翠の王子
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市場はいつものように混み合っていた。船の貨物を積み降ろしするさなか、商人は品物を売るために喧噪に負けまいと声を張り上げ、様々な色とりどりのアクセサリーが売れていった。全ては強烈な潮の香りの下にあった。

カレブはそんなことには全く興味がなかった。一生懸命ではなかったものの、彼はただひたすら何が入っているかも分からぬ木箱を舟から降ろし、ドックに置いていった。辛い仕事ではあったが金払いは良く、この作業は特に金が手に入った。理由は色々あるが、貨物の持ち主が、そのサイズの積み荷に通常支払われる分の倍も船員に支払っていたのだ。誰も中に何が入っているか知らなかったが、そんな大金のためにも、カレブはあまり尋ねようとは思わなかった。

カレブが分かっていたことは、たとえ中身が何だろうと重いものだということだ。貨物をつり上げ、船の上甲板からドックに下ろすのに男3人がかりでロープを扱う必要があった。それでも箱の底が着くときに重い衝撃音が響いた。

太陽が昇るにつれ、作業はより厳しくなるばかりだった。カレブの手は汗ばみ、次第に疲労していった。だが運ぶ木箱はあと2、3個だけであった。今仕事をやりきって早く家に帰った方が日中の時間を多く使えて良い。

そのとき、突然幼い少女が目の前の大勢の群衆をものともせず走ってきて、ガイドロープを通り越し、ドックに乗った。誰かが止まるように注意するよりも早く、彼女の存在に気がつく間さえもないまま、彼女は緩んだ床板の上を軽快に走っていた。まさにそのとき木箱を持ち上げていたロープが破断した。

次の瞬間はカレブの記憶に永遠に刻みつけられることとなった。彼はロープがぷっつり切れる音を聞き、その真下に少女の膝があるのが見えた。彼女に声をかけようとしたが、この状況ではもう何の役にも立たないと分かっていた。彼は木箱を見ているしかなかった。木箱はみるみる速度を増して彼女の頭へと近づいていき…

世界オカルト協会:タイプ-グリーン実体の超常的能力の発生順序


この文書では、典型的なタイプ-グリーン実体の能力が現れる順番について概説する。この段階はタイプ-グリーンに典型的なものではあるものの、必ずしも全ての事例を代表するものではないことを心に留めよ。また多くの事例においてタイプ-グリーンは様々なレベルの能力を同時に発生させることがある。

レベル0:自動防御行動
基本的にタイプ-グリーン実体が初めて能力を経験するのは、急に知覚した脅威に無意識に反応してのことである。この反射行動が起こるメカニズムには不明な部分が多いが、アドレナリンや激しいストレス反応に関わるホルモンの値が上昇することによって現実情動力の発生がより容易になるためであるとみられている。

…そこには何もなかった。

カレブは目を疑った。木箱が消え失せたのだ。どこにも痕跡はなかった。ロープの一本も、木の破片も、箱の中に入っていたものも一切なかった。何かが落ちたという証拠は、まだ滑車に付いているすり切れたロープの端だけであった。

この事件を見た者は皆しばらく凍り付いたように動けなかった。誰も起こったことをどう処理したらいいか正確には分からなかった。貧相な少女は木箱が戻ってくるのを待っているかのように、それがあった場所を見上げていた。

しかし、ほとんどの人は木箱が落ちるのを見ていなかった。木箱は地面にぶつからなかったし、何の音も発しなかったため、よく注意を払っている者はいなかったのだ。ドックの従業員たちは呆然としながらも少女を皆のもとに戻るように案内し、仕事のときにドックに登るのがどれほど危険か説教した。

人間の精神は理解できないものを無視することで対処する。事件を実際に見た人間のうち、ほとんどは本当に起こっていたことをどういうわけか見間違えたのだと信じる道を選んだ。木箱は少女を外れて水の中に落ちた。ロープは切れてなんていなかった。事件など最初から起きていなかったのだ、と。

