戦士アベルと不死身のドラゴン
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のっそりと、アベルは何気ない風情で巨大な怪物に接近した。動作は隙だらけで、胸を張って偉そうに歩きながら、口の端をあげて笑顔を作った。昔やっていたように。アベルは、かすかに耳障りな音を立てるギアと鋸歯に覆われた、鈍重な両手持ちのクレイモアをいっぽうの肩に乗せている。無数の細かい刃が刀身のをぎざぎざにふちどり、刃のへりをゆっくりとすべっている。満足した猫が喉をならすようにして。

アベルの正面にいる野獣は、さながら殺風景な視界にそびえるモノリス、破滅のモニュメントだ。隠すつもりもない憎悪と怒りの波がその骨格から発散されて、それはアベルの中の破壊への渇望をあらわにする。

野獣はただそこにいる。その巨躯は甲皮の重装甲と肉の塊、巨大な頭蓋骨にしては小さな漆黒の眼球は虚無に通じる穴のよう。よだれでぬらりとした分厚い鋸状の牙の上に、悪意をたたえたまなざしがたたずんでいる。アベルが接近する間にも、獣はじわじわとその姿を変え、組織はゆがみ、装甲は厚みを増し、筋肉と腱と骨でできた山は滑らかにうごめきつづけ、歩み寄る暗殺者によりうまく対抗できる何者かに変化しようとしている。

まさに、こいつは破滅の神だ。形あるものを破壊する、その本質のところが顕現した存在なのだ。アベルは沸き上る歓喜をほとんど押さえられなかった。
何世紀も待ち続けて、久しぶりに自分の限界を超えているかもしれない存在に真実巡り会えたのだった。たぶん。

アベルは自分が感じている素晴らしい予感をほんのひととき堪能してから、巨体のほんの数フィート手前まで歩み寄り、頭上へ向けて話しかけた。

「君のような生き物の物語を聞いた事があるよ。栄誉ある獣なんだ。うろこと肉と、かぎ爪と牙でできている。凶暴な目付きに隠れて、実はとんでもなく賢いんだが、それにも増して勇敢に戦うんだ。君の一族はかつてはこの世界を支配したと聞いている。数の力と持って生まれた才能で、君たちを怒らせたものは残らず殺すか喰うかして。だが、君たちは王座から一匹ずつ蹴落とされた、もう地上にはいない偉大な戦士達によって一匹残らず、そして君はただ神話の生き残りに過ぎない、」アベルは息もつかずにささやいた。

「私ですら君達をただのおとぎ話だと思っていた、だけど君は目の前にいる、生きたドラゴンがここに…」

獣はうなり声を漏らした。ゆっくりとひび割れが開くように、彫像が突然命を吹き込まれたかのように、獣の口は動きはじめた。

「哀れな…」獣は不満げにうなり、その声は太く重く、山が1000回以上も崩れたようだった。

「ドラゴンだと?この腐った塵のかたまりめ。おまえは何もわかっていない。私が躾のいい飼い犬を想像できないように」

これにはアベルの顔つきも険しくなった。アベルが肩に担いだ剣はうなりをあげ、刀身はスピードを上げて回転を始めた。

「……なんだって?」アベルはゆっくりと口を開き、かすかに怒りを含んだ低い声でつぶやいた。

「それはおまえの正体か?違うな?飼いならされてぶっ壊れた阿呆犬め、首輪やら何やらで繋がれおって」獣はささやき、アベルの肩と首をとりまく分厚い金属製のチョーカーを指す仕草を見せた。

「自分で選んだことだ」アベルは固く答えた。アベルの顔は苦く歪んでいた。

「選ぼうが選ぶまいが、おまえは連中の犬に過ぎん。お前は連中の手から餌を喰う。犬は鉢から喰う。それだけの違いよ」獣は冷笑した。人ならざるものの顔に表情が見えさえした。

