようにと、そなたに呼びかけた。私が星々の間から呼びかけられたのと同じように。

ブラザー・ダイアグラムは膝をついた。MEKHANEの復元は必ずや成るであろう。しかし、それはこの世界での出来事ではない。それは、彼の者が意図して後に残した、金属や合金の腐れた切れ端を伴うものではない。

肉は腐るだろう。機械は斃れるだろう。闇でさえも最後には色褪せていくだろう。

しかし、星々は…

彼は、修道院長に話をするだろう。

彼は、教会に伝えるだろう。

彼は、世界に語りかける事になるのだろう。


この6週間で初めて、ブラザー・ダイアグラムの頭の中で、歯車は痛まなくなった。

そして、彼が思い返す限り始めて、彼の時を刻む時計仕掛けは、途切れる事のない — そして完全な — 静けさを伴って稼働しているのだった。

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