サーフサイド・ビート
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ウミコはゆっくり燃え尽きてゆく焚火の近くに座っていた。波が浜辺の暖かい砂の上を密やかによせては返し、時折軽い水の流れと飛沫を伴って砕けてゆく。夕陽が照らし出す中で、設営担当の彼は音響機器に取り付けたラチェットストラップを調整した。ストラップを引いてしっかり張りつめていることを確認すると、ケースを肩に担ぎ上げ、モルガンのトラックの後ろへと運んでいく。注意深く機器を降ろし、あるべき場所にしっかり配置されているかを確認する。旅を何回か繰り返すうちに、星座ヒトデの機材群でベッドはすっかり埋まってしまった ― モルガンとクライドのギター、ブルックのドラム、アンプとミキサー、そしてクラフトビールが入った半分空っぽのクーラーボックス。ウミコは額の汗をぬぐって微笑んだ。彼がケースとストラップを相手に慎重なテトリスもどきの仕事をしている最中、クライドが後ろから歩み寄ってきた。

「ミコ、」 クライドは呼びかけ、巨漢の肩に手を乗せた。「電話が来てるぜ。」

ウミコは振り返り、クライドが差し出した手から携帯電話を受け取った。「ありがと、クライド。トラック終わった。電話かけてくる。」

クライドは彼に微笑み返した。「ありがとよ、バディ。」

ウミコは、バンドの他メンバーが他の怠け者たちのグループと共に立ち、空を指差して笑っている様子を振り返った。いつもの如く注目を集めているのはモルガンで、ビールを零さないよう注意しつつ鳥が羽ばたくかのように腕を振り回している。いつでもモルガンの隣にいるローザは、時折彼の身なりを整えてやる程度には十分近く、しかし胡散臭くは思われない程度の距離を置いて立っている。ブルックは指でドラムスティックをくるくる回しながら雑誌を読んでおり、彼女のバンド仲間が引き起こした騒ぎにほとんど注意を払っていない。そしてクライド ― クライドはまだ楽器の弦を張り、波の伴奏に合わせて静かなメロディを奏でていた。

ちょっと不在にしてもバンド仲間が気付かないであろうことに満足し、ウミコは寂れたサーフィン小屋が立つ道路の方へと離れていった。彼は、十分皆の視界から離れたと感じるまでいつもの足取りを維持した ― そしてこの時限り、彼は背筋を正し、伸びをして、電話を取り出した。素早くリダイヤルボタンを押しながら、彼はビーチをもう一度だけ一瞥した。彼らはまだ、彼が歩き去った事には気付いていない。

呼び出し音3回で、相手が電話に答えた。これはまだ、発信者2人の間を繋ぐ接続ラインでしかない。電話の向こうから聞こえてくる自動音声は、これまで掛けた電話でいつもそうだったように、不気味なほど人間らしい声で明瞭に語りかけてきた。そして、これまでいつもそうだったように、ウミコは軽く歯を食いしばった。

『Service and Care Productsでございます。ご用件をお伺いいたします。』

「サラ・ナイナー・ナイン・エミー。」

一瞬の間。そして、

『所属を述べてください。』

ウミコは咳払いをした。「エージェント アレクシー・コニコフ、サイト-99所属、機動部隊ブラボー。」

またしても回線上に間が空いた。アレクシーはいつもここの件が気にくわない。僅かでも手順を違えれば、最良の場合でもサイト管理者のペイジからキツい大目玉を喰らう羽目になるだろうし、最悪の場合は自分の居場所まで特殊部隊が派遣されてくる。巨漢のロシア人はリラックスしようと試みたが、その間も与えず相手側の音声は帰ってきた。

『貴方のセキュリティコードに続けて、所属部隊のコードを述べてください。』

彼は息を大きく吸って、言った。「エコー・アルファ・ファイブ・ファイブ・チャーリー・トゥー・ナイナー・パパ・ゴルフ・ワン・ワン・ズールー。」 そしてもう一息。「ブラボー・ナイン・スリー・セブン・チャーリー・パードレ。」

“ウミコ”がゆっくり5秒数える間、軽い沈黙があった。

『有難うございます、エージェント コニコフ。サイト-99セキュア・ネットワークでございます。ご用件をお伺いいたします。』

アレクシーは肺から息を抜き切り、眉から汗を拭い落した。「GoI中央部門、マッキニー監督役員を。」

電話はカチャリを音を立て、再び呼び出し音を鳴らし始めた。アレクシーは小屋の角を回って頭を突き出し、3本の空き瓶でジャグリングを試みているモルガンと、やや五月蠅いぐらいの大声で笑いながら応援しているローザに目を走らせた。