アベルの顔が引きつる。武器を握る手に力を増し、回転する刃はもはや目に見えないほどのスピードで、抗議するかのように鈍い金属音をたてた。

「少なくとも自分の運命を選ぶことはできる」邪な神が見せる全能の怒りのように、アベルは怒りをこめて怒鳴り、刀を獣の頭へと振り下ろした。

しかし…

その怪物は、アベルが戦いで過ごした1000年の間でさえ見た事のないような反応をした。

そいつはアベルの武器に頭突きをかました。獣の頭骨の頂上と甲殻は砕けて大きな破片になり、頭蓋骨の内側に配置された眼球は砕けた。片方の眼球が湿った音をたてて破裂し、口からは濃く粘り気のある液体の土砂降りを吹き出し、血と血糊を吹き出す噴水のように、肉と組織の塊が流れ出した。

しかし頭突きの勢いに押されてアベルはバランスを崩し、無意識のうちに後ずさりしたので、彼の腹のまわりはがらあきになった。そのほんの一瞬の隙に、アベルの視界は怪物の巨大な拳で覆われた。岩ほどの大きさの装甲の塊がアベルの胴全体を”耕し”、彼を嵐のような力で吹き飛ばし、剣はその手からたたき落とされた。

アベルは人形のように10メートル以上も投げ出され、障害物を破壊しながら吹っ飛んだ。アベルの体は地面にぶちのめされ、背中で服と肌がちぎれ、体が半分大きな岩に埋もれたところでようやく急停止した。

アベルは岩にぐにゃぐにゃにぶら下がっていた。眼やら、鼻やら、口と耳からも血が流れ出し、アベルの顔は驚愕の表情を残して、脱力して緩んでいた。

そして、アベルは笑いだした。延々と、そして激しく笑った。微笑んでむき出しになった、尖った血まみれの歯は、たった今身の毛のよだつような食事を済ませたかのように見えた。彼は怪物に何かを述べた。それは太古の昔に廃れた言語だったが、言葉の意味は間違えようもなかった。彼は怪物に挑戦を申し出たのだ。

だがアベルが驚いた事に、トカゲは何かの発作を起こしているように見えた。トカゲは繰り返し鼻孔から荒く息を吸い込み、そのせいで普段の巨大さよりもなお膨れあがっていた。続いて砂埃にまみれた内蔵をすばやく飲み込み、巨大なかぎ爪で地面を削っては、土塊を歯の生えた胃袋に詰め込んでいく。

そのとき信じられないような事が起きた。怪物の頭蓋骨にできた傷、それは熟しすぎたトマトを思わせるほどに頭の形を変えていたのだが、それがもとの形に戻り始めた。獣の頭はあるべき位置まで後退した。ねじれ、あるいは剥がれ落ちて砕けた装甲は生え変わり、輝く湿った甲殻がその下から現れ、それは先ほどまでのものよりも分厚くさえあった。

「運命?おまえに運命の何がわかる。運命は生だ。そしておまえは…おまえと、ここにあるものすべては、死だ」化け物は咆哮し、アベルに向かって突撃した。

対するアベルはくっくと笑った。

「うん、そこは反論の余地なしだ」彼は大喜びで応えた。アベルはぼろぼろになった外套の影から、柄だけでゆうに6フィートはある巨大な棍棒を引っ張りだした。棍棒の先は回転するとげで覆われ、邪悪なうなりをあげて、複雑怪奇な死の模様を紡いでいる。

獣はアベルに向かって素早く、かつ重々しく接近し、その力強いステップは大地をゆらし、地面はめくれてえぐれた。それは逃れることを許さない暴力のなだれとなって、アベルを押しつぶしにかかった。

アベルは背をそらして横向きに起き上がり、両腕を後ろに回して両足で地面を擦った。アベルは今にも襲いかかろうとする惨劇に向き直り、鍛え上げた直感にまかせて武器を振り上げた。

