敷居の男
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メッセージが届くことを祈ります。もしも私と同じ状況ならば、部下から知らされてもいない情報をBBCやNew York Timesで報道される様を、不快に思っていることでしょう。

終わりました。今出来るのは、私が知る限りをあなたに伝えるだけです。

Twoは死にました。彼女がそう言ったから知るのみです。彼女は善意でそう伝えたのだと思うことにします。連絡が取れたのはThree、Seven、Thirteenです。他は、誰が知ることでしょう。このような事態を想定したプロトコルなどありません。

彼らは一芝居打ったのだと願うばかりです。

敷居の男

第一幕 - 35年

第一幕

第一場

現地時間0943-エジプト、ギザ台地の近隣にて騒乱が報告される。イスラム同胞団の活動という初期の情報に従い、大スフィンクス前の集会に対して軍が動員された。従軍記者も現場に居合わせる。異常現象の大規模な情報漏洩が発生。

現地時間0947-自然発生した大規模な砂嵐により、大スフィンクスを中心とした半径100kmが囲まれる。エジプト軍大隊は現場にて事象を目撃。セム人種と見られ、白布とサンダルに身を包んだ4つの人型が前触れなく出現。現場の兵士が発砲を行った結果から、人型は霊的実体であることが示唆された。未確認の実体らは、周囲の状況に注意を払う様子を見せない。

プロテウス
私は恐怖を感じていると言って、許されるものでしょうか。

メリッタ
私達皆が恐怖しています、プロテウス。私達の一生の為に、仲間達が準備してきたものなのですから。

プロテウス
三人が選ばれます。ここでの行いは、十分に果たされたでしょうか?ありうる追放の慰めとなるでしょうか?

アグス
私達がやってきたことを思い出すのです。私達は未知の惑星の位置を導き出しました。夏の会議で、紡いだ歌が賛辞を得ました。氷の山で、影の道を登り切りました。プロテウスよ、譬え私が追放されることになったとして、その後に何が待ち受けていようと、悔いは無かったと言うでしょう。

プロテウス
堂に入る時にも、あなたのように勇敢でありたいものです。

モナシア
全ての者は、敷居で与えられたものをただ受け入れるのです。

メリッタ
他に何がありましょう?

アグス
他に何がありましょう?

現地時間1017 - 砂嵐は一時的に激しさを増し、周辺の視界の全体を遮るが、速やかに弱まる。視野が取り戻された頃には、異常な人型存在は消失。しかしながら、大スフィンクスは消失し、同様の形と大きさを保った青色のホログラム射影に置き換えられた。照射源は認められない。数多の写真・映像が記録及び配信された。基準現実に対する実在的脅威の進行が確実となる。

第一幕

第二場

現地時間1143 - 日中のエジプト、タハリール広場に暗闇が落ちる。日食の報告は無く、遮光の要因となりうる雲等の存在も見られない。夜空に九つの月が浮かぶかのように視認される。即座に暴動が発生し、終末の到来を宣言する言明が、現地のモスクの公共放送設備を通じて発せられる。以前に出現した4体の人型に対応する像がモガンマの壁に映し出される。映写源は見られない。像から音が発せられるのに従い、周辺の活動は中断される。

〈男〉
35年前のこの日に生まれた四人よ、入口に踏み入れる覚悟はあるか?

メリッタ, アグス, モナシア
あります。

プロテウス
あります。

〈男〉
追放された者達でさえも、我々と共に美しき世界の片鱗を味わい、残された者達は、去るもの達と共に死の影を恐れた。これらが予定された事であることを汝らは理解するか?

メリッタ, アグス, モナシア
理解します。

プロテウス
理解します。

〈男〉
ならば、世界を見よ。今日、この日が〈敷居〉だ。ここが、人の社会が生まれた場所だ。ここで、何者よりも完成し、眩い美しさを誇る少なき者が、数多の犠牲の下に救済を受けるのだ。彼らこそが究極の犠牲であり、誰よりも我々の愛と尊敬を受けるに値するのだ。汝らは、自らの意思で敷居を跨ぐことを選ぶか?

