ツァーリが来る
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ツァーリが来る。ツァーリが来る。

それが内偵を行っていた同僚からの最後の通信だった。

日々、奇怪な物品を調査し、西側やその他諸々の同業者を相手にする我々の任務では、突然同僚が居なくなるのはよくある事だった。

部局内では、数か月前から国内で目撃されていた未確認兵器群と、ある文書について調査を進めていた。

事の発端は、ガラスのビルの前に放置された文書の束だった。封筒の片隅にオブホフと署名があったことから、部局内でオブホフ報告と呼んでいた一連の文書。内容は、多種多様な兵器の理論や設計図の青写真だったが、どれもが異様だった。

存在しない開発番号を与えられた空飛ぶ重戦車。

存在しない建造計画による空母と戦艦の合成物。

存在しない設計局で試作された海に潜る航空機。

しかも、その技術的詳細は非現実的……と、言うよりも夢物語、空想に近かった。予算獲得のために軍がぶち上げた荒唐無稽なプランを、誰かが屑籠から拾い集めて御注進に及んだのだろう。誰しもが最初はそう思っていた。

だが、文書の回収が引き金を引いたかのように、各地で奇怪な兵器群の目撃が相次ぎ、多くの証言と写真が部局内にもたらされた。そして、それらの情報はオブホフ報告の正確さを裏付けるものだった。

しかし、調査はすぐに行き詰まった。

地上軍、海軍、空軍、国土防空軍、戦略ロケット軍は調査に対して極めて非協力的であり、KGBに至っては部局の調査行動を逐一監視し、査察と称して妨害までしてくる有様だった。

それから間もなく、総局長の命令によって調査は大幅な縮小を余儀なくされた。その間にも数名の同僚や現地協力者が消息を絶っていた。

ツァーリが来る。ツァーリが来る。

その言葉を最期に残して。

半年後、私は自ら調査に志願した。

恐らく、今回の件は我々の部局では手に余るだろう。5軍種とKGBによる包囲網に対して突破口は見いだせず、あまつさえ我々の所属する組織の上層部そのものが今回の件に触れたがらないのだから。

だが、私は“ツァーリ”の正体だけはどうしても確かめたかったのだ。

そして、雪が降りしきる中で私は“ツァーリ”に謁見を果たした。

ツァーリが来る。ツァーリが来る。

無線の録音テープで繰り返し聞いたフレーズが、私の頭の中を駆け巡る。

呆然と立ち尽くしていると、“ツァーリ”の頭上が微かに光り、私は出し抜けに雪の上に平伏してしまった。両脚に感覚が無い。恐る恐る下を向くと、雪が赤黒く染まっていた。

視線を戻すと、“ツァーリ”は私に向かって進み始めていた。重い鼓動が響き渡り、鼓動は轟音となり迫ってくる。

その瞬間、私は同僚達がどんな最期を迎えたのか悟った。

意識が朦朧としだした私は、背嚢から無線機を取り出して力の限り叫び続けることにした。目前に迫る車輪が私の体を押し潰すだろうその時まで。誰が聞いていようといまいと関係無かった。

ツァーリが来る。ツァーリが来る。

戦車のツァーリがやって来る。

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