まさにそのとき獣はアベルの頭上にいた。アベルは武器を振り抜いた。アベルの武器が怪物の頭とふたたび衝突した瞬間、時間が止まったかのように思われた。獣の頭はまたもやばらばらのかけらになって飛び散り、脊柱が押しつぶされ、怪物は見てわかるほど短くなった。それは止められない力と、不動の力との激突がもたらした結果だった。

2つの巨大な力の衝突から生まれた圧倒的な混沌によって、爬虫類は狂ったミサイルのように回転しながら十メートル吹き飛ばされ、肉片が風をうけて飛び散った。トカゲは轟音とともに地面に叩き付けられ、骨格の細切れのかけらと破片が衝撃でできたクレーターのまわりに点々と落ちた。春の雨が見せる水の跡のようだった。

アベルは首を鳴らしながら、ざっくり切れた脚の傷から流れ出る血を無視した。敵が切りかかったと同時にアベルが武器を振り上げた時できた、胸の3カ所の傷についても無視した。そのかわりアベルは、ひん曲がりかろうじて棍棒の形をとどめているものをぞんざいに放り捨て、肩をぼきぼき鳴らしながら、ぎこちない動作で、ぎくしゃくと肩をすくめる格好をしてみせた。それから、砕けた肘を再生しにかかった。

怪物のほうは起き上がって、周りの物を手当たり次第喰らい始めた。より重く、より分厚く、そしてますます岩のような見た目に変化していく。それは犬のような形に変化し、今の形に対して余分な血液を吐き出した。濃い漆黒の液体を周りの地面にまき散らし、それはクレーターから這い上がろうとしている。

怪物が自分でこしらえた地面の穴からはい出した瞬間、出会い頭に巨大なチャクラム(円月輪)がその肉に食い込んだ。チャクラムの外側は回転鋸になっていて、より深く傷に突き刺さるようにできている。アベルは敵に向かって走りながら、自分の影から取り出したさらに数個のチャクラムを手から投げて命中させた。

アベルは空中に身を躍らせ、外套の中から凶悪な戦斧を取り出しざま、敵めがけて爆撃のようにうち下ろした。

敵はブヨから逃げる馬のように身を縮めて攻撃を避け、巨大なかぎ爪でアベルをなぎ払おうとした。アベルがひらりと身をかわして敵の手のひらをすりぬけ、怪物から見えない位置に短剣のような形のドリルを差し込むと、ドリルは肉を引き裂きながら怪物を食い破りだした。それからアベルは降り掛かる攻撃を、手の近くに埋め込んだナイフを使って、すべて受け流した。

やがて怪物は攻撃的な動作をみせなくなり、怪物はもはやいっさいの痛みすらも感じてはいなかった。それは持ち前の攻撃性でたったひとつの事だけを考えていた。その目に浮かぶ目的はただひとつ。

殺す。

突然、本体から離れて飛んで来たかぎ爪がアベルの肩を鷲掴みにして、彼の体勢を崩した。そのためにアベルはもう一本のかぎ爪に腸を潰され、地面に固く縫い止められた。

獣はとどめの一撃のために残ったかぎ爪をもたげた。死刑執行人の斧がおぞましい目的のために振り上げられて、そして、眩しい光と影の中で振り下ろされた。

それから怪物は腕をもう一度あげ、アベルの残骸を残らず叩き潰そうとした。だが、待っていたのはわずかな驚きだった。振り下ろそうとした腕の肘から先が途切れている。熱い血が断面から、とめどもなく流れ落ちた。

すぐさま、もう一方の腕がそれに続いた。アベルが抱える巨大な機械仕掛けの鋏が関節を切り落としていた。鋏の内側についた刃が狂ったように回転し、うごめく鋸の刃から鮮血のしぶきが上がる。

怪物は失った部分を再生するため、落とした両腕を喰らおうとしたが、そこに待っていたのは刃の付いたアベルのブーツだけだった。アベルは怪物の下顎を直に蹴り上げ、怪物は背中から地面に叩き付けられた。

