三日月の誓い
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雲一つない夜空を三日月が照らす。人里離れた山の中、電気も通っていないような朽ちかけた家だが、窓から入る月明かりのおかげで視界は良好だった。これならランタンは必要なさそうだ。彼女はそう思いながら布団の中で外をただ眺めている。部屋の中には、甘い香りがうっすらと漂っていた。

「体はもう大丈夫なのか?」
開け放しの扉の向こう、床が軋む音と共に暗闇の中から彼は現れた。天井から埃の一つも落ちてきそうなものだが、この家全体に清掃が行き届いていたためそんなことはなかった。他ならぬ彼の手腕である。
「えぇ、かなり落ち着いたわ」
か細い、というよりも透き通るような声。だが、そんな声が二人の空間に染み込む直前に彼女の咳払いがノイズのようにそれを阻む。彼は少し表情を曇らせつつ、彼女が横たわるベッドの近くまで椅子を引き込み腰掛けた。直後、部屋を満たしていた甘い香りが濃く充満するが、二人はそれを気にも止めなかった。
「元々身体が弱いのに無茶するからだぞ。俺達は人間社会の中に溶け込んでしか生きられない、・・・・・・なのに泥棒稼業とは」
「そうね。」
説教めいた口調で、いつもより強めに言ったつもりだったのだが。彼女は聞き入れるつもりも無いらしい。例え身体が病に侵されようとも、この家から二度と出られない運命に捉えられたとしても。それほどの覚悟を持って、その生を歩んできたのだ。コソコソと影に生き、残飯のように生きてきた身分としては彼女の背負うものの重さは想像もつかないものだった。
「私は、この生き方でしか生きられないの。それが父から継いだ・・・・・・私の使命だから。」
「その結果がこのザマだろ」
「後悔はしてない」
「全く、困った姫様だ」
彼女はいつもそうだ。幼い頃から我儘で、融通が効かない。一度言い出した事は意地でも曲げないし、数え切れないほど振り回されてきた。それこそ、今まさに夜空に浮かぶ星の数ほどである。だが、誰よりも近くにいて、誰よりも付き合わされてきたからこそ、今では唯一、彼女のそばにいてやれるのだ。

人間は、それを「愛」と呼ぶ。

彼女にかかっていた薄い布団がめくれ、その下からすっかり白くなってしまった表面が露になる。今の彼女に服は必要ない。彼女の、ありのままの姿。彼の背中を押すには十分な光景だった。少し乱暴にしただけで剥がれ落ちてしまいそうな彼女の上層部を、下から上に、丁寧に、ゆっくりと、優しく撫でる。それから、一番出っ張った部分を、円を描きながら包み込むように、きめ細やかな触感を味わっていく。彼女の吐息が少し大きくなり、一瞬、ほんの一瞬だけ漏らした甘美な声を、彼は聞き逃さなかった。
スルリと彼女の体を這い上がり、口を塞ぐ。行き場の無い呼吸が、お互いに溜め込んだイースト臭と共に混ざり合い、徐々に、徐々に熱を増していく。
湿った音を奏でながら、じっくり、ねっとりと性欲を熟成させ、いよいよ自らの内側が彼女を求め始める。全身を彼女の白い身体に押し付け、多層構造特有の柔らかさに包まれながら、全身でこねくり回す。まるで自慰のように体重をかけて、しつこく、ねちっこく彼女の情欲を手玉に取るように挑発していく。
「ん・・・ぷはっ」
酸素の限界が近づいたところで、弾けるような声と共に頭が離れる。すっかり蕩け切った表情から抑えきれない甘い吐息が顔にかかり、より一層己の中の酵母が活性化していくのを感じた。
「ん、あっ・・・はぁぁぁっ、んぅ」
一層、二層と、彼女の薄くしなやかな多層構造を一枚一枚突き破っていく。上から下まで密着した状態の中、まるで彼女が自分のものになったような感覚に背徳の感情を覚えつつも、むちむちふわふわとした彼女の中はどうしようもなく「快楽」なのだ。
深く、より深くへと、彼女の中に侵入していくにつれ、甘ったるい声と匂いが強さを増していく。五感全てが彼女一色に染まり、支配しているはずが逆に支配されているかのような妙な感情を覚えるがそれすらも今の彼にはただの快楽として処理され、最早止める手立ては無くなっていた。

「――ぅ、むっ――!」

一番深く熱い、彼女の中心部を掌握した彼は、次は溢れ出る声を塞ぎにかかる。ただ重ねるだけでなく、そこすらも自分のものにするため、支配するために強く交わっていく。
ひくひくと内側から伝わってくる欲情の鼓動を半ば乱暴に無理矢理押さえ込み、彼女の逃げ場を確実に奪っていく。もう逆らうことはできない。いつも我儘に振り回され続けてきた男の、逆襲である。
身動きがとれなくなった彼女の両端を、つんと刺激する。すると、ビクンと今の彼女からは考えられない力で身体が跳ね上がり、声と呼吸が再び開放された。