メリッタ, アグス, モナシア
選びます。

プロテウス
選びます。

〈男〉
影の頂のメリッタ・スノウフォール、前に出よ。

メリッタ
仰せのままに。

〈男〉
汝は、目の星に住まうのだ。

メリッタ
私は…私は務めを受け入れます。

〈男〉
見張り崖の三代目住者、アグス・スカイセイル、汝は肌の星に移される。

アグス
務めを受け入れます。
(アグスは僅かによろめき、気を失いかける。)

〈男〉
塔の女、モナシア・ヴァイオレットライト。

モナシア
仰せのままに。

〈男〉
汝はここに残れ。旅立つ姉妹と兄弟が汝を愛していることを、片時も忘れるな。

モナシア
受け入れます。
(モナシアはすすり泣く。)

〈男〉
道求者、プロテウス・ハマースミス。

プロテウス
仰せのままに。
(プロテウスは震える)

〈男〉
汝は、手の星へ来るが良い。

現地時間1232 - 以上の会話が終了すると共に、タフリール広場に日光が戻る。広場に集まった推定1万人の内、不明な原因で数千が突然に視力を失い、数百が一瞬にして生きたまま皮膚を剥がれた。広場の異常現象が収束した後、立ち会った残りの人間は手を失い、完全に治癒した基部が取って代わった。情報拡散に対する組織的な妨害の試みにも関わらず、周辺の放送局、特にアルジャジーラは現象の報道を開始した。

全ての国は軍事警戒レベルを引き上げ、少数の者は混乱に乗じて復讐を遂げています。実際の所、他にやるべき事など無いのでしょう。何に対して軍を動員するのでしょう?精々、何かをしている風に装うことが出来るだけです。

教会、モスク、シナゴーグ等は溢れかえっています。アブラハムの宗教の者達は、裁きの到来を確信しています。誰もが、終末の到来を何らかの形で察しているのです。無理心中の報告も挙がり始めています。しかし、想定程には多くありません。人々には選択の余地があった。001はそのことをはっきりと知らせていました。

第二幕 - 渡航者の備え

第二幕

第一場

現地時間1521 - 霊廟から天安門広場へ、毛沢東の保存遺体が自ら徘徊しているとの報告が現れる。数分後、新華社の各種ニュース配信サービスを経由して映像による確認がされる。天安門広場の中央で毛沢東の遺体と並び、カイロ騒乱においてプロテウスと称された実体に類似した異常な人型像が出現。毛沢東の遺体は、〈男〉の役割を負っていると思われる。

〈男〉
彷徨は無意味だ。我々には与えられた場所がある。

プロテウス
しかし、道理が通りません!私達の世界は広大であり、資源の活用は賢く、合理的です。誰も追放される必要など無いでしょう。

〈男〉
終わりなき日を生きる種族にとって、遥か未来の問題は明日の問題となるのだ。

プロテウス
何とかする方法があるはずです。全ての女も男も望むだけ長く生きられるのでしたら、出産は必要はありません。どうして苦しみを生み出してまで、新たな生命を産み続けるのでしょうか?

〈男〉
私は長くこの役を務めてきた、友よ。それらは決して古い問いではない。同じく私の応えも新しくない。我々の種族は、己の本質を知り、昇ることが出来たのだ。我々は、常に新しい命を生み続けなければならない。我々の思念は、大気と夢境を通じて緩やかに繋がるそれは、産みの営みを奪われた途端に暗く、破滅に陥るのだ。

プロテウス
ではどうして苦しみが?私達の九つの月にある残酷さはどうなのですか?

〈男〉
苦しみ?そう、苦しみはある。有らねばならない。そしてそれを知り、味わい、我々が建てる家の支えとせねばならない。命が命を食らうように、人類の旅には多大な苦しみが必要なのだ。苦しみは我々を束ねる。我々が作りし物を得られない者がいることは、大きく心を動かす。我々の魂の礎だ。長く昔に発見されたことだ。必要な事だ。その発見こそが、天国の門への道を拓いたのだ。

〈男〉
残酷か?否。我々は痛みを与えることを望むのではない。我々が作りし、素晴らしき社会に残る者達の為に、為すのだ。選ばれた者は、際限ない美と真実を与えられる。一人の人間が無限の善を享受出来るのなら、有限の苦しみを払う価値がないとは思わぬか?