アベルは獲物に向かうジャッカルのように飛びかかり、血に飢えた狂戦士となって、支離滅裂な叫びをあげながら、獣の獰猛さで怪物にのしかかった。

アベルは自前の武器で獣を殴り続け、武器が抜けなくなるほど深く刺さってしまうか、力を込めすぎて壊れるかするたびに、また新たな武器を取り出して殴った。やがてアベルは怪物から退いた。彼の呼吸は荒く、おぞましい臭いのする血液まじりの液体で全身ずぶぬれという、地獄から這い出した亡者のような姿だった。アベルはまだ呼吸をしようとあがいている生き物を見つめた。生き物の体は、なおも変形を試みていた。

そして、アベルがその様子を見ていたその時、怪物から放たれた脈動が衝撃の波となって、現実世界の構造そのものを吹き飛ばした。切断された獣の体から電撃の早さで広がった衝撃が、獣の周囲の世界を歪ませた。

だがアベルにはそんな事はどうでも良かった。与えるべき慈悲もなかった。生き物は弱々しく、しかし露骨な厭わしさと、いまだなお苛烈な憎悪をこめてアベルを凝視している。そいつがいつもそうしてきたように。アベルは外套の中から最後の1本、長い剣を抜き、生き物の息の根を止める最後の一撃を加えようとした。

野獣は牙をむき、アベルの剣が振り下ろされると同時に飛び上がった。アベルの刃は怪物の口の中から上顎に突き刺さり、脳を突き破って頭頂部を貫いた。鋸刃はいまだ回転を続け、脈打つ灰色の物体を引き裂いた。

魔獣はまだ生きていた。歯の生えた胃袋がアベルの腕を丸呑みにした。黒い目がにたりと、穏やかに笑ってアベルを見た。敬意の微笑みと言ってもいいくらいだった。アベルの腕に直に噛み付いた象牙色の歯は筋肉と骨をやすやすと切断し、軽い音をたてて閉じられた。

アベルは驚きとともにたたらを踏んで退いた。怪物は上体を起こして反りかえり、ひび割れた頭蓋骨でもってアベルに頭突きを喰らわせ、アベルに尻餅をつかせた。怪物は冷たく最後の一瞥をくれると、アベルを喰らうためその口を開いた。

その顎が自分を覆って閉じるより先に、アベルは怪物の上顎に刺しっぱなしの剣を引っ掴み、その柄を握って怪物の口から引き抜いた。野獣の口が彼を飲み込むと同時にアベルは渾身の力で剣を引き下ろし、野獣はまっぷたつに切断された。

しかしひとたび動き出した力が止まる事はなかった。怪物の歯はアベルの胴体を両断し、残された腕と頭が放り出されて、地面の上に生気無く崩れ落ちた

意識が途切れる最後の瞬間、アベルは遥かな頭上から奇妙なさえずりを聞いたような気がした。

そして、暗闇だけが残った。


夢を見ない眠りの時間が終わり、アベルは目を覚ました。アベルは自分の体がすっかり元通りになっていて、自前の墓に入っていた事に気がついた。アベルはがばと起き上がり、石棺のフタをこじ開けるやいなや大慌てで鎖をかき分け、強烈な寒さから脱出しようとがんばった。

アベルは自分の脱出を阻む石の扉を開けるのに何分も費やした。しまいには霜のおりた地面で地団駄を踏み、彼の吐く息は目の前で凍った。

やっと脱出をはたしたとき、アベルは安堵でため息をついた。アベルが寒さを好きになった事はなかった。どちらかといえば熱いのと暖いのが好きな男であった。
それにしても、とアベルは思う。あれはアベルが過ごした幾千年のなかでも最高の戦いのように思われた。こうなったら宴会だ、チームの皆に祝ってもらわないといけない。ところで連中、あのヘンテコな”ピザ”ってやつの箱をどこへやったのかな?

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