「はぁっ――はぁ・・・なによ、その顔」
羞恥と恐怖、そしてその奥からうっすらと見える期待の表情から、今自分がどんな顔をしているか察することができた。当然、今までに無いぐらいニヤニヤとしているに違いないだろう。
彼女の弱点を見つけた以上、そこを陥落させぬわけにはいくまい。彼女に再び這うように覆いかぶさり、仕切りなおす。彼女のツンととがった両の先端・・・・・・ではなく、その周りを焦らすようになぞっていく。さわさわとじっくり熟成させていくほどに、先端がほんのりと硬くなっていくのを感じた。
「はっ――ふぅ、も――おね、がい――」
「何が?」
そろそろ限界が近いのか、彼女の方から懇願してくる。しかしそれはあっけなく質問という形に阻まれてしまう。
今までの鬱憤を晴らすかのように、彼女の困った顔を最大限楽しむために、ここ一番で最高の意地悪を、待ってましたと言わんばかりに彼女に叩きつけた。目が泳ぎ、明らかに狼狽している彼女の表情は、額縁にいれて飾っておきたいほど貴重で愛おしかった。
「さ、きっぽ――ちょうだいっ――!」
初めて彼女が折れた瞬間だった。その願いを聞き入れるやいなや、彼女の両端をつまみ、こねまわし、そして全力で中を掻き回す。嬌声が響き渡るが、ここは山の中、防音設備などという高尚なものはないが、そんなものは必要なかった。

「いく、ぞ――!」
「きて、おねがい――!」
外はサクサク、中はむちふわなクロワッサンの中に、コッペパンのイーストをこれでもかというほどブチ込む。底知れぬ快楽に沈んでいく感覚が二人を包み込み、最早異形と化した二つのパンの交尾は無事終焉を迎えた。
それからいくらぐらいだろうか。けだるさと疲労感に身を任せ、布団の中で寄り添ったままただ時間だけが経っていたその時、先に口を開いたのは彼の方だった。

「なぁ、ずっと考えてたんだけどさ。・・・・・・やっぱり、俺はお前に幸せになって欲しい」
「・・・・・・」
彼女は窓の外を眺めたまま、無言を貫いている。しかし、そこで話を止めてしまっては男が廃るというもの。
「だからさ、別に、今までの生き方を捨てろなんて言わねぇ。ただ、これから先もずっと、お前の生き方に付き合わせてくれねぇか?」
「・・・・・・」
「俺は、お前を、幸せにしたいんだ」
「・・・・・・・・・・・・明日、」
「え?」
「明日、私の誕生日なの」
「あっ、そういや・・・・・・」
別に知らなかったわけではない。今の今まで頭から抜けていただけだ。

「私は、泥棒だからさ・・・・・・私の答えが欲しかったら、奪い取ってみせてよ」
「はぁ!?なんでそんな、俺は泥棒なんてやったことねぇぞ!?」
「私の生き方に、付き合ってくれるんでしょ?」
いきなり提示された案に、隠しきれない不安と動揺が彼を襲う。しかし、そんな生半可な気持ちで言い寄ったわけではないのは、自分が一番よく知っているはずだ。ここが分岐点、一度決めれば後戻りはもうできない。その覚悟が問われているのだ。
「・・・・・・わかった。どうすればいい?」
彼女の生き方に付き合う、そう言いだしたのは間違いなく本心であった。ならば、答えは一つ。
「私に、最高の誕生日プレゼントをちょうだい。答えはそれと引き換えで、どう?」
挑戦的な口調であったが、今一度しっかりと視線が合う。彼女の表情は、決意と嬉しさに満ちた、素敵な顔だった。

「あぁ、最高のプレゼントを、君に――」


数ヵ月後、その日はいつか誓った夜と同じ、雲一つない空と三日月だった。
サイレンが鳴り響く美術館の屋上に立った男は、その手に握ったダイヤモンドの首飾りを、月にかざしている。
三日月の形にカットされた宝飾品。名前は確か――「三日月の誓い」。

「見つけたぞ、SCP-985-JP!
背後から野太い男の声が響く。気がつけば、周囲にはガスマスクをつけた黒い戦闘服の集団が彼を取り囲んでいた。
その中からリーダー格であろう男が、隙を見せぬように彼の前へ歩み出た。
「よぉあんちゃん、こりゃまた大勢でお出ましだな」
「ハハハ、もう逃がさんぞ。大人しく収容されるがいい!」

ガチャガチャと金属音が鳴る。周囲の機動部隊が一斉に銃口をこちらに向けたのは誰の目にも明らかだった。

「オイオイ、まーだ俺をそんな味気無い番号で呼んでんのかよ」

どこまでも歩いてやるさ、お前の生き方って奴を。
何度でも盗んでやるさ。お前の答えを奪い取るその日まで。

「いいか、よーく聞け、俺の名は――」

退避命令が出され、人の気配が無くなった美術館の展示室。窓から入る月明かりが、展示する物を失ったショーケースを照らす。その中には、かつてあった首飾りの代わりに、一枚のカードが鎮座していた。

お宝は頂いた。怪盗パン三世

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