レタッチ
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褐色の林檎。
煤色の机。
の病室。

包帯を外して眺めてみても、私の視界が変わる事はない。
土色の右手から垂れる臙脂色を見下ろして、ため息を吐いてみても。
もう一度臙脂色を両目に巻いて、一番信頼できる漆黒に身をゆだねる。

ただ秒針の音だけが響く。
治療法は未明。
病名は不明。

瞼を閉じて、まだ小学生だった頃を思い出す。
ただ青く、青かった空。白くタスキがかった飛行機雲。手でさえぎってしまうほど、眩しかったオレンジ。
黒く吸い込まれそうな夜、今にも落ちてきそうな銀色の月。
そして―――そして?
はて、家の中はどうだったか。

暖かく迎え入れてくれた、萌葱色の母親。いつも難しそうな顔で座って新聞を読んでいた青藤色の父親。
やかましいけれど、10年経った今でもたまにお見舞いに来てくれる、自慢の鉄紺色の妹。
若草色の母の手作りハンバーグ、烏羽色に輝くご飯、付け合わせの人参は鮮やかな胡桃染
そして、そして。

強烈な眩暈と吐き気がして、ベッドに倒れ込む。
汚されてしまった。今も、未来も、そして何よりの指針であった過去も。
正しい事が異常なのか、間違った事が正常なのか。この世界は、本当に正常なのか。
言い知れぬ恐怖に体を震わせ、ただ目を瞑った。眠ってしまいたかった。

違和感を覚えて目が覚める。
白色の包帯をそっと外して周りを眺めてみれば、そこには昨日と同じ、

赤色の林檎。
茶色の机。
白色の病室。

それらを見た時、何故かそんな当たり前に涙が止まらなかった。

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