半身喪失
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背中の肉が大きく切り裂かれ、暗中に意識が落ちていくのを憶えながら、男は目の前の驚愕に見開かれた表情を確認し、口元を緩めて床に崩れ落ちた。

サイト-8110全体に出された収束宣言は、安堵を呼び起すと共に、緊張の糸を途切れさせるものだったようだ。多くの研究スタッフたちは同僚達を失った悲しみに暮れていた。それでも気力の有る者たちは、かつて同僚だったものを抱え上げて、安置所へと運び出していた。一方で機動部隊の隊員やエージェントの多くは警戒態勢を解除せずに、確保した襲撃者の身柄の移送準備や無事だったオブジェクトの移送、襲撃現場の検分を始めていた。
そんな間を縫うように、遺体を載せたストレッチャーを押す男が、執刀室へと向かっていた。
それを見た研究スタッフの何人かは治療を望んで声をかけようとするが、ストレッチャー上の遺体を見て躊躇い、大半は自身で治療を試みた。
対して警戒態勢を維持していた多くは、運ばれる遺体に気付くと、哀悼を示し、その姿が見えなくなるまで見送るのだった。


執刀室で遺体を施術台に移した後、白衣に袖を通した男は無言で遺体を見下ろしていた。表情に目を落としたまま、時間だけが過ぎていった。

「ああ、よかった」
長い影が男を視線を遮るように差した。
「コッチにいた」
全身を黒で統一した巨躯が大きな袋を担いだまま、室内におぼつかない足取りで踏み入る。巨躯の持ち主は施術台の遺体に気付くと、悲しそうな表情をしたものの、思い直して話を始める。
「コイツを接いでやってほしいんだ」
白衣の男はようやく顔を上げると、巨躯が──エージェント・ヤマトモが担いでいた袋に目を向けた。それは遺体の収容袋だったが、底の部分がいびつに膨らんでおり、人の形は成していないと想像がついた。
「俺の役目じゃない」
ヤマトモは白衣の男の返答に、顔を覆うマスクにも浮き出るような驚きの表情を浮かべる。しかしそれで引き下がらずに、袋を示して言葉を続けた。
「イイやつなんだ、くっつけて、直してやってくれよ」
「外科医の、役目じゃ、ない」
肩を振るわせて、白衣の男は再度応える。視線は再び遺体に落とされ、他とは目を合わせまいとしていた。
「そんなのわかってるよ、だから、頼んでるんじゃないか」
「わかってるなら、放っておいてくれ」
引き下がらないヤマトモに、肩を奮わせ続けながら白衣の男は必死に歯を食いしばった。
「なあ頼むよ、コイツの身体を接いでやってくれよ」

オダマキさん」
名前を呼ばれた男は、自身から溢れ出る感情を抑え込むように目蓋を強く閉じた。
「ワガママ言ってるのも、オダマキさんが穏やかじゃないのもわかってる。でも、コイツを綺麗に送ってやりたいんだ」
ヤマトモは施術台の遺体に目を向け、申し訳なさそうに小さく呟いた。
「……頼むよ」
「違う、私達は」
肩を震わす男の表情とは逆に、白衣を着た亡骸は、満足げに口元を緩めていた。

「まだ、2人だ……!」

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