最強の尊敬、友
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この日、エリア25bに、一人の新たなDクラス職員が就任した。

「初めまして。D-1028、もとい———」

海底に建設されたこの施設は、ただ一つのオブジェクトを収容する為だけに造られた。そのオブジェクトは———

『サイクル開始! 機動部隊出撃せよ! 繰り返す、機動部隊、出撃せよ!』

放送が鳴り響く。
丁度、オブジェクトが問題を起こした様だ。機動部隊が要請されているが、これは収容違反ではない。ここまで含めて、特別収容プロトコルの一部なのだ。多大なる犠牲を必要とする、プロトコルの。ここに於いて、財団のやっている事は、GOCと何ら変わり無い。破壊し、破壊し、破壊する。それだけだ。

彼は、装備を身に付け始めた。違う匂いのする、よく馴染むシャツ。初めて手にする、握り慣れた拳銃。

『機動部隊以外の専門職員は、戦闘配置に付け!』

初期隔離処置が突破されたらしい。当たり前である、あの収容対象に対して、何度も同じ手段は通用しない。
出番だ。彼はそっと自らのロッカーを閉じ、歩き出す。彼の持ち場は、通称"電流回廊"の手前、ホールの入口部分。

鳴り響く銃声、こだまする悲鳴、繰り返す金属音。
ああ、帰って来た。彼は一人実感した。

"回廊"の向こう、恐ろしい体躯の男が姿を現す。何度も見たあの入れ墨。何度も壊したあの顔。初めましてだが、忘れる筈も無い。しっかりと目に焼き付いた"敵"の顔。

"敵"は回廊を見回している。今回は何も変更が加えられていないと知り、溜め息をつく。彼にとって、ただのトラップは戦うべき相手ではない。機械は闘争しないからだ。

数歩後に下がり、走り出した。力強く踏み込み、跳躍。普通ならそんな発想、思い付く筈も無いが、あの化け物に常識は通用しない。

凄まじい距離を、一気に飛び越える。激しい衝撃音。化け物が着地した音だ。常人なら足が粉々になる所だが、金属の如き頑強な肉体がそれを支える。
二人の距離、僅か6メートル。

こんな時、"奴"がどう行動するか。彼はそれを知り尽くしていた。
効率的な動きしかしないからこそ、手練であれば、その予測も可能になる。

化け物が右手に黒いブレードを握り、右足を引く。力強く地面を蹴り、相手の30センチ手前で着地。右手を斜めに振り下ろす。
ここまで規定事項。それに対する回避は簡単だ。
身体を、僅かに左に動かす。
髪の毛を、ブレードが微かに掠め取った。

彼がポケットから出したのはスタンガン。特注の高出力、オマケにリミッターは解除済だ。
"敵"のがら空きになった右脇に押し付け、スイッチ。
流石の化け物も、スタンガンの直撃に、筋肉が強張る。痛みを無視出来ても、電気信号は身体が従ってしまう。
その隙に、頭にマグナムを二発叩き込んだ。飛び散る鮮血。常人なら即死だが、"敵"に常識は通用しない。
"敵"は確かに、しっかりと意識の感じられる視線で、彼の目を見た。

背後に気配を感じ、急ぎ敵から離れる。
雨霰と降り注ぐ銃弾。機動部隊の掩護射撃だが、密度が薄く、致命傷は与えられない。

動きが止まっている間に、近くの隔壁に右側から侵入。左側に向かって全力で走る。
奴は必ず一番近い相手を追う。そして、迂回するなどという面倒な事はしない。
轟音と共に、1秒前までいた場所の壁が吹き飛んだ。隔壁など、目隠し以上の意味は無いのだ。だが、それで構わなかった。
足を止めず、ずっと分かっていたかの様に構えていたマグナムを撃つ。
もろに弾丸を喰らい、仰け反る化け物。それを確認しつつ、彼はまだ足を止めない。
搬入用エレベーターに飛び乗り、コンソールを操作。

上昇するエレベーターを真っ直ぐに見詰める、純粋な目。全身血だらけで立つその姿は、まさに"怪物"と形容するに相応しい。
一瞬力を溜め、跳躍する怪物。一気にエレベーターに追い着くつもりだ。
跳躍中は、あらゆる生物が隙だらけになる。ただし、高速で弓なりに飛翔する物体に、例え正面からであっても、銃撃を当てられる人間など殆どいない。極一部の例外を除いて。
その例外たる彼は、真っ直ぐに"敵”の頭に銃を向ける。

その独特な構え方。化け物は、見覚えがあった。


財団では、ある首飾りの研究が行われていた。多数の試作品を作り、危険な任務に従事するエージェントや研究員に配布するという形で、実験は行われた。被験者達に、その目的が伝えられる事は無い。ただ、四六時中身に付けて歩く様に、そう連絡されただけだ。

エリア25bを中心に活動していたあるエージェントも、被験者の1人だった。優秀な人間は、誰も出来ない仕事をやってのける。その分、危険な現場にも放り込まれる為、不慮の死亡の可能性も異常に上がる。彼に首飾りが配布されたのも、当然と言えよう。

そしてその日はやって来た。

収容違反を起こしたSCP-███の鎮圧に当たったそのエージェントは、機動部隊により行われた爆撃に巻き込まれ、その貴重な命を落とした。
一面瓦礫の山が広がるのみとなり、その中での捜索は困難を極めた。しかし、財団は何としても、首飾りを回収しなければならなかった。膨大な時間と人員を投入して行われた捜索の結果、遂に彼の亡骸、その首にかけられた首飾りは発見された。
首飾りはすぐさま研究施設へと移送され、Dクラス職員の首にかけられた。

そう。彼は、財団で最初のSCP-963-2の所有者となった。最強のエージェントの生命確保は、財団にとって、何より得難い利益の1つに他ならなかった。


撃ち込まれた銃弾に、世界が遠のくのを感じながら、化け物は銃弾の射手をしっかりと目に焼き付けた。記憶とは違うその姿。しかし、それ以外の全てが、彼であると物語っていた。
アベルは薄れ行く意識の中、心で呟いた。

「善くぞ戻った、戦士よ」

彼の名は、エージェント███████。誰よりも数多く、アベルの脱走を止めた男。
彼はこれからも、アベルを止め続けるだろう。彼が死ぬまで、いや、彼らが"完全に"死ぬまで。

追記: エージェント███████の再就任以降、多数の職員の終了及び施設の放棄を含む大規模な鎮圧作戦は行われていません。

彼はエージェント███████ではなくD-1028です。エージェント███████は現在記録上死亡しています。職員の不信感を煽る記述は避けて下さい。上記記述は削除します。 -倫理委員会

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