プロテウス
しかし、どうして代償を払うのが私なのでしょうか?

〈男〉
友よ、来るが良い。私が連れて行こう。

現地時間1559 - 異常事象の終了に伴い、天安門広場の群衆は過激化。毛沢東の遺体を引き千切り、機動隊の敷いた警戒線に対して抵抗を行った。主要国の最高権力者が市民の平静を呼びかける声明を発表する傍ら、専門家はカイロと北京の事案の説明に苦心した。世界中の人口密集地における社会不安により、数千が死亡したと報告される。

第二幕

第二場

現地時間1610 - 湖北省にて三峡ダムが突如として消失。ダムによって遮られていた大容積の水は動かず。数分後、地元の緊急出動体ヘリが到着する。水塊の広大な側面に、人型の像が現れる。

プロテウス
この場所は何ですか?

〈男〉
空に浮かぶ、美しき青い星が見えるか?朋輩よ、汝は手の星にいる。

プロテウス
理解出来ません。まるで火事に見舞われたかのようです。建物は瓦礫と化しています。

〈男〉
ある時、ここに住まえとの務めのみを与え、彼らを追放したことがあった。彼らは自らのやり方で社会を作り上げた。彼らは得られぬものを求めたが為に、そのか細い希望は、星々の中心に住まう子供らに対する復讐のようなものに変化した。彼らは偉大な建造物を、長大な船を、恐るべき武器を作り出した。繁栄は遥か昔、幾千年も過去の事であった。それは、人類が出会う最後の対立だ。これを二度と発生しないようするのは容易だ。愚かな破壊に繋がる捻じれた希望を、誰一人抱かぬことだ。

プロテウス
私達の手を取り除くことで。

〈男〉
その通り。我々皆にとって、手の無い様こそが正しい在り方だ。

プロテウス
皆はどこにいるのですか?

〈男〉
来るが良い。

現地時間1632 - 長江の河水の開放により、大規模な洪水、広域の家と資産の破壊、河沿いの地域における数千の死者が発生。災害は中華人民共和国の社会不安を煽り、事象の数時間後には大衆暴動によって中国共産党政権が転覆された。

全ては無に帰したのです、One。我々の働いてきた全てが。たったの数時間で失われました。今以上に状況が悪化するのを防ぎ、人々を繋ぎとめるのは、たった一つの考えです。

故郷に帰ること。それがどこであれ。

第三幕 - 地球の人々へ

第三幕

第一場

現地時間2301 - ワシントンDC、ナショナル・モール一帯の色調が白から赤に変化。ワシントン記念塔から鮮やかな赤色の光柱が発生し、上空数百kmに到達。リフレクティング・プール上に、過去に報告されたのと同様の人型が、高さ10mのホログラム射影の形で複数発生した。

プロテウス
私達は長い距離を歩きました。

〈男〉
手の星は広大である。しかし見よ。他の者がいる。

手の無い女
人ですか?きっと私は聖なる端に近づいているのですね。

プロテウス
あなたは誰ですか?

手の無い女
もう名前はありません。ここで名前は必要ないのです。

プロテウス
あなたは故郷を覚えていますか?

手の無い女
ここが故郷です。

プロテウス
つまり、ここに来る前にいた場所のことです。

手の無い女
飢えに苦しんでいなかった時ならあります。しかしそれは遠い昔でした。思い出すのは難しいです。

プロテウス
あばらが見えています。私でよければ、何か食べ物を探してきましょうか?

手の無い女
探すものなどありません。ここには灰と塩しかありません。しかし飢えは祝福です。意識は冴え渡り、身体はとても軽く、清らかです。ここでは神の御声が聞こえます。手首を掲げて空にある青い光に向けよと仰せられれば、私は従います。そして祈りを捧げれば、私はここに意味を持って生きているという知識で満たされます。故に、私は幸せで満たされています。

プロテウス
ここはあなたを幸せにするのですか?

