二人のアーティスト
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2016年、7月の某日、午前1時57分ごろ。
茅野博士は持ち込んだ折りたたみ椅子に座り、足元に大量のスプレー缶を転がしながら楽しそうに口元を歪ませる。

「さぁさぁさぁ……、どうぞどうぞおいでませ。」

 
今、茅野博士がいるのはSCP-351-JPと分類されている歩行者・自転車用の地下通路だ。
特別収容プロトコルによって現在封鎖され、監視されているこの場所へ、彼女は奇妙な理由を管理者へと提示し、いくらかの厳しい条件を受けた上で正式に許可を得てやってきた。

「やあやあやあやあ、ようやくおでましだね。 SCP-351-JP-1。」

彼女の声が通路に響く。
配電盤室に通じる扉から通路内へと何者かが現れた。
フードの付いた長袖のパーカーに長ズボン、衛生マスクを着用した、毛の無い人間のように見える存在。
現在SCP-351-JP-1として記録されている人型実体だ。

SCP-351-JP-1は一度彼女のほうへと視線を向けたが、すぐに壁へと視線を戻し、手に持ったスプレー缶をシャカシャカと小気味よく振りはじめる。

「キミのことはよく知っているよ。 何度も報告書は読んだからね。 ……その上で、キミに提案したいことがあるんだ。」

SCP-351-JP-1はスプレー缶を振るのを止め、静止した。
茅野博士の発言をじっと待つような動作は、彼にとってどういう意味があったのか。
しかし、そんなことは気にせず、茅野博士は彼へと告げる。

 
「合作をしよう」

 
SCP-351-JP-1が再度、茅野博士へと視線を向けた。
それは、突然このような提案をされたのなら当然ともいえる反応かもしれない。

茅野博士がこのような発言を行うことが許されたのは、彼女の持つ、「芸術に関するものの異常性に対する耐性」が認められているという点が何よりも大きいだろう。また、茅野博士は今日まで「スプレーを取り上げる以外の妨害への反応」、及び「SCP-351-JPに対して他者がスプレーを使って絵を描写した場合の反応」に対して強い興味を示していた。過去複数回に渡って自己申請を行い続け、それから行われた長期に渡る審議の結果、「罵倒、及び具体的な賞賛の言葉を行わないこと」及び「危険性が見られた場合は即時に撤退すること」を条件として、昨日ようやく申請が承認されたのだ。

茅野博士はSCP-351-JP-1の反応を気にもせず、足元に転がるスプレー缶を拾い上げ、壁へと吹きつけはじめた。

「長話はこういった創作には不要だ、そうだろう?」

そういうと、茅野博士は20分ほどかけて、精緻に描かれた林檎の樹を通路の真ん中の壁へと描いた。
奇妙なことに、SCP-351-JP-1はその間、不気味なまでに大人しく、茅野博士の創作活動を観察していた。
林檎の樹を描いた茅野博士はSCP-351-JP-1へと向かいあう。

「こっから左がキミ、こっから右が僕の領地ね。 ほら、じっとしてないで、好きなように描くといい。」

そういうと、茅野博士は通路の右側へとスプレーを吹きつけ始め、再度何かを描きはじめる。
数秒ほど様子を見ていたSCP-351-JP-1は、茅野博士から壁へと視線を戻し、樹の左側へとスプレーを吹きつけ始めた。

 
それから3時間ほど、二人の"アーティスト"は一言も言葉を交わさずに黙々と作品を描き続けた。
茅野博士が描いた林檎の木の左半分はSCP-351-JP-1のスプレーによって枯れた木へと上書きされ、通路の壁の左側は、彼がよく描く"地獄"のような作品がいくつか描かれた。
茅野博士はそれに対比させるかのように、生き生きとした草原に棲む動物や、瑞々しい果物などの作品を描いていた。

その間、SCP-351-JP-1が茅野博士の創作活動を"妨害"することはなかった。
また、その後にSCP-351-JP-1が通常通り、作品を元の壁の色で塗りつぶし始めると、それに気付いた茅野博士もすぐさま同じように塗りつぶし始めた。

塗りつぶし終わるまでの10分間。
その時の茅野博士にとっては、作品を自分の手で塗りつぶすことすら素晴らしい芸術であり、通路に響くスプレーの噴射音は茅野博士に達成感すら感じさせてくれていた。

塗りつぶした後の数秒間、茅野博士は深く息をしながら頬を上気させ、いつにもまして満足げな表情をしていた。

 
「ああ……実に楽しかった! キミのことを知ってから、一度やってみたいとおもってたんだ。」

茅野博士がそういうと、SCP-351-JP-1は茅野博士のほうを見つめた。

じっとお互いを見つめる二人の"アーティスト"。
それは数分だったか、数秒だったか。

ふと、SCP-351-JP-1は手に持っているスプレー缶を持ち替え、壁に指をつけた。
しかし、茅野博士はその上へと手をおいて、笑いながら言った。

「キミが、僕という人間にどれだけ高い"値段"を付けてくれるのか期待させてもらうとするよ。」

 
 
……静寂が訪れた。

 
 
先に動きを見せたのは茅野博士だった。
彼女は、置いた手を離したかと思えば、SCP-351-JP-1へと笑いながら言った。

「あはは。 まぁ、あとはキミの判断次第かな。」

そう言うと、茅野博士は身を翻し、持参した袋の中へとスプレー缶を仕舞い始め、折りたたみ椅子を持ち上げ、そのまま通路の入り口へと帰っていく。

茅野博士が10メートルほど歩いた辺りで、突然茅野博士の背後から"カラン"という音がした。

茅野博士が足を止めてそちらを見ると、床へとスプレー缶を落としているSCP-351-JP-1の姿が見えた。
SCP-351-JP-1は落としてしまったスプレー缶を拾い上げるために壁につけていた指を離し、壁についた黒色の跡が消えるよりも早く、そこへスプレーを吹きつけた。
その後、SCP-351-JP-1は何事も無かったかのように配電盤室の扉の中へと消えていった。

 
茅野博士は視線を戻し、また歩き始める。
入り口まで戻ったとき、茅野博士は少しだけ笑って、誰もいない通路に向かって呟いた。

 
「どうやら彼には、女を"値踏み"するような趣味はないらしい。 ……そういうの、僕は好きさ。」

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