トビラのオオカミ
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ノックの音が聞こえた時、アイリスはクロスワードパズルを解こうとしているところだった。スケジュール通りのノックではなく、少々不気味だったが、今度は爆発音などでは決してなかった。

すると、スーツを着た女性が二人、後ろに警備員が続いて入ってきた。女性はまるで双子のようだったが、アイリスには気がつけなかっただけで、微妙な違いはあった。彼女らの肌は暗め、髪はカーリーで、ピンクのピンストライプの入ったグレーのお揃いのスーツを着ていた。そして、一人はタブレットを、さながら武器のように構えていた。

「おはようございます、ミス・トンプソン。」女の一人が言った。アイリスは、”ミス・トンプソン”と呼ばれることに慣れてなどいなかった。いつもはアイリスか、105と呼ばれる。

「おはよう、ございます。」アイリスは言った。

「こちらは、ミス・ソルト。」女は、完全ではないがほとんど同一な外見をした、もう一人の女を指して言った。「私のことは、O5-10と言ってくれれば。」

「私は──え、どうも……」アイリスが言った。不意を突かれた。何かの策略?O5評議会のことは耳にしていたが、あそこの人たちは決して実際にSkipと接触することはないはず。

先日の活躍、個人的に感謝を告げたいと思います。」女はニカリと笑った。

「え、まぁ、その──」アイリスは口を開いたが、手を振って退けた。

「貴女はしなければならないことをしたのでしょう、そうですね、しかし内実、貴女は片付けてしまえたのでは?卓越した技術です、ミス・トンプソン。なかなか話題になりましたよ。」

「話題?」アイリスはこの話の結末がどうなるか考えを巡らせた。この女のゲームはなんなのかを。

「大変助かりました。ですので、貴女からますますの助力をいただけるのではという話になったのです。貴女自身や、貴女のような者たちから。我々はMTF:Ω-7を再審理しました。そこで貴女に頼みたいのは──」

「嫌……」アイリスは心底ぞっとして言った。「本当なワケないよね。」

「いたって真剣です。」O5は言った。「この9年間に何が起こったのか、貴女は見ていません。アノマリーは年々増え、我々はパンク寸前です。扉を抑え込むで必死なのです。しかし遠吠えはより大きくなっています。もはや、既存の資源を無視することはできません。ですから機動部隊を新設することになりました。そこで、実地経験のある特異人物として、貴女にフィールド・チームの一つを担当していただければ幸いなのですが。」

「あれから、何も学んでこなかったの?」アイリスは手の一つをこめかみに当て、落ち着こうと努力した。あの男のことを考えると、アイリスも鼓動は早まるのだった。

「いいえ。我々もまた、あのことから多くを学びました。だからこそ、今度はうまく運営できるのです。」アイリスは笑った。

「おかしいんじゃないの。あいつはチームを皆殺しにしたのに。自分の仲間を。それなのに、もう一度?」

女は頭を振った。「もう一度、076-2を使うつもりはありません。あれは確実にミステイクでした。」

「使わないの?」アイリスは目を細めた。アイリスはその女を信用できなかった。意気込みが過ぎている。あからさまに、説き伏せるつもりだった。そもそも、O5であると主張する女の存在。彼女が出張るほどの状況ではないはずだ。何処ぞの上階級の人間を連れてきて話を着けなければならなかったのだろう、交渉のつもりなんてないのだ。

「貴女や、貴女のようなものが受けて欲しいのですが。エージェントと、信頼できるアノマリー能力者にです。爆弾の首輪をつけたり強制したりではなく、自ら志願の上でやっていただきたいのです。」女は誠実に火照っていた。

とはいえ、全ての真実など語っていない。アベルを使わないという確約すらも、アイリスの想定以上に不確実な話だったのだ。女はかつて、ひどい嘘つきであった。眼の表面に真実の欠遺に対する罪の意識が吹いて出ていた。しかし、まだ嘘偽りを成していなかった。アイリスに言って聞かせた全てのことは、女が新チームに願うことだった。しかし皮肉にも、その信念が、アイリスに疑心を抱かせたのだった。以前、アイリスにΩ-7に入るように説得した、緑をまとった女は、全然誠実ではなかった。だからこそ、この女の言うことを信じても良いか、五分五分だった。

「自分のカメラがどうだったか覚えていますか?」O5は続けざまに問うた。「自分の能力を試してみるためにどうです?私にも、その……あのカメラに似たような物の経験があります。代わりになるものはありませんよ。」

確かに的を射ている、アイリスは写真に未練があった。あれのお陰で出来ることを、これ以上探求できないことに未練があった。あれと、もう遊べないことに、ただただ未練があった。面白いゲームのようだった。いや、ゲーム以上だった。魔法だった。触れることができた魔法、彼女の一部であった魔法。それこそ、緑の女が彼女に協力させるために差し出したものだった……

彼女、アイリスそのとき14歳。幼く、清純な、馬鹿だった。過ぎし年月は、アイリスに教え込んだ。

「いいえ。」アイリスは女に言った。「残念ですが、二度とできません。貴女はあそこにいなかった。私は友人を失いました。みんなを。」

「なるほど、それが貴女の選んだ決断ですね、そうですね。」女は言った。「しかし、それとはお構いなく、我々は前進していくのです。前進しなければならない。日々、情勢は絶望に染まっていきます。貴女でなければ、貴女ではない誰かがするでしょう。誰かが、ちょうど子供でしょうね、多分。誰かが、何に乗り込んでしまったのかすらもわからない誰かさんでしょう。」

悪寒がアイリスを襲った。「貴女はできない。貴女はやらない──あんたになんか、それの意味することがわからない。貴女に、そんな子の気持ちなんか、わかるわけがない。」

「貴女は正しい。私には、わからないのです。わかるのは、この世に一人だけでした。たった一人のみ、彼らを助けられるでしょう。」

アイリスは、女を絞め殺したかった。首の骨を折って。簡単なことだった。警備員がピストルを抜くよりも速くできる。おそらく彼女には、女を死に至らしめることができた。彼が、よく教えてくれたから。

しかし、アイリスは怒りを押し込めた。冷静に、彼女は言った。「このビッチ。根っからのビッチね。」

女は何も言わなかったが、しばらくして微笑んだ。「それでは、参加していただけるのでしょうか?」

アイリスは頷いた。自分はこれ以上しゃべることができない。

「承知しました。貴女の警護特務部隊の上官が貴女のもとに訪ねてくるまで時間はかからないでしょう。追加指示はそのものから受けてください。ようこそ、御搭乗ありがとうございます、ミス・トンプソン。」

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