手の無い女
身体が塵に消える前の最後の贈り物が、神の御声です。私は真実に生きています。恐れは無く、迷いもありません。ここを作られた方々の考えに従い、私は生きています。ここは至福の場所です。
(手の無い女は倒れる)

〈男〉
そして、彼女の時が終わる。偽りの希望による苦痛は無く、責苦を無用に長引かせる食べ物も水も無い。もたらされる救済を前にすれば、小さな犠牲だ。

プロテウス
彼女はどれだけここにいたのでしょう。

〈男〉
14日だ。

プロテウス
彼女は苦しんでいるようには見えませんでした。

〈男〉
殉教の歓びはあらゆる責め苦を退ける。外星の者、犠牲を払った者達のみが知る秘密だ。否。彼女は真に登り詰めたのだ。

プロテウス
理解しました。

現地時間2333 - 約5万人と推測される群衆がワシントン記念塔の異常現象を見届ける為に集まった。近隣の別事案に招集された為、現場に立ち会った警察当局はいなかった。

第三幕

第二場

現地時間2340 - ワシントン記念塔の中心に大きな扉が開く。奥は微かな緑色で満たされており、何も視覚されない。ホログラム射影の発生は継続。

〈男〉
手を見せるのだ、人類の父よ。
(〈男〉は儀式的刃物を片手に、もう一方に松明を持つ)

プロテウス
仰せのままに。
(プロテウスは〈男〉を前に手を結ぶ )

〈男〉
光の中で余生を送る兄弟の為に、汝は贈られた犠牲を受け入れるか?
(〈男〉はプロテウスの左手を切る)

プロテウス
受け入れます。
(プロテウスは激しく血を流す)

〈男〉
全体の善の為に、苦難を受ける意思はあるか。人類の総合精神の為に、追放される覚悟はあるか。
(〈男〉はプロテウスの左手を掴み、骨と腱をへし折り、最後に残った靭帯を切り刻む)

プロテウス
あります。
(プロテウスの左手首から血が噴き出る)

〈男〉
汝は、我々の社会の外にある不安定な現実を拒絶するか?星々の定めの中で、健常の維持に努める意思はあるか?
(〈男〉はプロテウスの左手首に松明をあて、傷を焼灼する)

プロテウス
あります。
(プロテウスは叫ぶ)

〈男〉
左手により、汝は務めを受け入れる。右により、我々は務めを果たす。
(〈男〉はプロテウスの右手を一連の流れで切り落とす)

プロテウス
感謝します。
(プロテウスは激しく血を流す)

〈男〉
生を生きる我々は、完全なる調和、正義、美を保たねばならない。生を生きる我々は、人間の本性を純粋に保ち、我々の形が可能な中で最も高潔な義務に従って生きねばならない。生を生きる我々は、汝らの苦しみを、想像しうる最も神聖な意義に変えねばならない。
(〈男〉はプロテウスの右手首に松明をあて、傷を焼灼する)

プロテウス
何よりも光栄に思います。
(プロテウスは叫ぶ)

〈男〉
この聖なる契約によって、汝は終わりなき愛を知るだろう。進め、父よ。旅を遂げるのだ。

プロテウス
仰せのままに。

現地時間2359 - プロテウスを模した人型投影がワシントン記念塔の扉をくぐる。同時に、他の投影は消失。扉はゆっくりと閉じ始める。記念塔に最も近い目撃者集団のうちの複数が、扉に急いで駆け込む。多くの傍観者が後に続き、最終的に3千人と推測される人数が扉を通過した。事案後、扉の奥に入った人物が目撃された例、連絡がとられた例は無い。

我々が守ろうとする世界は本当に自然な物なのか、Thirteenは聞きました。全く愚かな質問です。たとえ不自然な物だったとして、何が問題なのでしょう?待ち受ける結末よりはずっと良いのですから。

ワシントンの一件は様々な考えを及ぼしました。何ヵ所かで他の人が同様のゲートを開くことに成功したようです。中に逃げ込む為に。責められはしません。我々は、何かを制御する力を殆ど失いました。望みはありません。科学が単なる幻想で、確実な未来は酷な冗談に過ぎないと、世界は気付きました。博打を打つのも選択の一つです。死ぬくらいなら、難民になる方がまだ良いでしょう。死ぬだけで済まされないなら、なおさら。

私?いいえ、そのようには。家畜の一匹として生を終えるつもりはありません。

仕えることが出来て光栄でした、One。

-Twelve

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