しかし一握りの者は記憶にとどめることを選んだ。彼らは自分が見たものを理解していたし、見たものが正常ではないことも分かっていた。そのうちの数人は真夜中に家から引きずり出され、忘れさせられた。また幾人かは身を隠す知恵があり、自身の記憶を守る権利を得た。それと同時に、自身を取り巻く世界は、かつて信じさせられていたものとは比べものにならないほど道理に合わないものだと知ることになった。

だがその日、ひとりの人間は特にもう少し多くのことを学んだ。木箱が空中で消えるのを見た瞬間、あの箱は単にどこか別の場所に行ったのでも見えなくなったのでもなく、実際には存在ごと完全に消えていた。彼女自身、自分に責任があることは知っていた。どのように、また何故それが起こったかは理解していなかったが、自分に原因があることははっきりと分かっていた。差し迫る危機に気がついたあの瞬間、彼女は自分を傷つける物体を見た。そのとき、彼女は少しズレた形で木箱を見た。そして気がつけば、そこにはもはや何もなかった。

こうしてジョセフィンという幼い少女は、潰されかけながらも生き延びた。巨大な力が彼女とともに生きていた。

レベル1:物体操作
最初の発見体験の後、多くのタイプ-グリーンは実験段階を開始する。基本的に、初めて故意に発生させる能力には物体の操作が含まれている。この操作には念力(測定可能な力を加えない形での物体の物理的操作)、変性(ある状態から別の状態への物質の変換)、質量保存の破れ(物体の破壊、新たな物体の発現)を含み得る。

ジョセフィンがもう一度意志の力だけで何かを起こせるようになるには少し時間がかかった。最初は無生物の対象を指差し、物質に含まれる原子を命令を待つ軍隊とみなして命令をしてみた。それが失敗すると、手話を用いて魔法の言葉を唱えてみた。これも現実の普遍性の前には無力であると分かった。彼女は単に対象に対して強く念じたが、解決策はもっと複雑だった。

真夜中のこと、彼女は天啓を得た。彼女は息を荒くし、少し震えながら悪夢から目を覚ました。あのドックにもう一度いて、動けないままスローモーションで木箱が自分の上に落ちてくる夢を見たのだ。甘美な塩水の匂いが感じられ、周りで波が押し寄せる音が聞こえた。彼女は木箱の進路から必死に逃げようとしたが、まるで全身がコンクリートで固められたかのように動けなかった。身体はもはや役に立たず、彼女は力をコントロールするか、このまま潰されるかの二択を余儀なくされた。彼女は集中しようと目を閉じた。心の中で木箱が見えた。重力が木箱を引き下げ、摩擦が木箱を引き上げているのが見えた。空気が木箱の表面をなぞるのが見え、箱を構成する木材を構成する分子を構成する原子を構成するナノレベルの泡が見えた。それが何であるかを知るために木箱を見ていた。

そして、何もなくなったのが見えた。最も簡単な表現を使えば、現実への影響は見方の問題なのである。

多くの年月が過ぎ、ジョセフィンはあのドックへと戻った。波は静かに寄せては返していた。他の人にもそう見えているように、少なくとも静かではあった。ジョセフィンは水中の運動エネルギーを、エネルギーが波を押すさまを、波の中のエネルギーの流れを、地球と水と太陽と月の間の微粒子を感じ取っていた。しかしあの塩水は、空気を漂うあの甘い香りは、再現も分析もできなかった。それは全て脳の電気信号であり、記憶であり、粒子であった。しかしジョセフィンは心のどこかでそれを分析したくなかった。彼女は小さな魔法を全て台無しにしたくはなかったのだ。

ジョセフィンは誰にも…自身の状態について話さなかった。彼女は自身や愛するものを守るために能力を使っていた。話さなかった理由の一つは、もし誰かが彼女ができることを知ったら、その人物の目的のために利用されかねないことを内心では理解していたからである。

それにジョセフィンには彼女自身の計画があったのだ。

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