『もしもし、マッキニーだが。』

アレクシーは小屋の裏手へ引き返した。「ランディ、こちらアレックスだ。俺に電話してきたか?」

マッキニーが回線の向こうで咳き込んだ。「ああ、やたらと承認を貰わなければならない流れを嫌っている君のような奴は、最初から電話に出られる方が喜ぶだろうと思ったのでね。あのナイナー・ナイナーな出鱈目を全てこっちですっ飛ばしてやったんだ。」

「こっちは手一杯なんだ、」アレクシーは言った。「俺は潜入調査中だってことになってんだろうがよ。」

『あー分かった、分かったとも。それで今回は一体何が忙しかったんだ、え? またパワーストーン経由で“気”のチャネリングでもしていたか?』

アレクシーは嘆息した。「何が御望みだ、ランディ?」

マッキニーは笑った。『面倒を掛けてしまったようだな、アレックス。だがこちらとしても電話をする理由は勿論ある。中央部との協議で、君の再配属が検討されているんだ。来月には決定するだろう。』

アレクシーの首筋の毛が逆立った。「再配属だと? 何処に?」彼は束の間黙り込んだ。「だったらなんで俺を此処に送り込んだ? こいつはノースカロライナ以来の最優先ターゲットだと言ったのはお前じゃないか。なんで中央の奴らはいきなり引き上げようとし始めてるんだ?」

『話を聞く限り、中央部はもう、我々が見つけたのが実際に第五教会の一宗派だとは考えていない。アレクシー、ノースカロライナの教団は巨大な現実改変蛇を飼っていたし、現地に幾つもイカれたブツが存在していた。だが君の“星座ヒトデ”は…つまりだな、彼らはくだらない音楽を流しながら山ほどマリファナを吸う以外のことはやっていない。』

「なぁおい、マッキニー。俺の報告書を読んだんだよな? 俺はあそこにはっきりと ―」

『報告書は読んだ。そこかしこで幾つか奇妙な事件が起きてはいる。先週送られてきた、踊る光のビデオ映像を見た時は私もよもやと思ったさ。しかし中央部はそれらを全て分析にかけて説明を付けてしまった。曰く、あれはただのスモークと鏡であって…私には分からん、アレックス。君がこの一団を本物だと確信しているのは知っている、だがな、バンドのボーカルにノースカロライナの奴らとの繋がりがあったというのは、必ずしも連中が君にとっての“星のシグナル”だという意味にはならん。第五主義者どもはこれまで常に目立って活動してきたわけではない。“星座ヒトデ”が遠くない将来にこの世界の範疇を越える何かをしでかさない限り、おそらく中央部は君を引き上げさせて、アーカンソー州の対・壊れた神の教会プロジェクトに割り当て直すだろう。』

アレクシーは猛然と蟀谷を擦った。「ランディ、聞いてくれ。イカレてるように聞こえるかもしれないってのは分かる、でもな、俺はここで間違いなく何かが起きてると誓うよ。もう何日か、ペイジと中央部を引き止めといてくれ。バンドは今週末に北部でデカいコンサートを予定してる。でもって諜報部は、そのイベントがマーシャル・カーター&ダーク絡みだってことを仄めかしてるんだ。もしお前がクソッたれた巨大な爆発性の蛇だか何だかが御望みなら、そこに客として来ればいい。もっとも、コンサートで起こる出来事はそいつを遥か彼方にぶっ飛ばしちまうだろうがな。」

回線の向こう側で、ランドール・マッキニーは沈黙していた。10秒が流れ、それがやがて15秒になった時、『良かろう。ペイジに話をして、こちらの方で対処する。しかし神掛けて、アレクシー、ショーで何事も起こらず、私がただ何も起こらないのを見届けるためだけに首を伸ばすような羽目になったなら、今月末までにお前を小部屋にブチ込んでUIUの通信傍受に割り当ててやるからな!』

アレクシーは大きく息を吐いた。「了解です、ボス。」通話は切れ、アレクシーは迅速に携帯電話をポケットに押し込めた。髪を僅かにくしゃくしゃにして、猫背の姿勢になり、小屋の裏からノロノロと出ていく。先ほどの人だかりはほとんどバラけており、数人の金魚のフンめいた追っかけがマリファナのポットの周りに、クライドとブルックと一緒にたむろしているだけだ。モルガンの姿は無く、ローザはトラックの近くに座って怒りを爆発させそうな形相をしている。アレクシーが近づくと、クライドは顔を上げてニヤリと笑った。「誰からだった、デカいの?」

“ウミコ”は笑った。「ただの母さん。心配いらない。」

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